愛とか恋とかストーカーとか

なかあたま

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愛とか恋とかストーカーとか

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 二十時十八分。彼が帰宅する時間は、ほとんど決まっている。
 廊下を歩む革靴の音。指に掛けた車のキーがカチャカチャと鳴る。
 バッグから鍵を取り出す音が聞こえ、ドアノブが捻られた。
 その音を、ドアに耳を押し当て、息を殺して聞く。
 バタンと玄関が閉まってしまえば、そこからは何も聞こえない。僕は踵を返し、リビングへ移動する。
 そのまま、隣室と面している壁に耳を押し当てた。微かに聞こえる生活音に口元を緩ませ、鼻歌を歌う。
 今、どんなことをしているのだろうか。息苦しいスーツを脱いでいる? ネクタイを緩め、シャツを脱いでいる? 靴下を脱ぎ、寛いでいる? テレビのリモコンを手に取り、ザッピングしている? 様々な妄想が脳内でぐるぐると周り、頬が火照った。
 もっと聞こえないものかと耳を澄ませるが、やはりあまり聞こえない。
 僕の住んでいるマンションは壁が嫌になるほど薄い、というわけでもない。故に隣室からの音は届きづらい。
 普通はそっちの方が都合が良いのだが、僕にとっては都合が悪い。
 もっと壁が薄ければ、前島さんの生活音が聞けるのに。そんな気持ちの悪いことを常々、考えてしまう。
 ふと、自身の髪からシャンプーの匂いが漂った。
 今日、帰宅時に前島さんが愛用しているシャンプーを購入したのだ。早速使ってみたが、彼らしい爽やかな匂いが鼻腔を刺激し、胸が疼いた。
 前島さんと同じ匂いに包まれているのだと想像するだけで、息が荒くなる。
 隣室に面する壁を指先でゆっくりとなぞり、頬を擦り寄せた。



「お邪魔しまーす」

 飯田の明るい声が部屋に響く。どうぞと促す前に上がり込んだ彼を睨みつつ、僕は脱ぎ捨てられたスニーカーを並べた。

「何部屋?」
「1LDK」

 カバンを下ろし、背伸びをした飯田が部屋を見渡す。そんなにジロジロ見ても何もないというのに。と、唇を歪ませた。

「へぇ、俺なんてワンルームなのに」

 コンビニで買ってきたジュースや菓子をテーブルに広げ、カーペットの上に胡座をかいた飯田がチラリと隣室へ面している壁を見た。
 彼が言わんとすることが伝わり、僕は肩を竦める。

「前島さんはまだ帰ってきてないよ。帰宅はいつも二十時十八分ごろ」
「うへぇ。お前、時間まで把握してんの? きも」

 舌を出し、眉を顰めた飯田がリモコンを手に取り、電源を入れる。そのままゲームを起動させた。

「ゲームしていい?」
「返事をする前に電源入れるなよ」
「ごめん、ごめん」

 画面に目を釘付けにさせたまま、飯田が謝る。その心の籠っていない謝罪を受けつつ、スナック菓子の袋を裂く。

「……前島さんを見るまで帰らないつもり?」
「まぁな」

 壁に掛けられた時計へ視線を投げる。時刻はやっと夕方になった頃だ。僕は飯田の猫背気味の背中を見つめ、大きくため息を吐き出した。
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