荒魂遊戯抄 -本から現れた自称・魔族と、短命の宿命を覆す-

スイケイ

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約束の話

引き継ぐ

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 風が、二人の間を吹き抜けていく。
 想像すらしたことがなかった。佐伯家とは、土地に沈む負の念を浄化するため、ただひたすら自らの命を分け与えるためだけに在る存在なのだと、ずっと思っていた。
 だが――そうしない道を考え、探し、実行しようとした者がいた。
 そんな事実が確かにここにあった。

 ――自分より若い者が先に死ぬのはつらい。見たくない。
 ――生まれたその日から寿命の話をするなんて。

 ふいに、そんな言葉が脳裏をよぎる。
 あれは、誰から聞いたのだったか。叔父からだったか。それとも、叔父自身もまた誰かの言葉を繰り返していただけなのか。

 ただ、なんとなくわかった。佐伯の当主は、皆ずっと同じことを思い続けてきたのだ。後継者に少しでも長く生きてほしい。だからこそ、自分の代でできる限り土地の負担を減らそうと。
 両親も、祖父も、その答えを探し当てようとした。
 そして――自分は、その続きを生きていかなければならない。

「……おれは、何をすればいいんだ」
 そう問いかけると、及己は少しだけ意外そうな顔をしてから小さく首を振った。
「基本的には、何も」
「本に封印された者は、総じて人外だ。同じく人外の私がやる」
 及己は手の中にある黒い革装の本を指し示した。
「杳に頼みたいのは一つだけ。私がそいつらの相手をしている間、この本は無防備になる。誰かが誤って開いたりしないよう、ただ守っていてほしい」
「……本に封印された者たちは、自分を封じたこの本と、それがあるこの土地が憎くて仕方ない。また封印されないように、本そのものを消し去ろうと狙ってくる」
 だから、私はだいたい迎え撃つことになる。
 そう言って、及己はふっと遠い目をした。

「佐伯には既に鬼鎮めの負担があるんだ。決して無茶はさせないよ。槐さんにもそうしていた」
 その言葉に、杳は一つの大きな違和感を覚えた。
「……待った」
「本に封印された者たちが本と土地を狙っている? おれはそんなのと出会ったことはないぞ」
 杳の問いに及己は「ああ」となんでもないことのように頷いた。
「槐さんが亡くなる前、この土地全体に結界を張って一旦全部結界外に弾き出した。余計な邪魔をするな、とね」
「結界……?」
 杳は息を呑んだ。
 土地の境界に沿って、確かに障壁のような力の流れがある。それはタタリが外に漏れ出さないよう、遠い先祖の誰かが施したものだとずっと思っていた。
「あれは……おまえが……?」
「そう。外から入ってくる異物を弾くためのものだよ」
「あれがある限り、封印された者たちはこの土地に手出しできない」

 その言葉に、杳の脳裏に数年前の記憶が鮮烈に蘇る。叔父の亘が血塗れで家に倒れ込んできた、あの日の光景が。
「……かなり前だけど叔父さんが大怪我をしたのは…まさか…」
「ああ」
 及己はすべてを察したように静かに肯定した。
「亘は薬草摘みの傍ら、律儀に結界の様子を見て回っていた。そして誤って外に出てしまった。結界の外で侵入の機会を窺っていた者と鉢合わせたんだ」
 ぞくり、と背筋が粟立つ。あの出来事はただの不運ではなかったのか。
 自分たちが気づかないところで、この土地は常に外敵の脅威に晒されていて、それを及己が施した結界が黙々と守り続けていたのか。

「……そんな広範囲の結界を……どれくらい保つんだ……?」
 恐る恐る問うと及己はこともなげに答えた。
「さあ。本気で作ったから、特に何もなければあと五十年くらいは保つだろう」
「ごじゅう……ねん……」
 杳は言葉を失った。及己の能力が自分の理解を遥かに超えていることを改めて突きつけられる。
「五十年か……おれ……というか、佐伯家当主の平均寿命、一人分半か……」
 さっと、及己の顔色が変わる。
「ロクでもないものを基準にするんじゃない」
 諌められ、杳は苦笑いしながら肩をすくめた。
「いや、そう考えたら途方もないなって」
 冗談もそこそこに、居ずまいを正し土地を見回しながら訊く。
「……じゃあ、これからやり合う時はどうするんだ? 結界があるなら安全じゃないのか?」
「安全なのはこの中にいる間だけだ。奴らは私たちが外に出るのを待っている。あるいは、敢えて中に招き入れるか……かな」

「ただ結界はあって損はない。このまま維持するよ」
 及己は空を見上げた。
 その金の瞳は、この土地を覆う見えない障壁と、その外側で蠢く数多の敵意を同時に見透かしているかのようだった。
「……わかった」
 杳は、短く答えた。
 祖父と、両親と、そして及己。彼らが遺し、繋いできたものの途方もない重みをやっと理解できた気がした。
「おれの役目は本を守ること」
「そして、これまでと変わらず土地を守ること……だな」
 決意を込めて言うと、及己は初めてその口元にかすかな笑みを浮かべた。
「よろしく頼む」
 その声色には、どこか懐かしむような静かな温かさが含まれていた。
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