ターンオーバー

渡里あずま

文字の大きさ
5 / 13

何かガチだ。ものすごくガチだ。

しおりを挟む
 木元に言われるまで思いつきもしなかったが、バイトでも週数日、定期的に働く場合はマイナンバーの提出が必要らしい。そして住民票を取る時に希望し、手続きをすればマイナンバーが記載されたものを取ることが出来るそうだ。

「先に住民票を取っていただきたいのは、転出届を出すと取れなくなるからです。そして何故、転出届を出していただきたいかというのは……今のご住所は、おそらく親御さんとお住まいですよね?」
「はい」
「転居しないと成人式など、市からの書類が今のご住所に届きます。転送届という手段は個人情報が絡む書類は、対象外ですので……万が一にでも、転送されなかった郵便から親御さんに、バイト先がバレたら困るのでおすすめ出来ません」
「な、なるほど」

 何かガチだ。ものすごくガチだ。
 声を荒げている訳ではないが、ものすごく圧を感じて若干、怯む。しかし同時に、すごく親身になってくれているのが解るので気になった。

(どうしてここまで、親身になってくれるんだろう?)

 単に、担当だからとは思えない。だから、と実緒が理由を聞こうとしたところで、木元がこちらを気づかうように尋ねてきた。

「ただ、転出届を出すには本人確認書類が必要なんです。そういうご環境なら、免許証はないですよね? 保険や公共料金の支払いは親御さんでしょうから、名前が違って使えないですし……通帳はございますか? それと住民票を本人確認書類と出来るか、なんなら私も区役所に同行して相談を……」
「……マイナンバーカード、あります! ポイントは親が使いましたけど、作りました! 持ってますっ」
「っ、そうでしたか! それなら、住民票を取らなくても大丈夫です! 今日は、転出届を取るだけで……よかった……『今』は、そういう手段があるんですね……」
「……あの、もしかして、木元さん……?」

 実緒の言葉に、木元が安心したように呟いた。その内容を聞いて、もしや、と思う。
 そんな実緒の問いかけに、木元は答えてくれた。

「ええ。私も昔、親から逃げるのに住み込みのリゾートバイトを始めたんです。同じように担当さんに助けて貰って……今は、自分が担当ですけどね」



 区役所には、実緒一人で行くことにした。マイナンバーカードがあり手間が減ったのもだが、そもそもやろうとしていることが家出なので、少しでも木元や会社に迷惑がかからないようにである。

「解りました……それでは今、求人票をメールで送りましたので内容を確認お願いします。スピーカーにして、こうして話をしながらの確認は出来ますか?」
「はい」

 言われた通り、スピーカーにして申し込みの時に申告していたメールアドレスに届いたメールを確認した。キャリアメールではなく、携帯を契約した時に作ったフリーメールだ。
 内容は、ニセコのホテル内にあるフレンチレストランのホールスタッフだ。未経験者可で、制服と賄いあり。個室、Wi-Fiで何と寮費・光熱費が無料とのことだった。

「ただ、賄いが出るのはお仕事の時だけなので、お休みの時の食事は自分で用意が必要ですが……いかがです? 応募しますか?」
「はいっ……あ、でも、お酒飲めないですけど大丈夫ですか?」

 木元からの問いかけに、実緒は即頷いた。未経験者が可能で、更に即勤務開始な上に最低三ヶ月以上、希望すれば更に長く勤められるからである。
 ただ、レストランとくればワインとか注文されるんじゃないだろうか? ドラマなど観ての知識だが、気になったので実緒は木元に尋ねた。それに、木元が答えてくれる。

「お酒の説明をするスタッフは、別にいます。だから、問題ないですよ」
「解りました。それなら、応募したいです」
「解りました。合格です」
「……へっ?」
「合格です。あ、今回は転出届を出す関係で即回答いたしますが、次回以降は応募後、合否に二日ほどかかるのでご了承願いします」
「は、はい!」
「それでは、これから転出届を取っていただき……勤務開始は、いつからにしますか?」

 木元からの質問に、実緒はしばし考えた。そしてバイト先が決まったのなら、一刻も早く家出しようと考えた。時間をかけると両親に気づかれて、家から出られなくなる気がしたからだ。

「……明日移動して、明後日からは可能ですか?」
「可能です」
「お願いします……あと、明日の移動の時に携帯を解約しようと思うんですが、木元さんとの連絡は、Wi-Fiがあるなら今回みたいにメールでいいですか?」
「大丈夫ですよ。担当は直接、行かずにメッセージでのやりとりですので。あ、ただ緊急の用件があれば寮の電話にかけますね」
「解りました、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あと、これは私がかつて、お世話になった担当さんから言われたことなんですが……」

 そこで一旦、言葉を切って木元は実緒にある言葉を告げた。

「先のことは誰にも解りません。だけどそれなら尚更、今までの人生をひっくり返して、自分のやりたいことの出来る道に進みましょう」
「っ、はい……ありがとうございます!」

 親から離れ、自立している木元だからこそ実緒に対して言えるのだと思った。
 電話だから、相手に見える訳ではないのだが──実緒は、スマートフォンの向こうにいる木元に、お礼を言って深々と頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...