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第4章/千荊万棘 pointing towards us
4-③/未完の刃
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住宅街を離れ、少し開けた空き地に出る。
夜風が抜け、さっきまでの重たい気配が、ふっとほどけた。
フーちゃんと別れてから、葉月は胸の奥のざわつきが、まだ収まっていない。
──分かってしまった。
自分が、どう戦えばいいのかを。
安心に似ているのに、同時に、踏み越えた感覚もある。
「……集中、切れてる」
京香の声が飛ぶ。
「すみません」
「謝らなくていい。死なないならね」
淡々としているのに、冗談ではない。
京香は短剣を構え、地面を軽く蹴った。
「来なさい。今度は、色を選びながらやる」
葉月は凩を握り直す。
赤。
青。
緑。
頭では分かっているのに、身体が追いつかない。
踏み込みが、ひと呼吸ぶん遅れる。
「……違う」
京香が、刃を止める。
「今のは、“選んでから”動いた」
「……はい」
「逆」
一歩、近づく。
「色を出して。走りながら考えるの。
止まったら、型にならない」
型。
その言葉に、葉月の胸が微かに鳴った。
「型って……」
「さっきも言ったでしょ」
京香は短剣を下ろさない。
「迷わないためのもの。
感情を挟まないための“手順”」
葉月は思い出す。
レイの戦い方。切り替わった瞬間の、あの冷えた空気。
「……レイも?」
「ええ。あの子も、ちゃんと“持ってる”」
一瞬だけ、京香の視線が遠くなる。
「京二もね」
葉月は驚いて顔を上げた。
「あの人も、型を?」
「一番、厄介なのを」
それ以上は言わない。
代わりに、京香は葉月を見据えた。
「アンタの色の使い方。
あれは、もう“型の原型”よ」
「……名前も、要りますか」
葉月自身が、その言葉を口にしていた。
京香は、ほんの一瞬だけ目を細める。
「欲しければ」
間。
「名前はね、霊力を縛る“杭”になる」
「縛る……」
「ええ。便利だけど、呪いにもなる」
京香は短剣を収める。
「一度、そこに集め始めたら──簡単には捨てられない」
声は、祝福じゃなかった。
呪いを説明する声だった。
「だから、慎重になれって言ったの」
葉月は凩を見る。
まだ、名前は浮かばない。
でも、輪郭は確かにある。
「……もう少し、考えます」
「それでいい」
京香は踵を返す。
「考えられるうちは、まだ人間だから」
その言葉が、胸に残った。
◆◆◆
夜風が、妙に湿っている。
屋根を渡りながら、私はそれを測っていた。抜けが悪い。──嫌な兆候だ。
少し前を行く京二の背中を見る。
速度は一定。警戒も緩んでいない。
単独行動禁止。
だから今は、並んでいる。
「ねえ、京二」
「なんだ」
「今日の怪異、変じゃない?」
言葉にした瞬間、答えはもう分かっていた。
「変だな」
即答。
「数が少ない。質も、中途半端だ」
やっぱり。
私は屋根の端に視線を走らせる。
街の配置。霊力の溜まり方。
──狩りじゃない。罠だ。
「……様子見?」
「かもな」
京二が、短く吐く。
「ただ──そんな曖昧なことをしてくる連中じゃない。
お前も分かってるだろう」
そう。
黒い塔は、用意周到で、冷徹で、任務は必ず遂行する。
だからこそ、不気味だ。
目的が、読めない。
胸の奥が、少しだけ冷える。奥歯を噛んだ。
「京香の方は、大丈夫?」
「勘の鋭いヤツだ。何かあっても遅れを取るようなことはない──」
京二は、ほんのわずか詰まる。
「……でも、勘だけじゃ防げない類だ」
私は走りながら、短刀をわずかに回す。刃が空気を切る。
「……嫌な感じがする」
「同感だ」
その時だった。
黒い塔の方角で、空気が──ほんの少し歪んだ。
強くない。派手でもない。
ただ、準備が進んでいる匂い。
私は、足を止めなかった。
◆◆◆
──その頃。
高い場所。瓦礫と影の境目で、ワタリは静かに指を動かしていた。
小さな符。霊力の流れを記した薄い紙片。
「……ふぅん」
低く、楽しげな声。
街のあちこちで、怪異が“育っている”。
急がせない。
壊させない。
水面下で、じわじわと。
「葉月の方は……」
一瞬、言葉を選ぶような間。
「少々、想定外だったけど──問題ない」
苛立ちはない。むしろ、愉しんでいる。
「“質”に辿り着くのが早い。
あそこまで自然に扱えるなら……やっぱり、面白い」
だが。
ワタリの指が別の符に触れた瞬間、視線の温度が変わった。
「問題は──あの女だ」
思い出す。
無駄のない踏み込み。霊力の癖。攻撃に入るまでの、ほんの僅かな“間”。
ワタリは、静かに笑う。
「単独なら──私が勝てる」
符を、ゆっくりと散らした。
街の数カ所に、同時に霊力が染み込んでいく。
「もう一度、忙しくなってもらおうか」
分断。
増幅。
対応に追われる、神谷堂組。
「その時が──お前の、最後」
黒い塔の上で、計画はすでに次の段階へ進んでいた。
◆◆◆
夜が、妙に静かだった。
住宅街を抜け、空き地へ向かう途中。
京香は歩調を落とし、周囲の気配を測る。
少し後方。
葉月の気配はまだある。距離は取っているが、視界の端に入る位置。
京香は短剣に軽く触れた。
刃は静かだ。霊力も、過剰には流れていない。
それでも、空気が重い。怪異が消えた後の、嵐の前の凪。
「……嫌な間ね」
誰に向けたわけでもなく、呟く。
葉月の戦いを思い返す。
色を選び、混ぜ、当てるまでの流れ。
理解が、早すぎる。
──出来てしまう、という種類の才能。
武器になる。間違いなく。
けれど同時に、刃の向きが固定され始めている。
型。
名前。
手順。
迷いを削るほど、引き返しづらくなる。
京香は、月明かりに目を細めた。
葉月は、まだ完成していない。
だからこそ、間に合う。
その時。
空気が、わずかに歪んだ。
遠い。
だが、確かに。
京香は反射的に前へ出る。
葉月との距離を、意識して詰めた。
複数来る。まだ姿はない。
配置が悪い。
「……来るわね」
低く、確信を込めて。
これは偶然じゃない。
誘導でも、ただの偵察でもない。
準備されている。時間をかけて。
京香は短剣を構える。
最短。最小。迷いの入らない“手順”。
一瞬だけ、胸の奥にざらつく感覚。
勝てるか、じゃない。
──どう来るかが、まだ見えていない。
それが、何より不気味だった。
「離れないでね」
葉月に、短く告げる。
「次に何か来たら、私が前」
それだけ言って、視線を前に戻す。
未完の刃が、完成してしまう前に。
あるいは──完成の瞬間を、間違えさせないために。
京香は、自分が立つべき場所を選び続けていた。
夜風が抜け、さっきまでの重たい気配が、ふっとほどけた。
フーちゃんと別れてから、葉月は胸の奥のざわつきが、まだ収まっていない。
──分かってしまった。
自分が、どう戦えばいいのかを。
安心に似ているのに、同時に、踏み越えた感覚もある。
「……集中、切れてる」
京香の声が飛ぶ。
「すみません」
「謝らなくていい。死なないならね」
淡々としているのに、冗談ではない。
京香は短剣を構え、地面を軽く蹴った。
「来なさい。今度は、色を選びながらやる」
葉月は凩を握り直す。
赤。
青。
緑。
頭では分かっているのに、身体が追いつかない。
踏み込みが、ひと呼吸ぶん遅れる。
「……違う」
京香が、刃を止める。
「今のは、“選んでから”動いた」
「……はい」
「逆」
一歩、近づく。
「色を出して。走りながら考えるの。
止まったら、型にならない」
型。
その言葉に、葉月の胸が微かに鳴った。
「型って……」
「さっきも言ったでしょ」
京香は短剣を下ろさない。
「迷わないためのもの。
感情を挟まないための“手順”」
葉月は思い出す。
レイの戦い方。切り替わった瞬間の、あの冷えた空気。
「……レイも?」
「ええ。あの子も、ちゃんと“持ってる”」
一瞬だけ、京香の視線が遠くなる。
「京二もね」
葉月は驚いて顔を上げた。
「あの人も、型を?」
「一番、厄介なのを」
それ以上は言わない。
代わりに、京香は葉月を見据えた。
「アンタの色の使い方。
あれは、もう“型の原型”よ」
「……名前も、要りますか」
葉月自身が、その言葉を口にしていた。
京香は、ほんの一瞬だけ目を細める。
「欲しければ」
間。
「名前はね、霊力を縛る“杭”になる」
「縛る……」
「ええ。便利だけど、呪いにもなる」
京香は短剣を収める。
「一度、そこに集め始めたら──簡単には捨てられない」
声は、祝福じゃなかった。
呪いを説明する声だった。
「だから、慎重になれって言ったの」
葉月は凩を見る。
まだ、名前は浮かばない。
でも、輪郭は確かにある。
「……もう少し、考えます」
「それでいい」
京香は踵を返す。
「考えられるうちは、まだ人間だから」
その言葉が、胸に残った。
◆◆◆
夜風が、妙に湿っている。
屋根を渡りながら、私はそれを測っていた。抜けが悪い。──嫌な兆候だ。
少し前を行く京二の背中を見る。
速度は一定。警戒も緩んでいない。
単独行動禁止。
だから今は、並んでいる。
「ねえ、京二」
「なんだ」
「今日の怪異、変じゃない?」
言葉にした瞬間、答えはもう分かっていた。
「変だな」
即答。
「数が少ない。質も、中途半端だ」
やっぱり。
私は屋根の端に視線を走らせる。
街の配置。霊力の溜まり方。
──狩りじゃない。罠だ。
「……様子見?」
「かもな」
京二が、短く吐く。
「ただ──そんな曖昧なことをしてくる連中じゃない。
お前も分かってるだろう」
そう。
黒い塔は、用意周到で、冷徹で、任務は必ず遂行する。
だからこそ、不気味だ。
目的が、読めない。
胸の奥が、少しだけ冷える。奥歯を噛んだ。
「京香の方は、大丈夫?」
「勘の鋭いヤツだ。何かあっても遅れを取るようなことはない──」
京二は、ほんのわずか詰まる。
「……でも、勘だけじゃ防げない類だ」
私は走りながら、短刀をわずかに回す。刃が空気を切る。
「……嫌な感じがする」
「同感だ」
その時だった。
黒い塔の方角で、空気が──ほんの少し歪んだ。
強くない。派手でもない。
ただ、準備が進んでいる匂い。
私は、足を止めなかった。
◆◆◆
──その頃。
高い場所。瓦礫と影の境目で、ワタリは静かに指を動かしていた。
小さな符。霊力の流れを記した薄い紙片。
「……ふぅん」
低く、楽しげな声。
街のあちこちで、怪異が“育っている”。
急がせない。
壊させない。
水面下で、じわじわと。
「葉月の方は……」
一瞬、言葉を選ぶような間。
「少々、想定外だったけど──問題ない」
苛立ちはない。むしろ、愉しんでいる。
「“質”に辿り着くのが早い。
あそこまで自然に扱えるなら……やっぱり、面白い」
だが。
ワタリの指が別の符に触れた瞬間、視線の温度が変わった。
「問題は──あの女だ」
思い出す。
無駄のない踏み込み。霊力の癖。攻撃に入るまでの、ほんの僅かな“間”。
ワタリは、静かに笑う。
「単独なら──私が勝てる」
符を、ゆっくりと散らした。
街の数カ所に、同時に霊力が染み込んでいく。
「もう一度、忙しくなってもらおうか」
分断。
増幅。
対応に追われる、神谷堂組。
「その時が──お前の、最後」
黒い塔の上で、計画はすでに次の段階へ進んでいた。
◆◆◆
夜が、妙に静かだった。
住宅街を抜け、空き地へ向かう途中。
京香は歩調を落とし、周囲の気配を測る。
少し後方。
葉月の気配はまだある。距離は取っているが、視界の端に入る位置。
京香は短剣に軽く触れた。
刃は静かだ。霊力も、過剰には流れていない。
それでも、空気が重い。怪異が消えた後の、嵐の前の凪。
「……嫌な間ね」
誰に向けたわけでもなく、呟く。
葉月の戦いを思い返す。
色を選び、混ぜ、当てるまでの流れ。
理解が、早すぎる。
──出来てしまう、という種類の才能。
武器になる。間違いなく。
けれど同時に、刃の向きが固定され始めている。
型。
名前。
手順。
迷いを削るほど、引き返しづらくなる。
京香は、月明かりに目を細めた。
葉月は、まだ完成していない。
だからこそ、間に合う。
その時。
空気が、わずかに歪んだ。
遠い。
だが、確かに。
京香は反射的に前へ出る。
葉月との距離を、意識して詰めた。
複数来る。まだ姿はない。
配置が悪い。
「……来るわね」
低く、確信を込めて。
これは偶然じゃない。
誘導でも、ただの偵察でもない。
準備されている。時間をかけて。
京香は短剣を構える。
最短。最小。迷いの入らない“手順”。
一瞬だけ、胸の奥にざらつく感覚。
勝てるか、じゃない。
──どう来るかが、まだ見えていない。
それが、何より不気味だった。
「離れないでね」
葉月に、短く告げる。
「次に何か来たら、私が前」
それだけ言って、視線を前に戻す。
未完の刃が、完成してしまう前に。
あるいは──完成の瞬間を、間違えさせないために。
京香は、自分が立つべき場所を選び続けていた。
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