ワガママな人達の交響曲

三箱

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第ニ章 忙しない夏休み

一番目の呪い 3

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 校舎内で繰り広げた逃亡劇は、階段を上り下りして相手の体力を切らして、屋上へ向かう階段に隠れて漸く撒いた。かなり粘られたけどな。今は屋上前の踊り場に座って休息をとる。ソラは壁に背中と頭をもたれて、大きく深呼吸する。
 一方のカジは……。

「いつまで俺の腕を掴んでいる」

 未だに俺の腕にしがみついて離れないカジの脇腹に、軽く肘打ちを二回程する。

「うっ。響ちゃん。私に濡れ衣を着せた罰として、あともう少し」

 血管が切れそうになった。あれはどう考えてもお前が悪い。猪突猛進してきて、ぶっ壊したのはお前なのに。怒りのままに叫ぼうかと思った。
 けど……。
 カジは満足そうに笑みを浮かべて、俺の肩に寄りかかる。その姿を見て、胸の上まで込み上げた怒りを抑え込む。何をそんな俺の腕如きで笑っているんだ。
 こいつの行動が読めない。
 呪いを受けているのに、こいつは怖がるわけではなくグイグイ関わってくるし、文化祭の演目に協力してほしいと必死に俺に助けを求めてくるし。その上、倒れている俺を全力で助けに来るし、何故そんなに俺のことを気にかけるのだ。俺はお前に何もした覚えがないのに。
 何故なんだ。
 隣の銀髪の女性に抱く疑問は尽きない。今でも鬱陶しい奴なのに。鬱陶しいのは変わりない。けどまあ、ほんの少しだけは……。

「響ちゃんの腕のゴツゴツとした肉付きがいい」

 スリスリと俺の腕を頬を擦り始めた。
 いや。鬱陶しいじゃない。気持ち悪いだ。

「離れろ」
「ウグ!」

 恐怖以上の気持ち悪さ、例えるならナメクジみたいな虫のようなものを感じ、思いっきり肘をカジの横っ腹にぶち込んだ。カジの束縛から腕が解放される。俺は汚れを取るように腕全体を逆手で払った。食らった本人は横っ腹を抱えてピクピクと悶えている。

「あー。風間さん。女性に暴力振るいましたね」
「こいつは例外だ。まあ加減はしたから」

 とは言っても、九割ぐらいは出したな。
 ソラが目を細めるが無視する。俺はその場から逃げるように踊り場を去り、屋上に出た。ムアッとした湿気と熱気が顔を覆うよう流れ込んだ。空は白い雲で大半を占めて、西の空がほんのりとオレンジ色に染まる。雨がまだポツポツと落ちており、灰色のコンクリートの床にある水溜まりに当たって、小さな水飛沫を上げている。 

「もう夕方か」

 思った以上に時間が経っていたことに驚きつつ、ぼんやりと空を眺めた。今日の朝とは逆の方向を見ている。

「雨、上がったみたい」

 ソラも同じ方角を眺める。

「結構降っていたのか」
「降っていたね。風間さんを保健室に連れ込んだとほぼ同時に土砂降りになったから」

 間一髪でした。と付け足す。それは運がよかったと安易に考えた。

「キィョウーチャァーン」

 背後から悪魔が迫ってきたので、反射的に前に跳んで避ける。振り返るとさっきまでいた場所に手が伸びていた。
手のひらを上に向けて、指をもぞもぞ動かしている。明らかにキャラが変貌してんだろ。あの肘突きでネジを十本ぐらい吹っ飛ばしてしまったか。

「響ちゃん。流石に痛かったよ」
「痛かったからといって飛躍し過ぎだ」
「あの一発でも十分説得力になるから。もう一度腕を掴ませて。じゃないともっと怖い目に合うよ」

 目をギラギラさせて近づいてくる。しかも後半、変にぼかしてくるあたりおっかない。普通の説得では絶対退くことはないだろう。だったら、カジにとって絶対外せない事を反論材料に使わないといけない。
 カジに有効なもの。今の目的……。
 パッと思いつくには思いついた。けど、こんな状況になってから提案するのはかなり都合がよすぎると思われるかもしれないし、正直まだ気が乗らない。でも、今回の逃亡兼気絶の非は俺にあることは理解した。ベット破壊と肘打ちだけは認めんが。
 それにソラにはこれ以上迷惑をかけるべきではない。
 だから仕方なくだ。

「わかった。腕を掴んでもいい、だが条件がある」
「条件?」
「今回のコンテスト、協力してやる。だからお前がピアノの耳コピを一か月で完了し、優勝したら、もう一度腕を掴んでいい」

 するとカジの瞳はスッと自然体に戻り、うーんと頭に親指を当てて考え込む。
 カジにとってもコンテストの優勝はオカ研の為に必要なことだ。だから無視は出来ない。
 カジは大袈裟な程唸ったあとに、何故か余所余所しく面を上げてじっと眼差しを送ってきた。

「分かった。何か不本意だけどその条件飲み込む。けど……」

 カジは恥ずかしそうにモジモジしながら、そっぽを向いた。

「優勝したら腕じゃなくて、抱いてくれる?」
「……は?」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 隣にいるソラですら、ポカンと口を開いている。このざまだ。

「やっぱごめん。腕までにしておく」

 反応する前に向こうから退いてくれた。頭が回っていなかった俺はただただ「おう。そうか」と答えるのが精一杯だった。何とも言えない空気が漂ってしまった。

「あ、あ、あっちの空に虹が!」

 カジがベタベタなノリで東の空を指さす。
 流れでこの空気紛らわすために、フリに乗って同じ方向を眺める。
 暗くなった雲を背景にくっきりと弧を描いた七色の虹が映っていた。気が付くと、西の空の雲が切れており、日の光が差し込んでいた。
 条件が揃っていたのか、かなりはっきり見えていた。
 背景の灰色の雲がオレンジ色に色づき始め、空が絵に描いたような美しさだった。
 虹を見るのは、かなり久しぶりだった。
 だからか、余計にきれいに見えるのか、何か今日の朝も同じことを言っていたな。

「赤・オレンジ・黄色・黄緑・緑・青・紫」

 カジが人差し指を動かしながら、一つ一つ数えている。子供の様な奴だな。さっきのを誤魔化そうとしているのが丸見えだ。

「えーっと」

 と、隣で妙な声を上げているソラ。
 東の空を眺めているのだが、その方向に目の焦点が合っていない。
 虹を眺めているだけだが、挙動不審さが目立っていた。

「どうしたソラ?」
「え、いや、あの、え」

 言葉が覚束無い。元々そんな雰囲気だったけど、ちょっと様子がおかしい。

「ソラ君どうしたの?」

 カジまで気が付いて詰め寄ってくる。
 餌を見つけた猫のようにソラに迫っていく。下がり続けるソラは柵にガシャーンと背中をぶつけた。カジ、勢い強すぎだ。

「え、あ、いや、うん。実は……。虹がどこにあるのかわからなくて」
「……ん?」

 言っている意味が分からない。虹が見えないって、東の方向に無視できないくらい大きく映っているはずだが。何度も虹とソラの顔を交互に見比べて確認する。自分の目は間違っていない。しっかり映っている。
 けどソラの表情から嘘を言っているようには考えにくい。

「ソラ。マジか」

 再度確認すると、顔を強張らしながら「うんうん」と二回頷く。
 なら何故……。まさか……。

「それって、あれか、に」
「虹の呪い!!」
「キャー」と黄色い声を上げて、テンションが上がったのか、カジがソラの両手をギュッと握り、ブンブンと上下に腕を振りまわす。猛烈な勢いにソラの目が白くなりかけてる。
 勢いありすぎだ。
 俺はカジとソラの腕を掴んで、引きはがし、カジの動きを止めさせる。

「落ち着け、カジ」
「これが落ち着けるわけないでしょ。だって一つ目の虹を呪いを受けた人間がこんな間近にいるんだよ。十五年前の三大不思議が響ちゃんと合わせて二つも実証されているんだよ。これでテンション上がらない訳がないじゃない。ソラ君、ねえ幽霊かお化けかゾンビか化け物に会ったんだよね。ね。ね」
「そんな詰め寄るな。ソラが気を失いかけてる」
「だって、でも、ああ」
「気持ちは分からなくもないが、ソラが話せなくなったら、知りたいことが聞けなくなるぞ。それでもいいのか」
「えー」

 好奇心が制御できずにうずうずと体を震わせて、ソラに手を伸ばそうか伸ばさないとウロウロしている。
 どんだけだよ。まあ俺も明かした時はこんな反応されたし、俺も気になるけど。ひとまずカジを強制的に反対側のフェンスへ連れていく。
 白目を向いているソラを揺する。案外すぐに意識が戻ってきた。こめかみを軽く押さえながら、瞼を開いた。

「すみません。ちょっとビックリしました」

 ちょっとのレベルでは無かったと思うが……。それは置いといて。俺はもう一度、虹の存在を確認する。最盛期に比べて薄くはなっているが、まだ見えている。
 何故ソラに呪いがあるのか、てっきり今日あった出来事から考えると俺が虹の呪いにかかっているものと思っていた。
 条件が違うのか。
 未だぼんやりと眺めるソラは、あまり慌てた表情は伺えない。

「混乱しているところアレだが、あの虹が見えないのか」

 俺は虹を指さす。
 だがソラの視点はキョロキョロ動き、安定していなかった。

「ごめん。やっぱり分からない。僕の目には見えないみたいですね」

 そう言い放ち、虹の方角に背を向けて、夕日を眺める。

「それってソラ、言いたくなければいいが、何か記憶があるのか」

 俺は薄くなっていく虹を見ながら、フェンスにもたれかかる。

「そうですね。何かあれば言うんだけど、記憶ないんですね。だからどうして呪いを受けたのかもわからないです。それに虹の呪いって今言われて気が付きましたし」

 隣で淡々と話すソラの姿に動揺の色は見えない。

「思ったより冷静だな」

 動揺している自分が変なのか。

「何でですかね。実感が湧かないからですかね。それにあんまり支障ないですし」
「ああ」

 実際、虹が見えなくなっても、生活する上で何ら影響などない。呪いというには余りにも稚拙というか、子供の悪戯くらいのレベルだ。気にすることがバカなのかもしれない。

「今、バカって思ったでしょ」

 気が付くと隣で同じくフェンスにもたれるカジがジッと俺の顔を見つめていた。

「いや。言ってない上に思ってない」

 相変わらず心を読むのだけは妖怪並みだな。

「虹の呪いをバカにした! だっていつも見えているものが見えないんだよ。響ちゃんだってピアノの鍵盤見えないのは嫌でしょ」
「……」

 それはそうだが、見えなくなる物による。こっちは特技奪われているし、ソラは特技は奪われていないし。ソラが少々気になるといえば、虹の呪いに対しての感情が妙に希薄なだけだが。目立った反応示さないでいると、二人の目の前にカジが走ってくる。

「もう! 二人とも反応薄過ぎ! それにソラちゃん記憶ないから全く情報入ってこないし、二人とも鈍感やし。なんかこう喜びとかないの」

 ぷんすか。ぷんすか。と地団駄踏んでいる。

「いや、あるけど、なんかこうあれだな」
「そう。ですね」

 ソラと目を合わせる。
 正直言って、変な感じだ。いくつかの疑問は残っているが、ソラの呪いは早急に解決しなくてはいけない訳ではない。それにソラの冷静さを見て、逆にこっちまで落ち着いたというか。同種の人間のシンパシーが伝わった。そんな感じだった。

「まあ。とりあえず。カジ。ピアノ弾けるようになれ。俺も曲がりになりに教える。んで優勝してから、呪いについて考えよう」

 俺の指摘に肩透かしを食らったのかカジは「うー」と声を漏らす。
 長く悩み、そして諦めたように肩を落としてから、顔を上げた。

「そうだね。それが先決ね。じゃあ優勝したら、色々付き合ってよね。二人とも」

 ビシッと指をさされた。
 俺ら二人は顔を見合わせ、快く頷いたのだった。
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