洲関くんの恋人

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洲関くんの恋人

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「ひ、広瀬?」
「あ、洲関くん。こんばんわ。お邪魔してもいいですか?」

 ラフな格好をした広瀬が、そう尋ねる。私服の彼は、制服時より幾分か幼く見えて、全身の血が滾る。当たり前だろ、と告げ解錠ボタンを押した。じゃあ、今から向かいます。と一言残し、手を振る彼がモニターから消えた。
 ────来てくれたんだ。
 今日はもう、会えないと思っていた。俺は玄関先へ向かい、飼い主の帰りを待つ犬のようにその場で胸を高鳴らせた。しかし、広瀬に浮かれていると勘付かれるのが少し癪で、顔の筋肉を強張らせる。
 チャイムが鳴り、勢いよくドアを開ける。目の前には広瀬が立っていて、俺の形相にポカンとした表情をしていた。
 グレーの半袖から伸びる白い手が、とても眩しく見える。手には紙袋が下げられていて、中には着替えと制服が入っていた。
 ────今日は、泊まっていくのか。
 俺たちは頻繁に互いの家に泊まったりしている。(基本的に俺の家に泊まることが多い)今日はその日なのだと思うと胸が高鳴った。

「こんばんわ。ごめんなさい、夜に押しかけて……」

 謝罪をした彼の言葉を無視し、勢いよく抱きしめる。汗の匂いがふわりと漂い、一気に頭に血がのぼる。広瀬は行き場の無い手を宙に漂わせながら、慌てていた。

「近所の人に、見られたらマズイよ」

 言葉を紡ぐ広瀬の唇を塞ぐ。んぅ、と小さな声が漏れ、彼の体温が上がる。そんな広瀬が愛しくて、舌を入れ込んだ。

「だめ、すぜき、くん」

 呼吸の合間、舌足らずな口調で言われ、俺は動きを止めた。潤んだ瞳の広瀬と搗ち合う。ダメだよ……と小さく促され、この場で抱きたい衝動に駆られた。

「来てくれたんだ」
「う、うん。今日の放課後、洲関くんが悲しそうだったから……」

 そう言われ、自分の頬へ手を伸ばす。そんな顔をしていたのか、と恥ずかしさが芽生えた。
 同時に、愛しさが溢れ出す。彼をもう一度力強く抱きしめると、広瀬がカエルの潰れたような声を出した。

「……スッゲー会いたかった」

 ポツリと耳元で呟いた言葉は、彼の愛に見合わないほどぶっきらぼうで、きっと俺が溜め込んでいる感情の殆どが伝わっていないだろう。けど、広瀬は俺の性質も理解しているのか、手を背中に回し、ゆっくりと撫でた。

「僕も」

 穏やかな声音が耳を掠め、心が安らぐ。体を引き剥がし、彼を家へ招き入れるため手を引いた。
 そこでようやく、あることに気がつく。

「あ」
「なに?」
「コンドーム切れてた」



 広瀬は二人きりの空間だとなんともないが、人目がある場所だと周りを気にしがちだ。放課後、帰宅途中でも彼は手を握りたがらない。その上、斜め後ろを五歩下がって歩く。側から見たら、一緒に下校しているとは思えないレベルだ。
 薄暗がりに包まれた今でも、彼は周りを気にして数歩後ろを歩んでいる。

「暗闇なら、見えないって」
「……うん」

 俺はスウェットのポケットに手を入れながら、もう片方の手を広瀬に差し出す。
 小道を照らす電信柱の光が、チカチカと点滅する。羽虫が当たり、音を奏でた。おずおずと差し出した彼の真白い手が、頼りない光に照らされる。その手を引き寄せ、強く握った。
 痛いよ。広瀬は照れくさそうに顔を俯け、ひとりごちた。お前がトロいからとぶっきらぼうに吐き捨て、コンビニまで歩む。
 映画はどうだった? 楽しかったか? そう問いかけると、彼は返答をしながら頷く。その度に重い黒髪が揺れた。
 目の前を、黒猫が駆ける。こちらの存在に気がついた黒猫は、目を大きく見開き、警戒しながら去っていった。首につけられた鈴がチリチリと音を奏でる。その黒が、隣を歩む彼に似てて、俺は少し笑ってしまった。
 最初────いや、今も広瀬は俺に警戒心を抱いている。しかし、咎める気はない。彼の気持ちは分からなくもないからだ。それに、警戒していたとしても、広瀬が俺へ注ぐ愛情は本物だと自負している。
 加えて彼が孕む警戒心は、時折たまらなく俺を擽る時がある。低い声で促したりすると、目を伏せ唇を噛み、汐らしくなる。その仕草も愛くるしいのだ。(変な性癖が芽生えそうになり、扉を叩いてしまいそうになる)
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