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おかわりをした客は
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厨房から声や口調を聞いて、最初、男性だと思った。
思った、と過去形になったのは──アガタの視線の先にいたのは、男物の服こそ着ているがどう見ても女性だっただからだ。
年の頃は、アガタより少し上の二十歳くらいだろうか? 久々に思い出したが、ハーヴェイと同じくらいである。
もっとも同じなのは年くらいで、それ以外はまるで違う。
ハーヴェイは赤毛だったが、目の前の客はマリーナよりも眩い金髪を無造作に首の後ろで束ねていて。瞳は、現世は勿論だが前世でも見たことのない、宝石のように美しい紫色をしている。
服こそ平民だが、それこそ人間の姿になったメルのような美しさなので、精霊かとすら思ったが──そこまで考えて、相手が週替わり定食を注文していたのを思い出した。前世のモデル並みの細さなので、そんなに食べるのかと思ったが、もし食べきれなければテイクアウト出来るように容器に詰めてあげよう。そう思い、アガタは厨房に戻ってしばしチキンソテー作りに専念した。
そして注文通り、週替わり定食二つを作ってカウンターに出すと、アガタは再びこっそり食堂を、サマンサが注文を運んだ美人の様子を窺った。そんなアガタが気になったのか、メルも彼女の隣にきて一緒に食堂を覗いた。
……黙っていると人外の存在にしか見えない美貌だが、目当てである週替わり定食が二皿届いた途端、パッと破顔して。
「ああ、来た来たっ……これこれ、本当うまい!」
嬉しそうにフォークを掴み、チキンソテーを口に運んだ途端に出たのは──やはり、男性の声で。何なら、悪ガキな喋り方で。実際に目の当たりにしても、顔と全く合っていなかった。
「声優ミス?」
「アガタ姉様? 大丈夫ですか?」
「メル……ええ、大丈夫よ」
あまりのショックに、つい前世の言葉が口から出てしまった。
イメージと違うくらいはあったが、流石にキャラクターの特殊設定などがなければ、女性が男性の声をあてることはあっても、その逆は考えにくい。いや、そもそも映画やアニメではないので、誰か他の人間が声をあてるなんてないだろう。いくら見た目と声が違うからといって、発想がおかしいことになっていた。
(というか、美味しそうに食べてるし……まあ、顔でご飯食べる訳じゃないし)
良いか、と結論づけて、心配そうに見上げてくるメルに笑いかける。
そして再び、メルと共に厨房へと戻ったアガタは知らない。
自分が見ていた美人な客もまた、引っ込んだ彼女を見ていて──楽しそうに、口の端を上げたことを。
思った、と過去形になったのは──アガタの視線の先にいたのは、男物の服こそ着ているがどう見ても女性だっただからだ。
年の頃は、アガタより少し上の二十歳くらいだろうか? 久々に思い出したが、ハーヴェイと同じくらいである。
もっとも同じなのは年くらいで、それ以外はまるで違う。
ハーヴェイは赤毛だったが、目の前の客はマリーナよりも眩い金髪を無造作に首の後ろで束ねていて。瞳は、現世は勿論だが前世でも見たことのない、宝石のように美しい紫色をしている。
服こそ平民だが、それこそ人間の姿になったメルのような美しさなので、精霊かとすら思ったが──そこまで考えて、相手が週替わり定食を注文していたのを思い出した。前世のモデル並みの細さなので、そんなに食べるのかと思ったが、もし食べきれなければテイクアウト出来るように容器に詰めてあげよう。そう思い、アガタは厨房に戻ってしばしチキンソテー作りに専念した。
そして注文通り、週替わり定食二つを作ってカウンターに出すと、アガタは再びこっそり食堂を、サマンサが注文を運んだ美人の様子を窺った。そんなアガタが気になったのか、メルも彼女の隣にきて一緒に食堂を覗いた。
……黙っていると人外の存在にしか見えない美貌だが、目当てである週替わり定食が二皿届いた途端、パッと破顔して。
「ああ、来た来たっ……これこれ、本当うまい!」
嬉しそうにフォークを掴み、チキンソテーを口に運んだ途端に出たのは──やはり、男性の声で。何なら、悪ガキな喋り方で。実際に目の当たりにしても、顔と全く合っていなかった。
「声優ミス?」
「アガタ姉様? 大丈夫ですか?」
「メル……ええ、大丈夫よ」
あまりのショックに、つい前世の言葉が口から出てしまった。
イメージと違うくらいはあったが、流石にキャラクターの特殊設定などがなければ、女性が男性の声をあてることはあっても、その逆は考えにくい。いや、そもそも映画やアニメではないので、誰か他の人間が声をあてるなんてないだろう。いくら見た目と声が違うからといって、発想がおかしいことになっていた。
(というか、美味しそうに食べてるし……まあ、顔でご飯食べる訳じゃないし)
良いか、と結論づけて、心配そうに見上げてくるメルに笑いかける。
そして再び、メルと共に厨房へと戻ったアガタは知らない。
自分が見ていた美人な客もまた、引っ込んだ彼女を見ていて──楽しそうに、口の端を上げたことを。
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