ターンオーバー

渡里あずま

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リゾートバイトの朝は早い。

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 リゾートバイトの朝は早い。
 いや、業務によるのかもしれないが、少なくとも実緒の勤めるレストランは朝六時半から朝食サービス開始だ。そんな訳で寮の住み込みバイトである実緒と、同じく住み込みバイトである晴は朝六時から仕事が始まる。
 とは言え、起きたら着の身着のままで即レストランではない。同じ敷地内で数分とは言え、移動はするし制服に着替えるとはいえ、パジャマで出歩く訳でもない。更にホールスタッフなので、薄くても化粧をするように言われた。だから身支度を整えるのに、まずは五時に起きてみた。

(一応、相部屋にもユニットバスはあるらしいけど……同居人に、気を使いそうだから。個室で良かった)

 一回目の目覚ましで無事に起きることが出来た実緒は、顔を洗ったところでしみじみとそう思った。必ずしも同じシフトではないので、仮に同居人がいたらもっと寝ていられるのに早起きさせることになる。

(それにしても、化粧……一応、動画で見てやってみたけど、これでいいのかな?)

 客商売であり飲食店なので、髪は首の後ろで束ねる。
 そして、バスの中で見た動画通りやってみたが、どうも顔が変わった感じがしない。とは言え、これ以上やるとドラマや漫画で見るような、歌舞伎役者みたいな失敗メイクになりそうなので、今日はこれくらいにしておこう。
 そう思い、実緒が寮の部屋を出たところで、ちょうど同じように部屋を出てきた晴と会った。朝も早くからキチンと化粧をし、実緒より少し長い髪をお団子にしての登場だった。

「……あのっ、いきなりすみません! 昨日、聞けば良かったんですけど……私、初めて化粧したんですけど、おかしくないですか!?」
「えっ?」

 我ながら唐突だと思うが、仮に失敗しているならこのまま出勤したら大惨事である。だから、キチンと化粧が出来る晴に聞こうと思った。
 そんな実緒をしばし見つめて、晴が口を開く。

「大丈夫。初めてにしては、ちゃんと出来てるよー? BBクリーム使った? 一日中仕事だから、正解正解……あ、でも」

 そう言うと、晴はバッグから口紅とリップペンシルを出した。赤やピンクではなく、オレンジの口紅を見てギョッとする。

「あ、驚いてるー? 多分、検索とかでホテルとかレストランのバイトなら赤はNG。ピンクかベージュって見たんだよねー? でも、門倉さんの肌と唇の色なら、オレンジ合うよー……ほらっ!」

 そう言うと、おもむろに実緒の唇をティッシュで拭い、オレンジの口紅を塗ってきた。そして終わった後、スマートフォンの自撮りモードで実緒の、オレンジの口紅を塗られた唇を見せてくれる。

「ピンクも可愛いけど、ナチュラルすぎてすっぴん寄りになっちゃうから……どう?」
「……うわぁ」

 見てみると、確かにオレンジの口紅を塗った唇は明るく華やかになった。派手ではなく、しかし晴がいう通り『化粧をしている感』が増している。思わず声を上げてから、実緒は慌てて晴にお礼を言った。

「ありがとうございます! 今夜、仕事終わったらコンビニ行って買ってきますっ」
「んー、コンビニだから空いてはいるけど、仕事終わるの夜十時過ぎだし、そもそもオレンジあるかなー……ハズレたらガッカリするから、買いに行くのはせめて休みの日の昼にしたら? あ、でもこれ、もしもの為に持ち歩いてはいるけど、わたしはほとんど使ってないからあげよっかー?」
「そんな……悪いです」
「いいのいいの、百均のだし。リゾートバイトってなかなか買い物行けないから、わたしだけじゃなく同期の子用に持ち歩いてるし……って、まずは仕事行こうかー? あ、ただ一つだけ」

 そこで、晴が大きな目でじっと実緒を見つめて言う。

「うちの相方、いい男なんだー。だから、惚れるなってのは無理かもだけど……いや、でも諦めて?」
「あ、はい」

 君子、危うきに近寄らず。
 そこまで言われる晴の彼氏にちょっと興味が湧いたが、すぐにそんな教訓が浮かび、実緒は晴の言葉に頷いたのだった。



「晴、おはよう」
「おはよー、理仁りひと♡」

 出勤すると、晴と同じ二十歳くらいの青年がすでに制服に着替えて晴に声をかけてきた。それに晴が、語尾にハートマークをつけたような声で答える。

(この人が『相方さん』)

 短い黒髪に、黒縁眼鏡。文学青年風イケメンに、もう少し何と言うかチャラい感じを想像していたので以外だった。だが、まあ、確かに晴の言う通り『いい男』である。

「この子、門倉さん。わたしらと一緒に入ったバイトさんだよー」
「そうなんだ……初めまして。富田理仁とみたりひとです。よろしく」
「門倉実緒です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「わたしらも、着替えてくるねー」

 挨拶を済ませたところで、晴に背中を押されて更衣室へと向かう。されるがままになっていると、そんな実緒に背後から晴が声をかけてきた。

「どう? やっぱり、惚れちゃった?」
「イケメンだとは思いますけど、晴さんの相方さんなんでそれだけです」
「いい子♡」

 正直に答えると、顔こそ見せないが晴がご機嫌になったのが解った。本心だが、こんなに素直に受け入れられると逆に心配になる。

(チョロい……いや、本音だけど)

 そう思いつつも実緒は昨日、サイズ合わせをした制服に着替えながら思った。

(まあ、同僚になるし仲良くなる分にはいいか)

 結論付けると、実緒は同様に着替えを終えた晴と二人で更衣室を後にした。
 さあ、初めてのバイトの始まりである。
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