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第二十四話 誘拐

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 暗闇の中。身動きする事も出来ない。

 ――ここは、どこなんだ?

 何も見えない。何も聞こえない。ただ考えることだけは出来る。だから、自分が存在している事を『理解』出来る。

 ――何が、起こってるんだ?

 匂いも無ければ、指先に触れるモノも無い。
 ありとあらゆる感覚が、無くなっている。
 こんな所に長いこと閉じこめられたら、正気を失うのでは無いか。
 泰樹たいきは目を閉じようとして、どうすることも出来ずに暗闇に漂った。



 どれだけ、時間が経ったのだろう。
 暗闇の中に、光が一筋。泰樹はその光で意識を取り戻した。
 俺は見る事が出来る。感じることが出来る。
 考えることが出来る・・・・・・・・・・
 浮揚ふようする感覚。光の中に、引っ張り出される。

「……!?」

 突然、泰樹は揺れる室内に放り出された。ここは、どこだ?

「よぉ。『ソトビト』ちゃぁん。正気のままかぁ?」

 目の前には『暴食公』。ここは、この前乗った魔獣車の中に似ている。

「オマエがいたのは、オレの『夢幻収納インフィニティー・ストレージ』の中だぁ。そこに入れたものは、時間が止まって鮮度が保たれるぅ。人間を長く入れとくと、気か狂っちまうのがなぁ。困ったところだぁ」

 恐ろしいキバをむき出して、『暴食公』が笑う。泰樹は、そこから目を反らせずに息を飲んだ。

「……っ」
「オマエを入れといたのは、たいした時間じゃ無かったからなぁ。まだ正気だろぉ?」
「お、俺は、イリス……『慈愛公』の『ソトビト』、だっ……アンタは何で俺を連れ出した?」

 それだけ言うのが精一杯。泰樹は恐怖と困惑を抑えて、無理矢理胸を張った。
『暴食公』は泰樹の緊張を楽しむように、余計に歯をむき出しにする。

「かわいいなぁ。オマエぇ。……おっとぉ。まずはこれをどうにかしねぇとなぁ」

『暴食公』に『奴隷の証』をはめていた、左手をとられた。

「何すんだよ?!」
「ああ、美味そうだなぁ。でも、まだ食えねえんだなぁ」

 ぶつぶつと不満をつぶやきながら、『暴食公』は大口を開けて、『奴隷の証』に噛みついた。恐ろしげなキバが金属の『証』を噛みちぎり、泰樹の腕から外してしまう。ぷっと吐き出したそれを、『暴食公』は魔獣車の窓から投げ捨てた。

「……あ……?!」
「アレは厄介だからなぁ。さ、これでオマエは、オレのモノだぁ」

 ギラギラと光る『暴食公』の黒瞳が、泰樹を見すえる。それはまさしく、獣の目だ。
 本能的な恐怖が、泰樹の心臓をわしづかんでいる。
 捕まえたままだった泰樹の左手を、『暴食公』の濡れた舌がべろりと舐め上げた。

「んー。美味そうぅ。我慢、出来るかなぁ……?」

『暴食公』の本音ダダ漏れのつぶやきに、泰樹は恐怖をかみ殺すように奥歯を噛んだ。



 魔獣車は、ずいぶん長く走っていた。夜中の街中を抜け、郊外の道を進み、田舎道に入っていく。やがて、魔獣車は大きな屋敷の前で止まった。まだ夜は明けていない。

「ここはなぁ。オレの別荘だぁ。ほら、さっさと入れよぅ」

 どうにか、逃げ出せない物だろうか。拘束はされていない。ただ、『暴食公』はのんびりとしているようで、隙が無い。背中をこづかれながら、泰樹は玄関の階段を上がった。

「ようこそ、『暴食公』レオノ様」
「おぅ。コイツを洗って着替えさせろぉ。逃がすんじゃねぇよぉ」
「かしこまりました」

『暴食公』の配下らしき獣人に、身柄を引き渡される。ウサギそっくりな顔のそいつも、魔人らしい。頭のてっぺんの耳は、片方が、遊色に輝いている。
 そいつの他にも、何人か使用人らしきヤツらがいる。中には魔人も。全員がクマやら狼、犬猫などの獣人だ。
 こんな状況で無ければ、メルヘンやらファンタジーを感じたかも知れない。
 獣人たちは、みな二足歩行で歩き、体格も良い。こんなに大勢の目が有ると、逃げ出す隙が見つけられない。
 泰樹はウサギ魔人と狼獣人に連れられて、浴室に放り込まれた。
 裸にむかれる前に、慌ててポケットの中の小びんを手のひらに握り込んで隠す。

 ――これ、いつ使ったら良いんだ?

 まだ、今では無いような気がする。迷ううちに、全身をくまなく洗われた。
 自分で出来るから、と訴えても、『暴食公』の使用人たちは手を止めない。
 柔らかな布で身体を拭かれて、あれよあれよという間にイヤに露出度の高い衣装を着せられる。
 サイズが小さめの肩の無い上着、襟は高めで丈は短い。胸の下くらいまでしか無い。
 腹はむき出しで、ゆったりとしたズボンと、サンダルをはかされる。肩はむき出しなのに、二の腕にふわりとした袖を止められて、ついでに薄いベールをかけられた。

「……なあ、これ、女物じゃねーか?」

 袖もズボンもやけにひらひらしている。それに宝石のような装飾が、色々ついている。
 ウサギ魔人は、何も答えない。すっかり着替え終わった泰樹を、彼はどこかに連れて行く。
 二階の一室。一際豪華で分厚い扉の前までやって来ると、ウサギ魔人は一言だけ泰樹に告げた。

「レオノ様に逆らうな。……生きていたいならな」

 ぎいっと音を立てて、装飾の施された扉が開かれた。
 その先には、デカい部屋が広がっている。
 ベッド、テーブル、椅子、ソファにタンス。レオノのサイズに合わせてあるのだろうか。豪華な家具たちは、何もかもがデカい。
 この部屋の主であるレオノは、馬鹿でかいソファに腰掛けて泰樹を待っていた。

「……ああ、変な匂いがとれたなぁ。そのままの方が、オマエは美味そうだぁ」
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