旦那様には気付かれたくない!

紫蘇

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恋する旦那様

深夜の進言

 
 馬車が停まった。
 どうやら目的地に着いたらしい。

「降りても?」
「……ああ」

 馬車の扉を開ける。
 案の定王宮だ。

「……で、ここからどこへ?」
「執務室だ。
 陛下の作戦よりも良い方法とやらを、貴方から陛下に直接説明してもらおう」
「ええ、構いませんよ」

 朝通ったのと同じルートを案内されながら、僕は考える。
 自分がゼニス・シルヴァだと明かす必要があるってことを。


 ***


 執務室に入ると、フォーゲル陛下が執務机に肘をついて座っていた。
 目は開いているが、お疲れの様子がはっきりと見える。

「また会ったな、トマス殿」
「ええ、昼にお会いしたばかりにございます」

 フォーゲル陛下が僕を睨む。
 敵意を隠さないのか隠せないのかは分からない。
 だけど僕は、敢えて気にしない。

「私はあなたの正体を知っている」
「ええ、存じております」

 まあ、そうだろうね。
 陛下とは先王の葬儀で顔を合わせてるんだから。

「ブンデビルドの人間に知られたくないのだろう?」
「ええ、他人からばらされるのは困ります」
「……だったら、取引をしないか」

 ふぅん……それに逆らえばどうなるか分かってるな、ってこと?
 なるほどね。

「申し訳ありませんが、旦那様を誘惑する邪魔をするなという話なら聞けません」
「ほう?」
「陛下にもお分かりでしょう、これは愚策だと」
「なんだと!?」

 陛下は怒りで一瞬立ち上がる。
 だけど一瞬だ。
 すぐに椅子へへたり込んで、動かなくなる。

「随分とお疲れですね、陛下」
「……お前の様に、責務を放り出して他人になるわけにはいかんからな」
「はは、そうですね」

 陛下が嫌味を言うけど、今は放置だ。
 ここは平常心。
 僕はなるべく柔らかい声で話しかける。

「陛下は、ガルディオラが一番望んでいるのは、何だと思いますか」
「……ウィアグランド」
「そう、正確にはウィアグランドとの戦争です。
 しかも長引けば長引くほど良い」
「は、何を」
「ガルディオラがなぜ戦争をしたがるのか。
 それはかの国が軍用品で潤っているから。
 より正確に申しますと、かの国で最も金を持っているのが軍用品を扱う商会だからです」

 戦争があれば、軍需産業は儲かる。
 だから彼らは戦争を望む。
 戦場に行くのは属国の人間だ。
 自分の子が戦争へ行くことはない。
 だから無責任に戦争を望む。
 自分たちが儲けるために。

 つまり、彼らは儲かればそれでいいのだ。
 ガルディオラは大きい。
 戦争に負けた事もない。
 属国からはいくらでも搾り取れる。
 そう思っている。

「ならば交渉相手はガルディオラ皇室じゃない。
 ガルディオラの武器商人です」
「……どういう、事だ」
「商会に直接交渉するんです。
 武器を売って欲しい、と。
 フォーゲル陛下の名前でね」
「は?」

 ガルディオラの拡大戦略は、代替わりしても変わらない。
 戦争には相当の金がかかるのは、ガルディオラも同じ。その金を他のところへ回す発想が無い人間ばかりが皇帝になるのであれば、それは誰かが裏にいるということ。

「なぜわざわざ私の名前を、」
「そうすれば、彼らの得意先はフィッツラルドでなくフォーゲルになります。
 陛下が王でなくなれば、定期的な収入が途絶える……となれば、彼らも少しは考えるでしょう」
「!!」

 交渉相手も、どこかひとつに絞るべきだ。
 そうすれば商人同士の争いを引き起こせるかもしれないしね。

「交渉は陛下のご母堂の実家である、メイビル家を頼ればいい。
 歴史ある商家であり、陛下とも関係の深い家ですから、信頼できる」

 そうして彼らの中でメイビル家を無視できない存在にしてしまうのだ。
 そうすれば、メイビル家の血をひく彼を王座から引きずり下ろす事もまた彼らの損につながる。

「……ガルディオラの弱点は、他にもあります」

 彼らは儲けるため、農耕馬よりも軍馬を育て、労働者を農村から募っている。
 そうして農地を潰し、そこへ大きな工房を建てる。
 金属の多くが農具でなく武具になる。

 つまり。

「属国から農作物を輸入しなければ、帝国民の腹を満たせなくなりつつあるのです。
 彼らは属国に依存している。
 
「……何が言いたい」

 陛下は不機嫌な声で僕に圧をかける。
 だけど僕はそれを気にしない。
 まともな時ならすぐに分っただろう続きを、僕は彼に聞かせる。

「ガルディオラとの国境沿いで、小競り合いが続いているそうですね。
 捕虜の扱いはどうなっています?」
「それは、弟が……」
「それなら話は早い。
 彼らの待遇を上げろと頼んでください。
 そうして帝国に反発する心を育てるんです」
「!」

 旦那様にはただ「雑兵を相手にせず将のみを倒してくれ」と頼めばいい。
 そうすれば一時的にでも、彼らを帝国の支配から解き放つ事ができる。

「……そして、時が来たなら、ガルディオラから武器を仕入れる事で浮いた国内の武器を彼らに流す」
「お、前……」
「属国の反乱でも武器商人は儲かる。
 だが帝国民は食糧不足に陥る。
 そうやってガルディオラに分断を招いたところへ『国の関係と民の生活は別物』だと食糧を支援する」
「それで皇家への支持を落とす、と?」
「ええ、上手くいけば」

 そう、全てがうまくいけばの話だ。
 それでもガルディオラがフィッツラルドと戦うというのなら、今度こそウィアグランドとの共同戦線を張って対抗すればいい。

「友好の証は『フィッツラルドの要請に、ウィアグランドが最大限をもって応えた』という事実があれば充分」

 僕ははっきりと言い切った。

「もし、それでも証がと騒ぐのなら……
 我々ブンデビルド兵団がそれを黙らせます」

 ブンデビルド兵団は強い。
 旦那様はさらに強い。
 ガルディオラ軍なんぞに負けるものか。

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