Frail/Little Assassin

新田朝弥

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第4章/千荊万棘 pointing towards us

4-④/色は、刃に写る

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 しばらく続いた怪異の侵攻は、京香が前に出た途端、ぴたりと止んだ。
 いや──止んだというより、触れた端から、消えていった。

 葉月は、その一挙手一投足を、目に焼き付けた。

「こら、持ち場放棄しない」

「あ、すみません……」

 自分の役割すら、忘れかけるほどに。

 怪異の気配が去り、夜明け前の澪尽町は、不自然なほど静かになった。
 警戒は解かれていない。だが、空気に張りついていた重さは、確かに薄れている。

 神谷堂へ戻る途中、レイと京二と落ち合う。
 その後も、葉月は何度も、自分の手を見下ろしていた。

 ──動いた。

 色を選び、霊力の質を変え、当てる。
 考えるより先に、身体が動いた瞬間があった。

 嬉しい。
 でも、それだけじゃない。

 戻れない場所に、足先がかかった感覚。

「……葉月」

 隣を歩くレイが、足を緩めずに声をかける。

「はい」

「考えすぎ。顔に出てる」

「……そんなに、分かりやすい?」

「分かるよ」

 短く、それだけ。

 沈黙が落ちる。
 瓦屋根の向こうで、街はまだ眠っている。

 葉月は、意を決して口を開いた。

「レイは……」

「うん?」

「自分の型に、名前ってつけてますか」

 一瞬、風だけが通り過ぎる。

「……“霜月しもつき”」

 レイは前を見たまま答えた。

「名付けたのは、私じゃないけど」

「そっか」

 葉月は、小さく頷く。

 少し羨ましくて、少し安心した。

「掴んだ……みたいね」

 レイの声が柔らかい。

「うん。でも、まだ揺れてる」

 レイが、ちらりと見る。

「前に言ったこと、覚えてる?」

「……レイが、俺を守るってやつ?」

「そう」

 葉月は小さく笑い、首を振る。

「大丈夫です。少なくとも、自分の身ぐらいは、自分で」

 レイは何も言わない。

 ──君がなんて言おうと、私は君を守る。
 ──それが嫌なら、強くなれ。

 あの言葉は、今も変わらない。

「……媒体があると、いいかも」

「媒体?」

「霊力を定着させるだけなら、武器に集中すればいい。でも“型”は違う」

 少しだけ、言葉を選ぶ。

「込め方そのものが変わるから。
 だから多くの人は、イメージを固定する“物”を持つ」

「物……アクセサリー、とか?」

「そう」

「レイは?」

「私の場合は、“思考の切り替え”」

「……スイッチ」

「うん」

 神谷堂に着き、それぞれの部屋へ向かう。

 別れ際、レイが振り返った。

「葉月」

「なに?」

「もう……迷えなくなるよ」

「分かってる」

 それ以上、レイは踏み込まなかった。

 ◆◆◆

 神谷堂の売り場は、夜明け前でも静かだった。
 古い木箱と硝子ケース。時間の匂いがする。

 葉月は、無意識に棚の前で足を止めた。

 数珠、護符、古びた装身具。
 どれも今の自分とは無関係に見える──はずだった。

 その中で。

「……あ」

 視線が、止まる。

 棚の隅。
 控えめな位置に、三つ並んだ指輪。

 赤。
 青。
 緑。

 小さな宝石が、それぞれに嵌め込まれている。

 胸の奥が、わずかに鳴った。

「……色」

 京二が、葉月の視線を追う。

「それか」

 近づく。

「赤はサードオニキス。
 青がスピネル。
 緑はペリドットだ」

「一個も、知らないです」

「昔からある石だ。今じゃ商品というより、御守りだな」

 葉月は、小さな札を見る。

 ──烈華れっか
 ──蒼天そうてん
 ──森羅しんら

 胸の奥に、すっと収まる感覚。

 赤に、熱。
 青に、澄み。
 緑に、広がり。

 理由は説明できない。
 でも、間違っていないと分かる。

「……京二さん」

「なんだ」

「これ、幾らですか」

「いい」

 即答。

「今は持ってろ」

「え」

「返す必要もない。
 自分で見つけたんだろ」

 葉月は、三つの指輪を手に取る。

「ありがとうございます」

 指にはめると、不思議と違和感がない。

 色とりどりの刃が、脳裏に浮かぶ。

 まだ、未完成だ。
 揺れている。
 それでも──

「……彩刃さいは

 息に混じるように、呟く。

 その瞬間、胸の奥で、霊力が静かに整列した。

 赤は、烈華。
 青は、蒼天。
 緑は、森羅。

 選ぶ。
 混ぜる。
 振るう。

 葉月は、ゆっくりと息を吐いた。

 これは、力じゃない。

 自分の戦い方だ。

 未完のまま。
 それでも、確かに──

 色は、刃に写った。
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