旦那様には気付かれたくない!

紫蘇

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恋する旦那様

偽りの代償

 
 次の日、朝食を食べていると王宮から執事らしきファルさんが一通の書簡をもってやってきた。

 旦那様はそれを受け取ると、さっと中身を確認して頷いた。
 ウェラーさんが横から聞いた。

「なんて書いてあるんですか?」
「嫁を融通しない代わりに、ガルディオラの国境沿いで続く小競り合いを治めて欲しいそうだ」
「良かったですねワイルダー様!」
「ああ、これで望まない結婚をせずに済む」

 どうやら、昨日の話し合いが功を奏したらしい。
 旦那様の元にフィッツラルドから嫁が来る事は無くなったようだ。

 良かった……

 良かった?

 うん、まあ、旦那様を悩ませる問題がひとつ減ったから、良かった……だな。

「では、糧食の補給を受けた後、フィッツラルド王都を出立する。
 ウェラー、皆を集めてくれ」
「かしこまりました」

 あれ?
 そう言えば昨日どうして王宮に呼び出されたのかを聞かれてないな。

 単に忘れてるだけ?

 それとも、もう全て分かってるってこと……だったら。
 だったら、どうしようか……。


***


「ところで、どうして昨日『内密に』王宮へ呼び出されてたんだ?」
「あー……っと、フォーゲル陛下も色々行き詰ってたみたいで」
「なんだ、言いにくい事でもあるのか」
「まあ、その……陛下の個人的な事情とか、ありまして、はは」

 糧食の補給に立ち会う、と陛下の側近であるウォーレンがやってきたことで、どうやら聞き忘れていた事を思い出したらしい旦那様。
 なんだか厳しい表情……

「個人的な事情だと?」
「ええ、まあ……とても個人的な話で」
「関係ない、話せ」
「え、ええっと……」

 どうしよう。
 これ以上旦那様に嘘はつきたくない。
 バレたときのリスクも……罪悪感も、大きいから。

「ええと、昨日僕が『旦那様の目を見ないように』って陛下に言いましたよね」
「ああ、そんなこともあったな」
「で、その……ここだけの話、ですよ?
 実はその、僕、陛下が『福音の子』だって知ってたんです」
「なにっ!?」
「だから、旦那様と目が合うと良くないと思って、それで……」
「そうだったのか……!」

 本当の事をかいつまんで話そう。
 隠すのは僕の本当の名前と、僕が福音の子だっていうことだけ。
 それだけは、今、ばらすわけにはいかない。

「それでああいう対処になってしまったんですが……
 あちらに僕が陛下の秘密を知っているって気付かれたみたいで、呼び出されました」
「なるほどな」

 旦那様は深く頷いて、腕組みをする。
 そして、近づいて小声でさらに踏み込んでくる。

「トマスはなぜそれを知っていた?」
「……聞いたことがあるからです」

 やっぱり、気になるよね。
 どうして一介の文官が知ってるのか、って。
 想定できた問い……だけど、こういう時は自分から余計な事は言わない方が、いい。
 確実にぼろがでるから。

 僕は黙る事に決めた。
 旦那様がまた聞いた。

「職務中にか?」
「そうとも言えます」

 あれはもう随分と前の事だ。
 僕とフォーゲル陛下は4歳違いで、聞かされたのは9歳の時、父さんから当主教育を受けている最中だった。
 だから、職務中と言えなくもない。

 僕はまた黙った。
 だから旦那様はさらに聞いた。

「トマスはそれを知る立場にあったのか」
「……はい」

 知る立場にあったかと言われれば、その通りだ。
 トマスになる前は、フィッツラルドに1つしかない公爵家の嫡男だったんだから。

「ふむ……なるほど、な」

 どうしよう。
 今言ってしまおうか。
 二人だけの秘密だと言って、自分の正体を明かしてしまえば……

「っ、その」

 だけど、今の関係が崩れたら、今後の作戦はどうなる?
 自分の気は楽になる。
 でも、あの日名前を偽った責任は?
 今その責任を取って……

 ーー祖国を裏切った罪を、償う?
 いや、それは駄目だ。
 魔法使いがブンデビルド兵団に同行しているという事に大きな意味がある以上、ここで離脱するような事は。

 ーー当初の予定どおり、旦那様と結婚する?
 いや、そんな都合の良い話はない。
 公爵であることを放棄した罪が、そんなに軽くていいはずがない。

「……その」

 例え心が折れたとしたって。
 そんな理由で放り出していい話じゃない。
 精神状態なんて、言い訳にならない。
 強く、誰よりも強くなきゃいけなかったのに。

 最後のシルヴァ家当主としての誇りを……

 僕は。

「……すみません」
「謝らなくて良い」
「ですが」
「お前に事情があることは分かっている。
 だが、それを押してでも俺についてきてくれた。
 それだけでいい」
「……っ」

 僕はもう、顔を上げられなかった。
 旦那様がじっと見ているから。

 ……涙が、零れそうだから。

「ウェラーとはこの情報を共有させてもらう。
 ただしそれ以外には漏らさない。いいか?」
「っ……、はい」

 俯いたまま、動けない。
 そんな僕の肩を、旦那様が優しくたたく。

「……っ!」

 泣かない。
 鞭で打たれても、襲われかけても、殺されかけても、泣かなかったんだから。
 ……両親の葬儀の時だって、泣かなかったんだから。

「ありがとうございます、旦那様」

 切り替えろ、トマス。
 そう、僕はトマスだ。

 ゼニス・シルヴァはもう……




 死んでしまったんだ、あの時に。

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