ターンオーバー

渡里あずま

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しばらく暮らすなら、この町のこと好きになってほしいんだよね。

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 実は昨日の夜、今日が休みということで実緒はあることを実施した。
 それは、いつも朝早く設定していたスマートフォンのアラームを鳴らさず、どこまで寝られるかということだ──まあ、夕方まで寝たら困るので、お昼には設定したけれど。
 初めてのリゾートバイトと、慣れない環境に疲れが出たのか、目が覚めたら朝の九時すぎで驚いた。物心つく前はともかく、子供の頃からずっと両親にあわせて起きていたので、こんな時間まで寝ていたのは初めてだ。

「はー……ふふっ」

 カーテンを開けながら、満足するあまり笑いが出た。まあ、この部屋には自分一人なので良しとしよう。
 とは言え、休みの日と言ってもやることはある。洗濯と掃除もだが、まずは朝食だ。仕事がある時は賄いが食べられるが、休みの日はそうはいかない。あと、仕事中の賄いの時間に近いせいもかもしれないが、お腹が空いてきた。

(バスでスーパーに行って、自炊する人もいるらしいけど……明日からまた仕事だし、少なくとも今日はコンビニでいいよね。あ、でも次の休み用にカップラーメンとかも買おうかな)

 そんな訳でスウェットを脱いで、代わりにトレーナーとジーンズに着替える。そして洗顔や歯磨きを済ませ、下ろしていた髪を結ぶと実緒は近所のコンビニエンスストアへと向かった。

「おはよう。今日、休み?」

 ……そうすると、聞き覚えのある声が尋ねてきた。
 見ると、ニセコに来た初日に会ったイケメン運転手が、ホテル前に停めていたタクシーの中から声をかけてきた。いや、声だけではなくひらひらと手を振っている。
 実緒は少し考えて、無視をするのも何なので返事をすることにした。

「おはようございます。はい、休みです」
「それなら、お勧めの店とか教えようか? 何なら、乗せてくよ?」
「いえ、今日はコンビニに行くだけなので……運転手さんだから、詳しいんですか?」

 初日はともかく、休みの度にタクシーに乗るつもりはない。
 とは言え、お勧めの店とやらは気になったので、お断りをしつつ実緒は尋ねた。そんな彼女に、運転手が答える。

「ああ、俺、地元民。生まれも育ちもニセコで、そのまま就職したんだよね」
「へぇ……」
「ここって、田舎じゃない? だから外から来て、しかも俺より若いのに転居手続きする人に、興味があったんだよね」

 相手の言葉に驚いたが、思えば役所まで運んで貰ったので転入届を出したと解る人には解るだろう。そう思い、少し考えて言葉を紡ぐ。

「と言っても学生だったし、家が厳しかったんで私は地元のお店の話とか出来ないです。期待外れで、すみません」
「いやいや、謝らないでよ! と言うか、外の町の話を聞きたいんじゃなくて……しばらく暮らすなら、この町のこと好きになってほしいんだよね。俺、ニセコここ好きだから」

 実緒は驚いた。本が好き、くらいはあるが、相手が言うような生まれ育った故郷が好きで、その好きを他の人にも伝えようとするという発想が、彼女には全くなかったのだ。そう、ほぼ実緒は家と学校の往復のみだったので。

「……お金がかかるので、タクシーに乗せて貰わなくていいですけど。それでも良いなら今度、行ってみるのでお勧めがあったら教えてくれませんか?」
「っ! ああっ。あ、メッセージアプリで友達に」
「いえ、携帯解約してるのでWi-Fiのある部屋で、メールとインターネットくらいしか使えないです」

 即答したら目を丸くされたが、何かメモに書いたかと思うと実緒に差し出してきた。見るとお店らしい名前とここから店らしい場所までの簡単な地図、そして人の名前とメールアドレスが書かれている。

「そこのスープカレー美味しいから、休みの日にでも行ってみて? で、他のニセコ情報が聞きたかったら、俺のメールアドレスに連絡して」

 相手の──メモの名前によると『保志康太ほしこうた』のスマートさに、感心した。確かにこれなら、実緒がメールを送るまではアドレスを知られずに済む。

「私は、門倉実緒です……解りました。お店の情報、ありがとうございます」
「どういたしまして!」

 実緒が名乗り返してお礼を言うと、康太は軽く目を瞠った後、嬉しそうに笑った。
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