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ヨウくんとまひろくん
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「あ、ごめんね」。蓮音まひろが振り返り、はにかんだ。「僕、転びやすくてさぁ」と頬を掻きながら眉を八の字にする。そんな彼の転倒を防いだのはほんの数秒前。前を歩いていたまひろが後ろに転びかけ、俺が咄嗟に肩を支えたのだ。
「……って、あれ? ヨウくんだよね。すごぉい、偶然だね。こんにちはぁ」
いつも通りの間延びした声を漏らしながら、まひろがぺこりと頭を下げる。「……どうも」と短く返すと、彼が首を傾げた。
「あはは、ヨウくん。私服かっこいいね、制服とは違うふいんき」
「……雰囲気、な」
「ふんいき、かぁ」
駅構内のど真ん中で何を話しているんだろうと通り過ぎる人々を横目に感じつつ、しかし私服を褒められたことに頬の赤らみと汗が止まらなかった。額に滲んだ汗を拭い、まひろを見る。
「蓮音も雰囲気が違うな」
「あはは、そうかな? どうかな? ちょっと、いい感じかな?」
「最高、めちゃくちゃ可愛いよ。いつもお前は可愛いけど」。吐きかけたその言葉を飲み込み、胃へ落とす。「ま、いい感じじゃね」とひとりごち、踵を返した。
「じゃあな。転ばないように気をつけろよ」
彼を見ないまま、歩みを進めた。「また学校でねぇ」と声を張り上げるまひろを無視する。きっと大きく手を振って俺の背中を見つめているに違いない。
まひろから数メートル離れた俺は、柱に身を潜める。少しだけ乗り出し、彼の姿を確認した。
人の群れを避けながら危うい歩行を続けるまひろを見つめ、ドキドキと脈打つ心臓をなんとか落ち着かせる。
────尾行、バレてないだろうか。
まさか、まひろが尾行中に転びかけると思っていなかった俺は、咄嗟の出来事に対応してしまい、彼に存在を知られてしまった。
────まぁ、まひろはぽやんとしてるし、大丈夫だろう……。
気を取り直して、まひろの背中が見えなくなるうちに彼を追った。
まひろを守ることができるのは、俺だけなのだ。
◇
蓮音まひろは、何処かぽやんとした人物である。初めて見たときから、俺はその「ぽやん」が危ういと感じたし、愛らしくも思っていた。
初めてまひろを見たのは高校の入学式。間延びした声と、朗らかな笑みが印象的だった。高校生になりたてにしては顔立ちが幼い彼は、同性が敷き詰められたこの男子校の中でも見たことがない珍しいタイプである。穏やかで、裏表がなさそうな彼は、見た目通りの性格をしていた。
茶色い猫っ毛が、祖母の家で飼っている温厚な茶トラネコを彷彿とさせ、余計に俺の目をひいた。
そんな彼にいつしか惹かれていった。最初は「変なやつ」として見ていた。けれど、どうも抗えない魔力が彼にはあった。庇護欲が擽られ、ムズムズとした何かを抱えた。
彼を明確に好きだと気がついたのは、高校一年生の夏。長期休暇へ突入する前の浮かれた空気に呑まれたのか、俺は熱中症に蝕まれた。教室の中、机にうつ伏せになった俺は動けないまま固まった。
「だっせぇ」と友人の大島に揶揄われ、俺はふらつく頭を押さえながら「うるせーな」と強がることしかできない。そんな中、俺の元へポテポテと歩き、未開封のスポーツドリンクを渡してきたのがまひろだった。
「出水くん、これ飲んで。あと、保健室に行こう」
「あ、いや……別に、そこまできつくねぇし……」
「ダメだってば。行こう。僕ね、小学生の時、保健係だったんだぁ」
「蓮音、保健係だったのかよ」と大島が愉快そうに笑い出した。その笑い方はどう見ても人を小馬鹿にするようなもので、俺はぐらつく頭の中で苛立ちを覚えた。
まひろは喋り方や独特の人柄のせいで、弄られキャラになっていた。けれど、まひろ自体はあまり気にしていないようだ。今までがそういう扱いをされてきたのだろう、慣れているのか「うん。僕、保健係ー」と照れくさそうにしている。
「連れてってもらえよ、ヨウ」
「うん、連れてってあげるよ。出水くん、行こう」
間延びした声音が鼓膜を撫でる。今の俺にとってそれは甘い誘いに聞こえた。揶揄う友人と純粋に心配してくれているまひろの間で、俺は不埒な感情に揺さぶられた。
「熱中症を見くびっちゃダメだよ」
無理やりまひろが俺の腕を掴んだ。小さく悲鳴をあげ、俺は椅子から立ち上がる。内心、心臓が破裂しそうなほど震えていたし、額には冷や汗が滲んだ。これは熱中症が原因だと自分に言い訳しつつ、友人たちに「こいつ、しつこいから行ってくるわ」と嫌々な風を装い、教室を後にした。
保健室へ向かう間も「熱中症はね────」と語るまひろ。しかし言葉は右から左へ流れていく。彼の体温がじわりと体へ滲み、その熱で火傷しそうだったからだ。
────いい匂い。
微かに香るシャンプーの匂いや、柔らかな肉の質感に、唾液が滲んだ。
「……って、あれ? ヨウくんだよね。すごぉい、偶然だね。こんにちはぁ」
いつも通りの間延びした声を漏らしながら、まひろがぺこりと頭を下げる。「……どうも」と短く返すと、彼が首を傾げた。
「あはは、ヨウくん。私服かっこいいね、制服とは違うふいんき」
「……雰囲気、な」
「ふんいき、かぁ」
駅構内のど真ん中で何を話しているんだろうと通り過ぎる人々を横目に感じつつ、しかし私服を褒められたことに頬の赤らみと汗が止まらなかった。額に滲んだ汗を拭い、まひろを見る。
「蓮音も雰囲気が違うな」
「あはは、そうかな? どうかな? ちょっと、いい感じかな?」
「最高、めちゃくちゃ可愛いよ。いつもお前は可愛いけど」。吐きかけたその言葉を飲み込み、胃へ落とす。「ま、いい感じじゃね」とひとりごち、踵を返した。
「じゃあな。転ばないように気をつけろよ」
彼を見ないまま、歩みを進めた。「また学校でねぇ」と声を張り上げるまひろを無視する。きっと大きく手を振って俺の背中を見つめているに違いない。
まひろから数メートル離れた俺は、柱に身を潜める。少しだけ乗り出し、彼の姿を確認した。
人の群れを避けながら危うい歩行を続けるまひろを見つめ、ドキドキと脈打つ心臓をなんとか落ち着かせる。
────尾行、バレてないだろうか。
まさか、まひろが尾行中に転びかけると思っていなかった俺は、咄嗟の出来事に対応してしまい、彼に存在を知られてしまった。
────まぁ、まひろはぽやんとしてるし、大丈夫だろう……。
気を取り直して、まひろの背中が見えなくなるうちに彼を追った。
まひろを守ることができるのは、俺だけなのだ。
◇
蓮音まひろは、何処かぽやんとした人物である。初めて見たときから、俺はその「ぽやん」が危ういと感じたし、愛らしくも思っていた。
初めてまひろを見たのは高校の入学式。間延びした声と、朗らかな笑みが印象的だった。高校生になりたてにしては顔立ちが幼い彼は、同性が敷き詰められたこの男子校の中でも見たことがない珍しいタイプである。穏やかで、裏表がなさそうな彼は、見た目通りの性格をしていた。
茶色い猫っ毛が、祖母の家で飼っている温厚な茶トラネコを彷彿とさせ、余計に俺の目をひいた。
そんな彼にいつしか惹かれていった。最初は「変なやつ」として見ていた。けれど、どうも抗えない魔力が彼にはあった。庇護欲が擽られ、ムズムズとした何かを抱えた。
彼を明確に好きだと気がついたのは、高校一年生の夏。長期休暇へ突入する前の浮かれた空気に呑まれたのか、俺は熱中症に蝕まれた。教室の中、机にうつ伏せになった俺は動けないまま固まった。
「だっせぇ」と友人の大島に揶揄われ、俺はふらつく頭を押さえながら「うるせーな」と強がることしかできない。そんな中、俺の元へポテポテと歩き、未開封のスポーツドリンクを渡してきたのがまひろだった。
「出水くん、これ飲んで。あと、保健室に行こう」
「あ、いや……別に、そこまできつくねぇし……」
「ダメだってば。行こう。僕ね、小学生の時、保健係だったんだぁ」
「蓮音、保健係だったのかよ」と大島が愉快そうに笑い出した。その笑い方はどう見ても人を小馬鹿にするようなもので、俺はぐらつく頭の中で苛立ちを覚えた。
まひろは喋り方や独特の人柄のせいで、弄られキャラになっていた。けれど、まひろ自体はあまり気にしていないようだ。今までがそういう扱いをされてきたのだろう、慣れているのか「うん。僕、保健係ー」と照れくさそうにしている。
「連れてってもらえよ、ヨウ」
「うん、連れてってあげるよ。出水くん、行こう」
間延びした声音が鼓膜を撫でる。今の俺にとってそれは甘い誘いに聞こえた。揶揄う友人と純粋に心配してくれているまひろの間で、俺は不埒な感情に揺さぶられた。
「熱中症を見くびっちゃダメだよ」
無理やりまひろが俺の腕を掴んだ。小さく悲鳴をあげ、俺は椅子から立ち上がる。内心、心臓が破裂しそうなほど震えていたし、額には冷や汗が滲んだ。これは熱中症が原因だと自分に言い訳しつつ、友人たちに「こいつ、しつこいから行ってくるわ」と嫌々な風を装い、教室を後にした。
保健室へ向かう間も「熱中症はね────」と語るまひろ。しかし言葉は右から左へ流れていく。彼の体温がじわりと体へ滲み、その熱で火傷しそうだったからだ。
────いい匂い。
微かに香るシャンプーの匂いや、柔らかな肉の質感に、唾液が滲んだ。
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