ターンオーバー

渡里あずま

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他の家では当たり前のことかもしれないけれど。

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 幸い、区役所までのバスが来る時間だったので、実緒は母が帰ってくる前に転出手続きへと向かった。
 十八歳なのと、本人確認書類であるマイナンバーカードを持っているので、手続きは問題なく完了した。結果、無事に転出証明書を貰ったので用意してきたファイルに入れる。
 札幌からのバス時間を確認したら明日、ニセコにバスが到着する頃はギリギリだが受付時間に間に合うので、手続きを終わらせてから職場であるホテルに移動するつもりだ。大丈夫だとは思っていたが、戻った時にまだ母が帰ってきていなかったのでホッとする。時計を見たら、午後一時を少し過ぎていた。昼だな、と思ったところで安心したせいもあってかお腹が鳴る。
 ……流石に小学生の時は用意してくれたが、実緒が中学生になってからは、母は自分が家にいる時にしか実緒にお昼ご飯を作らなくなった。つまり、今日はお昼ご飯がない訳で。
 更に、冷蔵庫や台所にある食材を実緒が使うことも嫌がるので、実緒が自分で作って食べることも出来ない。だから、今日のように母が外出している時は近くのコンビニやスーパーに行って、お年玉でおにぎりやお弁当を買って食べている。

(……別に、盗らないんだけどなぁ。いや、でも勝手に使ったら盗ることになるのかなぁ?)

 実緒が家にいる時には母が外出するのは月に一度、あるかないかだ。それにいる時は食事を作ってくれるので、憎まれてまではいないと思うのだが──一方で、好かれているとも思えない。

(家を出たら、料理とか洗濯を自分でやることになるから大変だとは思うんだけど)

 そう考えながら、自分の部屋へと戻る。そしてテレビをつけ、ワイドショーを眺めながら実緒は買ってきた鮭のおにぎりを口にして思った。

(コンビニはあるらしいし……こうやって、遠慮してご飯食べたり。休みの日に、家族に合わせて早起きしたりとか……しなくて、よくなるんだよな)

 ドラマなどで観る限り、他の家では当たり前のことかもしれないけれど。
 それらはちょっと、いや、かなり楽しみだと実緒は思った。



 いつも通り、母は四時くらいに帰ってきた。そんな母を出迎えた後、夕食やお風呂の支度をしている間は部屋にいて、父が帰ってきた時に出迎えと夜ご飯の為に一階へと降りた。ちなみにお風呂は、両親が入った後である。
 基本、父は食事中に仕事の話などしないので、静かというか沈黙が少々息苦しく、行儀が悪くない程度に早く食べ終えようと思っている。
 小学校で同級生と給食を食べるようになるまで、食事はこういう『重い』ものだと思っていた。普段は「いただきます」「ごちそうさま」以外は言わないが、今日はそういう訳にはいかない。

「明日、髪切ってくる……バイトするなら、その方がいいでしょう?」

 実緒は外出する時、まず両親に伝えて許可を取らないといけない。
 思えば、このルールがあったので友達の家に気軽に行けず、友達も出来なかったのだが──今回は、わざと両親が気に入りそうな言い回しで尋ねた。本当は『父の用意するバイト』の為ではないし、逆に髪を結びたいので実際には切らないが。
 そんな実緒の申し出は、無事に通った。大学進学からバイトに、実緒の考えがシフトしたことに満足したのだろう。

「確かにそうだな」
「解ったわよ」
「ありがとう。あと、バイトしたら読む暇なさそうだから、少し本も古本屋さんに売ってくる」
「そうか」
「いいんじゃない?」
「うん……ごちそうさま」

 これも家を出る時、修学旅行で買った旅行鞄を持つ為の理由作りである。無事に許可が出たので実緒は内心、ガッツポーズをしながら夕食を終え、茶碗などを台所に運んで水を入れて部屋に戻った。
 そして両親の後、実緒もまたお風呂に入る。ドライヤーで髪を乾かし、歯磨きまで済ませると九時過ぎには寝る両親に「おやすみなさい」と挨拶をして自分の部屋に向かった。
 ……部屋のドアを閉めたところで、しばし両親が上がってこないか様子を見る。
 一応、十時くらいまでは実緒がテレビを観ていても怒られないので、いつものようにニュースをかけておく。そして十分ほど経っても一階から足音や気配が近づいてくる様子がなかったので、実緒はニュースを流したまま、スーパーで買ってきた便箋を取り出して書き出した。

「門倉様は成人ですが一応、書き置きを残した方がいいと思います」

 それは、木元からの提案だった。要点を押さえて書き置きすると、両親から捜索願を出されても一般家出人として判断される可能性が高くなるらしい。

『大学進学を許可してくれなかった両親と、距離を置きたいので家を出ます。
 事件や事故の心配もないですし、自殺するつもりもありません。
 落ち着いたらいつかは帰るので、探さないで下さい』

 そこまで書いて、家出をする明日の日付と実緒の名前を書いて完了だ。あとは封筒に入れて明日、家を出る時に机の上に置いていこう。
 ……万が一、夜に勝手に入られて見つかっては困るので、書き置きはひとまず机の引き出しに入れた。
 そして一応、カムフラージュに本棚の本を十冊くらい取り出して押し入れに隠し、代わりに旅行鞄に転出証明書や財布、あと修学旅行の時の洗顔セットなどを入れた。
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