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幕間 4
帝国の終焉
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かつては偉大な国であった。
それが百年、二百年と経つうちに、劣化が目立つようになってきた。
それでも何とか国の体裁を保てていたのは、東と南を治める辺境伯が優秀だったからである。
攻めてくる敵を倒してくれる。
敵を倒して領土を広げてくれる。
自分たちの食べる分以上に生産してくれる。
着るものも潤沢に揃えてくれる。
戦を、日々の生活の根幹をも辺境に任せきりにしたツケを、北の地を併合したときに支払うはずだったのが、「反乱平定のため」と言いながら、失敗することを期待して派遣した第2皇太子が「たまたま」有能だったことで、余計な寿命が伸びたのだ。
そもそも、内部反乱の下地はあった。
辺境や、併合した土地から税金を取り立て、あらゆる物品を収めさせ、それで贅沢な暮らしを享受していた中央の人間は、辺境の者や併合した国のものを見下し、自分たちは選ばれた人間だと思っていた。
自分たちと同じ髪の色で同じ目の色の人間以外を、自然と見下す…差別するようになって、今や大人から子供まで、どこかしら選民意識を持つようになった中央の人間と、それを憎む周辺地域の人間。
同じ国の人間だという考えが薄れれば当然「帝国のために」という感覚は馴染まなくなる。
東の辺境は、伝統的に「正しさ」にこだわる。
領民を大切にすることは正しいことで、
それを守る兵を鍛えることも正しいことで、
領主の妹様が嫁いだ中央を、妹のために守ることもまた正しかった。
南の辺境は、伝統的に「損得」でものを見る。
帝国に逆らって、東の辺境に攻めてこられたらたまらん、別に土地は豊かでいくらでも農作物は育つし、家畜も肥えるから、領民が苦労しない程度には金品食料を残して、後は言うことを聞いておくほうが得だと思っていた。
北の辺境伯は「領民が飢えないこと」にこだわる人間だった。領民や兵士とともに泥にまみれながら水路を作り、ため池を作り、井戸を掘り、衛生のための公衆浴場を建て、領民が住む家を改修し、この土地で元々営まれていた牧畜を再開させ、さらに荒れた土地を開墾し改良し、ついに麦を実らせ、たった10年で、北の辺境を豊かな場所へと変貌させた。
領民を飢えさせないためなら、中央の御用聞きのようなことも平気でやった。
自分たちのために懸命に働く領主を、領民は慕い、兵は領主の元に結束していた。
東の辺境仕込みの練兵で、領軍は「北の猟犬」と呼ばれ、中央からは「犬」と蔑みの目で、辺境では親しみと尊敬の念で見られるようになった。
その、1番御しやすかった北の辺境伯を、切った。
第1皇太子の私情で。
自分たちより下のはずの北の辺境伯…平民の血しか引かない、名前ばかりの皇太子だったはずの男が、中央の誰も…自分でさえも成し得なかった北の辺境の統治を、見事に成功させたのが、気に入らなかった。
同じようにプライドを傷つけられた中央の貴族たちも、それに便乗した。
皇帝は、第2皇太子が困って泣きついてくれば、また自分の欲が満たせると思った。
おりしも、西の小国であるトーリ国への侵略戦争に反対していた皇后が亡くなったのをきっかけに、開戦の声が大きくなっていた時だった。
たった一人で、中央の軍に編入された第2皇太子は、敵ではなく、味方により、「死に」追いやられた。
間諜の罪を着せられて。
東の辺境伯は怒った。
全くそれは「正しく」なかった。
血が繋がらないとはいえ、自分の妹が自分に託した子を、自分が手ずから指導したかわいい教え子を、このように嬲り殺しにした中央のことが許せなかった。
嫁いだ妹も反戦を叫ぶことで孤立し、失意のまま死んだ。中央に殺されたも同然だった。
それでも第1皇太子は、自分の妹が産んだ子だった。
だから中央に反旗を翻すのも躊躇われて、静観を決め込むことにした。
妹の喪に服す。
それは、「正しい」行いであり、言い訳だった。
南の辺境伯は困った。
北の辺境には、こちらでは見たことのない技術や道具がたくさんあり、それを学びに行く予定があった。
それが領地にとって大きな得になるはずだった。
それなのに、北の辺境伯がいなくなり、「北の猟犬」と恐れられた軍をまとめるものはもういない。
北が暴走し、中央と争えば、勝つのはどちらか…。
東は動かない。
ならば、こちらも動かないのが、最も「損をしない」方法だということになった。
帝国の中央に、隣国の軍が迫る。
黒いローブに死神の面をつけた、おどろおどろしい軍勢が、見たことのない武器を持って、雨のように矢を降らせながら進撃してくる。
逃げ惑う中央の民を守るはずの兵士も騎士団も、この前の戦で半数に減っていた。
先頭に立つのは、銀の髪をなびかせる男。
鬼神と呼ばれた男も、この男にやられたという。
馬の尾のようにくくられた髪が揺れるたび、騎士も、兵も倒れていく。
皇城の壁を、猿のように登る黒ずくめの男たち。
城の扉は、彼らによって内部から開けられた。
一気に、数名の兵が、城に乗り込む。
そのうちの一人が「鬼神の如き」勢いで、次から次へ、自分に向かってくる者を斬り伏せ、銀髪の男の行く道を開く。
その他の兵も必死に戦った。鬼神から逃れ、向かってくる敵を叩き伏せ、戦闘不能に追い込んでいく。
黒ずくめの男たちも、負けてはいなかった。
騎士を、城で逃げ惑う者の足を、斬って動けなくしていく様は冷酷で、狂気を感じさせた。
ついに、皇城の中に、戦える帝国の人間は一人もいなくなった。
皇都でも同じだった。
屋敷に立てこもる貴族は引きずり出され、
武器を持つものは死に、または拘束された。
たった1日で帝国は陥落した。
東からも、南からも、もちろん北からも、
中央を助けに来る軍勢はなかった。
それが百年、二百年と経つうちに、劣化が目立つようになってきた。
それでも何とか国の体裁を保てていたのは、東と南を治める辺境伯が優秀だったからである。
攻めてくる敵を倒してくれる。
敵を倒して領土を広げてくれる。
自分たちの食べる分以上に生産してくれる。
着るものも潤沢に揃えてくれる。
戦を、日々の生活の根幹をも辺境に任せきりにしたツケを、北の地を併合したときに支払うはずだったのが、「反乱平定のため」と言いながら、失敗することを期待して派遣した第2皇太子が「たまたま」有能だったことで、余計な寿命が伸びたのだ。
そもそも、内部反乱の下地はあった。
辺境や、併合した土地から税金を取り立て、あらゆる物品を収めさせ、それで贅沢な暮らしを享受していた中央の人間は、辺境の者や併合した国のものを見下し、自分たちは選ばれた人間だと思っていた。
自分たちと同じ髪の色で同じ目の色の人間以外を、自然と見下す…差別するようになって、今や大人から子供まで、どこかしら選民意識を持つようになった中央の人間と、それを憎む周辺地域の人間。
同じ国の人間だという考えが薄れれば当然「帝国のために」という感覚は馴染まなくなる。
東の辺境は、伝統的に「正しさ」にこだわる。
領民を大切にすることは正しいことで、
それを守る兵を鍛えることも正しいことで、
領主の妹様が嫁いだ中央を、妹のために守ることもまた正しかった。
南の辺境は、伝統的に「損得」でものを見る。
帝国に逆らって、東の辺境に攻めてこられたらたまらん、別に土地は豊かでいくらでも農作物は育つし、家畜も肥えるから、領民が苦労しない程度には金品食料を残して、後は言うことを聞いておくほうが得だと思っていた。
北の辺境伯は「領民が飢えないこと」にこだわる人間だった。領民や兵士とともに泥にまみれながら水路を作り、ため池を作り、井戸を掘り、衛生のための公衆浴場を建て、領民が住む家を改修し、この土地で元々営まれていた牧畜を再開させ、さらに荒れた土地を開墾し改良し、ついに麦を実らせ、たった10年で、北の辺境を豊かな場所へと変貌させた。
領民を飢えさせないためなら、中央の御用聞きのようなことも平気でやった。
自分たちのために懸命に働く領主を、領民は慕い、兵は領主の元に結束していた。
東の辺境仕込みの練兵で、領軍は「北の猟犬」と呼ばれ、中央からは「犬」と蔑みの目で、辺境では親しみと尊敬の念で見られるようになった。
その、1番御しやすかった北の辺境伯を、切った。
第1皇太子の私情で。
自分たちより下のはずの北の辺境伯…平民の血しか引かない、名前ばかりの皇太子だったはずの男が、中央の誰も…自分でさえも成し得なかった北の辺境の統治を、見事に成功させたのが、気に入らなかった。
同じようにプライドを傷つけられた中央の貴族たちも、それに便乗した。
皇帝は、第2皇太子が困って泣きついてくれば、また自分の欲が満たせると思った。
おりしも、西の小国であるトーリ国への侵略戦争に反対していた皇后が亡くなったのをきっかけに、開戦の声が大きくなっていた時だった。
たった一人で、中央の軍に編入された第2皇太子は、敵ではなく、味方により、「死に」追いやられた。
間諜の罪を着せられて。
東の辺境伯は怒った。
全くそれは「正しく」なかった。
血が繋がらないとはいえ、自分の妹が自分に託した子を、自分が手ずから指導したかわいい教え子を、このように嬲り殺しにした中央のことが許せなかった。
嫁いだ妹も反戦を叫ぶことで孤立し、失意のまま死んだ。中央に殺されたも同然だった。
それでも第1皇太子は、自分の妹が産んだ子だった。
だから中央に反旗を翻すのも躊躇われて、静観を決め込むことにした。
妹の喪に服す。
それは、「正しい」行いであり、言い訳だった。
南の辺境伯は困った。
北の辺境には、こちらでは見たことのない技術や道具がたくさんあり、それを学びに行く予定があった。
それが領地にとって大きな得になるはずだった。
それなのに、北の辺境伯がいなくなり、「北の猟犬」と恐れられた軍をまとめるものはもういない。
北が暴走し、中央と争えば、勝つのはどちらか…。
東は動かない。
ならば、こちらも動かないのが、最も「損をしない」方法だということになった。
帝国の中央に、隣国の軍が迫る。
黒いローブに死神の面をつけた、おどろおどろしい軍勢が、見たことのない武器を持って、雨のように矢を降らせながら進撃してくる。
逃げ惑う中央の民を守るはずの兵士も騎士団も、この前の戦で半数に減っていた。
先頭に立つのは、銀の髪をなびかせる男。
鬼神と呼ばれた男も、この男にやられたという。
馬の尾のようにくくられた髪が揺れるたび、騎士も、兵も倒れていく。
皇城の壁を、猿のように登る黒ずくめの男たち。
城の扉は、彼らによって内部から開けられた。
一気に、数名の兵が、城に乗り込む。
そのうちの一人が「鬼神の如き」勢いで、次から次へ、自分に向かってくる者を斬り伏せ、銀髪の男の行く道を開く。
その他の兵も必死に戦った。鬼神から逃れ、向かってくる敵を叩き伏せ、戦闘不能に追い込んでいく。
黒ずくめの男たちも、負けてはいなかった。
騎士を、城で逃げ惑う者の足を、斬って動けなくしていく様は冷酷で、狂気を感じさせた。
ついに、皇城の中に、戦える帝国の人間は一人もいなくなった。
皇都でも同じだった。
屋敷に立てこもる貴族は引きずり出され、
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たった1日で帝国は陥落した。
東からも、南からも、もちろん北からも、
中央を助けに来る軍勢はなかった。
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