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終幕で、序幕

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「あなたより、相応しいひとがいると思ったからですか?」

 青年の、いや、アーロンの主張を思い出しながらそう尋ねると、アーロンはギクリと肩を跳ねさせた。顔の表情はあまり変わらないが、色々認識を改めると態度は割とあからさまかもしれない。

「……それは」
「お義母さまの勧めはありましたが、あなたと結婚したいと思ったのは私ですよ?」
「君は昔から賢くて、母はそんな君を気に入っていて……ただ、伯爵夫人である母からの勧めでは、平民である君には断れないだろう? そんな権力を使って、私のようなつまらない男が、君のような素晴らしい女性を娶るなんて」

 あまりにあまりな『理由』に、エレーヌは盛大なため息をついた。
 アーロンは、本当にそんなくだらない理由で逃げ回っていたのだろうか。

「あのですね。私に相応しい云々を決めるのは、あなたではなく私ですよ? あなたは、そこがそもそも間違えています」
「え」
「最初から、私はあなたを選んでいますよ……通じていなかったようですが。それならいつ、あなたは私に選ばれていると思ったのですか?」

 純潔を捧げて子供まで産もうとしているくらいなのに、と思ったが考えてみれば、あの夜は闇に紛れての行為だったので、実はポンコツだったアーロンには伝わりにくかったかもしれない。しかし、そのポンコツが気づいたのはいつだったのかと思って、エレーヌは尋ねた。

「あ、ああ……式の時、君が私の名を呼んで、笑ってくれて……ハンカチをくれたり、母と仲良くなったりしてくれたから」
「え」

 アーロンの答えに、今度はエレーヌが驚く番だった。
 それは全部、前世の記憶が甦ってからの話なのもそうだが、アーロンの言葉を聞いた刹那、エレーヌの胸いっぱいに、嬉しくて幸せだという気持ちが広がったからだ。

(……エレーヌ?)

 アーロンと、いや、彼だけではなく周りの皆ともっと話したかった、仲良くなりたかった──そんな『エレーヌ』を抱き締めるように、先程のように手紙の上から自分の胸に手を添える。

「私の妻は、賢くて優しくてすごいな」
「……『かわった』妻の私を、あなたが受け入れてくれたからですよ? 私も、この子と一緒にあなたを支えますからね」
 
 そう、エレーヌは『変わって』おり、同時に『替わって』いる。そんな自分を、アーロンは受け入れて、支えてくれるらしい。
 大勢の人の前で本音をぶちまけたからか、アーロンは少しずつだが思っていることを口にするようになっていた。もっとも家族以外だと相変わらず緊張するので、演劇部でもやっていたおまじない(人前に立つ時、緊張をおさえるツボを押す)を教えたりしている。
 それこそ、戯曲のような熱烈な恋ではないかもしれない。けれど、この穏やかで温かい日々を、一日でも長く続けたいとエレーヌは思う。

(語彙力無い分、ストレートで照れるけど……幸せになれそうよ? 『私』も、私達の子供のあなたも)

 素直に褒め称えてくるアーロンに、エレーヌは笑ってお腹を撫で、その中にいる子供に話しかけるのだった。
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