13 / 13
しばらく暮らすなら、この町のこと好きになってほしいんだよね。
しおりを挟む
実は昨日の夜、今日が休みということで実緒はあることを実施した。
それは、いつも朝早く設定していたスマートフォンのアラームを鳴らさず、どこまで寝られるかということだ──まあ、夕方まで寝たら困るので、お昼には設定したけれど。
初めてのリゾートバイトと、慣れない環境に疲れが出たのか、目が覚めたら朝の九時すぎで驚いた。物心つく前はともかく、子供の頃からずっと両親にあわせて起きていたので、こんな時間まで寝ていたのは初めてだ。
「はー……ふふっ」
カーテンを開けながら、満足するあまり笑いが出た。まあ、この部屋には自分一人なので良しとしよう。
とは言え、休みの日と言ってもやることはある。洗濯と掃除もだが、まずは朝食だ。仕事がある時は賄いが食べられるが、休みの日はそうはいかない。あと、仕事中の賄いの時間に近いせいもかもしれないが、お腹が空いてきた。
(バスでスーパーに行って、自炊する人もいるらしいけど……明日からまた仕事だし、少なくとも今日はコンビニでいいよね。あ、でも次の休み用にカップラーメンとかも買おうかな)
そんな訳でスウェットを脱いで、代わりにトレーナーとジーンズに着替える。そして洗顔や歯磨きを済ませ、下ろしていた髪を結ぶと実緒は近所のコンビニエンスストアへと向かった。
「おはよう。今日、休み?」
……そうすると、聞き覚えのある声が尋ねてきた。
見ると、ニセコに来た初日に会ったイケメン運転手が、ホテル前に停めていたタクシーの中から声をかけてきた。いや、声だけではなくひらひらと手を振っている。
実緒は少し考えて、無視をするのも何なので返事をすることにした。
「おはようございます。はい、休みです」
「それなら、お勧めの店とか教えようか? 何なら、乗せてくよ?」
「いえ、今日はコンビニに行くだけなので……運転手さんだから、詳しいんですか?」
初日はともかく、休みの度にタクシーに乗るつもりはない。
とは言え、お勧めの店とやらは気になったので、お断りをしつつ実緒は尋ねた。そんな彼女に、運転手が答える。
「ああ、俺、地元民。生まれも育ちもニセコで、そのまま就職したんだよね」
「へぇ……」
「ここって、田舎じゃない? だから外から来て、しかも俺より若いのに転居手続きする人に、興味があったんだよね」
相手の言葉に驚いたが、思えば役所まで運んで貰ったので転入届を出したと解る人には解るだろう。そう思い、少し考えて言葉を紡ぐ。
「と言っても学生だったし、家が厳しかったんで私は地元のお店の話とか出来ないです。期待外れで、すみません」
「いやいや、謝らないでよ! と言うか、外の町の話を聞きたいんじゃなくて……しばらく暮らすなら、この町のこと好きになってほしいんだよね。俺、ニセコ好きだから」
実緒は驚いた。本が好き、くらいはあるが、相手が言うような生まれ育った故郷が好きで、その好きを他の人にも伝えようとするという発想が、彼女には全くなかったのだ。そう、ほぼ実緒は家と学校の往復のみだったので。
「……お金がかかるので、タクシーに乗せて貰わなくていいですけど。それでも良いなら今度、行ってみるのでお勧めがあったら教えてくれませんか?」
「っ! ああっ。あ、メッセージアプリで友達に」
「いえ、携帯解約してるのでWi-Fiのある部屋で、メールとインターネットくらいしか使えないです」
即答したら目を丸くされたが、何かメモに書いたかと思うと実緒に差し出してきた。見るとお店らしい名前とここから店らしい場所までの簡単な地図、そして人の名前とメールアドレスが書かれている。
「そこのスープカレー美味しいから、休みの日にでも行ってみて? で、他のニセコ情報が聞きたかったら、俺のメールアドレスに連絡して」
相手の──メモの名前によると『保志康太』のスマートさに、感心した。確かにこれなら、実緒がメールを送るまではアドレスを知られずに済む。
「私は、門倉実緒です……解りました。お店の情報、ありがとうございます」
「どういたしまして!」
実緒が名乗り返してお礼を言うと、康太は軽く目を瞠った後、嬉しそうに笑った。
それは、いつも朝早く設定していたスマートフォンのアラームを鳴らさず、どこまで寝られるかということだ──まあ、夕方まで寝たら困るので、お昼には設定したけれど。
初めてのリゾートバイトと、慣れない環境に疲れが出たのか、目が覚めたら朝の九時すぎで驚いた。物心つく前はともかく、子供の頃からずっと両親にあわせて起きていたので、こんな時間まで寝ていたのは初めてだ。
「はー……ふふっ」
カーテンを開けながら、満足するあまり笑いが出た。まあ、この部屋には自分一人なので良しとしよう。
とは言え、休みの日と言ってもやることはある。洗濯と掃除もだが、まずは朝食だ。仕事がある時は賄いが食べられるが、休みの日はそうはいかない。あと、仕事中の賄いの時間に近いせいもかもしれないが、お腹が空いてきた。
(バスでスーパーに行って、自炊する人もいるらしいけど……明日からまた仕事だし、少なくとも今日はコンビニでいいよね。あ、でも次の休み用にカップラーメンとかも買おうかな)
そんな訳でスウェットを脱いで、代わりにトレーナーとジーンズに着替える。そして洗顔や歯磨きを済ませ、下ろしていた髪を結ぶと実緒は近所のコンビニエンスストアへと向かった。
「おはよう。今日、休み?」
……そうすると、聞き覚えのある声が尋ねてきた。
見ると、ニセコに来た初日に会ったイケメン運転手が、ホテル前に停めていたタクシーの中から声をかけてきた。いや、声だけではなくひらひらと手を振っている。
実緒は少し考えて、無視をするのも何なので返事をすることにした。
「おはようございます。はい、休みです」
「それなら、お勧めの店とか教えようか? 何なら、乗せてくよ?」
「いえ、今日はコンビニに行くだけなので……運転手さんだから、詳しいんですか?」
初日はともかく、休みの度にタクシーに乗るつもりはない。
とは言え、お勧めの店とやらは気になったので、お断りをしつつ実緒は尋ねた。そんな彼女に、運転手が答える。
「ああ、俺、地元民。生まれも育ちもニセコで、そのまま就職したんだよね」
「へぇ……」
「ここって、田舎じゃない? だから外から来て、しかも俺より若いのに転居手続きする人に、興味があったんだよね」
相手の言葉に驚いたが、思えば役所まで運んで貰ったので転入届を出したと解る人には解るだろう。そう思い、少し考えて言葉を紡ぐ。
「と言っても学生だったし、家が厳しかったんで私は地元のお店の話とか出来ないです。期待外れで、すみません」
「いやいや、謝らないでよ! と言うか、外の町の話を聞きたいんじゃなくて……しばらく暮らすなら、この町のこと好きになってほしいんだよね。俺、ニセコ好きだから」
実緒は驚いた。本が好き、くらいはあるが、相手が言うような生まれ育った故郷が好きで、その好きを他の人にも伝えようとするという発想が、彼女には全くなかったのだ。そう、ほぼ実緒は家と学校の往復のみだったので。
「……お金がかかるので、タクシーに乗せて貰わなくていいですけど。それでも良いなら今度、行ってみるのでお勧めがあったら教えてくれませんか?」
「っ! ああっ。あ、メッセージアプリで友達に」
「いえ、携帯解約してるのでWi-Fiのある部屋で、メールとインターネットくらいしか使えないです」
即答したら目を丸くされたが、何かメモに書いたかと思うと実緒に差し出してきた。見るとお店らしい名前とここから店らしい場所までの簡単な地図、そして人の名前とメールアドレスが書かれている。
「そこのスープカレー美味しいから、休みの日にでも行ってみて? で、他のニセコ情報が聞きたかったら、俺のメールアドレスに連絡して」
相手の──メモの名前によると『保志康太』のスマートさに、感心した。確かにこれなら、実緒がメールを送るまではアドレスを知られずに済む。
「私は、門倉実緒です……解りました。お店の情報、ありがとうございます」
「どういたしまして!」
実緒が名乗り返してお礼を言うと、康太は軽く目を瞠った後、嬉しそうに笑った。
9
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる