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スニロの話
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◇
廊下にまで漏れていた声に眉を顰め、ドアノブに手をかけた。監視室へ入ると、リドリーが声を荒げている。一歩踏み入れると、愚痴を聞いていたカイデンが椅子を回転させながら僕へ手をあげ挨拶をした。その顔は助け舟を求めている。カイデンの様子に反応したリドリーが振り返った。
「スニロ!」
「リドリー……お疲れ様……」
「お疲れどころじゃない! 満身創痍だ!」
涙目の彼が髪を振り乱し叫んでいる。柔い栗色の髪が蛍光灯の元でキラキラと輝いていた。
「もう嫌だ、もう無理だ! 俺には耐えられない!」
「大丈夫だって。お前、前回はゴキブリだろ? あんなゲテモノの相手して、蛆虫ぐらいでぐちぐち言うなよ」
まるで他人ごとのように(まさに他人ごとなのだが)そう言い放つカイデンを、リドリーはきつく睨みつけた。今にも泣きそうな表情に、憐れみさえ覚える。
「無理だ、無理! ウジだぞ! ウジ! スニロ! お前にこの苦しみが分かるか!?」
「……ごめん、僕にはちょっとわからない……」
苦笑いを漏らし、彼から距離を取る。唾を飛ばしそうな勢いで怒鳴るリドリーは顔を真っ赤にして言葉を続けた。
「お前はいいよな! 蝶の幼虫だっけ!?」
「アゲハ蝶の幼虫……」
「詳細は知るか! 俺はウジだぞ! ウジ! 成虫になったら蝿になるんだ! 気持ち悪いったらありゃしない!」
今にも倒れてしまいそうなほど叫び、肩で呼吸を繰り返したリドリーは、近くに放置してあったパイプ椅子へ腰を下ろした。その隙を見て、併設されたキッチンへ足を運ぶ。淹れてあったコーヒーをマグカップへ注ぎ、リドリーに渡す。彼はそれを大人しく受け取り、目を瞑った。
「……辞めたい……」
「ゴキブリに耐えられたお前が今更、何を」
肩を竦めたカイデン。リドリーはコーヒーを啜りながら呟いた。
「あれは……確かにきつかった……でも、今回は……」
「今回は?」
「……回数が多すぎる。あいつ、俺を見た途端に発情しやがる……もう、本当に辛い……」
顔を真っ赤にしてそう呟いたリドリーに、場の空気が凍った。カイデンと目を合わせて、苦笑いを漏らす。
幼虫たちにも性格があり、それぞれ個性がある。穏やかなものもいれば気性が激しいものもいて、それは人間と同じである。
「確かにお前ら、会えばすぐにヤってるよな」
ケラケラと愉快げに笑うカイデンに、リドリーが何か言いたげに口を開き、やがて唇を噛み締めて踵を返した。じゃあね、と言葉を投げた僕に返事もせずに場を去る。その背中を見届けながら、カイデンの二の腕を小突いた。
「もっと気を使ってあげてよ」
「同情したところで、あいつの気分が良くなるとも思えないしな」
唇を曲げた彼に、確かにそうかもと頷く。ふと、監視カメラの映像が映し出されている大型モニターに目を遣る。画面越しにノルの蠢く光景が見えた。波を打たせるその表面の皮膚が愛くるしい。
「……お前、よくあんな緑の生き物にニヤニヤできるな」
「ニヤニヤしてないよ」
咄嗟に頬へ手を伸ばす。あんなの、どこがいいんだよ。と吐き捨てるように言われ、唇を尖らせた。
「君も、ノルと接したら分かるよ。とても可愛い子なんだ」
「ただの蝶の幼虫だろ」
俺は生身の女が良い。そう言いながらコーヒーを啜るカイデンが目を擦る。あまり酷使しすぎないようにねと肩を叩き、監視室を出た。
廊下にまで漏れていた声に眉を顰め、ドアノブに手をかけた。監視室へ入ると、リドリーが声を荒げている。一歩踏み入れると、愚痴を聞いていたカイデンが椅子を回転させながら僕へ手をあげ挨拶をした。その顔は助け舟を求めている。カイデンの様子に反応したリドリーが振り返った。
「スニロ!」
「リドリー……お疲れ様……」
「お疲れどころじゃない! 満身創痍だ!」
涙目の彼が髪を振り乱し叫んでいる。柔い栗色の髪が蛍光灯の元でキラキラと輝いていた。
「もう嫌だ、もう無理だ! 俺には耐えられない!」
「大丈夫だって。お前、前回はゴキブリだろ? あんなゲテモノの相手して、蛆虫ぐらいでぐちぐち言うなよ」
まるで他人ごとのように(まさに他人ごとなのだが)そう言い放つカイデンを、リドリーはきつく睨みつけた。今にも泣きそうな表情に、憐れみさえ覚える。
「無理だ、無理! ウジだぞ! ウジ! スニロ! お前にこの苦しみが分かるか!?」
「……ごめん、僕にはちょっとわからない……」
苦笑いを漏らし、彼から距離を取る。唾を飛ばしそうな勢いで怒鳴るリドリーは顔を真っ赤にして言葉を続けた。
「お前はいいよな! 蝶の幼虫だっけ!?」
「アゲハ蝶の幼虫……」
「詳細は知るか! 俺はウジだぞ! ウジ! 成虫になったら蝿になるんだ! 気持ち悪いったらありゃしない!」
今にも倒れてしまいそうなほど叫び、肩で呼吸を繰り返したリドリーは、近くに放置してあったパイプ椅子へ腰を下ろした。その隙を見て、併設されたキッチンへ足を運ぶ。淹れてあったコーヒーをマグカップへ注ぎ、リドリーに渡す。彼はそれを大人しく受け取り、目を瞑った。
「……辞めたい……」
「ゴキブリに耐えられたお前が今更、何を」
肩を竦めたカイデン。リドリーはコーヒーを啜りながら呟いた。
「あれは……確かにきつかった……でも、今回は……」
「今回は?」
「……回数が多すぎる。あいつ、俺を見た途端に発情しやがる……もう、本当に辛い……」
顔を真っ赤にしてそう呟いたリドリーに、場の空気が凍った。カイデンと目を合わせて、苦笑いを漏らす。
幼虫たちにも性格があり、それぞれ個性がある。穏やかなものもいれば気性が激しいものもいて、それは人間と同じである。
「確かにお前ら、会えばすぐにヤってるよな」
ケラケラと愉快げに笑うカイデンに、リドリーが何か言いたげに口を開き、やがて唇を噛み締めて踵を返した。じゃあね、と言葉を投げた僕に返事もせずに場を去る。その背中を見届けながら、カイデンの二の腕を小突いた。
「もっと気を使ってあげてよ」
「同情したところで、あいつの気分が良くなるとも思えないしな」
唇を曲げた彼に、確かにそうかもと頷く。ふと、監視カメラの映像が映し出されている大型モニターに目を遣る。画面越しにノルの蠢く光景が見えた。波を打たせるその表面の皮膚が愛くるしい。
「……お前、よくあんな緑の生き物にニヤニヤできるな」
「ニヤニヤしてないよ」
咄嗟に頬へ手を伸ばす。あんなの、どこがいいんだよ。と吐き捨てるように言われ、唇を尖らせた。
「君も、ノルと接したら分かるよ。とても可愛い子なんだ」
「ただの蝶の幼虫だろ」
俺は生身の女が良い。そう言いながらコーヒーを啜るカイデンが目を擦る。あまり酷使しすぎないようにねと肩を叩き、監視室を出た。
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