BL短編集

なかあたま

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憧れのきみ

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「え、北米原高校の生徒に絡まれた?」
「違う、絡まれてないよ、介抱してもらったんだ」

 昼休み。ざわつく教室内で、友人である関口が目をまん丸とさせた。僕は慌てて訂正する。しかし、関口の顔は変わらなかった。唇を曲げ、眉を顰める。

「あそこの生徒、ガラ悪いし、いい噂聞かないし……石伊、なんかそれ異物とか入ってんじゃね?」

 机の上に置かれた弁当箱の隣。添えられるように存在するミネラルウォーターのペットボトルを見た関口に、僕は身を強張らせた。

「ち……知田くんはそんなこと、しないよ」
「どうかなぁ。わざわざ水の差し入れするなんて、裏がありそうだ。明日、会ったら倍以上の金を請求されるかもしれん」

 プラスチックの箸をカチカチと鳴らしながら頬杖をつく彼に「被害妄想が凄すぎるよ」とため息を漏らす。けれど、関口の言葉もあながち間違いではないかもしれない。それほど北米原高校は評判が悪い。あの高校の生徒を見かけたら近寄るな、と言うのが他校に通う生徒たちの暗黙のルールである。暴行やカツアゲに巻き込まれた生徒も、数えきれないほどだ。
 故に、北米原高校の生徒は毛嫌いされている。

「……知田くんは、すごくいい人だったんだ」
「そうやって、騙す手法かもしれないぞ。油断したら、なにをされるか分からん」

 弁当箱に入っていた唐揚げを咀嚼する関口の言葉を受け、肩を落とす。そんな人に見えなかったけどなぁと、ヒカルの笑みを思い浮かべる。
 同時に、駅などで見かける北米原高校の生徒たちの素行の悪さを思い出す。派手な見た目と着崩した制服、騒いで周りに迷惑をかける彼らが脳裏に浮かぶ。

「ていうか、いつまでそのペットボトルを持ってるわけ? 朝からずっと机の上に置いてるけど……」

 ヒカルに貰ったペットボトルを指差し、関口が呆れたように呟く。すでに常温に戻った、半分以上が残っているミネラルウォーターを見つめる。このペットボトルを破棄することはヒカルからの好意を破棄するかのように思えてしまったのだ。
 僕は厚焼き卵を口に運び「捨てられないんだよ」とひとりごちた。



 翌日、僕は酔い止めを忘れずに飲み、電車に乗る。いつも通りの光景へ視線を投げ、息を吐き出す。同じ時間に通勤、通学する人々は見慣れた人もいれば、初めて見る人もいる。僕はある人物を探しながら視線を彷徨わせた。けれど、ヒカルはどこにもいなかった。色の抜けた髪と着崩した制服の彼は別の車両に乗っているのかもしれないなと思い、背もたれに深々と座った。
 目まぐるしく変化する景色を眺めていると、電車は目的の駅へ到着した。波に呑まれるように人に揉まれ、僕はようやく外へ出ることができた。新鮮な空気を吸い、吐き出す。
 やはり見渡してみても、ヒカルの姿はなかった。もう会えないのかなと肩を落とし、学校へ向かうため歩みを進める。

「コウ!」

 誰かに名前を呼ばれ、パッと顔を後ろへ向けた。そこには、ヒカルの姿があった。今日も中身が入っていないであろうスクールバッグを適当に肩にぶら下げ、手を振っている。にこやかな笑顔に一気に気分が浮つくが、しかし、彼の周りにいるガラの悪い生徒を見て、血の気が引く。

「今日は顔色いいなぁ、お前!」

 パタパタと靴を鳴らしながら近づいてきたヒカルに身を強張らせる。怖がっている僕に気がついていないのか、彼は肩を組んだ。
 身につけているであろう柑橘の香水が鼻腔を刺激する。

「おはよう、知田くん……」
「おはよ、昨日は大丈夫だったか?」
「うん、ありがとう」

 「そっか」と歯を見せる彼に、頬が緩む。照れ臭くなり、肩を竦めた。

「今日は酔い止めちゃんと飲んだんだな」
「うん、昨日はお世話になりました」
「いいってことよ。じゃあな、コウ」

 ひらりと手を振るヒカルは友人たちに合流し、去っていく。「あれ、誰?」「常夜義塾高校の制服じゃん」とチラチラとこちらを見る友人たちに冷や汗が滲んだ。自分の周りにはいないタイプの男子高校生に見られ、喉の奥が狭まった。

「俺の友達」

 そう返したヒカルがもう一度振り返り「勉強頑張れよ」と間の伸びた声をあげ、去っていく。
 僕は彼らの後ろ姿を眺め言葉を頭の中で繰り返す。俺の友達、俺の友達、俺の友達────。僕はどうやら彼の友達になれたようだ。胸の辺りがぎゅうと締め付けられる。知らない疼きに襲われ、瞬きを繰り返した。
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