31 / 220
対銃騎士隊編
28 奴隷
しおりを挟む
食事はすぐに用意すると言われ、しばらく待つことになった。その間に厠へも行かせてもらった。二つある扉のもう一つの先が厠になっていた。
その場合手枷と足枷は外してもらえたが、終わればすぐ元に戻った。部屋の中にはジュリアスを含む数名と、部屋を出た廊下にも十数名ほどが待機していて、ヴィクトリアの力では全員をねじ伏せてここから脱出するのは厳しそうだった。
部屋には明り取り用に嵌め殺しの窓があったが、その壁の向こう、建物の外にも何人かの気配を感じた。獣人の小娘一人にこれほどの人数を割くとは、随分と物々しい。
厠の中に窓はなく、小さな換気口があるくらいで通り抜けるのは無理そうだった。壁を壊していたら流石に音で気付かれるだろう。さて、どうしたものか。
考えながら待機していると食事が運ばれてきたので、とにかく腹を満たして体力をつけることにした。
足枷はそのままだが、手枷は外してもらえた。
獣人は肉食だ。出てきた料理は煮込まれた肉の塊だった。煮込み料理にしては出てくる時間が早かったので、銃騎士たちの賄い用の食事だとは思うが、食べごたえ感を出す為なのか肉は大振りのままだった。
食事を始めると、奇妙なことが起こった。
部屋の中にいる銃騎士はジュリアスを含めて全部で五人。
一人は食事を開始して早々、何も言わずに部屋から出て行った。
一人は顔を抑えてその場に蹲った。抑えた手の隙間からぽたりと赤い物が床に滴っている。
(鼻血?)
一人は顔を真っ赤にしながらものすごい目付きでヴィクトリアを凝視しているし、もう一人は逆にヴィクトリアを見ずに壁や天井を眺めているが、明らかにソワソワしていて挙動不審だった。
ジュリアスだけが一人平然としている。
獣人は、食事は手掴みで食べるのが主流だ。スープなどの汁物やデザートを食べるときにはスプーンを使うこともあるが、基本的にナイフもフォークも使わない。
ヴィクトリアは大きな肉の塊にかぶり付いて食べていたが、口元にやたらとソースが付くので、肉を噛んで口に入れる度に唇を舌で舐めていた。指もベタベタになるので適宜舐めて綺麗にしながら食べ進めていく。
ジュリアスは苦笑し、他三人を部屋から出してしまった。
「君の食事の時は体調不良者が続出するようだから、なるべく俺一人だけで見張るようにするよ」
「そうなの? 一体どうしたのかしら」
見張りの人数が減るのは逃げ出せる可能性が高まるのでありがたい。
「……無自覚って怖いな」
ジュリアスがぼそっと呟いたが、その言葉は小さすぎてヴィクトリアには聞こえなかった。
神妙な面持ちで見張るジュリアスに対して、ヴィクトリアは先程から思っていた疑問をぶつけてみた。
「ねえ、私を捕まえた黒髪の人はどこへ行ったの? あの人の名前は?」
廊下に控えている者たちの中からあの黒髪の男の匂いはしないし、建物の外にもいない。
「あいつが気になる?」
「気になるというか……」
黙り込んでいると、ジュリアスがクスッと微笑んだ。
「君を捕まえた男の名前はレイン・グランフェル。十九歳。銃騎士隊二番隊所属。独身。恋人はいない。女嫌いで通っているので交際歴もない」
最後の方の情報はいらないのだが。
「好きになった? 一目惚れ?」
ジュリアスは瞳を輝かせ、喜んだような表情をして聞いてくる。
(いやいやいや……)
「何でそうなるのかしら。自分を捕まえた人の名前くらい知りたいわ」
「まあ、そうだね」
そう言いながらジュリアスは顎に手を置いて何事かを考えるようにしている。ちょっとした仕草が絵画のように様になる男だ。
「レインは今仮眠を取りに行っている。昨日は夜勤で君を捕まえてからずっと起きていたんだ。夕方くらいにはまた顔を出すだろう」
「そうなのね」
会話をしながら食べ進めていくが、肉が大きすぎてなかなか食べ難い。
頬の真ん中あたりにまでソースが付いてしまい、だんだんと汚れの範囲が酷くなってきている。
「小さい子供みたいだな」
ジュリアスに言われて、ヴィクトリアはちょっとむっとした。
「里にいた時はもう少し食べやすいように切った状態で出てきたわ。この料理が大きすぎるのよ」
「じゃあ次からはそうするように調理の者に伝えておくよ。ほら、顔上げて」
ジュリアスは布ナプキンでヴィクトリアの口元を拭おうとしてくる。ヴィクトリアは距離の近さに驚いた。
「やめて、自分でできるわ」
「いいから」
ジュリアスはヴィクトリアの唇と、頬に付いた汚れを優しく拭ってくれた。それから皿の横に添えられただけで一度も使われていないナイフとフォークを握ると、肉を一口大の大きさに切ってくれた。綺麗に切り分ける手際のよさに感動する。
「ありがとう。あなたは面倒見がいいのね。まるでお兄さんみたい」
「ああ、弟が六人いるからかな。うちは男ばかりの七人兄弟なんだ。俺は長男。もうすぐあと一人産まれるから八人兄弟になるよ。兄気質があるのは自覚してる」
「まあ、八人も。あなたのお父さまとお母さまはずいぶんと頑張ったのね」
獣人は身体が丈夫なので子沢山が多い。人間も、この国では十四歳から結婚出来るので、一組の夫婦から産まれる子供の数は多くなる。けれど八人は多い方だろう。
なぜかヴィクトリアの「お父さまとお母さま」の言葉の部分で、ジュリアスの紺碧の瞳に微かに陰りが見えた気がしたが、それはほんの一瞬のことだった。
「ナイフとフォークくらい使えるようになるといいよ」
「……死罪になるかもしれないのに、そんなの、必要ないでしょう」
急にその場の雰囲気が暗くなった。数秒の沈黙の後、ジュリアスが口を開く。
「あまり心配するな。俺だって君には死んでほしくない。死罪にはしないよう進言しておくから」
ジュリアスは安心させるかのようにヴィクトリアの頭にぽんぽんと手を置いた。
「君は悪い獣人じゃない。君はとてもいい子だ。俺は獣人が全員悪い奴らばかりだとは思っていない。銃騎士隊の者たちは獣人は排除する考えの者が圧倒的だが、俺自身は獣人と人間が共存できればいいと思っている。殺し合いじゃなくて、互いが平和に過ごせる道を模索するべきなんだ。いつまでも血が流れ続けるのはお互いにとって不幸なことだからね。まあ、俺がこんな考えを持っていると周囲に知られたら懲戒ものだが」
この人は人間だけれど、獣人に味方するような考えを持っているということか。
ただ、と、ジュリアスは少し言い難そうにしながら言葉を続ける。
「現状、君が生き延びるには、誰かに引き取ってもらうしか方法がない。君もそのつもりで、覚悟を決めておいてくれないか」
獣人が人間に捕まっても殺されない唯一の方法は、本で読んで知っている。
それはつまり、誰かの奴隷になるということだ。
その場合手枷と足枷は外してもらえたが、終わればすぐ元に戻った。部屋の中にはジュリアスを含む数名と、部屋を出た廊下にも十数名ほどが待機していて、ヴィクトリアの力では全員をねじ伏せてここから脱出するのは厳しそうだった。
部屋には明り取り用に嵌め殺しの窓があったが、その壁の向こう、建物の外にも何人かの気配を感じた。獣人の小娘一人にこれほどの人数を割くとは、随分と物々しい。
厠の中に窓はなく、小さな換気口があるくらいで通り抜けるのは無理そうだった。壁を壊していたら流石に音で気付かれるだろう。さて、どうしたものか。
考えながら待機していると食事が運ばれてきたので、とにかく腹を満たして体力をつけることにした。
足枷はそのままだが、手枷は外してもらえた。
獣人は肉食だ。出てきた料理は煮込まれた肉の塊だった。煮込み料理にしては出てくる時間が早かったので、銃騎士たちの賄い用の食事だとは思うが、食べごたえ感を出す為なのか肉は大振りのままだった。
食事を始めると、奇妙なことが起こった。
部屋の中にいる銃騎士はジュリアスを含めて全部で五人。
一人は食事を開始して早々、何も言わずに部屋から出て行った。
一人は顔を抑えてその場に蹲った。抑えた手の隙間からぽたりと赤い物が床に滴っている。
(鼻血?)
一人は顔を真っ赤にしながらものすごい目付きでヴィクトリアを凝視しているし、もう一人は逆にヴィクトリアを見ずに壁や天井を眺めているが、明らかにソワソワしていて挙動不審だった。
ジュリアスだけが一人平然としている。
獣人は、食事は手掴みで食べるのが主流だ。スープなどの汁物やデザートを食べるときにはスプーンを使うこともあるが、基本的にナイフもフォークも使わない。
ヴィクトリアは大きな肉の塊にかぶり付いて食べていたが、口元にやたらとソースが付くので、肉を噛んで口に入れる度に唇を舌で舐めていた。指もベタベタになるので適宜舐めて綺麗にしながら食べ進めていく。
ジュリアスは苦笑し、他三人を部屋から出してしまった。
「君の食事の時は体調不良者が続出するようだから、なるべく俺一人だけで見張るようにするよ」
「そうなの? 一体どうしたのかしら」
見張りの人数が減るのは逃げ出せる可能性が高まるのでありがたい。
「……無自覚って怖いな」
ジュリアスがぼそっと呟いたが、その言葉は小さすぎてヴィクトリアには聞こえなかった。
神妙な面持ちで見張るジュリアスに対して、ヴィクトリアは先程から思っていた疑問をぶつけてみた。
「ねえ、私を捕まえた黒髪の人はどこへ行ったの? あの人の名前は?」
廊下に控えている者たちの中からあの黒髪の男の匂いはしないし、建物の外にもいない。
「あいつが気になる?」
「気になるというか……」
黙り込んでいると、ジュリアスがクスッと微笑んだ。
「君を捕まえた男の名前はレイン・グランフェル。十九歳。銃騎士隊二番隊所属。独身。恋人はいない。女嫌いで通っているので交際歴もない」
最後の方の情報はいらないのだが。
「好きになった? 一目惚れ?」
ジュリアスは瞳を輝かせ、喜んだような表情をして聞いてくる。
(いやいやいや……)
「何でそうなるのかしら。自分を捕まえた人の名前くらい知りたいわ」
「まあ、そうだね」
そう言いながらジュリアスは顎に手を置いて何事かを考えるようにしている。ちょっとした仕草が絵画のように様になる男だ。
「レインは今仮眠を取りに行っている。昨日は夜勤で君を捕まえてからずっと起きていたんだ。夕方くらいにはまた顔を出すだろう」
「そうなのね」
会話をしながら食べ進めていくが、肉が大きすぎてなかなか食べ難い。
頬の真ん中あたりにまでソースが付いてしまい、だんだんと汚れの範囲が酷くなってきている。
「小さい子供みたいだな」
ジュリアスに言われて、ヴィクトリアはちょっとむっとした。
「里にいた時はもう少し食べやすいように切った状態で出てきたわ。この料理が大きすぎるのよ」
「じゃあ次からはそうするように調理の者に伝えておくよ。ほら、顔上げて」
ジュリアスは布ナプキンでヴィクトリアの口元を拭おうとしてくる。ヴィクトリアは距離の近さに驚いた。
「やめて、自分でできるわ」
「いいから」
ジュリアスはヴィクトリアの唇と、頬に付いた汚れを優しく拭ってくれた。それから皿の横に添えられただけで一度も使われていないナイフとフォークを握ると、肉を一口大の大きさに切ってくれた。綺麗に切り分ける手際のよさに感動する。
「ありがとう。あなたは面倒見がいいのね。まるでお兄さんみたい」
「ああ、弟が六人いるからかな。うちは男ばかりの七人兄弟なんだ。俺は長男。もうすぐあと一人産まれるから八人兄弟になるよ。兄気質があるのは自覚してる」
「まあ、八人も。あなたのお父さまとお母さまはずいぶんと頑張ったのね」
獣人は身体が丈夫なので子沢山が多い。人間も、この国では十四歳から結婚出来るので、一組の夫婦から産まれる子供の数は多くなる。けれど八人は多い方だろう。
なぜかヴィクトリアの「お父さまとお母さま」の言葉の部分で、ジュリアスの紺碧の瞳に微かに陰りが見えた気がしたが、それはほんの一瞬のことだった。
「ナイフとフォークくらい使えるようになるといいよ」
「……死罪になるかもしれないのに、そんなの、必要ないでしょう」
急にその場の雰囲気が暗くなった。数秒の沈黙の後、ジュリアスが口を開く。
「あまり心配するな。俺だって君には死んでほしくない。死罪にはしないよう進言しておくから」
ジュリアスは安心させるかのようにヴィクトリアの頭にぽんぽんと手を置いた。
「君は悪い獣人じゃない。君はとてもいい子だ。俺は獣人が全員悪い奴らばかりだとは思っていない。銃騎士隊の者たちは獣人は排除する考えの者が圧倒的だが、俺自身は獣人と人間が共存できればいいと思っている。殺し合いじゃなくて、互いが平和に過ごせる道を模索するべきなんだ。いつまでも血が流れ続けるのはお互いにとって不幸なことだからね。まあ、俺がこんな考えを持っていると周囲に知られたら懲戒ものだが」
この人は人間だけれど、獣人に味方するような考えを持っているということか。
ただ、と、ジュリアスは少し言い難そうにしながら言葉を続ける。
「現状、君が生き延びるには、誰かに引き取ってもらうしか方法がない。君もそのつもりで、覚悟を決めておいてくれないか」
獣人が人間に捕まっても殺されない唯一の方法は、本で読んで知っている。
それはつまり、誰かの奴隷になるということだ。
0
あなたにおすすめの小説
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった
アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。
そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。
しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる