うつ病のウシ

ushiraku

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新入社員と上司とウシ

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 今から5年くらい前の話。
 
 おれは、当時付き合っていた恋人と居酒屋に来ていた。
 店員さんが案内した座席に座り、お酒やおつまみを注文した。

 約一ヶ月ぶりのデートなので、話したいことがたくさんある。
 お互いアニメが好き同士なので、『おそ松さん』の話で盛り上がった。



 それなりにお酒が進み、料理も食べ終わったタイミングで、彼女がお手洗いに行った。
 おれはその間、残りのお酒をちびちびと飲みながら、彼女の帰りを待った。

 ふと、他の客の話が耳に入った。
 この座席からは死角で、姿は見えない。
 ただ、話を聞くに、彼らが二人組であるのは間違いない。

「先輩、おれは独立して自分の会社を起こします!」
「おお、その心意気はすごいじゃないか」
「だから、会社辞めようと思ってます!」
「そうか。でも、まだ会社辞めるには早すぎるんじゃないか?」

 どうにも、会社を辞めたい若手社員と、それを止めようとする先輩社員という構図っぽい。
 おれ自身、かつて同じような経験があるから、話の流れ的にそんな気がした。

「いや、でも!おれ、やりたい事があるんす!」
「うん、起業することは否定はしないよ? けど、もう少し会社で経験を積んでからでも良くないか?」
「いや、でも!今すぐやりたいんす!」
「うん、やりたいことがあるのも分かった。ただ、君はまだ入社して間もないと思うんだ。もうすこし社会経験積んでからでもいいと思うけどなあ」

 若手社員の言い分もわかる。若い年齢の『今』だからこそやれることや、やりたいことがあるんだろう。
 また、上司の言い分も分かる。せっかく入社したのに辞めるだなんて勿体無いという気持ちが。
 
 だからこそ、二人の会話が食い違って、正解のない謎々が発生してしまっている。

「ごめん、お待たせ。ん? どうかしたの?」

 お手洗いから帰ってきた彼女が、おれにそう言った。
 聞き耳を立ててるおれの姿が、彼女の瞳に怪しく映ったのかもしれない。

「ううん、いこっか。忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」

 彼らの話の続きを聞きたかった気持ちを堪えて、店を出た。
 


 5年経った今。
 あの若手社員と上司は、まだ社内で働いているのか。
 もしくは、独立したんだろうか。

 と、たまに思い返す今日であった。
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