1 / 11
序章
序章/Door to the extraordinary
しおりを挟む
休み時間──学生食堂で蒼空が何やら難しい顔をしていた。
私は後ろから勢い良く声をかける。
「おはよッ!」
気怠そうに振り返る彼の顔は、とても眠そうだ。徹夜で勉強してたんだろうか。私には到底無理である。
「おはようって·········もう昼過ぎ。午前の講義は?」
「サボっちゃった。起きれなくて」
「単位知らんぞ」
溜息を吐きながらそう言うと、蒼空は手元に視線を戻す。講義のレジュメと積み上げられた難しそうな本。あと──とある町の地図。そこには何ヶ所か赤く印が付けられている。
「どっか行くの?」
私はその地図を指差す。
「別に、何でもない」
蒼空は地図を畳んで徐に鞄へ仕舞うと、大きな欠伸をして、そのまま席を立った。
「あ、3限の講義でしょ? 私も!」
「えぇ·········、いいけど、今度こそ静かにしてろよ」
「分かってますって」
思いっきり嫌そうな顔をされたが、それはこの間、隣の席の子と談笑しててマジギレされたからに他ならない。·········それは反省してる。
気怠そうに歩く蒼空とは対照的な軽やかな足取りで、私は後ろにピッタリ付いて歩く。
そんな何の変哲もない日常の、とある一幕。思えばこの日から、私の非日常へと続く扉は開いていたのだろう──。
◆◆◆
午後六時。今日最後の講義が終わり、皆が一斉に帰路に就く。
私は帰り支度をしている蒼空へ、なるべく自然な流れになるよう話し掛ける。
「ねえ、明日ヒマ? 行きたい洋菓子屋さんがあってさ──」
「──悪い、明日は用事ある」
察しはついている。用事とは即ち、父親に会いに行くのだろう。
彼ら親子は同じ家に住んでいるクセに、お互いが隠し事をして生活している。父親の桐弥さんは探偵としてとある事件を、蒼空は桐弥さんのその動向を、それぞれ追っている。別に悪いことしてる訳じゃないんだからお互い話し合って協力した方が早いのに·········。
似た者親子、ここに極まれりといったところだ。
この誘いを断られるのも想定内。
私は一つ、計画を立てる──。
◆◆◆
この無愛想な同級生──明智 蒼空とは、小学生の頃からの古い付き合いだ。
家も近く、家族ぐるみで交流があった為、よくお互いの家を行き来しながら一緒に遊んだものだ。
しかし、丁度十年前のある日、ある事件が起きた。
蒼空の母親──楓さんが突然亡くなった。
表向きには病死と報道されている。私も親からはそのように伝えられているが、入院していた事実も聞かされていないどころか、病院や病名の詳細なども知らされておらず、何かと不明な部分が多い。
桐弥さんも蒼空も、それに納得いっていないだろう。私でさえ納得いかないんだから、当然だ。
警察官だった桐弥さんはその後退職し、新たに探偵事務所を構えたらしい。警察として動くことの限界を感じた為だろうか。いずれにせよ、この事件の真相を解き明かす為なのは明白だった。蒼空もその後を追うように、自分なりに事件について調べているみたいだ。
·········でも、十年間音沙汰がないところを見るに、捜査も行き詰まっているのだろう。
蒼空が浮かべる物憂げな表情。
私には分かる。周りには明るく取り繕っていても、ふとした時に、誰も気付かないぐらい小さく、悲しげな表情を覗かせている。
中学に上がったばかりの、とある母の日──クラスメイトとお母さんへのプレゼントについて話し合っていた時、不意に楓さんの話題を出してしまったことがあった。
「蒼空のお母さん、すごく優しかったよね──」
口に出して、すぐに後悔した。
彼の前で母親の話は禁句だという、暗黙のルールのようなものがあったからだ。
本人は何事も無かったかのように振る舞っていたつもりだろうが、蒼空の顔色が暗く変わったのが分かった。
思えばその日からだろうか。蒼空が新聞の切り抜きのような物を集めたり、近所の住人に何やら聞き込みをしている姿をよく見かけるようになった。桐弥さんのことを追っているのか、はたまた自身で考えて動いているのか。恐らく後者だ。
母の死の真相を究明したい気持ちに駆られてしまったようだった。当の本人は否定するだろうが、不用意な台詞を吐いて思い出させてしまった私にも、責任の一端はあると思っている。
いつも真剣な眼で調べ物を続ける蒼空を見ていて、心が痛い。
彼は十年もの間、母親の死の謎に囚われ続けているのだから。
彼の力になりたい──そう思った私は、密かに立てていた計画を実行に移すことにした。危険は承知の上だ。
あんなにも大きな事件に巻き込まれるとは、思いもよらなかったが·········。
序章/Door to the extraordinary~非日常への扉~
私は後ろから勢い良く声をかける。
「おはよッ!」
気怠そうに振り返る彼の顔は、とても眠そうだ。徹夜で勉強してたんだろうか。私には到底無理である。
「おはようって·········もう昼過ぎ。午前の講義は?」
「サボっちゃった。起きれなくて」
「単位知らんぞ」
溜息を吐きながらそう言うと、蒼空は手元に視線を戻す。講義のレジュメと積み上げられた難しそうな本。あと──とある町の地図。そこには何ヶ所か赤く印が付けられている。
「どっか行くの?」
私はその地図を指差す。
「別に、何でもない」
蒼空は地図を畳んで徐に鞄へ仕舞うと、大きな欠伸をして、そのまま席を立った。
「あ、3限の講義でしょ? 私も!」
「えぇ·········、いいけど、今度こそ静かにしてろよ」
「分かってますって」
思いっきり嫌そうな顔をされたが、それはこの間、隣の席の子と談笑しててマジギレされたからに他ならない。·········それは反省してる。
気怠そうに歩く蒼空とは対照的な軽やかな足取りで、私は後ろにピッタリ付いて歩く。
そんな何の変哲もない日常の、とある一幕。思えばこの日から、私の非日常へと続く扉は開いていたのだろう──。
◆◆◆
午後六時。今日最後の講義が終わり、皆が一斉に帰路に就く。
私は帰り支度をしている蒼空へ、なるべく自然な流れになるよう話し掛ける。
「ねえ、明日ヒマ? 行きたい洋菓子屋さんがあってさ──」
「──悪い、明日は用事ある」
察しはついている。用事とは即ち、父親に会いに行くのだろう。
彼ら親子は同じ家に住んでいるクセに、お互いが隠し事をして生活している。父親の桐弥さんは探偵としてとある事件を、蒼空は桐弥さんのその動向を、それぞれ追っている。別に悪いことしてる訳じゃないんだからお互い話し合って協力した方が早いのに·········。
似た者親子、ここに極まれりといったところだ。
この誘いを断られるのも想定内。
私は一つ、計画を立てる──。
◆◆◆
この無愛想な同級生──明智 蒼空とは、小学生の頃からの古い付き合いだ。
家も近く、家族ぐるみで交流があった為、よくお互いの家を行き来しながら一緒に遊んだものだ。
しかし、丁度十年前のある日、ある事件が起きた。
蒼空の母親──楓さんが突然亡くなった。
表向きには病死と報道されている。私も親からはそのように伝えられているが、入院していた事実も聞かされていないどころか、病院や病名の詳細なども知らされておらず、何かと不明な部分が多い。
桐弥さんも蒼空も、それに納得いっていないだろう。私でさえ納得いかないんだから、当然だ。
警察官だった桐弥さんはその後退職し、新たに探偵事務所を構えたらしい。警察として動くことの限界を感じた為だろうか。いずれにせよ、この事件の真相を解き明かす為なのは明白だった。蒼空もその後を追うように、自分なりに事件について調べているみたいだ。
·········でも、十年間音沙汰がないところを見るに、捜査も行き詰まっているのだろう。
蒼空が浮かべる物憂げな表情。
私には分かる。周りには明るく取り繕っていても、ふとした時に、誰も気付かないぐらい小さく、悲しげな表情を覗かせている。
中学に上がったばかりの、とある母の日──クラスメイトとお母さんへのプレゼントについて話し合っていた時、不意に楓さんの話題を出してしまったことがあった。
「蒼空のお母さん、すごく優しかったよね──」
口に出して、すぐに後悔した。
彼の前で母親の話は禁句だという、暗黙のルールのようなものがあったからだ。
本人は何事も無かったかのように振る舞っていたつもりだろうが、蒼空の顔色が暗く変わったのが分かった。
思えばその日からだろうか。蒼空が新聞の切り抜きのような物を集めたり、近所の住人に何やら聞き込みをしている姿をよく見かけるようになった。桐弥さんのことを追っているのか、はたまた自身で考えて動いているのか。恐らく後者だ。
母の死の真相を究明したい気持ちに駆られてしまったようだった。当の本人は否定するだろうが、不用意な台詞を吐いて思い出させてしまった私にも、責任の一端はあると思っている。
いつも真剣な眼で調べ物を続ける蒼空を見ていて、心が痛い。
彼は十年もの間、母親の死の謎に囚われ続けているのだから。
彼の力になりたい──そう思った私は、密かに立てていた計画を実行に移すことにした。危険は承知の上だ。
あんなにも大きな事件に巻き込まれるとは、思いもよらなかったが·········。
序章/Door to the extraordinary~非日常への扉~
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
配信の果て
ほわとじゅら
ミステリー
大人気配信グループ、パンファミのリーダー・スノーの中の人と出会った御堂紗由(みどうさゆ)は、結婚に至るも我慢できないことがあり別れてしまう。配信者とは二度と恋仲にならないことを胸に秘めるも離婚後、困窮した生活から抜け出すため、一時的に配信業界で働くことを決める。
一方、夕暮れの個人配信で宇多野泰人(うたのやすと)は、数年前に大ヒットした「やさいゲーム」の開発者であることをリスナーたちに告白する。昨今、配信界隈で起きた脅迫・器物損壊事件は「やさいゲーム」の実況配信を行った配信者をターゲットとした嫌からせで起きた事件であったため、泰人は配信上で注意喚起を行った。
さらに泰人の相棒・二川幸見(にがわゆきみ)は、配信界隈の嫌からせ事件の裏には、パンファミが所属する事務所ナインズの暗躍を確信する。以前ナインズによる執拗なコラボ勧誘を何度も拒んだことで、事務所側が事件を裏で糸を引いて仕組んでいた可能性が濃厚となった。
真相を暴くため、宇多野と二川は探偵まで雇い、事件の鍵を握るパンファミのリーダーの元妻・紗由に接触を試みようとする。
配信界隈・業界をベースに描くミステリー長編。
★は、リアルな配信アーカイブのエピソードです。一部、英語配信有り。
※本作は、紗由と二川の2視点構成。「あらすじ」「タグ」「登場人物」は連載過程で適宜変化します。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。またAI生成による文章作成・構成相談も含め一切行っておりません。本作品は筆者がゼロから執筆しておりますオリジナル作品です。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる