天才錬金術師は、最強S級冒険者の元相棒

時暮雪

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元相棒、再会する

13。侵入者②

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「…ぐっ……ゲホ…」

 木の幹に叩きつけられ、衝撃で一瞬だけ息が出来なくなる。周りの草木が燃えている様子を、カザキはどうにも出来ずに眺めることしか出来ない。

 真夜中に侵入者が入った。しかも普通の人間ではない。わざわざ『隠された森』にかけられた護りの結界を壊した上で放火したような奴だ。
 ここら一帯は属性に関係なく精霊が集まってくる。その為の迷いの森であり、護りの結界だ。許しがなければ到達出来ない場所にやってきただけではなく、結界を壊せる程の実力の持ち主。しかも、燃える炎は火の精霊が操れないという想定外の事態。
 たとえ操れずとも水の精霊の力を借りて消化することは出来るはずだ。問題は、消火する暇さえ与えてくれない侵入者の実力。

 手も足も出なかった。どれだけ魔力を纏わせても、矢は全て燃やされてしまった。弓でさえ奪われ折られた。

 カザキは狩人である。そしてA級の冒険者でもある。勿論弓矢だけが武器ではない。体術だってある程度使えるし、魔法だって使える。
 なのに、全て防がれてしまった。まるで魔法を使うまでもないと言わんばかりに体術だけで負かされた。蹴り飛ばされた時の衝撃で内臓がやられたのか、ゲホリと血が口から流れる。
 森を守らなくてはいけないのに、手足が上手く動かない。体を起こすことすら困難なカザキを見下ろして、フードで顔の見えない侵入者が呟く。

「…………どうにも、贄はお前では足りなさそうだな…」
「…は、なに、を」
「三年前は惜しかった。アレを完璧な器にする為の贄は、やはり奴が丁度良いのだろう。忌々しい、私の邪魔をした彼奴が…!」

 三年前。その単語にカザキは土を握りしめる。贄やら器やらが何を…否、誰を指しているかはこの際どうでもいい。とにかく目の前の人物を止めなければならないと本能が警報を鳴らしていた。
 カザキの家とも呼べるこの森を燃やしただけではない。この侵入者は、三年前に兄が死にかけた原因だ。もはやカザキに興味を無くしたように兄たちがいる方向へ視線を向ける奴を、今ここで止めなくてはいけないのに。

 しかしカザキにはその力が残っていなかった。助けたくてつけた力は、到底足りなかったのだ。あまりに悔しくて、情けない。このままでは兄が危ないと言うのに、体はもはや動かない。
 侵入者を止めることが出来るのは、この場においてたった一人だろう。頼る事しか出来ない自分が不甲斐なくて、近づいてくる気配にしばらく流すことのなかった涙が勝手に零れ落ちた。

「……はっ!来たか」
「──貴様アァァァァァ!!!!」

 ガキン!と剣が魔法障壁にぶつかる。それだけで生まれた衝撃に侵入者の体が後方にズレる。それが予想外だったのか一瞬だけ止まる動きに、振り下ろされた剣によって障壁が割れた。
 勢いのまま飛び込んで来たガロンは、地に倒れ伏しているカザキに一瞬だけ視線を向けるとすぐさま意識を侵入者へと向ける。剣を構えれば相手も魔法を発動するべく片手を構える。
 激情の色が濃く溶けたオレンジの瞳に睨まれ、何が可笑しいのか侵入者は喉で笑う。

「ククク…随分と熱烈だな。そんなにあの時燃やされた相棒とやらが大事なのか?」
「…貴様だけは許さん。死すら温い苦痛を与えなければ、俺の気が済まない!!!」
「やれるものならやればいい!その内に、お前の大事な者は燃えてしまうがな!」

 その言葉に、相手の出方も見ずにガロンは突っ込む。突き出した刃はまたしても障壁に阻まれ、ゴウ!と火柱が足元から吹き上がる。それを身体強化で跳んで避け、阻まれるなら壊すまでだと魔力を乗せた剣が、拳が、蹴りが振り下ろされる。
 それすらも軽いと言わんばかりにいなしていく侵入者は、まるで流れ作業のように炎をそこらに撒いていた。完全に意識が外されたカザキは、苦手な土属性でどうにか体を起こすことが出来る程度に回復する。
 そして一つ引っかかると、侵入者の言葉を反芻していた。火の手が広がる森を見て、ふと気づいた。
 ハオがいないのである。森の鎮火をしているのかとも考えたが、それに使用されるであろう水魔法の気配すらしない。ならば何故と考えて、ようやく何が引っかかったかに気づいた。

 ガロンの様子から見て、侵入者は三年前の事件の犯人で間違いないだろう。そして奴が言った「大事な者は燃えてしまう」という言葉。
 事件の後、ハオは別段火や炎に変わった態度を見せなかった。普通に料理や焚き火をしたり、火の精霊にも普通に接していた。だから、カザキはてっきりトラウマにはなっていなかったのだと思っていた。
 が、それが自分を焼いた炎とは違うと分かっていたから平気だったとしたら?今森を焼いている炎はハオを焼いた炎と同じものな訳で。

 その場合どうなるかなんて、分からないほどカザキは子供ではない。

 ガロンにそれを伝えようにも、彼は侵入者に煽られ頭に血が上ってしまっていた。カザキの体はまだ立ち上がれる程ではなく、精霊達は森を維持するのに忙しい。
 どうすればいいのか。焦ることしか出来ないカザキは、ふと感じた魔力の気配に空を見上げる。頭上を覆うのは大量の水だった。
 バシャバシャと勢いよく降り注ぐ水に、戦っていた二人すらピタリと止まる。途端に勢いの弱まっていく炎を見て、水を降らせた人物に気づいた侵入者が忌々しげに舌打ちをした。

「あぁぁあぁ…またしても!!これでだ!!贄の分際で!!!何度も!!!私の邪魔をする!!!!大人しく死ねばいいものを!!!!」

 激昴した侵入者は、叫びながら八つ当たりのように目の前のガロンへと殴りかかる。その腕がまるで魔物のように鱗で覆われており、流石に動揺したガロンは剣で受け止めたものの弾き飛ばされてしまった。
 先程までは普通の人間の腕だったのに、突然の変化に離れていたカザキもその腕を凝視してしまう。してしまったから。
 まるで瞬間移動のように一瞬で目の前に現れた侵入者に、反応が遅れた。しかしそもそも振り上げられた腕を避けるだけの力は、無い。まるでスローモーションのように進む世界で、カザキの耳に唯一届いた音はたった一人の大事な家族の声だった。

「"ムルウス"!!」

 瞬時に土が盛り上り、カザキを守る壁となる。攻撃を防ぐと同時に、侵入者の体に太い木の根が巻きつく。鬱陶しげにそれを燃やそうと片手を動かすが、木の根が燃える気配はない。

「っ、何故魔法が…!!」
「んな簡単に燃やさせる訳ねぇだろ!!"オーヴィレ"!!」
「ぐぁっ!」

 動揺を隠しきれない侵入者に、息を切らせつつ現れたハオは容赦なくロッドを振り下ろした。ボキリと、到底人体からしてはいけない音がする。
 木の根により四肢の骨を折られた侵入者は、しかしやけに大人しかった。捕らえられたというのに暴れさえしなくなったのだ。
 手足を折られたから、では説明がつかない。その程度で止まるような目的で動いているようには見えなかったからだ。ハオとカザキが警戒心を高めながら観察していれば、先程弾き飛ばされたガロンが戻って来た。
 ガロンは侵入者を一瞥すると、剣を鞘へ仕舞った。もはや目的のものは無くなったと言わんばかりに、驚くハオに近づいて無事を確認し始める。侵入者は、木の根の中でいつの間にかぐったりと動かなくなっていた。

「ガロンさん?あの、アイツいいの?」
「アレはもう偽物だ。水が降った時に成り代わったのか、そもそも初めから偽物で憑依していたのか…ともかく、奴はもういない。チッ!また逃げられた…!」
「…ほん、とだ。ケホッ……これ、魔物。リザードマン、に、なって、る」
「マジかよ…って、カザキ!?なん、なんでそんなボロボロなんだ!?!?か、回復っ!!えと、えと、"サナテオ"!!」

 ローブを取り払えば、そこには息絶えたリザードマンがいた。手足を折ったぐらいでは死なない魔物のはずだが、ピクリとも動かなければ既にその身体は冷たくなっている。
 つまり初めから死体だったのだろう。それに気づいて顔を顰めたハオだが、頭や口から血を流すほど重症なカザキに素っ頓狂な叫びを上げると慌てて回復魔法をかける。

 周りに残っていた炎は、水の精霊たちを中心に問題なく消火されていた。焼けた草木は土の精霊や光の精霊が飛び回り徐々に回復の兆しを見せている。
 この調子ならば数日で元に戻るだろう。それにホッと息を吐き出して、かなり楽になった体にお礼を言おうとハオの方を向いたカザキはふとその足元に視線を落とす。そしてギュッと顰められた眉に気づいたガロンが同じく視線を落とした。
 それにハオはあからさまにギクリと肩を揺らす。言い訳をしようと口を開くよりも先に、ガロンによって抱き上げられた。横抱きにされたことにより中に浮いた足は、見事に真っ赤である。

「血だらけじゃないか!!なんで靴を履いてない!!!」
「履く手間すら惜しかったんだ!!仕方ないだろ!!!」
「にーちゃん、オレ、ちゃんと履いた」
「以後気をつけます!!!!」

 同時に動いたであろうカザキに言われてしまえば、言い訳するだけ無駄である。手間を惜しんだのは確かだが、普段からそこまで面倒な靴を履いている訳では無い。森を走ると分かっているのだから、三秒くらいは使っても良かっただろう。
 治すにしても一度洗った方がいいと、そのまま家に帰ることになった。ガロンは属性魔法が使えないし、カザキは水魔法が苦手であった。この中で唯一使えるハオは、道中を消火しながら来たため残り魔力が少ないから。

 そうして、一番軽傷なはずのハオが抱えられて帰ることになったのであった。なお、本人は大変不服そうである。




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