ターンオーバー

渡里あずま

文字の大きさ
1 / 13

話は二日ほど前に遡る。

しおりを挟む
 札幌駅からニセコへの、バスの出発時間は午後一時半。
 現在、大通りに到着したのは午前十時。これからおよそ三時間ほどで、実緒みおは買い物と携帯電話の解約をする。あと昼食もとは思うが、ちょっと難しいかもしれない。

(マスクは必須じゃなくなったけど、約三時間のバス移動だと飲食はちょっと……まあ、でも優先すべきは解約と買い物! 食べられなかったら、おにぎりとかパン多めに買って夜に食べよ。ありがたいことに、短期じゃないから寮は個室らしいし、明日からは賄い出るし!)

 家を出る時、古本を売って髪も切ると言ってきた。実際は、今の肩を越すくらいの長さの方が束ねられるので切らないが、これで夕方までは時間が稼げると思う。ただ万が一のことを考えて、携帯電話の解約を先にしよう。
 買うものは、職場で使うソムリエナイフ。あと、数枚のタオルと靴下と爪切り。それから風邪薬に、洗剤とハンガーと室内用のスリッパ。それからスニーカーと、洗濯機で洗えるワンピースを一枚だ。職場での靴は、通学用の黒のローファーでいけるから助かった。もっともチラホラと雪が残っているし、ニセコはむしろ雪深いらしいので今はムートンブーツをはいている。

(保険適用が二ヶ月後だから、解熱剤もいるかなー)

 パジャマ代わりのスウェットと、歯磨きセット。あと洗顔料やシャンプーなどは、修学旅行の時のを持ってきた。

(一応、職場は制服があるし長袖Tシャツの上にシャツと、トレーナー重ね着にしてきたから……今、はいてるジーンズも含めて洗濯すれば着まわせるよね)

 予算が限られているから、買えるものは百均や某アパレルブランドで買おうと思う。ちょっと毛色が違うのが仕事で使うソムリエナイフだが、調べたら某ワインショップで千円ちょっとで買えるらしい。

(それらのお店は、大通りと札幌駅周辺にあるから……一気に……って)

 そこまで考えて、実緒は面白くなってきて少し笑った。
 これから、実緒がやろうとしていることは『家出』だ。しかも数日ではなく、最低半年。延長出来るなら、一年でも二年でも働くつもりなので帰る気は全くない。
 そりゃあ、今までバイトをしたことがないので不安はある。
 だが、そんなことを言っていてはいつまで経ってもバイト一つ出来ないし、家を出ることも出来ない。だったら少し乱暴かもしれないが、家を出て集中して働くというか、お金を稼ぐ環境を作ろうと思う。

(よーし……やるぞ!)

 心の中で気合いを入れて、実緒はまず携帯ショップへと向かった。



 話は、二日ほど前に遡る。
 高校を卒業するまで、いや、その後の受験していた農学部の合格発表までは、実緒が働くのは受験に落ちた時だと思っていた。親と『大学に通えなかったら』働いて、家にお金を入れるという約束をしていたのだ。
 ……そう、実緒は『大学に通えない』のは、大学受験に落第した時だと思っていた。
 それが甘かったと痛感したのは、合格発表日の夜のことだった。
 いつものように、お酒を飲む父とそんな父におつまみを出す母が、信じられないことを言ってきたのだ。

「……えっ?」
「だから、うちにはお前を大学に行かせるような金はない」
「そんなっ……それなら何で、受験させたの!? 私、合格したんだよ!? 農学部で、勉強したくて……!」
「お前が大学大学、うるさいからだ。受験料を払っただけ、満足しろ」
「そうよ。女の子が土仕事なんて、駄目に決まってるじゃない。卒業したら働いて、家にお金を入れなさいね。お父さんが、バイトを探してくれるって……家にいるんだから八万、いや、十万は入れてちょうだいね」

 両親はそう言って、いくら実緒が泣いて頼んでも入学手続きの書類に同意してくれなかった。絶望した実緒は自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んでまた泣いた。
 お金がないなんてよく言える。酒代で消えるだけじゃないか。母の言うことを聞いたら、自分の給料も父の酒代になるじゃないか。
 公務員の父と、専業主婦の母。傍から見たら、恵まれているように見えるかもしれない。
 だが実緒にとっては家ではお酒ばかり飲んでいる父と、そんな父に逆らわない母という感想しかない。
 けれど、それでも実緒を十八年間育ててくれて、おこづかいこそくれないが服や靴を買ってくれた。実緒のことを何も出来ない子供扱いするのはどうかと思うが、もし落第しなくてもバイトをして少しでも家にお金を入れようと思っていたのだ。

(冗談じゃない、冗談じゃない……冗談じゃない!)

 涙は止まらないが、次第に怒りが湧いてきた。
 実緒から搾取しようとする両親と、そんな両親がつけ込む隙を与えてしまった自分に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...