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学園6年目
火の侯爵デビュー ~ヘヴィさん視点~
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一連の騒動が終わり、スプーラ殿下の号令で音楽が始まってすぐ、広間の中央でスプーラ王子とエルグラン王子のファーストダンスとやらがあった。
華やかなだけではない、強い意志を持ったダンスは圧巻だった。
それが終わると、今度はスプーラ王子はゴードと、エルグラン王子はジョンとダンスを始める。
それに合わせてアルファード殿下とルースがその輪に加わる。
ルースはダンスが踊れないのだと聞いたが、確かにそのとおりで…。
「…酷いな」
俺は自分の事を棚に上げて呟く。
そして、周りの人間もクスクスと笑う。
「あのルース殿にも苦手な事があるのですな」
「あれほど様々な分野でご活躍なのに…」
「運動が不得手と言うにも程があるだろう…」
どうやら隣国カメリアでも、ルースの顔と名はよく知られているようだ。
すっかり国際化した学園の魔法学会や学術交流会の中心人物なのだからそれも当然の事か…。
「そろそろ呼び捨てもやめないとな…」
そう独り言を言ったところで、見知らぬ者から声をかけられた。
「あの、ヘヴィ・グロリオサ侯爵ですか?」
「ああ、そうだが」
「どうか私と一曲、踊って頂けませんか」
「……は?」
あっ、いかん。
「は?」とか言ってはいけなかった。
何といって断れば良かったんだったかな。
えっと、えーーっと…
くそ、助けを請おうにもルースはダンス中だし…
踊れないと言ったらゴードに恥をかかせることになるかもしれんし、
あー、えー、確か…
「いや、すまない。
踊る相手は既に決まっているのだ」
「あっ、そうなのですか…失礼致しました」
うん。よし。これだ。
相手も引き下がってくれた。
料理が出てくるまでこれで躱そう…
***
「いや、すまない。
踊る相手は既に決まっているのだ」
「そうなのですか?
せっかくローズの新しい火の侯爵様と素敵な一夜を、と思いましたのに…残念です」
何故こうも誘われるのだ?
俺のこの顔でモテるなどありえんが。
もしかして、侯爵になったからか?
くそ、やっぱり面倒じゃないか…騙された。
「どうしたグロリオサ侯」
「あっ、ベルガモット侯…」
一人でオロオロしている俺を見かねたのだろうか、ベルガモット侯が声をかけに来てくれた。
「ベルガモット侯も踊られないのですか?」
「もう散々踊らされて来たところだ!
4曲やったらすっかり疲れて…これも歳かな」
ああそうか、彼は生粋の貴族だった。
それに何でもそつなくこなせる男だ、ダンスくらいリードするほうもされるほうも自在だろう。
ああ、自分がベルガモット侯なら、誰から誘われてもスマートに踊れただろうに…
羨ましい。
俺のそんな思いを感じたかは分からないが、ベルガモット侯は言った。
「…何か飲物を、と思ってこちらを見たら貴公の姿があったのでな。
まさか左側にいたとは思わなかった」
「いや、魔法使いは左側だと聞きましたので…」
「貴公の体格ならどう見ても右側だろう!?
まあいい、あちらで同じように困っている者がいるんだ…行くぞ」
背中を押されて、移動を促される。
だが、俺には…魔法以外で役に立てる事などない。
「ですが俺、いや私は…」
すると、ベルガモット侯はくるりと振り返って俺の正面に立ち、真っ直ぐ目を見て、言った。
「堂々としていろ、グロリオサ侯。
火の侯爵に求められるのは魔法だ。
火魔法を最上級まで使えるなら申し分ない。
俺よりグロリオサ侯のほうが火の侯爵として相応しい、というのはそういう事だ。
他に出来ることなど無くても良い。
魔法侯爵は魔法に人生をかけるのが使命だ」
きっぱりと言い切った彼の目は真剣そのものだ。
決して俺を励まそうという言葉ではなく、事実を述べたまで…という事だろうか。
「…そう、なのでしょうか」
俺が返答に窮していると、彼は幾分か表情を和らげて教えてくれた。
「そうさ、他の4人を見てみると良い。
魔法は最上位まで当然のように使えるが、
剣も握れないし体術も使えないし楽譜も読めない、おまけに領地経営は人任せ。
侯のほうが魔石工学の知識を持っている分、上だとも言えなくはないんだぞ?
ついでに言うと…ダンスも俺がリードしてやらんと踊れんしな」
「えっ…」
そう、なのか?
皆ベルガモット侯ぐらい何でも出来るのだとばかり思っていたが…
その、生まれながらの貴族…な、わけだし。
「俺としか踊らないからそれでいいんだとさ。
あいつら、俺が出来る事は何でも頼ればいいと思っているんだ…怠惰だろう?」
「そ…う、なのですか…?」
それは、俺とあまり変わらんのでは…
俺もクリビア殿とでなければ踊れん訳だし。
「分かったらほら、堂々としろ!
それが火の侯爵の仕事だ。
さて、行くぞグロリオサ侯」
「あ、ああ…かしこまりました」
「そういう時は『うむ』で良いんだよ」
少し気が楽になった俺は、ベルガモット侯の後をついて広間の右側に向かった。
そこには…
「ああ、ほら、あれだ。
さっきから鼻息の荒い連中に囲まれて、随分しつこく誘われているんだ…」
大勢の男に囲まれて、ワインを飲まされているクリビア殿が、いた。
華やかなだけではない、強い意志を持ったダンスは圧巻だった。
それが終わると、今度はスプーラ王子はゴードと、エルグラン王子はジョンとダンスを始める。
それに合わせてアルファード殿下とルースがその輪に加わる。
ルースはダンスが踊れないのだと聞いたが、確かにそのとおりで…。
「…酷いな」
俺は自分の事を棚に上げて呟く。
そして、周りの人間もクスクスと笑う。
「あのルース殿にも苦手な事があるのですな」
「あれほど様々な分野でご活躍なのに…」
「運動が不得手と言うにも程があるだろう…」
どうやら隣国カメリアでも、ルースの顔と名はよく知られているようだ。
すっかり国際化した学園の魔法学会や学術交流会の中心人物なのだからそれも当然の事か…。
「そろそろ呼び捨てもやめないとな…」
そう独り言を言ったところで、見知らぬ者から声をかけられた。
「あの、ヘヴィ・グロリオサ侯爵ですか?」
「ああ、そうだが」
「どうか私と一曲、踊って頂けませんか」
「……は?」
あっ、いかん。
「は?」とか言ってはいけなかった。
何といって断れば良かったんだったかな。
えっと、えーーっと…
くそ、助けを請おうにもルースはダンス中だし…
踊れないと言ったらゴードに恥をかかせることになるかもしれんし、
あー、えー、確か…
「いや、すまない。
踊る相手は既に決まっているのだ」
「あっ、そうなのですか…失礼致しました」
うん。よし。これだ。
相手も引き下がってくれた。
料理が出てくるまでこれで躱そう…
***
「いや、すまない。
踊る相手は既に決まっているのだ」
「そうなのですか?
せっかくローズの新しい火の侯爵様と素敵な一夜を、と思いましたのに…残念です」
何故こうも誘われるのだ?
俺のこの顔でモテるなどありえんが。
もしかして、侯爵になったからか?
くそ、やっぱり面倒じゃないか…騙された。
「どうしたグロリオサ侯」
「あっ、ベルガモット侯…」
一人でオロオロしている俺を見かねたのだろうか、ベルガモット侯が声をかけに来てくれた。
「ベルガモット侯も踊られないのですか?」
「もう散々踊らされて来たところだ!
4曲やったらすっかり疲れて…これも歳かな」
ああそうか、彼は生粋の貴族だった。
それに何でもそつなくこなせる男だ、ダンスくらいリードするほうもされるほうも自在だろう。
ああ、自分がベルガモット侯なら、誰から誘われてもスマートに踊れただろうに…
羨ましい。
俺のそんな思いを感じたかは分からないが、ベルガモット侯は言った。
「…何か飲物を、と思ってこちらを見たら貴公の姿があったのでな。
まさか左側にいたとは思わなかった」
「いや、魔法使いは左側だと聞きましたので…」
「貴公の体格ならどう見ても右側だろう!?
まあいい、あちらで同じように困っている者がいるんだ…行くぞ」
背中を押されて、移動を促される。
だが、俺には…魔法以外で役に立てる事などない。
「ですが俺、いや私は…」
すると、ベルガモット侯はくるりと振り返って俺の正面に立ち、真っ直ぐ目を見て、言った。
「堂々としていろ、グロリオサ侯。
火の侯爵に求められるのは魔法だ。
火魔法を最上級まで使えるなら申し分ない。
俺よりグロリオサ侯のほうが火の侯爵として相応しい、というのはそういう事だ。
他に出来ることなど無くても良い。
魔法侯爵は魔法に人生をかけるのが使命だ」
きっぱりと言い切った彼の目は真剣そのものだ。
決して俺を励まそうという言葉ではなく、事実を述べたまで…という事だろうか。
「…そう、なのでしょうか」
俺が返答に窮していると、彼は幾分か表情を和らげて教えてくれた。
「そうさ、他の4人を見てみると良い。
魔法は最上位まで当然のように使えるが、
剣も握れないし体術も使えないし楽譜も読めない、おまけに領地経営は人任せ。
侯のほうが魔石工学の知識を持っている分、上だとも言えなくはないんだぞ?
ついでに言うと…ダンスも俺がリードしてやらんと踊れんしな」
「えっ…」
そう、なのか?
皆ベルガモット侯ぐらい何でも出来るのだとばかり思っていたが…
その、生まれながらの貴族…な、わけだし。
「俺としか踊らないからそれでいいんだとさ。
あいつら、俺が出来る事は何でも頼ればいいと思っているんだ…怠惰だろう?」
「そ…う、なのですか…?」
それは、俺とあまり変わらんのでは…
俺もクリビア殿とでなければ踊れん訳だし。
「分かったらほら、堂々としろ!
それが火の侯爵の仕事だ。
さて、行くぞグロリオサ侯」
「あ、ああ…かしこまりました」
「そういう時は『うむ』で良いんだよ」
少し気が楽になった俺は、ベルガモット侯の後をついて広間の右側に向かった。
そこには…
「ああ、ほら、あれだ。
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