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コラサオン
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「殿下。……いいえ、コラサオン陛下。おめでとう御座います」
衛士長である男は深々と敬礼した。男は先日誕生日を迎えて、40になったばかり。名をネーヴィエス・ヘルブラオ。新国王の乳母を務めたヘルブラオ家の娘は、この男の母親。男は新国王の幼馴染みだった。
「有り難う、ネーヴィ。余は本当にうれしい。この日が来るのをどんなに待ちわびていたことか!」
新国王・コラサオンは微笑み、ネーヴィエスの前に立った。拳一つ分ほど、筋骨逞しい衛士長は目線が高い。
──とうとう、追い越せなかったな。
幼い頃から、見上げていた衛士長の顔。
整えられた顎髭と髪は黒く、いつでも優しげにこちらを見つめる眸は薄い水色。生まれたときから、彼は常にコラサオンの傍らにいた。
はじめて二人が出会ったのは、ネーヴィエスが12歳の頃。国の習慣に従って、ネーヴィエスの母親がコラサオンの乳母となった時からだった。
少年だったネーヴィエスは、小さな第三王子の金の髪をそっと撫でた。
じいっとこちらを見つめる紫色の眸に微笑みかけると、コラサオンはきゃっと可愛らしい笑い声を上げる。
ネーヴィエスにとっては弟のような、その小さな王子は本当に可愛らしくて。
母親と共に、ネーヴィエスは懸命にコラサオンのお世話をした。赤子の頃はおむつを替え、離乳食を食べさせた。幼児の頃は付きっきりで側に居て、少年になってからは遊び相手となり、読み書きと剣術の初歩を教えた。
コラサオンも、ネーヴィエスによく懐いていた。
「ネーヴィ、ネーヴィ」と舌足らずの口で名前を呼んで、姿が見えないと不安がって泣いていた。
二人の関係はとても良好で、ネーヴィエスが王子殿下の衛士となったのは、自然の成り行きだったと言えよう。
第三王子としてこの世に生を受けたコラサオンは、比較的放任されて育てられた。
いずれは他国の姫に婿入りするか、公爵家を興して臣下になるか。末の王子は可愛がられてはいたが、期待されてはいない子供だった。
そんな、コラサオンの運命が変わりだしたは、10年前。彼が18歳、成人になった年のこと。
兄である王太子が、突然の病でこの世を去った。直ぐさま第二王子が王太子となったが、この王子は元々、行状が芳しくなかった。王太子となって4年目の冬。お忍びで出かけた歓楽街で、何者かに刺されて死んだ。
犯人は結局捕まらず、第二王子の死は病によるものとして発表される。
そうして、王太子の座は期せずしてコラサオンの元に転がり込んだのだ。その時、反対する者は不思議と誰もいなかった。
コラサオンが王太子となってから、6年の月日が過ぎた。彼は28歳。その年に父王が崩御した。嘆きと悲しみに暮れた後で、コラサオンは王として即位する。玉座にある彼は、年相応の落ち着きと、若木のような瑞々しさが同居する、堂々たる新王ぶりであった。
戴冠式を終えて。王の居室に戻ったコラサオンは、侍従に重い儀式用のマントを預けながら振り返る。そこには、幼馴染みの衛士長が控えていた。
「ネーヴィ。お前に、新しい役職を与える」
唐突に、コラサオンは紫色の眸を細めて言葉を紡いだ。
「衛士長は他の者にする」
事も無げに続けられた台詞に、ネーヴィエスは混乱し、慌てて尋ねた。
「……へ、陛下!? 私は何か陛下のご気分を損ねるようなことを致しましたか?」
常にこの方のお側にいた。誰よりも、良く知っている、家族のような、弟のような、大切な新国王。それなのに、こんなめでたい日に罷免だなんて。
ネーヴィエスは、コラサオンの整った顔立ちを見つめて青ざめていく。
「いいや。お前は今まで良くやってくれた。だから余はお前にしか頼めない事をしてもらいたい……お前は今日から、余の夜伽係だ、ネーヴィ」
華やかな笑みを浮かべて、コラサオンは断言する。
それが、ネーヴィエスの地獄の始まりだった。
「……夜伽、係……ですか……?!」
国王が、何を言っているのかが解らない。そんな役職、聞いたことも無い。
「お前は今日から余の褥に侍れ。余の寵愛を存分に受けよ」
「寵、愛……?!」
一向に事態が飲み込めないでいるネーヴィエスに、コラサオンは僅かに苛立って眉をしならせた。
「余の褥で、余に抱かれよ、と言っているのだ」
「わ、私は! ……私には妻も子もおります、ですから……っ」
この国では、婚外の性交渉は不道徳とされている。ましてや男同士のそれは、とても公には出来ぬ関係とされていた。コラサオンが、そんな性癖を抱えていたとは知らなかった。いくらコラサオンの命令でも、到底承服できない。
「知っている。お前は一人息子で、ヘルブラオ家には跡継ぎが必要だ。だから、お前の婚姻を許したし、跡継ぎをもうけることを許した。今、子供たちは何歳になった?」
「……15歳と、10歳と……6歳です……」
混乱のただ中にいるネーヴィエスは、消え入りそうな声で答えた。
「15か……ならばその子の成人を待ってヘルブラオ家を嗣がせる。それで文句はあるまい?」
「で、ですが、陛下!?」
「……ずっとずっと、待っていた。この日が来るのを。お前は余のものだ。ネーヴィ」
コラサオンは本気だ。弟同然だった元王子が、ひどく恐ろしいモノに見える。ネーヴィエスが身をすくめて一歩後じさると、国王は彼の頬を捕まえて軽く唇で触れるだけのキスをした。
それは国王の命令だ。拒否することも出来ずに、新国王の寝所に追い立てられる。よくよく心得た侍従の手によって、暴かれるように身を清められた。
ネーヴィエスには、男と契った経験など無い。だから、「抱かれるときにはここを使うのだ」と、後庭を洗われた時には忌避感に泣き出しそうになった。
──どうして、どうして。どうして私なのだ?
確かに、コラサオンと最も親しい家臣は自分だろう。共に育って来た、そんな自負もある。
だからと言って、抱かれるのか?
あの、愛らしい王子──いや、今は立派な国王となったコラサオンに。そんなこと、考えられない。
困惑と恐怖の中にいるネーヴィエスは、薄物を着せられて、所在なく王の寝室に佇んでいた。どれ程、そうしていたことだろうか。
「ネーヴィ」
熱っぽく自分の名前を呼ぶ声に、ネーヴィエスはびくりと肩を震わせた。
「……陛下……」
部屋に入ってきたコラサオンは、夜着をまとっている。
「準備は、出来ているのだろう?」
コラサオンは嬉しそうに微笑みながら、駆け寄ってくる。その仕草は幼い頃の彼、そのままで。ネーヴィエスは、酷く混乱する。
「……陛下……お許しを。お願いです……お許し、下さい……っ」
「駄目だ。……なあ、ネーヴィ。余は……ううん。僕は今日という日のために頑張ったんだ。だから、絶対に譲れない。お前は僕のものだ」
二人きりの時そうしてきたように、コラサオンは砕けた口調でネーヴィエスに語りかける。
「ずっと、ずーっと、お前が好きだった。僕だけのモノにしたいと思っていた。そのために僕は何でもしようと思ったし、何でもした」
とんでもない告白を、コラサオンは言ってのける。ずい、と、前に出るコラサオンの迫力に押されて、ネーヴィエスは後じさる。
「国王の椅子なんて、ホントは興味は無いんだ。ただ、お前を手に入れるために必要だったから座っただけ」
「……わ、私には、妻と……っ」
「それが気がかりなのか? ……離縁しろ。お前は役目を果たした。もう不要なものだ」
コラサオンはそう言うが、ネーヴィエスにとっては愛しい大切な家族だ。簡単に切り捨てられるはずが無い。
「ですが……陛下! 私はもう40です! 陛下に相応しい相手では……」
「そんな言葉、聞きたくない。お前は僕だけを見ろ。ネーヴィ」
「陛下……っ」
衛士長として研鑽を積んだネーヴィエスと、中肉中背のコラサオン。体格差だけで、押しのけることは簡単だ。だが、今まで積み重ねてきた忠誠と愛情がコラサオンをはねつけることを許さない。
「ああ、そうだ。お前がうんと言わないなら、お前の長男を召し出そう。あれは名はなんと言ったかな……?」
「……!?」
冷たく言い放つ国王の紫色の眸は、薄らと笑っている。本気では無いのだろう。長い付き合いだ、その位は読み取れる。だが、コラサオンは暗に告げている。ここで、承諾しなければ「家族の身に何が起こるか、解らない」と。
そんな手まで、使うのか。ネーヴィエスは、絶望に視界が暗くなるのを感じた。
「……陛下……私が、お相手を務めます、から、どうか、家族には……っ」
唇を噛んで、ネーヴィエスは俯いた。諦観が、彼の表情を硬くしていく。
「お前が、物わかりが良くて助かる。もちろん。お前の家族は僕の親類も同然だ。これからも便宜を図ってやる」
上機嫌で、コラサオンは満面の笑みを浮かべた。それが、ネーヴィエスには酷く恐ろしかった。
この方は、国王の地位を手に入れるために何をしたのだろう。兄王子達の死も、政敵の失脚も、あるいは。
悍ましい考えが脳裏を過って、ネーヴィエスはゆっくりと頭をふった。まさか。そんな。
「さあ、ネーヴィ。お前を余す所なく見せてくれ。……お前は僕のおむつを替えたことが有ったんだっけな。僕がどれだけ成長したのか見ると良い」
「あ、あ、ああっ……陛下……っ」
寝台に押し倒されて、ネーヴィエスは小さく身を震わせた。コラサオンは夜着を振り落としながら、夜伽係に馬乗りになる。
口付けられた。貪るような、飢えた口付けに目眩がする。
抗う事は容易い。はず、なのに。ネーヴィエスは逃れることも出来ずに、シーツの上に縫い止められる。
「ネーヴィ。もう、いつだったか忘れてしまったけれど、お前の着替えを盗み見たことがある」
口付けを胸元に落としながら、コラサオンは告白する。
「お前は……とても綺麗だった。よく鍛えた身体に滴る汗。考え事をしていて、少しだけ開いた唇。何もかもが愛しい。想像の中で、何度こうしたことか。ああ。ようやく僕の願いが本当に叶う!」
薄物を寛げられた。コラサオンは胸の先で尖る粒を、果実を舌で転がすように愛撫する。くすぐったいだけの刺激に、ネーヴィエスは眉をひそめた。
「ああ、そうだな。直ぐには感じるようにはならないか。それなら、ここはどうだ?」
コラサオンの整えられた指先が、腹を、鼠径部を滑り降りて、ネーヴィエス自身に添えられる。恐怖と混乱で萎えているそれを、コラサオンはゆっくりと嬲り始めた。指先で摘まみ、転がし、撫で上げる内に、それは確かにやんわりと勃ち上がる。
「……陛下……お止め下さい……お願いです……っ」
必死に、ネーヴィエスは懇願した。止めて欲しい、放して欲しい。そうしなければ、本当にもう戻れなくなる。
「お前は感じているではないか。ほら、少し勃っている」
コラサオンは、上擦った声で様子を告げてくる。腰が重くなって、身体の芯が熱く昂ぶる。触れられているだけなのに。こんな風に反応してしまう身体が、恨めしい。
やがてコラサオンは、ネーヴィエスのモノから手を離した。ほっとしたような、切なげな表情をネーヴィエスがすると、コラサオンは鼻で笑う。
「……まさか……もう止めて貰えるとでも思っているんじゃないだろうな? ネーヴィ」
「……っ!!」
コラサオンは、香油壜を手に取るとネーヴィエスの秘められた箇所に触れた。慎ましやかな窄まりに、躊躇うことなく指先を入れる。異物の侵入を、反射的に身体が拒み押し返そうとする。だが、コラサオンはものともせずに、香油をその周辺に塗りつけて解していく。
「嫌だ……陛下……お止め下さい。お願いします……」
ネーヴィエスは、恐怖に震える声で懇願した。
「お前の身体は、そうは言っていないぞ」
「!?」
コラサオンは指の数を増やして、彼の内側を柔らかく愛撫する。そして、ある一点を見つけると執拗にその部分を指で弄り始めた。
「ああっ……!?」
急激に変わったネーヴィエスの声色に、コラサオンはほくそ笑む。
「ここが悦いのか? ふふ、ほら。もう一度尋ねてやろう。ネーヴィ、気持ち良いのか?」
「……っ……」
答えたくなくて、ネーヴィエスは唇を強く噛みしめた。そんな幼馴染みを面白がるように、コラサオンはくつくつと笑う。
「強情な奴だなあ。なら、僕も我慢が出来なくなるようにするだけだ」
そう言うなり、コラサオンはネーヴィエスに深く口付けてきた。彼の口の中で舌がねぶられて、きつく吸われて、柔らかな表面の粘膜同士が絡まる。
息が苦しくて頭がくらくらするのに、同時に何か別の感覚が湧き上がる。
「んんっ……!!」
びくびくと、ネーヴィエスは身体を痙攣させた。何が起こったのか解らない。ただ、今まで感じたことも無い快感が彼の体内を駆け巡って行く。
「ここがお前の悦い所だ。……やっと見つけたぞ……」
コラサオンはうっとりと、恍惚の表情で呟いた。
「あっ、ああっ」
前を触られたわけでも無く、激しく揺さぶられたわけでも無いのに、コラサオンの指が奥を責める度にネーヴィエスの腰は不規則に跳ねてしまう。
「や、あ、ああっ、お止め、下さいっ、あっ」
勝手に喉から出てくる声が信じられなくて、ネーヴィエスは顔を覆った。嫌だ。こんな声など出したくも無い。
「可愛い声だ。もっと聞きたい」
コラサオンはうっとりと、ネーヴィエスの痴態を眺めている。ゆっくりと時間をかけて解された秘所の口は柔らかく蕩けて、コラサオンの指を美味しそうに咥えこんでいた。
「ん。もう良いか?」
コラサオンは指を抜くと、代わりに自分自身をネーヴィエスに押し付けた。
「陛下……それは……っ」
コラサオンのモノの大きさを見て、ネーヴィエスは真っ青になる。そんな大きなモノを自分の中に入れるだなんて、正気の沙汰では無い。
「もっと、優しくしてやろうかと思ったのになあ」
コラサオンは苦笑しながら、ネーヴィエスにのしかかった。片手でモノを支えながら、入り口に当てて──ぐっと押し入れた。
「んんんんんっ……!!」
めりめりと、柔らかい秘所を割り開かれる感覚にネーヴィエスは歯を食いしばって耐えた。だが、コラサオンは容赦なく中まで腰を進める。
「きついな。こんなのじゃ、直ぐに達してしまいそうだ」
そう言いながら、コラサオンはゆっくりとネーヴィエスを味わい始めた。ゆるゆると腰を動かしながら、少しずつ彼の中を暴いていく。
「っ……あ……」
ネーヴィエスの唇から、小さく声があがる。それを聞いて、コラサオンはにやりとほくそ笑んだ。
「やっと、良くなってきたか? ああ……ネーヴィの中は気持ちが良いな。ずっとこうしたかった」
うっとりとした声でコラサオンは囁く。その声には、国王の威厳も何も無く。ただ、恋に狂った男の独占欲だけがあった。
ゆっくりと、コラサオンが律動を始める。最初は緩慢だった動きが、やがて速く、激しくなっていく。
「ああ……ネーヴィ。お前を愛してる……好き。好きだ」
コラサオンはひたすらに繰り返し愛を囁きながら、ネーヴィエスをかき抱く。二人の接合部から漏れる粘着質な音が、切羽詰まった喘ぎ声と吐息が混じる空間に響いていた。
「っ、あっ、ああ、陛下っ」
ネーヴィエスは悲鳴のような声を上げた。コラサオンが、彼の最奥に楔を突き立てたからだ。
「ああっ」
彼の奥の奥まで蹂躙しつくして、コラサオンはようやく吐精した。その感覚に、ネーヴィエスは震える。
「ああ……好きだ。本当に大好きなんだ」
コラサオンは甘えるように、何度もネーヴィエスの唇に口付ける。
「好きだ。好き……ネーヴィ、どこにも行くな」
何度も、コラサオンは懇願する。
「ずっと僕の側に居て。離さない。もう二度と離さないから……」
何度も口付けながら、コラサオンはネーヴィエスの中から出ていく。やっと解放された、そう安堵しかけた彼の秘所に、コラサオンは再び硬くなり始めた自分自身をあてがう。
「え……」
ネーヴィエスが小さく声を上げた次の瞬間にはもう、それは挿入されていた。それから、さっきとは比べものにならないほどに激しく、コラサオンはネーヴィエスを犯した。
「陛下っ……もう、お許しを……っ」
泣きながら訴えるのに、コラサオンは少しも容赦しない。泣き続けるネーヴィエスを犯し続け、何度も突き立てる。やがて、ネーヴィエスの中でコラサオンは再び果てた。
「……何で泣くんだ? ネーヴィ」
力を失った自身を埋め込んだまま、コラサオンがネーヴィエスの頭を優しく撫でる。幼子をあやすように。まるで、いつかとは反対だ。
「そんなに……嫌、なのか? 僕の事が、嫌いか……?」
コラサオンは切なげにネーヴィエスに問いかける。その声音が余りに真摯で、ネーヴィエスは咄嗟に首を否定の方向に振ってしまった。
「それなら、良いじゃないか」
コラサオンは嬉しそうに微笑むと、そのまま腰を動かし始めた。彼がやっと身体を離したのは、ネーヴィエスが気絶した後だった。
ネーヴィエスが夜伽係になって、半年が過ぎた。その間、一度も王の居室から出ていない。
ネーヴィエスは衛士長の任を解かれて、そのまま行方不明になった、と家族には伝えられた。
夜伽係の存在を知る者は、限られていた。一部の侍従と王の居室を守る衛士だけ。
一度、侍従の一人が話し相手になろうとネーヴィエスに話しかけた。それだけで、その侍従は解雇された。
拘束されてはいない。この部屋から出てはならぬと命令されただけ。
始めの頃は王の寝室で一人、夜を待つのは苦痛以外の何者でも無かった。
ただ、若いだけにコラサオンの交わりは激しく、ネーヴィエスは昼間の時間を泥のように眠る事に費やすようになった。
毎夜のようにコラサオンに抱かれて、ネーヴィエスの身体は、すっかり男を咥え込むことに慣れてしまった。心なしか、腰回りがふっくらと豊かになってきているような気さえする。
ぼんやりと、ネーヴィエスは窓から外を眺めた。城下街の明かりが星のように見える。
今では遠い、手の届かぬ星。半年前まで自分もあの明かりの中にいたのに。
城下にいる家族に会いたかった。妻や子供たちが恋しかった。半年前まで、ネーヴィエスはただの父親で、男で、衛士長だった。
今は父親らしいことは何一つ出来ず、男かどうかすら危うく、国王陛下の夜伽係だ。
目を瞑って、泣き出しそうになる気配を堪える。
コラサオンは自分を好きだという。愛しているとさえ宣う。
ネーヴィエスは、そんなコラサオンが恐ろしい。同時に幼い頃から一緒に過ごした尊い時間が、コラサオンを憎んだり疎んだりすることを押しとどめていた。
今日は、いつになくコラサオンの訪いが遅い。いつもならこの時間には必ず居室に戻って、ネーヴィエスに「ただいま」と笑いかけてくると言うのに。
そっと、ネーヴィエスは王の寝室を忍び出た。居間も、静まりかえっている。この部屋には誰もいない。そう気付いた瞬間、ネーヴィエスの胸が早鐘を打ち始めた。
大急ぎで、王の寝室に戻る。薄物よりはマシな夜着の上から、フード付きのマントを重ねた。着替えて居間に戻っても、誰かがやって来る気配は無い。
足音を殺し、王の居室を抜け出た。部屋の前に衛士はいない。
ああ。今こそ、千載一遇の好機。ネーヴィエスは押し黙ったまま、廊下を足早に進む。夜の廊下は明かりが灯されているものの、どこか薄暗く、さいわいなことに誰にも行き当たらない。
──私が生きていると知らせよう。少しだけ、少しだけ家族に会って、それだけ知らせたら城に戻る。
足取りも軽く、ネーヴィエスは裏庭に向かった。そこには、昔よくコラサオンと城を抜け出す時に使った通路がある。王族と一部の臣下だけが知る、秘密の通路。そこを教えてくれたのはコラサオンだった。あの頃は──本当にしあわせだった。コラサオンは聡明で可愛らしい王子だった。そんな彼を見守る事は、ネーヴィエスにとっては無上の喜びだった。そんな事を思い出しながら、通路の扉に手をかけた。その時。
「……ネーヴィ」
耳慣れた声が追ってきた。
「……?! あ、あ……あ……陛、下……!」
絶望と恐怖に身が竦む。ネーヴィエスは、水色の眸を見開いた。振り向きたくない、のに。振り向くことしか出来ない。
「どこに行くんだ? 部屋を出てはならないと言ってあったのに」
コラサオンの声音は冷静で、いっそ優しげですらあった。
「……お、お許し下さい! 陛下! か、家族に会いたいのです……! 一目会って、私が生きていると……」
ネーヴィエスは必死だった。ただ、家族に会いたかった。一目、家族に会えればそれだけで満足だったのに。
「生きていると告げて、何になる? お前はもう余のモノなのに」
ゆっくりと、コラサオンは近づいてくる。その後には衛士が二人付き添っていた。
「まだ解らないのか? どうすれば解ってもらえるのだろうか? お前は余のモノなのに!」
激昂が、コラサオンの声音を歪ませる。
「この者を捕らえろ! ……そうだな。二度と逃げ出せぬように……両足を切り落としてしまえ」
「……!?」
静かに。コラサオンは衛士たちに命令する。そのどちらも、見知らぬ顔だ。自分が衛士長だった頃には、こんな奴らはいなかった。衛士たちはネーヴィエスを取り囲んだ。
「……!!」
ネーヴィエスは、必死に逃げ道を探した。秘密の通路を塞ぐ扉には、頑丈そうな鍵が取り付けられている。ああ。なんてことだ。これはきっと罠。何もかもが、コラサオンの考えた罠なのだ。
「……っ」
逃げ道なんて無い。それでもネーヴィエスはコラサオンや衛士たちに背を向けると、扉を鍵ごと揺さぶった。
「何をしている、そやつを捕まえろ!」
コラサオンが叫ぶ。二人の衛士が、じりじりと背後から距離を詰める。
扉が開く前に、ネーヴィエスは右足に何かを感じた。
「……っ!!」
立っていられない。地面に倒れ込みながら右足に視線を移すと、脛から先が赤く染まっている。痛みは感じなかった。ただ、熱い。意識が朦朧とする。
「あ、ああ……」
絶望に、ネーヴィエスは喘ぐ。足はもう無い。
もう逃げられない。どこにも行けない。家族には、もう会えない。
衛士たちが、寄ってたかってネーヴィエスを引き起こした。視界が暗い。ぼんやりと、コラサオンを見上げる。その顔は酷く青ざめていた。
「……お前が……お前がいけないのだ。逃げようとするから……僕を裏切るから……」
コラサオンが震えながら笑う。これで、ネーヴィエスはどこにも逃げられない。
──ああ。私はどこで間違えたのだろうか。
そう、心の片隅で思いながら。ネーヴィエスは意識を手放した。
衛士長である男は深々と敬礼した。男は先日誕生日を迎えて、40になったばかり。名をネーヴィエス・ヘルブラオ。新国王の乳母を務めたヘルブラオ家の娘は、この男の母親。男は新国王の幼馴染みだった。
「有り難う、ネーヴィ。余は本当にうれしい。この日が来るのをどんなに待ちわびていたことか!」
新国王・コラサオンは微笑み、ネーヴィエスの前に立った。拳一つ分ほど、筋骨逞しい衛士長は目線が高い。
──とうとう、追い越せなかったな。
幼い頃から、見上げていた衛士長の顔。
整えられた顎髭と髪は黒く、いつでも優しげにこちらを見つめる眸は薄い水色。生まれたときから、彼は常にコラサオンの傍らにいた。
はじめて二人が出会ったのは、ネーヴィエスが12歳の頃。国の習慣に従って、ネーヴィエスの母親がコラサオンの乳母となった時からだった。
少年だったネーヴィエスは、小さな第三王子の金の髪をそっと撫でた。
じいっとこちらを見つめる紫色の眸に微笑みかけると、コラサオンはきゃっと可愛らしい笑い声を上げる。
ネーヴィエスにとっては弟のような、その小さな王子は本当に可愛らしくて。
母親と共に、ネーヴィエスは懸命にコラサオンのお世話をした。赤子の頃はおむつを替え、離乳食を食べさせた。幼児の頃は付きっきりで側に居て、少年になってからは遊び相手となり、読み書きと剣術の初歩を教えた。
コラサオンも、ネーヴィエスによく懐いていた。
「ネーヴィ、ネーヴィ」と舌足らずの口で名前を呼んで、姿が見えないと不安がって泣いていた。
二人の関係はとても良好で、ネーヴィエスが王子殿下の衛士となったのは、自然の成り行きだったと言えよう。
第三王子としてこの世に生を受けたコラサオンは、比較的放任されて育てられた。
いずれは他国の姫に婿入りするか、公爵家を興して臣下になるか。末の王子は可愛がられてはいたが、期待されてはいない子供だった。
そんな、コラサオンの運命が変わりだしたは、10年前。彼が18歳、成人になった年のこと。
兄である王太子が、突然の病でこの世を去った。直ぐさま第二王子が王太子となったが、この王子は元々、行状が芳しくなかった。王太子となって4年目の冬。お忍びで出かけた歓楽街で、何者かに刺されて死んだ。
犯人は結局捕まらず、第二王子の死は病によるものとして発表される。
そうして、王太子の座は期せずしてコラサオンの元に転がり込んだのだ。その時、反対する者は不思議と誰もいなかった。
コラサオンが王太子となってから、6年の月日が過ぎた。彼は28歳。その年に父王が崩御した。嘆きと悲しみに暮れた後で、コラサオンは王として即位する。玉座にある彼は、年相応の落ち着きと、若木のような瑞々しさが同居する、堂々たる新王ぶりであった。
戴冠式を終えて。王の居室に戻ったコラサオンは、侍従に重い儀式用のマントを預けながら振り返る。そこには、幼馴染みの衛士長が控えていた。
「ネーヴィ。お前に、新しい役職を与える」
唐突に、コラサオンは紫色の眸を細めて言葉を紡いだ。
「衛士長は他の者にする」
事も無げに続けられた台詞に、ネーヴィエスは混乱し、慌てて尋ねた。
「……へ、陛下!? 私は何か陛下のご気分を損ねるようなことを致しましたか?」
常にこの方のお側にいた。誰よりも、良く知っている、家族のような、弟のような、大切な新国王。それなのに、こんなめでたい日に罷免だなんて。
ネーヴィエスは、コラサオンの整った顔立ちを見つめて青ざめていく。
「いいや。お前は今まで良くやってくれた。だから余はお前にしか頼めない事をしてもらいたい……お前は今日から、余の夜伽係だ、ネーヴィ」
華やかな笑みを浮かべて、コラサオンは断言する。
それが、ネーヴィエスの地獄の始まりだった。
「……夜伽、係……ですか……?!」
国王が、何を言っているのかが解らない。そんな役職、聞いたことも無い。
「お前は今日から余の褥に侍れ。余の寵愛を存分に受けよ」
「寵、愛……?!」
一向に事態が飲み込めないでいるネーヴィエスに、コラサオンは僅かに苛立って眉をしならせた。
「余の褥で、余に抱かれよ、と言っているのだ」
「わ、私は! ……私には妻も子もおります、ですから……っ」
この国では、婚外の性交渉は不道徳とされている。ましてや男同士のそれは、とても公には出来ぬ関係とされていた。コラサオンが、そんな性癖を抱えていたとは知らなかった。いくらコラサオンの命令でも、到底承服できない。
「知っている。お前は一人息子で、ヘルブラオ家には跡継ぎが必要だ。だから、お前の婚姻を許したし、跡継ぎをもうけることを許した。今、子供たちは何歳になった?」
「……15歳と、10歳と……6歳です……」
混乱のただ中にいるネーヴィエスは、消え入りそうな声で答えた。
「15か……ならばその子の成人を待ってヘルブラオ家を嗣がせる。それで文句はあるまい?」
「で、ですが、陛下!?」
「……ずっとずっと、待っていた。この日が来るのを。お前は余のものだ。ネーヴィ」
コラサオンは本気だ。弟同然だった元王子が、ひどく恐ろしいモノに見える。ネーヴィエスが身をすくめて一歩後じさると、国王は彼の頬を捕まえて軽く唇で触れるだけのキスをした。
それは国王の命令だ。拒否することも出来ずに、新国王の寝所に追い立てられる。よくよく心得た侍従の手によって、暴かれるように身を清められた。
ネーヴィエスには、男と契った経験など無い。だから、「抱かれるときにはここを使うのだ」と、後庭を洗われた時には忌避感に泣き出しそうになった。
──どうして、どうして。どうして私なのだ?
確かに、コラサオンと最も親しい家臣は自分だろう。共に育って来た、そんな自負もある。
だからと言って、抱かれるのか?
あの、愛らしい王子──いや、今は立派な国王となったコラサオンに。そんなこと、考えられない。
困惑と恐怖の中にいるネーヴィエスは、薄物を着せられて、所在なく王の寝室に佇んでいた。どれ程、そうしていたことだろうか。
「ネーヴィ」
熱っぽく自分の名前を呼ぶ声に、ネーヴィエスはびくりと肩を震わせた。
「……陛下……」
部屋に入ってきたコラサオンは、夜着をまとっている。
「準備は、出来ているのだろう?」
コラサオンは嬉しそうに微笑みながら、駆け寄ってくる。その仕草は幼い頃の彼、そのままで。ネーヴィエスは、酷く混乱する。
「……陛下……お許しを。お願いです……お許し、下さい……っ」
「駄目だ。……なあ、ネーヴィ。余は……ううん。僕は今日という日のために頑張ったんだ。だから、絶対に譲れない。お前は僕のものだ」
二人きりの時そうしてきたように、コラサオンは砕けた口調でネーヴィエスに語りかける。
「ずっと、ずーっと、お前が好きだった。僕だけのモノにしたいと思っていた。そのために僕は何でもしようと思ったし、何でもした」
とんでもない告白を、コラサオンは言ってのける。ずい、と、前に出るコラサオンの迫力に押されて、ネーヴィエスは後じさる。
「国王の椅子なんて、ホントは興味は無いんだ。ただ、お前を手に入れるために必要だったから座っただけ」
「……わ、私には、妻と……っ」
「それが気がかりなのか? ……離縁しろ。お前は役目を果たした。もう不要なものだ」
コラサオンはそう言うが、ネーヴィエスにとっては愛しい大切な家族だ。簡単に切り捨てられるはずが無い。
「ですが……陛下! 私はもう40です! 陛下に相応しい相手では……」
「そんな言葉、聞きたくない。お前は僕だけを見ろ。ネーヴィ」
「陛下……っ」
衛士長として研鑽を積んだネーヴィエスと、中肉中背のコラサオン。体格差だけで、押しのけることは簡単だ。だが、今まで積み重ねてきた忠誠と愛情がコラサオンをはねつけることを許さない。
「ああ、そうだ。お前がうんと言わないなら、お前の長男を召し出そう。あれは名はなんと言ったかな……?」
「……!?」
冷たく言い放つ国王の紫色の眸は、薄らと笑っている。本気では無いのだろう。長い付き合いだ、その位は読み取れる。だが、コラサオンは暗に告げている。ここで、承諾しなければ「家族の身に何が起こるか、解らない」と。
そんな手まで、使うのか。ネーヴィエスは、絶望に視界が暗くなるのを感じた。
「……陛下……私が、お相手を務めます、から、どうか、家族には……っ」
唇を噛んで、ネーヴィエスは俯いた。諦観が、彼の表情を硬くしていく。
「お前が、物わかりが良くて助かる。もちろん。お前の家族は僕の親類も同然だ。これからも便宜を図ってやる」
上機嫌で、コラサオンは満面の笑みを浮かべた。それが、ネーヴィエスには酷く恐ろしかった。
この方は、国王の地位を手に入れるために何をしたのだろう。兄王子達の死も、政敵の失脚も、あるいは。
悍ましい考えが脳裏を過って、ネーヴィエスはゆっくりと頭をふった。まさか。そんな。
「さあ、ネーヴィ。お前を余す所なく見せてくれ。……お前は僕のおむつを替えたことが有ったんだっけな。僕がどれだけ成長したのか見ると良い」
「あ、あ、ああっ……陛下……っ」
寝台に押し倒されて、ネーヴィエスは小さく身を震わせた。コラサオンは夜着を振り落としながら、夜伽係に馬乗りになる。
口付けられた。貪るような、飢えた口付けに目眩がする。
抗う事は容易い。はず、なのに。ネーヴィエスは逃れることも出来ずに、シーツの上に縫い止められる。
「ネーヴィ。もう、いつだったか忘れてしまったけれど、お前の着替えを盗み見たことがある」
口付けを胸元に落としながら、コラサオンは告白する。
「お前は……とても綺麗だった。よく鍛えた身体に滴る汗。考え事をしていて、少しだけ開いた唇。何もかもが愛しい。想像の中で、何度こうしたことか。ああ。ようやく僕の願いが本当に叶う!」
薄物を寛げられた。コラサオンは胸の先で尖る粒を、果実を舌で転がすように愛撫する。くすぐったいだけの刺激に、ネーヴィエスは眉をひそめた。
「ああ、そうだな。直ぐには感じるようにはならないか。それなら、ここはどうだ?」
コラサオンの整えられた指先が、腹を、鼠径部を滑り降りて、ネーヴィエス自身に添えられる。恐怖と混乱で萎えているそれを、コラサオンはゆっくりと嬲り始めた。指先で摘まみ、転がし、撫で上げる内に、それは確かにやんわりと勃ち上がる。
「……陛下……お止め下さい……お願いです……っ」
必死に、ネーヴィエスは懇願した。止めて欲しい、放して欲しい。そうしなければ、本当にもう戻れなくなる。
「お前は感じているではないか。ほら、少し勃っている」
コラサオンは、上擦った声で様子を告げてくる。腰が重くなって、身体の芯が熱く昂ぶる。触れられているだけなのに。こんな風に反応してしまう身体が、恨めしい。
やがてコラサオンは、ネーヴィエスのモノから手を離した。ほっとしたような、切なげな表情をネーヴィエスがすると、コラサオンは鼻で笑う。
「……まさか……もう止めて貰えるとでも思っているんじゃないだろうな? ネーヴィ」
「……っ!!」
コラサオンは、香油壜を手に取るとネーヴィエスの秘められた箇所に触れた。慎ましやかな窄まりに、躊躇うことなく指先を入れる。異物の侵入を、反射的に身体が拒み押し返そうとする。だが、コラサオンはものともせずに、香油をその周辺に塗りつけて解していく。
「嫌だ……陛下……お止め下さい。お願いします……」
ネーヴィエスは、恐怖に震える声で懇願した。
「お前の身体は、そうは言っていないぞ」
「!?」
コラサオンは指の数を増やして、彼の内側を柔らかく愛撫する。そして、ある一点を見つけると執拗にその部分を指で弄り始めた。
「ああっ……!?」
急激に変わったネーヴィエスの声色に、コラサオンはほくそ笑む。
「ここが悦いのか? ふふ、ほら。もう一度尋ねてやろう。ネーヴィ、気持ち良いのか?」
「……っ……」
答えたくなくて、ネーヴィエスは唇を強く噛みしめた。そんな幼馴染みを面白がるように、コラサオンはくつくつと笑う。
「強情な奴だなあ。なら、僕も我慢が出来なくなるようにするだけだ」
そう言うなり、コラサオンはネーヴィエスに深く口付けてきた。彼の口の中で舌がねぶられて、きつく吸われて、柔らかな表面の粘膜同士が絡まる。
息が苦しくて頭がくらくらするのに、同時に何か別の感覚が湧き上がる。
「んんっ……!!」
びくびくと、ネーヴィエスは身体を痙攣させた。何が起こったのか解らない。ただ、今まで感じたことも無い快感が彼の体内を駆け巡って行く。
「ここがお前の悦い所だ。……やっと見つけたぞ……」
コラサオンはうっとりと、恍惚の表情で呟いた。
「あっ、ああっ」
前を触られたわけでも無く、激しく揺さぶられたわけでも無いのに、コラサオンの指が奥を責める度にネーヴィエスの腰は不規則に跳ねてしまう。
「や、あ、ああっ、お止め、下さいっ、あっ」
勝手に喉から出てくる声が信じられなくて、ネーヴィエスは顔を覆った。嫌だ。こんな声など出したくも無い。
「可愛い声だ。もっと聞きたい」
コラサオンはうっとりと、ネーヴィエスの痴態を眺めている。ゆっくりと時間をかけて解された秘所の口は柔らかく蕩けて、コラサオンの指を美味しそうに咥えこんでいた。
「ん。もう良いか?」
コラサオンは指を抜くと、代わりに自分自身をネーヴィエスに押し付けた。
「陛下……それは……っ」
コラサオンのモノの大きさを見て、ネーヴィエスは真っ青になる。そんな大きなモノを自分の中に入れるだなんて、正気の沙汰では無い。
「もっと、優しくしてやろうかと思ったのになあ」
コラサオンは苦笑しながら、ネーヴィエスにのしかかった。片手でモノを支えながら、入り口に当てて──ぐっと押し入れた。
「んんんんんっ……!!」
めりめりと、柔らかい秘所を割り開かれる感覚にネーヴィエスは歯を食いしばって耐えた。だが、コラサオンは容赦なく中まで腰を進める。
「きついな。こんなのじゃ、直ぐに達してしまいそうだ」
そう言いながら、コラサオンはゆっくりとネーヴィエスを味わい始めた。ゆるゆると腰を動かしながら、少しずつ彼の中を暴いていく。
「っ……あ……」
ネーヴィエスの唇から、小さく声があがる。それを聞いて、コラサオンはにやりとほくそ笑んだ。
「やっと、良くなってきたか? ああ……ネーヴィの中は気持ちが良いな。ずっとこうしたかった」
うっとりとした声でコラサオンは囁く。その声には、国王の威厳も何も無く。ただ、恋に狂った男の独占欲だけがあった。
ゆっくりと、コラサオンが律動を始める。最初は緩慢だった動きが、やがて速く、激しくなっていく。
「ああ……ネーヴィ。お前を愛してる……好き。好きだ」
コラサオンはひたすらに繰り返し愛を囁きながら、ネーヴィエスをかき抱く。二人の接合部から漏れる粘着質な音が、切羽詰まった喘ぎ声と吐息が混じる空間に響いていた。
「っ、あっ、ああ、陛下っ」
ネーヴィエスは悲鳴のような声を上げた。コラサオンが、彼の最奥に楔を突き立てたからだ。
「ああっ」
彼の奥の奥まで蹂躙しつくして、コラサオンはようやく吐精した。その感覚に、ネーヴィエスは震える。
「ああ……好きだ。本当に大好きなんだ」
コラサオンは甘えるように、何度もネーヴィエスの唇に口付ける。
「好きだ。好き……ネーヴィ、どこにも行くな」
何度も、コラサオンは懇願する。
「ずっと僕の側に居て。離さない。もう二度と離さないから……」
何度も口付けながら、コラサオンはネーヴィエスの中から出ていく。やっと解放された、そう安堵しかけた彼の秘所に、コラサオンは再び硬くなり始めた自分自身をあてがう。
「え……」
ネーヴィエスが小さく声を上げた次の瞬間にはもう、それは挿入されていた。それから、さっきとは比べものにならないほどに激しく、コラサオンはネーヴィエスを犯した。
「陛下っ……もう、お許しを……っ」
泣きながら訴えるのに、コラサオンは少しも容赦しない。泣き続けるネーヴィエスを犯し続け、何度も突き立てる。やがて、ネーヴィエスの中でコラサオンは再び果てた。
「……何で泣くんだ? ネーヴィ」
力を失った自身を埋め込んだまま、コラサオンがネーヴィエスの頭を優しく撫でる。幼子をあやすように。まるで、いつかとは反対だ。
「そんなに……嫌、なのか? 僕の事が、嫌いか……?」
コラサオンは切なげにネーヴィエスに問いかける。その声音が余りに真摯で、ネーヴィエスは咄嗟に首を否定の方向に振ってしまった。
「それなら、良いじゃないか」
コラサオンは嬉しそうに微笑むと、そのまま腰を動かし始めた。彼がやっと身体を離したのは、ネーヴィエスが気絶した後だった。
ネーヴィエスが夜伽係になって、半年が過ぎた。その間、一度も王の居室から出ていない。
ネーヴィエスは衛士長の任を解かれて、そのまま行方不明になった、と家族には伝えられた。
夜伽係の存在を知る者は、限られていた。一部の侍従と王の居室を守る衛士だけ。
一度、侍従の一人が話し相手になろうとネーヴィエスに話しかけた。それだけで、その侍従は解雇された。
拘束されてはいない。この部屋から出てはならぬと命令されただけ。
始めの頃は王の寝室で一人、夜を待つのは苦痛以外の何者でも無かった。
ただ、若いだけにコラサオンの交わりは激しく、ネーヴィエスは昼間の時間を泥のように眠る事に費やすようになった。
毎夜のようにコラサオンに抱かれて、ネーヴィエスの身体は、すっかり男を咥え込むことに慣れてしまった。心なしか、腰回りがふっくらと豊かになってきているような気さえする。
ぼんやりと、ネーヴィエスは窓から外を眺めた。城下街の明かりが星のように見える。
今では遠い、手の届かぬ星。半年前まで自分もあの明かりの中にいたのに。
城下にいる家族に会いたかった。妻や子供たちが恋しかった。半年前まで、ネーヴィエスはただの父親で、男で、衛士長だった。
今は父親らしいことは何一つ出来ず、男かどうかすら危うく、国王陛下の夜伽係だ。
目を瞑って、泣き出しそうになる気配を堪える。
コラサオンは自分を好きだという。愛しているとさえ宣う。
ネーヴィエスは、そんなコラサオンが恐ろしい。同時に幼い頃から一緒に過ごした尊い時間が、コラサオンを憎んだり疎んだりすることを押しとどめていた。
今日は、いつになくコラサオンの訪いが遅い。いつもならこの時間には必ず居室に戻って、ネーヴィエスに「ただいま」と笑いかけてくると言うのに。
そっと、ネーヴィエスは王の寝室を忍び出た。居間も、静まりかえっている。この部屋には誰もいない。そう気付いた瞬間、ネーヴィエスの胸が早鐘を打ち始めた。
大急ぎで、王の寝室に戻る。薄物よりはマシな夜着の上から、フード付きのマントを重ねた。着替えて居間に戻っても、誰かがやって来る気配は無い。
足音を殺し、王の居室を抜け出た。部屋の前に衛士はいない。
ああ。今こそ、千載一遇の好機。ネーヴィエスは押し黙ったまま、廊下を足早に進む。夜の廊下は明かりが灯されているものの、どこか薄暗く、さいわいなことに誰にも行き当たらない。
──私が生きていると知らせよう。少しだけ、少しだけ家族に会って、それだけ知らせたら城に戻る。
足取りも軽く、ネーヴィエスは裏庭に向かった。そこには、昔よくコラサオンと城を抜け出す時に使った通路がある。王族と一部の臣下だけが知る、秘密の通路。そこを教えてくれたのはコラサオンだった。あの頃は──本当にしあわせだった。コラサオンは聡明で可愛らしい王子だった。そんな彼を見守る事は、ネーヴィエスにとっては無上の喜びだった。そんな事を思い出しながら、通路の扉に手をかけた。その時。
「……ネーヴィ」
耳慣れた声が追ってきた。
「……?! あ、あ……あ……陛、下……!」
絶望と恐怖に身が竦む。ネーヴィエスは、水色の眸を見開いた。振り向きたくない、のに。振り向くことしか出来ない。
「どこに行くんだ? 部屋を出てはならないと言ってあったのに」
コラサオンの声音は冷静で、いっそ優しげですらあった。
「……お、お許し下さい! 陛下! か、家族に会いたいのです……! 一目会って、私が生きていると……」
ネーヴィエスは必死だった。ただ、家族に会いたかった。一目、家族に会えればそれだけで満足だったのに。
「生きていると告げて、何になる? お前はもう余のモノなのに」
ゆっくりと、コラサオンは近づいてくる。その後には衛士が二人付き添っていた。
「まだ解らないのか? どうすれば解ってもらえるのだろうか? お前は余のモノなのに!」
激昂が、コラサオンの声音を歪ませる。
「この者を捕らえろ! ……そうだな。二度と逃げ出せぬように……両足を切り落としてしまえ」
「……!?」
静かに。コラサオンは衛士たちに命令する。そのどちらも、見知らぬ顔だ。自分が衛士長だった頃には、こんな奴らはいなかった。衛士たちはネーヴィエスを取り囲んだ。
「……!!」
ネーヴィエスは、必死に逃げ道を探した。秘密の通路を塞ぐ扉には、頑丈そうな鍵が取り付けられている。ああ。なんてことだ。これはきっと罠。何もかもが、コラサオンの考えた罠なのだ。
「……っ」
逃げ道なんて無い。それでもネーヴィエスはコラサオンや衛士たちに背を向けると、扉を鍵ごと揺さぶった。
「何をしている、そやつを捕まえろ!」
コラサオンが叫ぶ。二人の衛士が、じりじりと背後から距離を詰める。
扉が開く前に、ネーヴィエスは右足に何かを感じた。
「……っ!!」
立っていられない。地面に倒れ込みながら右足に視線を移すと、脛から先が赤く染まっている。痛みは感じなかった。ただ、熱い。意識が朦朧とする。
「あ、ああ……」
絶望に、ネーヴィエスは喘ぐ。足はもう無い。
もう逃げられない。どこにも行けない。家族には、もう会えない。
衛士たちが、寄ってたかってネーヴィエスを引き起こした。視界が暗い。ぼんやりと、コラサオンを見上げる。その顔は酷く青ざめていた。
「……お前が……お前がいけないのだ。逃げようとするから……僕を裏切るから……」
コラサオンが震えながら笑う。これで、ネーヴィエスはどこにも逃げられない。
──ああ。私はどこで間違えたのだろうか。
そう、心の片隅で思いながら。ネーヴィエスは意識を手放した。
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