スカーレット・マーケット

新田朝弥

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⑤/七日間

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 翌朝、俺は市場の管理端末を開いた。

 白鷺 緋菜。
 売却予定──三年。
 入金確認、未処理。

 俺は審査欄にカーソルを合わせる。
 通常なら、そのまま承認だ。
 だが今日は違う。

「追加適合確認」

 理由欄に打ち込む。
 体調急変による再検査。

 根拠は薄い。だが規約の範囲内だ。

 承認フローが一段階戻る。
 これで、最低三日は動かない。

 画面を閉じる前に、葛城からの通知が入る。

『何をしてる』

 既読をつけずに閉じた。

 三日。
 正直心許ない。
 だが、ないよりはましだ。

 ◆◆◆

 昼過ぎ、緋菜から連絡が入った。

「ページ、公開しました」

 送られてきたURLを開く。

 弟の病名。これまでの治療経過。必要な金額。
 顔写真はない。

 動画が一本、添えられている。
 再生する。
 緋菜は、カメラの前で背筋を伸ばしていた。

「初めまして。白鷺 緋菜です」

 声は少しだけ掠れている。

「弟が、今も入院しています。
 私は、姉です」

 それ以上、感情を煽る言葉はなかった。

「私は、生きたいです。
 弟にも、生きてほしいです」

 それだけ言って、頭を下げた。

 動画は一分もない。
 市場の宣伝より、ずっと静かだ。
 だが、嘘はない。

 俺は再生を止める。
 支援額は、まだ数万円。
 現実は、甘くない。

 ◆◆◆

 夕方。

 管理画面に異常通知が上がる。

 ──別経路からの買付申請。
 背筋がわずかに固まる。

 申請者名は伏せられているが、経由元が違う。
 俺の承認ルートを通らない。

 予想はしていた。
 葛城だ。
 すぐに内線が鳴る。

「止めても無駄だぞ」

 低い声。

「規約は一つじゃない」

「抜け道は全部把握してるつもりだったが」

「思い上がるな」

 短く切れる。
 
 分かってる。
 強硬策は、正面からなんて、来ない。

 ◆◆◆

 その夜。

 緋菜からメッセージが届く。

「今日、知らない人から連絡が来ました」

 胸の奥が、嫌な音を立てる。

「市場の人間か?」

「分からないです。名乗らなかったので。でも──」

 少し間が空く。

「三年全部なら、弟の治療費、すぐに払えるって」

 やはり、直接接触か。

「応じるな」

 即座に打つ。

 既読がつくまで、妙に長く感じる。

 数分後、返信。

「……分かってます」

 そのあとに、もう一文。

「でも、迷わないって言ったら、嘘になります」

 正直だ。
 だから、怖い。

 ◆◆◆

 三日目。

 支援額は、目標の一割にも届かない。

 コメント欄には、応援と、疑いと、冷たい言葉が並ぶ。

 “本当なのか?”
 “詐欺じゃないのか?”
 “兄弟で働けば?”

 緋菜はそれに一つ一つ、丁寧に返信している。

 俺は画面を閉じた。

 ◆◆◆

 夜、葛城が現れた。

 市場の廊下で、壁にもたれている。

「いい子だな」

 言い方が気に入らない。

「直接連絡させたな」

「市場は関与していない」

 嘘だ。

「三年分。条件は悪くない」

「弟が助かる保証は?」

 葛城は肩をすくめる。

「保証なんて、どこにもないだろ」

 正しい。だから腹が立つ。

「七日待て」

 俺は言う。

「七日で決まらなければ、俺が買う」

 葛城は目を細めた。

「金の目処は?」

「立てる」

 沈黙が落ちる。
 赤いランプが、ゆっくり明滅する。

「七日だ」

 葛城はそう吐き捨てて、去っていく。

「分かってると思うが」

 一度だけ、振り返る。

「八日目はない」

 背を向け、闇に消える。

 ◆◆◆

 病院の帰り道。

 緋菜は少しだけ疲れた顔をしていた。

「今日、結構言われました」

「コメントか」

「はい。でも、応援の方が多かったです」

 無理に明るく言う。

「七日」

 俺は言う。

「七日、耐えろ」

「七日で、足りますか」

「足らせる」

 強く言い切る。

 緋菜は、少しだけ笑った。

「……信じて、いいですか?」

「今さらだろ」

 その返事に、彼女は小さく頷く。

 だが俺は知っている。
 七日は、短い。

 そして葛城は、黙って待つ男ではない。

 ◆◆◆

 その夜遅く。

 病院から、別の連絡が入る。

 ──弟の容体が、やや不安定。

 まだ急変ではない。
 だが、兆しだ。
 七日どころか、三日もないかもしれない。

 画面を閉じる。

 三年三か月。
 その数字が、重くのしかかる。

 選ぶ側と、選ばれる側。
 その境界は、思ったより脆い。

 七日目が、静かに、それでも確実に、近づいている。
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