34 / 220
対銃騎士隊編
32 シドに勝てる者
しおりを挟む
ヴィクトリアは目を覚ます。夢は見なかった。ただこんこんと眠り続けていたようだ。北側の窓の向こうが薄く青色に変わっている。黎明を迎えているようだが、小屋の中は依然薄暗い。
ヴィクトリアが横たわる寝台のすぐ側に知らない少年が立っていた。髪も瞳の色も同じ茶色で、顔立ちは鋭くキリッとした印象のある同じ年くらいの少年だ。
その人物は、ヴィクトリアが目を覚ましたのに気付くと彼女の顔を覗き込んできた。
「おはよう、姫さん」
冷徹な印象を感じたのは一瞬で、少年が満面の笑みを浮かべると表情が一気に温かみを帯びた。
至近距離に異性の笑顔があり、その衝撃で一気に覚醒したヴィクトリアは掛かっていた布団を跳ね除けて寝台から飛び降りた。足枷はそのままだがなぜか手枷が無くなっていたので普段と同じように動けた。警戒するように距離を取ろうとするが、少年はヴィクトリアが動くのと同じ速度で嬉々として彼女に張り付いてくる。
「姫さーん!」
「誰? 何? 何なの? 近くに寄らないで!」
柵の内側を必死で逃げるヴィクトリアに対し、少年は彼女を見てニコニコと笑いながら追い付いているのでかなり余裕がありそうだ。少年からは人間の匂いがして獣人ではないようだが、なかなかの手練だ。
「酷いな姫さん、俺だよ俺、俺俺」
「あなたなんか知らないわ!」
「酷いよ、俺と姫さんの仲じゃないか。姫さぁぁぁん!」
少年が腕を広げ締まりのない顔で抱きついてこようとするので、ヴィクトリアは悲鳴を上げた。しかし寸前でレインがヴィクトリアの目の前に立ちはだかって後ろ手に庇ったのと、ジュリアスが少年の襟首を掴んで止まらせた。
「浮かれるのはわかるがやりすぎだ、オリオン」
ジュリアスが少年を窘める。少年はオリオンという名前らしい。
寝起きに見知らぬ少年に追い掛け回されたせいで昨日の記憶が一部飛んでいたが、レインの背中を見て昨日起こった大変な出来事を思い出した。シドに見つかったのだ。ついでにレインにとんでもないことを口走った記憶も蘇ったが、その部分に関しては記憶が飛んだままでいてくれた方が良かった。
(むしろレインの記憶こそ飛んでいてくれないかしら)
赤面ものの失態だが、今はそんな事よりもシドだ。神経を集中させて探れば敷地内の離れた所からシドの気配がする。シドは――――――昨日よりも怒り狂っている。ヴィクトリアはよろけてその場に蹲り、顔面蒼白になってぶるぶると震え出した。
動いたのはオリオンだ。
「大丈夫だから、安心して」
オリオンはレインとの間に割って入ると、ヴィクトリアの額に右手を置いた。途端、脳内にとある絵がはっきりと浮かび上がる。
赤髪の男が壁や天井から伸びる数多の鎖で繋がれ吊るされている。鎖の全てに黄白色の光を放つ不可思議な帯が螺旋状に巻き付いていた。シドの顔下半分から顎にかけて鈍色をした金属製のマスクが覆っている。
シドがおもむろに鎌首もたげた。赤い血のような瞳が強い殺意を持ってこちらを向く。ヴィクトリアの喉の奥からひっと悲鳴に成りきらない声が漏れた。
目の前に浮かんでいた光景が消える。レインが眉根を寄せながらオリオンの腕を掴んでヴィクトリアから手を離させていた。
「今のは…… 夢?」
「いや、現実だ。シドを捕まえた」
ヴィクトリアはそう話すオリオンを見つめて目を瞬かせた。
「今、何て言ったの?」
「シドを捕縛した。その場から一切動けないように封じ込めてある。姫さんにはもう指一本触れさせないから安心してくれ」
ジュリアスはオリオンがヴィクトリアの額に手を置いた時からずっと、険しい顔をしている。
「オリオン……」
呟いたジュリアスの口調は咎めるようなものだが、オリオンに悪びれた様子はない。
「いいだろ、俺の能力が少しくらいばれたって。姫さんは俺にとっては身内みたいなもんなんだよ。それで姫さんが安心してくれるなら安いもんだ」
ヴィクトリアは混乱し、頼るような視線をジュリアスに向けた。
「オリオンが君に見せた光景は現実だ。俺たちはシドを捕まえた」
ジュリアスがオリオンの言葉が真実であると後押しする。
ジュリアスの身体からシドの匂いがする。この人は確かにシドと一戦交えている。なのに、ジュリアスに目立った怪我はない。隊服は所々破れたり汚れたりしているが、彼はシドに痛めつけられることなく生きている。
(そんな馬鹿な)
こんな奇跡みたいなことが起こるのだろうか。
(まさかシドに勝てる者がいるだなんて)
再び集中して気配を探ってみても、シドは怒ってはいるが同じ場所に留まったままだ。この距離ならシドはヴィクトリアの所在を把握しているはずだが、こちらに来る気配はない。
「シドの脅威は去った。もう怯えなくていい。君の苦しみは終わったんだ、ヴィクトリア」
そう言って、美しい顔に極上の笑みを讃えるジュリアスを、ヴィクトリアは呆然と見上げていた。
(この人は、神か何かか?)
ヴィクトリアが横たわる寝台のすぐ側に知らない少年が立っていた。髪も瞳の色も同じ茶色で、顔立ちは鋭くキリッとした印象のある同じ年くらいの少年だ。
その人物は、ヴィクトリアが目を覚ましたのに気付くと彼女の顔を覗き込んできた。
「おはよう、姫さん」
冷徹な印象を感じたのは一瞬で、少年が満面の笑みを浮かべると表情が一気に温かみを帯びた。
至近距離に異性の笑顔があり、その衝撃で一気に覚醒したヴィクトリアは掛かっていた布団を跳ね除けて寝台から飛び降りた。足枷はそのままだがなぜか手枷が無くなっていたので普段と同じように動けた。警戒するように距離を取ろうとするが、少年はヴィクトリアが動くのと同じ速度で嬉々として彼女に張り付いてくる。
「姫さーん!」
「誰? 何? 何なの? 近くに寄らないで!」
柵の内側を必死で逃げるヴィクトリアに対し、少年は彼女を見てニコニコと笑いながら追い付いているのでかなり余裕がありそうだ。少年からは人間の匂いがして獣人ではないようだが、なかなかの手練だ。
「酷いな姫さん、俺だよ俺、俺俺」
「あなたなんか知らないわ!」
「酷いよ、俺と姫さんの仲じゃないか。姫さぁぁぁん!」
少年が腕を広げ締まりのない顔で抱きついてこようとするので、ヴィクトリアは悲鳴を上げた。しかし寸前でレインがヴィクトリアの目の前に立ちはだかって後ろ手に庇ったのと、ジュリアスが少年の襟首を掴んで止まらせた。
「浮かれるのはわかるがやりすぎだ、オリオン」
ジュリアスが少年を窘める。少年はオリオンという名前らしい。
寝起きに見知らぬ少年に追い掛け回されたせいで昨日の記憶が一部飛んでいたが、レインの背中を見て昨日起こった大変な出来事を思い出した。シドに見つかったのだ。ついでにレインにとんでもないことを口走った記憶も蘇ったが、その部分に関しては記憶が飛んだままでいてくれた方が良かった。
(むしろレインの記憶こそ飛んでいてくれないかしら)
赤面ものの失態だが、今はそんな事よりもシドだ。神経を集中させて探れば敷地内の離れた所からシドの気配がする。シドは――――――昨日よりも怒り狂っている。ヴィクトリアはよろけてその場に蹲り、顔面蒼白になってぶるぶると震え出した。
動いたのはオリオンだ。
「大丈夫だから、安心して」
オリオンはレインとの間に割って入ると、ヴィクトリアの額に右手を置いた。途端、脳内にとある絵がはっきりと浮かび上がる。
赤髪の男が壁や天井から伸びる数多の鎖で繋がれ吊るされている。鎖の全てに黄白色の光を放つ不可思議な帯が螺旋状に巻き付いていた。シドの顔下半分から顎にかけて鈍色をした金属製のマスクが覆っている。
シドがおもむろに鎌首もたげた。赤い血のような瞳が強い殺意を持ってこちらを向く。ヴィクトリアの喉の奥からひっと悲鳴に成りきらない声が漏れた。
目の前に浮かんでいた光景が消える。レインが眉根を寄せながらオリオンの腕を掴んでヴィクトリアから手を離させていた。
「今のは…… 夢?」
「いや、現実だ。シドを捕まえた」
ヴィクトリアはそう話すオリオンを見つめて目を瞬かせた。
「今、何て言ったの?」
「シドを捕縛した。その場から一切動けないように封じ込めてある。姫さんにはもう指一本触れさせないから安心してくれ」
ジュリアスはオリオンがヴィクトリアの額に手を置いた時からずっと、険しい顔をしている。
「オリオン……」
呟いたジュリアスの口調は咎めるようなものだが、オリオンに悪びれた様子はない。
「いいだろ、俺の能力が少しくらいばれたって。姫さんは俺にとっては身内みたいなもんなんだよ。それで姫さんが安心してくれるなら安いもんだ」
ヴィクトリアは混乱し、頼るような視線をジュリアスに向けた。
「オリオンが君に見せた光景は現実だ。俺たちはシドを捕まえた」
ジュリアスがオリオンの言葉が真実であると後押しする。
ジュリアスの身体からシドの匂いがする。この人は確かにシドと一戦交えている。なのに、ジュリアスに目立った怪我はない。隊服は所々破れたり汚れたりしているが、彼はシドに痛めつけられることなく生きている。
(そんな馬鹿な)
こんな奇跡みたいなことが起こるのだろうか。
(まさかシドに勝てる者がいるだなんて)
再び集中して気配を探ってみても、シドは怒ってはいるが同じ場所に留まったままだ。この距離ならシドはヴィクトリアの所在を把握しているはずだが、こちらに来る気配はない。
「シドの脅威は去った。もう怯えなくていい。君の苦しみは終わったんだ、ヴィクトリア」
そう言って、美しい顔に極上の笑みを讃えるジュリアスを、ヴィクトリアは呆然と見上げていた。
(この人は、神か何かか?)
1
あなたにおすすめの小説
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった
アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。
そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。
しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる