9 / 21
9
しおりを挟む
◇
「えっ、うそ、そんなに……本当?」
『えぇ……あなた、いったい何をしたの?』
電話越しに聞こえる母の不安げな声音に、体が強張る。内容は、口座に大金が入っていたとのことだ。アルドルが昨日発していた言葉を思い出し、背中に汗が滲む。きっと彼が妹のためにと振り込んだのだ。義理堅い人だな、と内心思った。
そして、母の言葉が耳にこびりつく。あなた、いったい何をしたの? ────本当のことを告げてしまえば、きっと彼女は混乱するだろう。
まさか我が息子がトカラル星人(しかもオス型)と交わった成果が、その口座に振り込まれている数字だなんて。
「悪いことはしてないよ。アルドルさんにルーシィのことを言ったら、振り込んでくれたんだ」
『……なんの見返りも無しに?』
さすがは女性。鋭いな。僕は唇を噛み締め、額に手を押し当てた。身売りをした覚えはない。けれど、側から見たら、僕は金で脅されて抱かれた哀れな弱者だし、アルドルはそれを望んだ強者だ。
もし本当のことを話せば最後。彼女は無理にでもここへ乗り込み、僕を引き摺ってでも連れ戻すだろう。
「うん。アルドルさんは、優しい人だから……そんなの求めないよ」
『……そう。分かった。けど、無理はしないでお母さんはいつでもストウの味方よ』
じゃあね。そう言い残し、電話が切れる。彼女の声音はどこか納得いっていない様子だった。大きすぎるほどのため息を漏らし、持っていたモップを壁へ掛ける。
────とにかく、お礼を言いに行かなきゃ。
エプロンを脱ぎ、アルドルの部屋へ向かった。途中にある小窓から太陽光が差し込んでいる。窓拭きも後でせねば、と頭の片隅に作ったリストへ書き込んだ。
駱駝色の扉を二回ノックし、中へ入る。
彼は机に向かっていた体をこちらへ傾け、どうしたの? と伺った。
「作業中、申し訳ありません……」
「気にしないでよ。ほら、こっちへおいで」
触手が伸び、手首を掴んだ。引き寄せられ、アルドルの元へ歩む。そのままぽってりとした体に押し付けられた。頭を緩やかに撫でられ、無意識に微笑んでしまう。昨日の一件以降、彼との触れ合いがこうやって通常になっていくのだと思うと、胸がドキドキとした。
「あの……その。妹の件について……」
「あぁ、もう振り込みが反映されていたかな?」
あれで足りるかな? と問いかけられ、首を縦に振った。
「すみません。使用人如きが、気を遣わせてしまって……」
「何を言っているんだ。君は昨日、私のために我慢してくれた。その対価だよ。それに────」
彼が頬を撫でる。見上げると、黒い瞳と搗ち合った。
「君のためなら、なんでもしたい。遠慮なく、私へ相談してくれ」
アルドルがひどく優しい声でそう促す。溺れそうになるその甘い言葉を振り払うように声を上げた。
「きょ、今日の夜も、が、頑張ります。よろしくお願いします……」
アルドルはキョトンとした後、笑い声を上げた。触手で後頭部を撫で、頬へキスを落とした。
「無理、しなくていいよ」
「してません。僕、頑張ります」
キッパリと告げ、その巨体へ抱きつく。むにっとした感覚に、昨日の夜に孕んだ熱を思い出し、体が火照った。
「ふふ……あぁ、そうだ。そういえば見たい映画があるんだ。一緒に行かないか?」
「今から、ですか?」
「うん」
「でも、床の掃除と……窓の掃除も、まだ……」
「明日でいいよ。ね、行こう」
彼がウキウキと弾んだ声を出す。僕もその声につられて、頷いた。
「えっ、うそ、そんなに……本当?」
『えぇ……あなた、いったい何をしたの?』
電話越しに聞こえる母の不安げな声音に、体が強張る。内容は、口座に大金が入っていたとのことだ。アルドルが昨日発していた言葉を思い出し、背中に汗が滲む。きっと彼が妹のためにと振り込んだのだ。義理堅い人だな、と内心思った。
そして、母の言葉が耳にこびりつく。あなた、いったい何をしたの? ────本当のことを告げてしまえば、きっと彼女は混乱するだろう。
まさか我が息子がトカラル星人(しかもオス型)と交わった成果が、その口座に振り込まれている数字だなんて。
「悪いことはしてないよ。アルドルさんにルーシィのことを言ったら、振り込んでくれたんだ」
『……なんの見返りも無しに?』
さすがは女性。鋭いな。僕は唇を噛み締め、額に手を押し当てた。身売りをした覚えはない。けれど、側から見たら、僕は金で脅されて抱かれた哀れな弱者だし、アルドルはそれを望んだ強者だ。
もし本当のことを話せば最後。彼女は無理にでもここへ乗り込み、僕を引き摺ってでも連れ戻すだろう。
「うん。アルドルさんは、優しい人だから……そんなの求めないよ」
『……そう。分かった。けど、無理はしないでお母さんはいつでもストウの味方よ』
じゃあね。そう言い残し、電話が切れる。彼女の声音はどこか納得いっていない様子だった。大きすぎるほどのため息を漏らし、持っていたモップを壁へ掛ける。
────とにかく、お礼を言いに行かなきゃ。
エプロンを脱ぎ、アルドルの部屋へ向かった。途中にある小窓から太陽光が差し込んでいる。窓拭きも後でせねば、と頭の片隅に作ったリストへ書き込んだ。
駱駝色の扉を二回ノックし、中へ入る。
彼は机に向かっていた体をこちらへ傾け、どうしたの? と伺った。
「作業中、申し訳ありません……」
「気にしないでよ。ほら、こっちへおいで」
触手が伸び、手首を掴んだ。引き寄せられ、アルドルの元へ歩む。そのままぽってりとした体に押し付けられた。頭を緩やかに撫でられ、無意識に微笑んでしまう。昨日の一件以降、彼との触れ合いがこうやって通常になっていくのだと思うと、胸がドキドキとした。
「あの……その。妹の件について……」
「あぁ、もう振り込みが反映されていたかな?」
あれで足りるかな? と問いかけられ、首を縦に振った。
「すみません。使用人如きが、気を遣わせてしまって……」
「何を言っているんだ。君は昨日、私のために我慢してくれた。その対価だよ。それに────」
彼が頬を撫でる。見上げると、黒い瞳と搗ち合った。
「君のためなら、なんでもしたい。遠慮なく、私へ相談してくれ」
アルドルがひどく優しい声でそう促す。溺れそうになるその甘い言葉を振り払うように声を上げた。
「きょ、今日の夜も、が、頑張ります。よろしくお願いします……」
アルドルはキョトンとした後、笑い声を上げた。触手で後頭部を撫で、頬へキスを落とした。
「無理、しなくていいよ」
「してません。僕、頑張ります」
キッパリと告げ、その巨体へ抱きつく。むにっとした感覚に、昨日の夜に孕んだ熱を思い出し、体が火照った。
「ふふ……あぁ、そうだ。そういえば見たい映画があるんだ。一緒に行かないか?」
「今から、ですか?」
「うん」
「でも、床の掃除と……窓の掃除も、まだ……」
「明日でいいよ。ね、行こう」
彼がウキウキと弾んだ声を出す。僕もその声につられて、頷いた。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
24
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる