Brain/赤の章

新田朝弥

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序章

序章/Door to the extraordinary

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 休み時間──学生食堂で蒼空そらが何やら難しい顔をしていた。

 私は後ろから勢い良く声をかける。

「おはよッ!」

 気怠そうに振り返る彼の顔は、とても眠そうだ。徹夜で勉強してたんだろうか。私には到底無理である。

「おはようって·········もう昼過ぎ。午前の講義は?」

「サボっちゃった。起きれなくて」

「単位知らんぞ」

 溜息を吐きながらそう言うと、蒼空は手元に視線を戻す。講義のレジュメと積み上げられた難しそうな本。あと──とある町の地図。そこには何ヶ所か赤く印が付けられている。

「どっか行くの?」

 私はその地図を指差す。

「別に、何でもない」

 蒼空は地図を畳んで徐に鞄へ仕舞うと、大きな欠伸をして、そのまま席を立った。

「あ、3限の講義でしょ? 私も!」

「えぇ·········、いいけど、今度こそ静かにしてろよ」

「分かってますって」

 思いっきり嫌そうな顔をされたが、それはこの間、隣の席の子と談笑しててマジギレされたからに他ならない。·········それは反省してる。

 気怠そうに歩く蒼空とは対照的な軽やかな足取りで、私は後ろにピッタリ付いて歩く。
 そんな何の変哲もない日常の、とある一幕。思えばこの日から、私の非日常へと続く扉は開いていたのだろう──。

 ◆◆◆

 午後六時。今日最後の講義が終わり、皆が一斉に帰路に就く。

 私は帰り支度をしている蒼空へ、なるべく自然な流れになるよう話し掛ける。

「ねえ、明日ヒマ? 行きたい洋菓子屋さんがあってさ──」

「──悪い、明日は用事ある」

 察しはついている。用事とは即ち、父親に会いに行くのだろう。

 彼ら親子は同じ家に住んでいるクセに、お互いが隠し事をして生活している。父親の桐弥きりやさんは探偵としてとある事件を、蒼空は桐弥さんのその動向を、それぞれ追っている。別に悪いことしてる訳じゃないんだからお互い話し合って協力した方が早いのに·········。
 似た者親子、ここに極まれりといったところだ。

 この誘いを断られるのも想定内。
 私は一つ、計画を立てる──。

 ◆◆◆

 この無愛想な同級生──明智 蒼空あけち そらとは、小学生の頃からの古い付き合いだ。
 家も近く、家族ぐるみで交流があった為、よくお互いの家を行き来しながら一緒に遊んだものだ。

 しかし、丁度十年前のある日、ある事件が起きた。

 蒼空の母親──かえでさんが突然亡くなった。
 表向きには病死と報道されている。私も親からはそのように伝えられているが、入院していた事実も聞かされていないどころか、病院や病名の詳細なども知らされておらず、何かと不明な部分が多い。
 桐弥さんも蒼空も、それに納得いっていないだろう。私でさえ納得いかないんだから、当然だ。

 警察官だった桐弥さんはその後退職し、新たに探偵事務所を構えたらしい。警察として動くことの限界を感じた為だろうか。いずれにせよ、この事件の真相を解き明かす為なのは明白だった。蒼空もその後を追うように、自分なりに事件について調べているみたいだ。

 ·········でも、十年間音沙汰がないところを見るに、捜査も行き詰まっているのだろう。

 蒼空が浮かべる物憂げな表情。
 私には分かる。周りには明るく取り繕っていても、ふとした時に、誰も気付かないぐらい小さく、悲しげな表情を覗かせている。

 中学に上がったばかりの、とある母の日──クラスメイトとお母さんへのプレゼントについて話し合っていた時、不意に楓さんの話題を出してしまったことがあった。

「蒼空のお母さん、すごく優しかったよね──」

 口に出して、すぐに後悔した。
 彼の前で母親の話は禁句タブーだという、暗黙のルールのようなものがあったからだ。
 本人は何事も無かったかのように振る舞っていたつもりだろうが、蒼空の顔色が暗く変わったのが分かった。

 思えばその日からだろうか。蒼空が新聞の切り抜きのような物を集めたり、近所の住人に何やら聞き込みをしている姿をよく見かけるようになった。桐弥さんのことを追っているのか、はたまた自身で考えて動いているのか。恐らく後者だ。
 母の死の真相を究明したい気持ちに駆られてしまったようだった。当の本人は否定するだろうが、不用意な台詞を吐いて思い出させてしまった私にも、責任の一端はあると思っている。

 いつも真剣な眼で調べ物を続ける蒼空を見ていて、心が痛い。
 彼は十年もの間、母親の死の謎に囚われ続けているのだから。
 彼の力になりたい──そう思った私は、密かに立てていた計画を実行に移すことにした。危険は承知の上だ。

 あんなにも大きな事件に巻き込まれるとは、思いもよらなかったが·········。










 序章/Door to the extraordinary~非日常への扉~
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