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  第2章 彼女が女王を目指す理由

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「本当にメリア様は、あぶなっかしくて見ていられません! いくつになっても、そんな子供じみた突拍子もないことを考える癖は抜けないのですね!」
 リディマが呆れたような口調でそう言った。

「まあ! 私が、いつ子供じみた事をしたっていうの?」
 身に覚えのない言いがかりに対し、メリアはすかさず問いただそうとした。

 すると、人一倍記憶力のいいリディマは即座に答えた。
「メリア様は昔、旅芸人の一座に入って踊り子になると言ってジャバル様とともに家出したことがありましたよね?」

 リディマがそう言うと、メリアは唇を尖らせた。
「何よ、そんな子供のころの話を持ち出さないでちょうだい! 私だってもう一人前の大人なのよ!」
 他人の目のあるところでは、常にたおやかな姫君といった風情を漂わせるメリアだったが、乳兄弟のリディマの前だけは別だった。
 ただの少女になって、言い返す。

「家出をしたまではよかったもの、途中で砂嵐にあって連れていったラクダにも逃げられ、ジャバル様に背負わされて、おいおい泣きながら帰ってきたのはどなたでしたっけ?」
 そのときのことを思いだし、メリアは赤面した。

「どうしてリディマはお兄様の肩ばかり持つの?」
 悔し紛れにした問いに、リディマは遠慮なく言葉を返した。

「ジャバル様は、もうしっかりした大人でございます。けれど、メリア様はまだ子供(ねんね)ですもの」
 彼女は、周囲の評価とはまったく正反対のことを言った。

 そのことがメリアには、ひどく心外だった。
――まわりからは彼女のほうがしっかり者で、兄のほうが子供だといわれているというのに。

「お兄様のどこがしっかりしてるっていうのよ?!」

 いつも脱走を繰り返し、自分の責務から逃げることばかり考えているジャバルとは正反対に、メリアは、つねに自分に与えられた責任を果たすことを第一に考えてきた。
 それだけに、リディマのさっきの言葉はどうしても納得がいかないものだった。
 ジャバルびいきのリディマは、いつも兄のほうばかりを褒めたたえるようにメリアには思えた。

 彼女は言った。
「少なくともジャバル様はご自分のお気持ちをちゃんとわかっていらっしゃいます。けれどメリア様はご自分の気持ちさえわかってはいらっしゃらないではありませんか! それでは、到底一人前の大人とは言えませんよ」

「まあ、ひどい!」
 それを聞いてメリアは頬を膨らませた。
 ひどい言いがかりとしか聞こえなかったからだ。

「自分の気持ちは、私が一番よく分かっているつもりよ。勝手な事をいわないでちょうだい」
メリアは、乳兄弟に対してそう抗議した。

 けれど、リディマの方も一歩も譲ろうとはしなかった。
「いいえ。メリア様は周りの望む王女を演じているだけ。でも、それはメリア様の本当の姿ではないでしょう?」

「でも、人からどう見られるかっていうことも大事だわ。
お兄様みたいに自分の好き勝手なことばかりしていたら、自分の居場所がなくなってしまうもの」
 メリアは、そう言いきった。

「けれど、この国では、王位は男性が守るのが伝統です。女性の身で王位に立ったかたはいらっしゃいません」
 リディマは、そう言ってメリアをいさめようとした。

 すると、彼女は実に可憐な笑顔を浮かべながら、晴れやかな口調で答えた。
「前例がないのなら、作ればいいだけのことじゃない」

「……なんという」
 そのあまりの強気な発言に、滅多に物事には動じないリディマも絶句した。

「だって、仕方ないでしょう? お兄様はぜんぜんやる気がないんですもの。この国には新しい王が必要なの」

「それはわかっておりますが……なにもメリア様でなくても。ジャバル様の下に弟君のリウ様もいらっしゃることですし」
 リディマがそう言ったが、メリアはきっぱりとした口調で続けた。
「この国を守る都市神に認められるのは、そう簡単なことじゃないっていうことはわかっているわ。
でも、お父様が神官として国を治めるのはもう限界。あまりにも強すぎる力は、人間の身で支えられるものじゃない。これ以上神事を続けたら、命が縮まってしまうわ」

 メリアは強い口調で言った。
「弟のリウがいるとはいっても、まだあの子は小さすぎて王の仕事は果たせないわ。
だから、あの子が成人するまでもう少し時間が必要でしょ? 兄様が国王になるのを嫌がっていると以上、その間、誰かがこの国を守らなければならないわ。
だったら、世継ぎのジャバル兄様の双子の妹である私が一番適任だと、そう思わない?」

 メリアはそう問いかけたが、リディマはため息をつきながら答えた。
「けれど、メリア様が女王になるなど、この国の頭の固い大臣たちが認めるでしょうか?」

 それをきいて、メリアは少しも動じずに、にこりと笑った。
「そのことだってちゃんと考えてあるわ。たとえ最初は反対を受けたとしても、実績を出せばいいだけのことだもの。それに、王の試練を受けて都市神に認められたのなら、誰にも文句は言えないはずだわ」

「けれど……」

「何もわたしは死ぬまで、この国を治めようってつもりじゃないの。今はまだお父様がご健在だし、弟のリウが大きくなったらすぐに王位を譲るつもり。一時的に王位を預かるだけなら、神殿や家臣たちの風当たりも少ないと思うの」

 メリアの現実的な計画を聞いて、リディマはようやく納得した様子を見せた。
 けれど、彼女はどこかまだ不安を隠せぬ口調で言った。
「確かに、戦で王の不在の時に、伴侶やそのお身内が国を治めることもあるとはいいますが」

「兄様が王になったら、肝心なときに脱走してみんなを困らせてしまうかもしれない」

「いくらジャバル様とて、王となった後まで脱走するとは限らないでしょう」
 リディマはそうジャバルを弁護したが、その口調は弱気だった。彼女とて、ジャバルが世継ぎとしての役目をほとんど放棄していることはよく知っていた。
 
 王族の義務である、国をあげて行われる季節ごとの祭りにもろくに顔を出さないし、異国の使者との面会からも逃げてばかりなのだ。
 本来ならば、世継ぎが主役を務める春の祭りの際にも、ジャバルが直前で姿をくらましてしまったので、メリアが代役を務めた。彼はあろうことか、民草に混じって、無料でふるまわれる酒に酔って馬鹿騒ぎをしていたのだ。すぐに連れ戻されたが、人の口に戸は立てられないものだ。

「私は祭りで、兄様の代役をしながら思ったの。この国と民を、このまま兄様には任せておいけないって」
 メリアは、切実な口調でそう言った。

 彼女は権力を求めて王位を望んでいるわけではなく、いまだに世継ぎの自覚もなく、無責任な兄にこの国を任せるが不安だったのだ。

「――メリア様」
 公には、ジャバルは病弱なために公の席には滅多に出ない、ということにしてあるが、その言い訳もいつまでもつかはわからない。なにせ市井の民に混じって遊び暮らしているのだ。

 いつ、それが公になってもおかしくはない。
 もし、今のままの無責任なジャバルが王位につき、国を治めるとなると、不安が残る。

 リディマの言うようにいくら彼が優秀だとしても、まったくやる気がないのでは仕方がない。
 王の不在中に、戦でもしかけられたら、大変なことになってしまう。

「ジャバル様も、もう少し、大人になってくださるといいのですが……」 
 リディマが、少し悲しそうな口調でそう言った。
 もはや庇う言葉も見つからないらしかった。

 そのとき、別の侍女が部屋に入ってきて、メリアに告げた。

「――王女様、王様がお呼びでございます」
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