洲関くんの恋人

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少女Aの目撃証言

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「あのぉ、先生」

 翌日。生徒たちがすれ違う廊下。見える背中に声をかける。藤本は横を走る生徒に、廊下を走るな、と眉を顰め怒っていた。真面目な彼の姿を見て、身が縮こまる。今更、私の勘違いでしたなんて言って良いものだろうかと頭を悩ませた。
 私の声に気がついた藤本が振り返る。目を合わせるなり、おぉ、と声を漏らした。

「伊藤じゃないか。どうした? 何か用事か?」

 彼が持っていた教科書を脇に挟み、私と向き合う。スカートの端を握りしめ、目を伏せた。
 ────なんて言おう。
 洲関と広瀬は付き合っているみたいです。なのでいじめの事実はありません。そう言えば良いのだろうか。しかし、こんなことを藤本に伝えるのは憚れる。彼らの個人的な交際をおおやけに話すのはちょっと違う気がしたからだ。
 私は唾液を嚥下し、口を開く。

「洲関くんと広瀬くんの件について……」
「おお、そのことか。広瀬には、俺から何かあれば相談するようにと伝えておいた。だから、安心しろ」
「えっと……」

 キリッと上がった眉毛と凛々しい表情。彼はまるで正義のヒーローのような雰囲気を醸し出しながらそう言い放った。私は頬を引き攣らせ、固まる。

「……いえ、あの……実は……広瀬くんはいじめられてないのかも、しれません」

 藤本が顔を顰めた。弱まる語尾が、横を通り過ぎた男子生徒の群れに掻き消される。手のひらに滲んだ汗を何度か制服で拭い、藤本からの言葉を待つ。
 彼は顎に手を当て悩んだ後、息を吐いた。

「……大丈夫だ、伊藤。俺が必ずお前を守ってやる。告発者がお前だってバレないように努める。だから、そんなに気負うな」

 どうやら彼は、私が洲関からされる報復に恐れていると勘違いしているようだ。首を横に振り、言葉を詰まらせる。そんな私の肩に手が置かれた。

「俺が解決する。な? だからお前は心配しなくていい」

 じゃあな、と手を振りそそくさと立ち去る彼に、何も言えなかった。脳裏に彼らのキスシーンが浮かび、グッと唇を噛み締める。

「……ま、大丈夫……かな?」

 私のせいで面倒なことに巻き込んでしまい、ごめん。内心、二人に謝罪しつつ踵を返した。



 今日も洲関は広瀬を見つめている。机に頬杖をつき、教室の隅で固まる集団に紛れる広瀬の背中へ視線を投げ、微動だにしない。広瀬は全く気が付いていない様子で、会話に花を咲かせていた。
 ────本当に、何もかも真逆なんだけどな。
 どちらが先に惚れて、どちらが先に告白したのだろうか。普通の恋人たちが踏む手順などを、彼らが踏んでいる場面が想像できず、眉を顰める。
 けれど、実際に彼らはそういう関係なのだ。
 ────想像するのは失礼だけど……。
 洲関の横顔を眺める。不服そうなオーラを孕んだ彼が「そういう」一面を広瀬だけに見せるのだろうか? 洲関に優しく微笑みかけ、手を繋ぎ、ともに歩む姿を想像してみる。途端に罪悪感が滲み、かぶりを振った。
 不意に、広瀬が洲関の視線に気がついたかのように振り返る。一瞬、目が搗ち合った二人の間に何かが流れた。やがて、広瀬が穏やかに微笑む。 私の角度からでも見てわかるほどの柔らかい広瀬の表情に、洲関は耳を微かに朱に染め、フイと顔を逸らした。
 その様子を、なんとも言えない心情で眺める。
 ────今度、お詫びの品でも献上しようかな。
 勘違いしてごめん、という意味合いも込めて、二人に菓子折りでも持ってこよう。
 私は、男子はどんなのが好きかなぁと予想しつつ、窓の外を眺め燦々と降り注ぐ太陽の光を眺めた。
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