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不穏に揺れる
馬車にて
しおりを挟むその日、シエラは急な用があって王宮に向かう馬車に乗っていた。
急な用というのは、他でもないグレイの忘れ物を届けるためだ。
「奥様、体調のほどはいかがですか?」
「うん……だ、いじょうぶ」
無表情なシエラに物怖じすることなく接してくれるメイド─エナが、背をさすってくれる。
普段、屋敷を出ないシエラは馬車に酔っていた。シエラだって庭を散策したり、付近で開かれている市にお忍びで行くことくらいはあるが、馬車で遠出することはあまりない。幼い頃から、馬車に乗る機会がなかったことも起因しているし、人の多いところが嫌いだということもある。
しかし今日ばかりは「馬車に酔うから」とか「人が多いところは嫌いだから」とかそんなことを言っている場合ではない。
今朝方、グレイが屋敷を出て王宮へ向かったところを見届けた後、自身の執務室でしばらく読書をしたり、公爵夫人として屋敷内の決算書などを眺めていたシエラだったが、昼間近になって、扉の外が騒がしくなり訝しんでいるところにエナが「奥様、よろしいでしょうか」と声をかけてきたので、シエラは「入っていいわよ」と許可を出した。
エナは焦った様子ながらも、頭を下げて静かな声で告げる。
「奥様、旦那様の執務室までおいでいただけませんでしょうか」
「……?ええ、分かったわ」
シエラは立ち上がり、エナと共に執務室へ向かう。
「これでございます」
そう言って、エナが指差したのは青い宝石が陽光受けて輝く──……これは。
「勲章?」
「はい。我々が触れるわけにもいきませんので、奥様にここまで足をお運びいただきました。大変、申し訳ありません」
シエラは、執務机に置かれた勲章に改めて目を向ける。その勲章の中央にはサファイアが飾られている。周囲にはメラメラと燃える火のような装飾。その下に連なるのは涙の型をした白いダイヤモンド。
──……青き太陽。
この勲章は、グレイがとても大切にしているものだ。若くして公爵位を継いだグレイに、国王陛下が「信頼」「希望」の意味を託して造られた最上級の代物。
もちろん、勲章はいつも身につけなければならない訳では無い。
けれど、グレイは「これをつけていると、安心できる」と毎日つけて王宮へ赴いていた。
「届けに行きましょうか」
メイドや執事達も、届けに行くか迷っていたのだろう。グレイが今日帰るのならば、王宮に留まるのは1日だけだ。届ける必要もないが、彼は何日も王宮に留まることが多い。
その間、いつもは「安心するから」とつけている勲章が無くては落ち着かないのではないか。
シエラはそう考えて、勲章をその手に握りしめ、馬車に乗っていた。
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