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第三章 裏路地の戦い①
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黒い霧が見えたらすぐに逃げなさい、悪い子を捕まえに悪魔がやってくるよ。
ちょっと昔に流行ったお伽話だが、幻想種はお伽の世界からやってくる。
髑髏を連想させる白い顔。すらりと伸びた真っ黒な全身と手足。頭から流れた血のように流れる黄色のライン。かろうじて人間の、加えるなら女性の姿形をしていたが、生理的な嫌悪感は拭えない。あれは捕食者だ。見る者を凍り付かせる八ッの赤い瞳が、アリシア・バーンズをしっかりと捉えている。
センはアリシアに向かって飛び出した。
手を掴んで逃げるにせよ、押し倒して八ッ目の攻撃を回避するにせよ彼女に接近する必要があったからだ。
彼女の瞳は明らかに狼狽していた。
だが思考と手先の硬直はしていなかった。
「伏せて――!」
一発分の乾いた発砲音が響く。
センの左頬からわずか数センチ逸れて撃ち込まれた弾丸は八ッ目の頭部めがけて飛んでいく。八ッ目はまるで予期していたかのように弾道の先に右手を重ね、1発の銃弾は虚空へ弾かれてしまった。だが【赤髪】の名は伊達ではない。続けて飛んできた2発、3発目の弾丸が、八ッ目の瞳に直撃したのだ。
予期せぬ攻撃に顔をうずめる八ッ目。
センはアリシアが早撃ちを得意とするのは噂に聞いていたが、その神業を目にするのはこれが初めてだった。
スポット・バースト・ショット。あの一瞬に、そしてこの状況で、3発もの銃弾を発射したのだ。
アリシアはよろけるセンの腕を掴んで後ろに向かって走り出した。
「ア、アリシア……いつから人間やめちゃったのよ。すげぇ判断力……」
「身体が自然と動いたの! それよりも今のなんなの!? てか効いてないのッ……?」
「怪物相手に普通の銃弾なんて効かないよ! あの路地を右に曲がった先に武器屋があったの覚えてる!? でっかい銃もってきてよ! 象くらいぶっ倒せるようなでっかいの! 俺はそれまで時間を稼いでやるから!」
「はァ!? あんたも武装するべきでしょ! そんな安っぽい棒でどうにかなる相手ッ……!?」
「アリシアさん……俺の異名を覚えてる? 無駄撃ちで有名な」
「あ。あァ――、たしか【大喰らい】だったわね」
「20メートル先の空き缶に20発ぶち込んで1発も当たらない俺よか、アリシアのほうが倒せる可能性があるってわけだ。頑張って生き残ってみせるから、頼まれてくれよ」
わずかに沈黙があったが、長考というわけでもない。
こんなとき感情に走らない合理的な思考ができる人物だとセンは彼女を評価していた。
それに自分が簡単に倒れるような男ではないという信用を得ている、そんな気はしていた。
「あんたを信じさせてよ」と彼女は走り出し、
「君が信じてくれるなら、いくらでも」と彼は立ち止まり、振り返った。
ほんの数メートル離れただけで、恐ろしいほどの静寂がアリシアを不安にさせた。振り返って安否を確認したい気持ちがあったが時間のロスになる。センを助けるには早急に武器を調達して戻ってこなければいけない。
だから迷わず、余計なことも考えず、ひたすら目的地へと走った。
走って、走って、そこでふと違和感に気づく。
センの言葉だ。なにか引っ掛かる。
それはT路地に差し掛かったところで、明確になりつつあった。いやだがそんなまさか、こんな状況でそれはない。「あの路地を右に曲がった先に」と彼は言っていた。だが、アリシアもこの街の人間だ。完全に把握しているわけではないが、何度も歩いているから土地勘はある。たしかこの先は――、モントローザ花店。クリケット・ベーカリー。雑貨屋ハンス。民家。民家。あれ、たしか、やっぱり、えっと。
息を切らしたアリシアは立ち止まって深呼吸。
「う、嘘。あいつ……武器店なんて、ないじゃない――」
まさかあいつ、私を逃がすためにわざと?
騙されたと気づき血の気が引きながらも彼女はセンのもとへ戻ろうとした。
直後、拳銃とは比較にならない鈍い轟音が続けざまに響き渡る。
ちょっと昔に流行ったお伽話だが、幻想種はお伽の世界からやってくる。
髑髏を連想させる白い顔。すらりと伸びた真っ黒な全身と手足。頭から流れた血のように流れる黄色のライン。かろうじて人間の、加えるなら女性の姿形をしていたが、生理的な嫌悪感は拭えない。あれは捕食者だ。見る者を凍り付かせる八ッの赤い瞳が、アリシア・バーンズをしっかりと捉えている。
センはアリシアに向かって飛び出した。
手を掴んで逃げるにせよ、押し倒して八ッ目の攻撃を回避するにせよ彼女に接近する必要があったからだ。
彼女の瞳は明らかに狼狽していた。
だが思考と手先の硬直はしていなかった。
「伏せて――!」
一発分の乾いた発砲音が響く。
センの左頬からわずか数センチ逸れて撃ち込まれた弾丸は八ッ目の頭部めがけて飛んでいく。八ッ目はまるで予期していたかのように弾道の先に右手を重ね、1発の銃弾は虚空へ弾かれてしまった。だが【赤髪】の名は伊達ではない。続けて飛んできた2発、3発目の弾丸が、八ッ目の瞳に直撃したのだ。
予期せぬ攻撃に顔をうずめる八ッ目。
センはアリシアが早撃ちを得意とするのは噂に聞いていたが、その神業を目にするのはこれが初めてだった。
スポット・バースト・ショット。あの一瞬に、そしてこの状況で、3発もの銃弾を発射したのだ。
アリシアはよろけるセンの腕を掴んで後ろに向かって走り出した。
「ア、アリシア……いつから人間やめちゃったのよ。すげぇ判断力……」
「身体が自然と動いたの! それよりも今のなんなの!? てか効いてないのッ……?」
「怪物相手に普通の銃弾なんて効かないよ! あの路地を右に曲がった先に武器屋があったの覚えてる!? でっかい銃もってきてよ! 象くらいぶっ倒せるようなでっかいの! 俺はそれまで時間を稼いでやるから!」
「はァ!? あんたも武装するべきでしょ! そんな安っぽい棒でどうにかなる相手ッ……!?」
「アリシアさん……俺の異名を覚えてる? 無駄撃ちで有名な」
「あ。あァ――、たしか【大喰らい】だったわね」
「20メートル先の空き缶に20発ぶち込んで1発も当たらない俺よか、アリシアのほうが倒せる可能性があるってわけだ。頑張って生き残ってみせるから、頼まれてくれよ」
わずかに沈黙があったが、長考というわけでもない。
こんなとき感情に走らない合理的な思考ができる人物だとセンは彼女を評価していた。
それに自分が簡単に倒れるような男ではないという信用を得ている、そんな気はしていた。
「あんたを信じさせてよ」と彼女は走り出し、
「君が信じてくれるなら、いくらでも」と彼は立ち止まり、振り返った。
ほんの数メートル離れただけで、恐ろしいほどの静寂がアリシアを不安にさせた。振り返って安否を確認したい気持ちがあったが時間のロスになる。センを助けるには早急に武器を調達して戻ってこなければいけない。
だから迷わず、余計なことも考えず、ひたすら目的地へと走った。
走って、走って、そこでふと違和感に気づく。
センの言葉だ。なにか引っ掛かる。
それはT路地に差し掛かったところで、明確になりつつあった。いやだがそんなまさか、こんな状況でそれはない。「あの路地を右に曲がった先に」と彼は言っていた。だが、アリシアもこの街の人間だ。完全に把握しているわけではないが、何度も歩いているから土地勘はある。たしかこの先は――、モントローザ花店。クリケット・ベーカリー。雑貨屋ハンス。民家。民家。あれ、たしか、やっぱり、えっと。
息を切らしたアリシアは立ち止まって深呼吸。
「う、嘘。あいつ……武器店なんて、ないじゃない――」
まさかあいつ、私を逃がすためにわざと?
騙されたと気づき血の気が引きながらも彼女はセンのもとへ戻ろうとした。
直後、拳銃とは比較にならない鈍い轟音が続けざまに響き渡る。
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