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エピローグ
遅れて参上
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波の静かな夜だった。
空には雲一つなく、無数の星々が散りばめられていて、今にも天から降ってきそうだった。
ブラッドレイ家の次男シリウスは、自分の魔法で作り出した絶海の孤島で、愛しい人との思い出を胸に一人休暇を過ごしていた。
夜の砂浜に篝火を焚き、サマーベットの上に寝転ぶシリウスが考え事をしていると、その隣の誰もいない空間に、スッと人影が現れた。
「夜にサングラスとか意味なくない?」
セシルは美しい横顔を篝火に照らされながら、クスクスと笑っている。
「雰囲気だよ雰囲気」
シリウスは軽い調子で答えながらサングラスを頭の上に上げ、他の兄弟たちの例に漏れず類稀なる美しい容貌を晒した。
シリウスは上体を起こし、転移魔法でこの場に現れた弟セシルを見る。
「監視は?」
獣人の里に潜入し諜報と監視活動を行うのかシリウスの仕事だが、数日前よりセシルに代わってもらい、シリウスは現在夏季休暇中だった。
「今は大丈夫。族長様も酒池肉林パーリナイやってるから」
「油断はするなよ、俺が代わるか?」
「『鳥』は置いてきてるしちゃんとやってるから大丈夫だよ。休暇中くらい仕事のこと忘れなよ。
っていうか、何でみんなと合流しないでこんな所に一人でいるのさ」
セシルは婚約者ジュリナリーゼの予定に合わせ、家族とのバカンスは二日目までの参加だったが、以降はセシルがシリウスの仕事を担い、入れ替わるようにして本来はシリウスが家族の集いに参加する予定だった。
「俺は孤独を愛する男だ」
「格好付けたこと言ってないでさ、みんなに会いに行って遊んでくればいいじゃないか」
「ヤダ。行きたくない」
シリウスは、恋人になる予定の最愛の女性を苦しめ、彼女との破局原因を誘発した父アークに、現在も腹を立てていて、全く顔を合わせようとしない。
けれど、シリウスが家族に会いに行かない理由はアークだけではなかった。
「別に行かなくてもいいだろう。お前こそ一泊二日しかいなかったそうじゃないか。言い出しっぺのくせに」
「俺はいいの。家族とはみんな仲いいし、恋人とも絶好調だし。
でも、なかなかこっちに戻って来られないシー兄は、交流図っといた方がいいんじゃないの?」
シリウスは、少し前に新しく結ばれたすぐ下の弟ノエルの婚約については、ノエル本人からの報告を受けた後、それっきり我関せずといった状態を続けていた。
両親や他の兄弟たちがノエルの婚約者を歓迎したり、懐いたりする中、シリウスはあの事件以降、一度も恋敵の姉には会っていない。
「バカンスの後半戦ならまだ間に合うよ。行ってきなって」
セシルは『過去視』の力を使い、シリウスの脳内にとある絵を映し出した。
シリウスは真夏の太陽が燦然と輝く、家族が過ごしている伯爵家の専用海岸に転移魔法で現れた。
「あっ! シー兄さんだ!」
「シーお兄ちゃん!」
「シーにぃちゃーん!」
すると、久しぶりに会う下の弟たちがすぐに駆け寄ってきて、シオンとレオハルトには抱きつかれた。
海辺には年少の弟たち三人と、それから、ノエルとその婚約者アテナがいるだけで、長兄カップルと両親の姿は見えなかった。
「兄さん……」
ノエルもシリウスの姿を見て、アテナの手を引き近付いてくる。
ノエルに会うのは、ノエルがシリウスに婚約の報告をした時以来だった。その時にシリウスは心からの祝福を言えなかったが、今なら言える気がした。
『今まで良く頑張ったね。秘密を抱えて辛かったね。ノエルは偉い』
セシルに見せられた絵の中でノエルはボロクソに泣いていたが、シリウスもそれを見て泣いた。
その時の気持ちを何と言えばいいのか、兄弟共通で心の奥底に抱えているだろう鬱屈とした気持ちを、女神様に浄化された気分だった。
本音を言えば、なぜ可愛い弟の伴侶があの男の姉なのだろうと、モヤモヤとした思いは持っていた。
けれどその絵を見せられたシリウスは、ノエルにとってアテナは真実必要な相手なのだと、ストンと心の中に受け入れることができた。
「二人とも、婚約おめでとう。アテナちゃん、ノエルをよろしくね。君を歓迎するよ」
あの事件のことをノエルから聞いているのだろうアテナは、婚約後に始めて会うシリウスに緊張した面持ちだったが、シリウスが他意のない満面の笑みを向けてきたことに気付くと、安堵したように微笑んだ。
「ありがとうございます。これから末永くよろしくお願いします」
「敬語とか使わないでいいよ。だって俺たち同じ年じゃん?」
シリウスが軽快な感じで返事をすると、アテナもつられたように笑って応えていたので、ノエルは義兄妹関係になる二人の対面が無事果たせたことに、心底ホッとしている様子だった。
「よし! 早速海で遊び倒すぞ! 者ども! 俺について来い!」
「わーい!」
シリウスが頭の上にあったサングラスをかけてから、シオンとレオハルトを抱えた状態で海へ走り出すと、片側にいるレオハルトが楽しそうな声を上げた。
「あれ、お兄ちゃん……?」
けれどシオンは、シリウスがサングラスで隠した目元に、涙が――――幼い頃から特別大事にしていた弟が人のものになってしまう寂しさから来る涙が――――滲んでいるのを見てしまった。
「わあっ!」
シオンは何か声をかけようとしたが、その前にシリウスが海に勢い良く飛び込んだので、驚きの声と共に海中に入った。
「私たちも行きましょう」
シリウスを追って駆け出したカインに続いて、ノエルがアテナの手を取り走り出す。
笑顔のノエルを見返すアテナの表情もまた、幸せに溢れていた。
海辺では、はしゃぐブラッドレイ一家の声が、光り輝く波の狭間で、いつまでも響いていた。
了
空には雲一つなく、無数の星々が散りばめられていて、今にも天から降ってきそうだった。
ブラッドレイ家の次男シリウスは、自分の魔法で作り出した絶海の孤島で、愛しい人との思い出を胸に一人休暇を過ごしていた。
夜の砂浜に篝火を焚き、サマーベットの上に寝転ぶシリウスが考え事をしていると、その隣の誰もいない空間に、スッと人影が現れた。
「夜にサングラスとか意味なくない?」
セシルは美しい横顔を篝火に照らされながら、クスクスと笑っている。
「雰囲気だよ雰囲気」
シリウスは軽い調子で答えながらサングラスを頭の上に上げ、他の兄弟たちの例に漏れず類稀なる美しい容貌を晒した。
シリウスは上体を起こし、転移魔法でこの場に現れた弟セシルを見る。
「監視は?」
獣人の里に潜入し諜報と監視活動を行うのかシリウスの仕事だが、数日前よりセシルに代わってもらい、シリウスは現在夏季休暇中だった。
「今は大丈夫。族長様も酒池肉林パーリナイやってるから」
「油断はするなよ、俺が代わるか?」
「『鳥』は置いてきてるしちゃんとやってるから大丈夫だよ。休暇中くらい仕事のこと忘れなよ。
っていうか、何でみんなと合流しないでこんな所に一人でいるのさ」
セシルは婚約者ジュリナリーゼの予定に合わせ、家族とのバカンスは二日目までの参加だったが、以降はセシルがシリウスの仕事を担い、入れ替わるようにして本来はシリウスが家族の集いに参加する予定だった。
「俺は孤独を愛する男だ」
「格好付けたこと言ってないでさ、みんなに会いに行って遊んでくればいいじゃないか」
「ヤダ。行きたくない」
シリウスは、恋人になる予定の最愛の女性を苦しめ、彼女との破局原因を誘発した父アークに、現在も腹を立てていて、全く顔を合わせようとしない。
けれど、シリウスが家族に会いに行かない理由はアークだけではなかった。
「別に行かなくてもいいだろう。お前こそ一泊二日しかいなかったそうじゃないか。言い出しっぺのくせに」
「俺はいいの。家族とはみんな仲いいし、恋人とも絶好調だし。
でも、なかなかこっちに戻って来られないシー兄は、交流図っといた方がいいんじゃないの?」
シリウスは、少し前に新しく結ばれたすぐ下の弟ノエルの婚約については、ノエル本人からの報告を受けた後、それっきり我関せずといった状態を続けていた。
両親や他の兄弟たちがノエルの婚約者を歓迎したり、懐いたりする中、シリウスはあの事件以降、一度も恋敵の姉には会っていない。
「バカンスの後半戦ならまだ間に合うよ。行ってきなって」
セシルは『過去視』の力を使い、シリウスの脳内にとある絵を映し出した。
シリウスは真夏の太陽が燦然と輝く、家族が過ごしている伯爵家の専用海岸に転移魔法で現れた。
「あっ! シー兄さんだ!」
「シーお兄ちゃん!」
「シーにぃちゃーん!」
すると、久しぶりに会う下の弟たちがすぐに駆け寄ってきて、シオンとレオハルトには抱きつかれた。
海辺には年少の弟たち三人と、それから、ノエルとその婚約者アテナがいるだけで、長兄カップルと両親の姿は見えなかった。
「兄さん……」
ノエルもシリウスの姿を見て、アテナの手を引き近付いてくる。
ノエルに会うのは、ノエルがシリウスに婚約の報告をした時以来だった。その時にシリウスは心からの祝福を言えなかったが、今なら言える気がした。
『今まで良く頑張ったね。秘密を抱えて辛かったね。ノエルは偉い』
セシルに見せられた絵の中でノエルはボロクソに泣いていたが、シリウスもそれを見て泣いた。
その時の気持ちを何と言えばいいのか、兄弟共通で心の奥底に抱えているだろう鬱屈とした気持ちを、女神様に浄化された気分だった。
本音を言えば、なぜ可愛い弟の伴侶があの男の姉なのだろうと、モヤモヤとした思いは持っていた。
けれどその絵を見せられたシリウスは、ノエルにとってアテナは真実必要な相手なのだと、ストンと心の中に受け入れることができた。
「二人とも、婚約おめでとう。アテナちゃん、ノエルをよろしくね。君を歓迎するよ」
あの事件のことをノエルから聞いているのだろうアテナは、婚約後に始めて会うシリウスに緊張した面持ちだったが、シリウスが他意のない満面の笑みを向けてきたことに気付くと、安堵したように微笑んだ。
「ありがとうございます。これから末永くよろしくお願いします」
「敬語とか使わないでいいよ。だって俺たち同じ年じゃん?」
シリウスが軽快な感じで返事をすると、アテナもつられたように笑って応えていたので、ノエルは義兄妹関係になる二人の対面が無事果たせたことに、心底ホッとしている様子だった。
「よし! 早速海で遊び倒すぞ! 者ども! 俺について来い!」
「わーい!」
シリウスが頭の上にあったサングラスをかけてから、シオンとレオハルトを抱えた状態で海へ走り出すと、片側にいるレオハルトが楽しそうな声を上げた。
「あれ、お兄ちゃん……?」
けれどシオンは、シリウスがサングラスで隠した目元に、涙が――――幼い頃から特別大事にしていた弟が人のものになってしまう寂しさから来る涙が――――滲んでいるのを見てしまった。
「わあっ!」
シオンは何か声をかけようとしたが、その前にシリウスが海に勢い良く飛び込んだので、驚きの声と共に海中に入った。
「私たちも行きましょう」
シリウスを追って駆け出したカインに続いて、ノエルがアテナの手を取り走り出す。
笑顔のノエルを見返すアテナの表情もまた、幸せに溢れていた。
海辺では、はしゃぐブラッドレイ一家の声が、光り輝く波の狭間で、いつまでも響いていた。
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