凍雨とあなた

しば漬け

文字の大きさ
3 / 8
第1章

美酒 2

しおりを挟む


その男は足元に散乱している瓶の破片や靴を濡らす酒には全く目もくれていなかった。

ただ、真っ直ぐ私を見ていた。

その時、私はこの状況が明らかに異常だと認識していたのに目の前にいる男と同じ状況なのか周りが見えなくなり、彼から目が離せなかった。


「(何も聞こえない)」

いつまで続いていたのかも分からない。

彼は私を見たまま口を開きゆっくりとこう呼んだ。

「翠…なのか?」

全く聞き覚えのない名前。


「あのーぅ?大丈夫ですか…?」

その直後心配になって駆け付けた店員の掛け声についに我に返った。

「…あっ!?え!?わわ私は大丈夫です!!!!それよりもあちらが!!!」


そう言いながらいつの間にか手を離していたカゴを再び持ち上げ、男の方を一切見ずに逃げるようにレジへと向かった。


何故かは分からないけど、早くこの場から逃げないといけないと感じてレジの店員が合計金額を言ったところでそれを上回るお金を出し、

「お釣りはいらないので!!!!!」

と捨て台詞を残してコンビニを飛び出した。




「ゼェ、ゼエ…おぇっ…やばい…吐きそう」

走ると言うよりは競歩に近い感じであった。コンビニが見えなくなったところで立ち止まって呼吸を整え始め、大きく深呼吸をする。

「(一体何だったんだろう…あの時)」

呼吸が整うとやがて思考もクリアになっていく。

「(知らない名前で呼んでたし…てか私あの人全然知らないし…初めて人違いにあったかも…)」

ビールの缶を開けると強く揺らしていたからか泡が溢れたが、それを素早く口で受け止めそのままグイッと缶を傾けて飲み始めた。

「っか~~~!!!!美味しい…この為に生きてる…」


そう呟き、彼女=鳴瀬 えな (なるせ えな) は帰宅の途についた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

処理中です...