あなたの処女、頂きます

鈴田在可

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「淫夢」の解決方法

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 梓が目覚めたのは夜中の一時頃だった。身体中が寝汗で濡れていて、夢の中で男に抱かれていた時のように局部が疼いている。股の間から溢れる愛液が止まらなくて、パジャマとシーツにまで染みが広がっていた。明らかに昼間よりも量が増えている。

 梓は現実世界での経験はないが、性欲の高まりを強く覚えた。食欲とは違うが、それは飢餓感に似ていた。満たされないこの感覚を何とかして埋めなければ、自分はこのまま狂って死ぬのではないかと思った。 

 梓はいっそ、自前の指や何か棒状のものを入れて疼く膣を満足させようかと思ったが、自分でしたことはなかったので、今はまだ躊躇ためらいの方が大きい。
 梓はおかしな考えを振り払うと、ローテーブルの上に置いていた手提げ鞄から、昼間もらった颯真の名刺を取り出した。

 こんな時間に電話をかけるのは非常識だ。でも、梓は電話をかけた。

 ここで何も手を打たなければ、自分は突き動かされる欲望に負けて完全に理性を失い、何か大変なことをしでかす気がした。

 梓が電話をかけ始めたのと同時に、二階の私室に面している古ぼけたアパートのベランダがギシッと軋んだ。
 まるでそこに誰かが潜んでいたような気配だが、梓はたまに来る猫ちゃんだろうと思い込んだ。

 梓は、窓の外からわずかに、タンッ! と、誰かが地面に着地したような靴音を聞いても、猫ちゃんに違いないと疑いもしなかった。

『はい』

 程なく、颯真が電話に出た。

「九条さん……」

『はい、九条です』

「九条さん…… 私、変な夢を見るんです。夢の中でお兄ちゃんとずっとセックスしてるんです。兄妹であんなことしちゃいけないのに…… お兄ちゃんは結婚するのに…… 私、こんなこと考えてたらいけないのに…… どうしたらいいのかわからなくて……」

『今行きます』

 途中から涙交じりに心情を吐露した梓の発言には、過激な内容も含まれていたが、颯真は突然の相談を驚いたり咎めたりすることはなかった。颯真が初対面の時と変わらない落ち着いた声の調子で話してくるので、ざわついていた梓の心も少し落ち着きを取り戻した。

 昼間言っていた通り、颯真が自分の所に駆け付けてくれると聞いてホッとしていると、すぐにインターフォンがピーンポーンと鳴った。

「……?」

 颯真の到着にしては流石に早すぎるので、梓はこんな時間に一体誰だろうと思った。

『一ノ瀬さん、玄関の鍵を開けてもらえますか?』

 けれど、繋がったままのスマホから声がして、梓は訪問者が颯真だと知る。

 ただ、ある意味極限状態にいる梓は、颯真のあまりにも早すぎる到着については、ほとんど気にも止めず、むしろ早く来てくれて助かったと思った。

「は、い…… すぐに開けます」

 私室の床に座り込んでいた梓は立ち上がり、玄関に向かおうとするも、身体中が何だか怠くて、動くたびに股間も疼いた。はあはあと呼吸も荒くて、発情状態のようになっている梓は、まともに歩けなかった。

『こちらで開けます』

 あまりにも時間がかかりすぎたせいか、廊下の途中でうずくまっていると、手に持ったままのスマホから颯真の声が聞こえて、次いでカチャカチャカチャ…… と、玄関のドアノブがいじられ始めたと思ったら、すぐにカチャッと解錠の音がした。颯真には早業のピッキング技術があるらしい。

 玄関のドアが開くと、颯真が昼間に会った時と変わらない黒スーツ姿と無表情でそこにいて、「失礼します」と言って玄関内に入ってきた。
 颯真は玄関のドアを閉めると、内側から施錠してチェーンもかけたので、今家の鍵を持つ兄が帰宅したとしても、たぶん中には入れない。

 颯真は革靴を脱ぐと、まっすぐに梓の元へ来て屈み込んだ。

「大丈夫ですか?」

「九条さん…… 身体が熱くて……」

「あまり大丈夫ではないようですね」

 言って、颯真はスーツの内ポケットからまたあの謎の小型機械を出すと、金属探知機を扱うようにして梓にかざした。

「昼間よりも数値が上がっていますね……」

 颯真の表情はずっと変わらないが、声のトーンが落ちていたので、あまり良くない状況らしいと知る。

「部屋へ戻りましょう」

 颯真は梓を抱え上げると、初めて入ったはずのアパートの室内で、迷うことなく梓の私室へ向かった。

 ――帰宅してからずっと颯真に様子を探られていたことなど何も知らない梓は、イケメンに姫抱きにされたことで、ふわふわと幸せな気持ちになりながら運ばれた。

 ベッドに下ろされた梓は、夢の中のいつもの展開のように、颯真が自分を襲ってくれないかと期待した。しかし颯真は梓の身体にタオルケットを掛けると、ベッド脇に座り、こちらに視線を合わせて話を始めた。

「一ノ瀬さん、まだはっきりと断言できる状態ではないのですが、F機関が調べた限り、あなたに『淫夢』という異常事態が発生している可能性が極めて高いです」

「いんむ?」

「漢字では『淫らな夢』と書きます」

 それだけで、梓は自分の状態を納得した。

「その異常を治すには、どうしたらいいですか?」

「『淫夢』の原因は、現実世界での欲求不満です。現実では通らない要求を、夢の中で満たそうとします。
 それが特に性的な方面に傾いた場合を、F機関では『淫夢』と定義付けしています。

 一ノ瀬さんは、実のお兄さんを愛していたんですよね?

 ですが、現代日本でその思いが成就し、かつ、周囲からも祝福されるようなケースはほぼないでしょう。
 鬱屈した思いを抱えていた一ノ瀬さんは、やがて『淫夢』を身に宿すようになったのだと思います」

「確かに…… エッチな夢を見るようになったのは、兄と出会った後に、兄への好意を自覚した頃からだと思います。

 でも私、今日は兄以外の人との夢も見てしまったんです。今までこんなこと一度もなかったのに…… 兄のことが好きなら、兄以外の人との夢を見るのはおかしくありませんか?」

「お兄さん以外の人との夢を見たのは、今日が初めてなんですか?」

「そうです」

「……他に『淫夢』のことで――特に今日の昼間、二階堂家を訪れて以降に、何か変わったことはありませんでしたか?」

「そういえば、今日の夢の中の兄は、いつもと少し違っていました。いつもは私のことをとても大切にしてくれるのに、私が『やめてほしい』と言っても、やめてくれなくて、ちょっと怖かったです」

 答えると、颯真が無表情のままで少し無言になった。どうやら頭の中で思考を整理しているらしい。

「『淫夢』は本来、それほど深刻な異常ではありません。実は『淫夢』を見る人の数はかなり多いんです。

 思春期の男子も『淫夢』を見ることで精通しますが、その場合の『淫夢』を必ずしも『異常』と定義することはできないんです。

 我々F機関は異常事態のレベルを数値化することに成功しましたが、『精通する時の夢』は、異常事態とされる基準値を超えないことがほとんどです。

 異常か正常かの判断は時にケースバイケースであり、曖昧なものでもあります。

『淫夢』は現実世界で夢が叶ったり、欲求不満が解消されれば自然と消えますし、夢なので、いつかは内容を完全に忘れてしまうこともあります。

 今の一ノ瀬さんのように、身体がぐったりとして上手く歩けなくなる、というような悪影響が出ることは非常に稀です。

『淫夢』を見た場合はむしろ、『夢の中』という虚構の世界であっても、願望が叶うので、心が回復したり身体がスッキリして、良い影響が出ることの方が多いです。

 私が考えるに、一ノ瀬さんは元々『異常事態』に影響を受けやすい体質なんだと思います。

 今日は二階堂邸で、『神隠しの部屋』という別の異常事態が起こっていました。

 二階堂家で発生した『神隠しの部屋』の存在が、一ノ瀬さんが宿していた『淫夢』に何らかの悪影響を及ぼしたのではないでしょうか?」

『何となく今日はおかしい』というのは、二階堂雅悟の夢を見た時から梓も感じていたことだった。

「『神隠しの部屋』の影響を取り除いた上で、一ノ瀬さんの欲求不満を解消することが、今回の『淫夢』の解決方法だと思います」


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