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ストーカーとか恋とか愛とか
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◇
引越し当日は、とてもよく晴れていた。二階から見える景色は、以前住んでいた場所とは、ずいぶん違う。
けれど、隣に愛しい彼が住んでいるという事実が、全てを帳消しにした。
荷解きをしながら、間取りを見て目を細める。
真辺くんはどこに家具を配置しているのだろうか、と想像し、口元を手で覆った。
隣室へつながる壁を手でゆっくりとなぞる。
舌を伸ばし、べろりと舐めた。
「これから、よろしくね。真辺くん……」
壁に寄り添い、目を瞑る。真辺くんの顔が浮かんだ。
◇
「こんばんは。隣に引っ越してきた前島といいます」
「こ、こんばんは……」
「これ、つまらないものですが。どうぞ」
やはり、夕方を過ぎたあたりに尋ねて正解だと思った。
部屋着であろうヨレヨレの服に着替えた彼は、とても幼く見える。
突然の訪問者である俺を、緊張を孕んだ上目遣いで見つめた。
彼へ引越しの挨拶に、と購入した粗品を渡す。おずおずとそれを受け取り「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。
彼が動くたびに、愛用している香水が鼻腔を刺激する。眩暈がして、動悸が激しくなった。
「僕は真辺って言います」
悟られぬよう、笑顔を貼り付ける。真辺くんは俺のいびつな感情に気がついていないらしく、控えめに笑って見せた。
どうやら彼は、俺がバイト先の常連だと気がついていないらしい。
その事実が寂しかった。だが、めまぐるしいランチタイムの中でひとりひとりの顔を覚えるのは至難の業に違いない。
しょうがないことだと割り切り、笑顔を絶やさない。
「うるさかったりしたら、すぐに言ってくださいね」
「こちらこそ、です」
こてんと首を傾げ、上目遣いで俺を見つめる真辺くん。
咄嗟に彼を押し倒したい衝動に襲われる。
だが、ここで捕まるわけにはいかない。
深呼吸をして「……では、失礼します」と挨拶をする。真辺くんもぺこりと頭を下げ、玄関のドアを閉めた。
かちゃんと目の前でかけられた鍵の音が耳に届く。冷たいドアへ手を伸ばし、手のひらでゆっくりと撫で上げた。
◇
それから俺は、彼の隣室で生活を送ることになった。壁に聞き耳を立てたりしたが、音はあまり聞こえなかった。
彼と偶然を装い会話できるのは、ほとんど廊下でだった。
彼と俺は、会う確率がかなり多かった。俺が廊下に出るたびに、真辺くんが廊下へ出る。
それはある意味、運命のように思えた。
会うたびに彼は少年みたいな笑みを俺に見せる。その笑顔は、俺を酩酊させるには十分すぎた。
視線が交われば、目を弧にする真辺くん。彼はきっと、誰にでもこういうふうに人懐っこい笑みを見せるのだろう。
早くなんとかして俺のものにしないと、悪い虫が付くに違いない。
しかし、こちらに興味のない男子大学生ひとりを無抵抗のまま手中に収めるのは至難の業だ。
薬で酩酊させ、拘束すれば簡単だ。
だが、薬を飲ませるまでが厄介だ。挨拶を交わすだけの隣人に薬を盛るのは難しい。
と、すれば強行突破も手である。廊下で出会ったタイミングで気絶させ、部屋へ引きずればいい。
けれど、それこそ困難だ。漫画や映画のようにうまくいくはずがない。
俺はさまざまなパターンを想像しながら、寝室に貼られた写真を眺める。
映っている真辺くんはどの姿も無防備だ。写真越しでも心配になる。あらかじめ買っておいた薬と拘束具を横目に、ベッドの上に寝そべった。
────彼は今、何をしているのだろうか。
視線を隣室へ向ける。壁一枚で隔たれた向こうに、真辺くんがいる。それは俺をひどく興奮させた。
彼はきっと、こういう目で俺に見られているとは気がついていない。
そんな真辺くんが哀れで、可愛い。
「あー……早く犯したいな」
ベッドの上で乱れる真辺くんが瞼の裏に浮かぶ。意図せず口角が緩んだ。
引越し当日は、とてもよく晴れていた。二階から見える景色は、以前住んでいた場所とは、ずいぶん違う。
けれど、隣に愛しい彼が住んでいるという事実が、全てを帳消しにした。
荷解きをしながら、間取りを見て目を細める。
真辺くんはどこに家具を配置しているのだろうか、と想像し、口元を手で覆った。
隣室へつながる壁を手でゆっくりとなぞる。
舌を伸ばし、べろりと舐めた。
「これから、よろしくね。真辺くん……」
壁に寄り添い、目を瞑る。真辺くんの顔が浮かんだ。
◇
「こんばんは。隣に引っ越してきた前島といいます」
「こ、こんばんは……」
「これ、つまらないものですが。どうぞ」
やはり、夕方を過ぎたあたりに尋ねて正解だと思った。
部屋着であろうヨレヨレの服に着替えた彼は、とても幼く見える。
突然の訪問者である俺を、緊張を孕んだ上目遣いで見つめた。
彼へ引越しの挨拶に、と購入した粗品を渡す。おずおずとそれを受け取り「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。
彼が動くたびに、愛用している香水が鼻腔を刺激する。眩暈がして、動悸が激しくなった。
「僕は真辺って言います」
悟られぬよう、笑顔を貼り付ける。真辺くんは俺のいびつな感情に気がついていないらしく、控えめに笑って見せた。
どうやら彼は、俺がバイト先の常連だと気がついていないらしい。
その事実が寂しかった。だが、めまぐるしいランチタイムの中でひとりひとりの顔を覚えるのは至難の業に違いない。
しょうがないことだと割り切り、笑顔を絶やさない。
「うるさかったりしたら、すぐに言ってくださいね」
「こちらこそ、です」
こてんと首を傾げ、上目遣いで俺を見つめる真辺くん。
咄嗟に彼を押し倒したい衝動に襲われる。
だが、ここで捕まるわけにはいかない。
深呼吸をして「……では、失礼します」と挨拶をする。真辺くんもぺこりと頭を下げ、玄関のドアを閉めた。
かちゃんと目の前でかけられた鍵の音が耳に届く。冷たいドアへ手を伸ばし、手のひらでゆっくりと撫で上げた。
◇
それから俺は、彼の隣室で生活を送ることになった。壁に聞き耳を立てたりしたが、音はあまり聞こえなかった。
彼と偶然を装い会話できるのは、ほとんど廊下でだった。
彼と俺は、会う確率がかなり多かった。俺が廊下に出るたびに、真辺くんが廊下へ出る。
それはある意味、運命のように思えた。
会うたびに彼は少年みたいな笑みを俺に見せる。その笑顔は、俺を酩酊させるには十分すぎた。
視線が交われば、目を弧にする真辺くん。彼はきっと、誰にでもこういうふうに人懐っこい笑みを見せるのだろう。
早くなんとかして俺のものにしないと、悪い虫が付くに違いない。
しかし、こちらに興味のない男子大学生ひとりを無抵抗のまま手中に収めるのは至難の業だ。
薬で酩酊させ、拘束すれば簡単だ。
だが、薬を飲ませるまでが厄介だ。挨拶を交わすだけの隣人に薬を盛るのは難しい。
と、すれば強行突破も手である。廊下で出会ったタイミングで気絶させ、部屋へ引きずればいい。
けれど、それこそ困難だ。漫画や映画のようにうまくいくはずがない。
俺はさまざまなパターンを想像しながら、寝室に貼られた写真を眺める。
映っている真辺くんはどの姿も無防備だ。写真越しでも心配になる。あらかじめ買っておいた薬と拘束具を横目に、ベッドの上に寝そべった。
────彼は今、何をしているのだろうか。
視線を隣室へ向ける。壁一枚で隔たれた向こうに、真辺くんがいる。それは俺をひどく興奮させた。
彼はきっと、こういう目で俺に見られているとは気がついていない。
そんな真辺くんが哀れで、可愛い。
「あー……早く犯したいな」
ベッドの上で乱れる真辺くんが瞼の裏に浮かぶ。意図せず口角が緩んだ。
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