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第4章/千荊万棘 pointing towards us
4-②/色のある世界
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澪尽町の外れ。
人通りの少ない住宅街の一角で、足が止まった。
理由は、はっきりしている。
空気が、変だ。
「……怪異」
葉月が呟くと、前を歩いていた京香が振り返る。
「怪我の具合は?」
「大丈夫です。行けます」
完治こそしていないが、
怪異との戦いぐらいなら、問題ない。
葉月は前へ出る。
電柱の後方から、黒い影。
形ははっきりしてないが、重い。
けれど、昨日まで感じていたそれとは、どこか違う。
──怖い、というより。
「……いろ、濃い」
ぽつりと、隣から声がした。
フーちゃんだ。
夜の街灯に照らされて、彼女の影が小さく揺れている。
「色?」
聞き返すと、フーちゃんはこくりと頷いた。
「そういえば、さっきも言ってたね。
怖いのには、色があるって」
胸の奥が、僅かにざわついた。
でも、あの時は意味が分からなかった。
「……フーちゃん」
葉月は、視線を前に向けたまま、静かに聞く。
「どんな色が、視える?」
少し考える仕草。
それから、指を三本立てた。
「あか」
一つ。
「あお」
二つ。
「それと……みどり、かな」
三原。
どこかで聞いた並びだ。
その瞬間。
頭の中で、何かが、繋がった。
──霊力の“質”。
京香が言っていた。
力の量じゃない、と。
使い方。
流し方。
そして──当て方。
ぞわり、と空気が動く。
前方。
路地の奥。
影が、壁から剥がれるように現れた。
怪異。
形は曖昧だが、
フーちゃんが、ぎゅっと袖を掴む。
「……あれ」
小さな声。
「あか、つよい」
「赤……」
葉月は、凩を背負ったまま、息を整えた。
今までなら、
霊力を“そのまま”流していた。
でも。
──色があるなら。
「フーちゃん」
声をかけると同時に、葉月は霊力を放出する。
「これ、何色かな?」
「"あか"……すごく、濃い」
なるほど。
自分の霊力の質が、"赤色"なのだと、知る。
同じ色なら、ぶつからない。
なら、違う色なら──?
葉月は、その赤色の霊力を、そのまま凩に纏わせる。
そして、目の前の怪異へ向けて、振り下ろした。
「──っ!?」
変な感覚。
思わず、飛び退く。
攻撃が効かない──というより、
"吸収された"。そんな感覚だった。
以前にも、似たような感覚はあった。
──"百鬼夜行"での戦い。
同じような形の怪異なのに、攻撃が効きづらい個体がいた。
それがもし、
今のような、同じ色の霊力を纏っていたのだとしたら。
「色……か」
今まで深くは意識してなかったが、
霊力の練り方は、その時の状況やコンディションによって、変わる。
そして恐らく、
それらは三色で、色分けされている。
──先程と、霊力の練り方を、変えてみる。
「……あお」
フーちゃんが、呟く。
──やっぱり。
この"感覚"が、"青"。
そして普段無意識に流しているのが、"赤"。
霊力が、同じ色同士で衝突した場合、
"吸収"される性質があるのだとしたら。
──まだ仮説だけど。
もし、違う色が衝突したら──?
「……反発」
考えてる間に、怪異が、間合いを詰める。
「葉月くん!」
フーちゃんの叫びに反応して、咄嗟に凩を振るう。
「───!」
ぶつかった瞬間。
霊力が、弾けた。
今までより遥かに強い、明確な衝撃。
重ねた霊力が、反発し合い、威力に変わる。
特別力を入れた訳でもないのに、
怪異は無惨にも、飛散した。
……やっぱり。
胸の奥で、何かが噛み合った。
理解した。
"吸収"と"反発"。
まるで磁石のように、霊力には、それぞれの性質によって、ぶつかり合った際に異なる結果を産む。
驚きよりも、納得が先に来た。
だが、終わりじゃない。
横。
背後。
気配が、増える。
「フーちゃん!」
振り返らずに呼ぶ。
「次は?」
一瞬の間。
「……あっちは、あお。
それと……みどり、まざってる」
混色。
複数で来る。
「了解」
今度は、逆だ。
“赤”を意識する。
熱。
一点。
そこに、“緑”を混ぜる。
広がりを持たせる。
凩を、突き出す。
怪異と接触した瞬間、
霊力が、爆ぜた。
霧が、散る。
形が、保てなくなる。
最後の一体。
動きが、鈍る。
「……あお、強い」
フーちゃんの声。
葉月は、深く息を吸う。
“赤”と、“緑”。
──黄。
凩を、振り下ろした。
今度は、確かな手応え。
影が、音もなく崩れ、
夜に溶けた。
「……ふーん」
京香が、思わず声を漏らす。
静寂。
葉月は、その場に立ったまま、
凩を見下ろす。
力は、使っている。
でも──無理はしていない。
「……フーちゃん」
振り返る。
「ありがとう。
すごく、助かった」
フーちゃんは、少し照れたように、
でも、はっきり頷いた。
「いろ、わかるの。
だから……こわい」
葉月は、しゃがみ込み、目線を合わせる。
「大丈夫」
静かに言う。
「色が分かるなら、
対抗も、出来る」
フーちゃんの目が、わずかに見開かれた。
「……ほんと?」
「うん」
自分でも、不思議なくらい、確信があった。
これは、力じゃない。
“選び方”だ。
凩を背負い直す。
葉月は、夜空を見上げた。
まだ、未完成だ。
理屈も、感覚も。
でも。
──自分の戦い方が、見え始めている。
「行こう、フーちゃん」
彼女は、小さく頷き、
葉月の一歩後ろに並んだ。
赤。
青。
緑。
色のある世界で、
葉月は、初めて──
自分の立ち位置を、掴み始めていた。
◆◆◆
怪異の気配が、完全に消えた。
住宅街の夜が、ようやく息を取り戻す。
街灯の下、歪んでいた空気は元に戻り、
耳に入るのは、遠くの車の音と、風の擦れる音だけだった。
「……これで、終わりね」
京香が、周囲を一瞥して言う。
葉月は、凩に残る感触を確かめるように、指を握り直した。
戦いは終わった。
それでも、胸の奥が、まだ少し落ち着かない。
──出来てしまった。
それが、一番の理由だった。
「フーちゃん」
声をかけると、彼女は小さく顔を上げる。
「もう、危ないのは来ない。
お家、戻ろう」
フーちゃんは、少しだけ迷ってから、頷いた。
「……また、くる?」
「もう、来ないわ」
京香が、即答する。
柔らかい声なのに、断定だった。
「来る前に、分かるもの」
フーちゃんは、ほっとしたように息を吐き、
それから葉月を見た。
「……ありがとう」
小さな声。
葉月は、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「こっちこそ。
フーちゃんがいなかったら、危なかった」
照れたように視線を逸らし、
それでも、少し誇らしげに笑う。
「……いろ、みえるから」
それだけ言って、彼女は京香の方をちらりと見た。
「……つよい人、いる」
京香は、肩をすくめる。
「うん。お兄ちゃんより、百倍強いから」
フーちゃんは、くすっと笑った。
そして、葉月に向き直る。
「……またね」
「うん。また」
短い約束。
フーちゃんは、小走りで家の方へ戻っていった。
その小さな背中が、街灯の向こうに消えるまで、
葉月は、黙って見送った。
「大丈夫、ですよね?」
「ええ。京二特性の"護符"も持たせたし。低級の怪異なら問題なく弾くわ」
安堵と、沈黙。
夜の音が、戻ってくる。
──見えるから、怖い。
──分かるから、戦える。
それは、強さだ。
でも同時に、逃げ場のない役割でもある。
「……さて」
京香が、空気を切り替えるように言った。
「少し、動ける?」
「はい」
即答した後で、葉月は思う。
本当に“はい”で良かったのか、と。
でも。
もう、目を逸らせない。
「訓練よ」
「今、ですか」
「今だから」
京香は、葉月をまっすぐ見る。
「さっきの、アレ」
「……色、ですか」
「ええ」
京香は、短く頷いた。
「アンタがやったこと。
普通は、出来ない」
その一言に、葉月は息を呑んだ。
「え……?」
「霊力の性質を、“感覚だけで”切り替える。
それはね」
一拍。
「霊力が、身体に完全に“定着”してないと、不可能」
言葉が、胸に落ちる。
「練習すれば、出来る……とかじゃないんですか」
「ならないわね」
即答だった。
「大半は、霊力を“流されてる”だけだけど、アンタは違う」
京香は、葉月の胸元を見る。
「霊力が、ちゃんと“そこに居る”」
葉月は、背筋が冷えるのを感じた。
──出来る理由が、才能だと確定する瞬間。
それは、救いでもあり、呪いでもある。
「だからこそ」
京香は、言葉を続ける。
「それは、アンタの唯一無二の武器になり得る」
「……武器」
「そう」
京香の声音が、少しだけ冷たくなる。
「守るため、なんて言葉は後付け。
──型っていうのはね」
短剣を、抜く。
「“どう殺すか”を、迷わないためのもの」
葉月は、喉が鳴るのを感じた。
「黒い塔の暗殺者には、それぞれ固有の“殺しの型”がある」
「型……」
「下界風に言えば、“必殺技”の体系。
一つとは限らないし、順番も、人それぞれ」
葉月は、思い出す。
京香の、あの動き。
迷いなく、流れるような刃。
「それは最短で、確実に、相手を終わらせるための手順」
間。
「情とか、美学とか──
そういうのは、全部ノイズ」
葉月は、思い出す。
京香が、迷わず刃を振るった姿を。
「名前は、別に必須じゃないわ」
京香は続ける。
「でも──
自分の中で“これは特別だ”って線を引いた瞬間」
短剣を、くるりと回す。
「霊力は、そこに集まる」
「……意識、だけで?」
「意識こそが、全て」
京香は、ふと視線を逸らした。
「……だから、危ないんだけどね」
その一言は、ほとんど独り言だった。
葉月は、聞き返そうとして、やめた。
代わりに、凩を握る。
──名前を与える。
──自分の戦い方を、定義する。
それは、覚悟だ。
「……まだ、まとまってません」
「それでいい」
京香は、構える。
「未完成のまま、使いなさい。
完成する頃には──」
一瞬、言葉が途切れる。
「……誰かを、庇えなくなるから」
葉月の胸が、僅かに軋んだ。
「さ、続き」
京香は、何事もなかったように言う。
「今度は、混ぜ方を変える」
葉月は、深く息を吸った。
怖い。
でも。
分かってしまった以上、戻れない。
「……お願いします」
夜の住宅街に、
再び、刃の音が響き始めた。
その静かな音が、
やがて訪れる“取り返しのつかない瞬間”へ、
確かに、繋がっていることを──
この時の葉月は、まだ知らない。
人通りの少ない住宅街の一角で、足が止まった。
理由は、はっきりしている。
空気が、変だ。
「……怪異」
葉月が呟くと、前を歩いていた京香が振り返る。
「怪我の具合は?」
「大丈夫です。行けます」
完治こそしていないが、
怪異との戦いぐらいなら、問題ない。
葉月は前へ出る。
電柱の後方から、黒い影。
形ははっきりしてないが、重い。
けれど、昨日まで感じていたそれとは、どこか違う。
──怖い、というより。
「……いろ、濃い」
ぽつりと、隣から声がした。
フーちゃんだ。
夜の街灯に照らされて、彼女の影が小さく揺れている。
「色?」
聞き返すと、フーちゃんはこくりと頷いた。
「そういえば、さっきも言ってたね。
怖いのには、色があるって」
胸の奥が、僅かにざわついた。
でも、あの時は意味が分からなかった。
「……フーちゃん」
葉月は、視線を前に向けたまま、静かに聞く。
「どんな色が、視える?」
少し考える仕草。
それから、指を三本立てた。
「あか」
一つ。
「あお」
二つ。
「それと……みどり、かな」
三原。
どこかで聞いた並びだ。
その瞬間。
頭の中で、何かが、繋がった。
──霊力の“質”。
京香が言っていた。
力の量じゃない、と。
使い方。
流し方。
そして──当て方。
ぞわり、と空気が動く。
前方。
路地の奥。
影が、壁から剥がれるように現れた。
怪異。
形は曖昧だが、
フーちゃんが、ぎゅっと袖を掴む。
「……あれ」
小さな声。
「あか、つよい」
「赤……」
葉月は、凩を背負ったまま、息を整えた。
今までなら、
霊力を“そのまま”流していた。
でも。
──色があるなら。
「フーちゃん」
声をかけると同時に、葉月は霊力を放出する。
「これ、何色かな?」
「"あか"……すごく、濃い」
なるほど。
自分の霊力の質が、"赤色"なのだと、知る。
同じ色なら、ぶつからない。
なら、違う色なら──?
葉月は、その赤色の霊力を、そのまま凩に纏わせる。
そして、目の前の怪異へ向けて、振り下ろした。
「──っ!?」
変な感覚。
思わず、飛び退く。
攻撃が効かない──というより、
"吸収された"。そんな感覚だった。
以前にも、似たような感覚はあった。
──"百鬼夜行"での戦い。
同じような形の怪異なのに、攻撃が効きづらい個体がいた。
それがもし、
今のような、同じ色の霊力を纏っていたのだとしたら。
「色……か」
今まで深くは意識してなかったが、
霊力の練り方は、その時の状況やコンディションによって、変わる。
そして恐らく、
それらは三色で、色分けされている。
──先程と、霊力の練り方を、変えてみる。
「……あお」
フーちゃんが、呟く。
──やっぱり。
この"感覚"が、"青"。
そして普段無意識に流しているのが、"赤"。
霊力が、同じ色同士で衝突した場合、
"吸収"される性質があるのだとしたら。
──まだ仮説だけど。
もし、違う色が衝突したら──?
「……反発」
考えてる間に、怪異が、間合いを詰める。
「葉月くん!」
フーちゃんの叫びに反応して、咄嗟に凩を振るう。
「───!」
ぶつかった瞬間。
霊力が、弾けた。
今までより遥かに強い、明確な衝撃。
重ねた霊力が、反発し合い、威力に変わる。
特別力を入れた訳でもないのに、
怪異は無惨にも、飛散した。
……やっぱり。
胸の奥で、何かが噛み合った。
理解した。
"吸収"と"反発"。
まるで磁石のように、霊力には、それぞれの性質によって、ぶつかり合った際に異なる結果を産む。
驚きよりも、納得が先に来た。
だが、終わりじゃない。
横。
背後。
気配が、増える。
「フーちゃん!」
振り返らずに呼ぶ。
「次は?」
一瞬の間。
「……あっちは、あお。
それと……みどり、まざってる」
混色。
複数で来る。
「了解」
今度は、逆だ。
“赤”を意識する。
熱。
一点。
そこに、“緑”を混ぜる。
広がりを持たせる。
凩を、突き出す。
怪異と接触した瞬間、
霊力が、爆ぜた。
霧が、散る。
形が、保てなくなる。
最後の一体。
動きが、鈍る。
「……あお、強い」
フーちゃんの声。
葉月は、深く息を吸う。
“赤”と、“緑”。
──黄。
凩を、振り下ろした。
今度は、確かな手応え。
影が、音もなく崩れ、
夜に溶けた。
「……ふーん」
京香が、思わず声を漏らす。
静寂。
葉月は、その場に立ったまま、
凩を見下ろす。
力は、使っている。
でも──無理はしていない。
「……フーちゃん」
振り返る。
「ありがとう。
すごく、助かった」
フーちゃんは、少し照れたように、
でも、はっきり頷いた。
「いろ、わかるの。
だから……こわい」
葉月は、しゃがみ込み、目線を合わせる。
「大丈夫」
静かに言う。
「色が分かるなら、
対抗も、出来る」
フーちゃんの目が、わずかに見開かれた。
「……ほんと?」
「うん」
自分でも、不思議なくらい、確信があった。
これは、力じゃない。
“選び方”だ。
凩を背負い直す。
葉月は、夜空を見上げた。
まだ、未完成だ。
理屈も、感覚も。
でも。
──自分の戦い方が、見え始めている。
「行こう、フーちゃん」
彼女は、小さく頷き、
葉月の一歩後ろに並んだ。
赤。
青。
緑。
色のある世界で、
葉月は、初めて──
自分の立ち位置を、掴み始めていた。
◆◆◆
怪異の気配が、完全に消えた。
住宅街の夜が、ようやく息を取り戻す。
街灯の下、歪んでいた空気は元に戻り、
耳に入るのは、遠くの車の音と、風の擦れる音だけだった。
「……これで、終わりね」
京香が、周囲を一瞥して言う。
葉月は、凩に残る感触を確かめるように、指を握り直した。
戦いは終わった。
それでも、胸の奥が、まだ少し落ち着かない。
──出来てしまった。
それが、一番の理由だった。
「フーちゃん」
声をかけると、彼女は小さく顔を上げる。
「もう、危ないのは来ない。
お家、戻ろう」
フーちゃんは、少しだけ迷ってから、頷いた。
「……また、くる?」
「もう、来ないわ」
京香が、即答する。
柔らかい声なのに、断定だった。
「来る前に、分かるもの」
フーちゃんは、ほっとしたように息を吐き、
それから葉月を見た。
「……ありがとう」
小さな声。
葉月は、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「こっちこそ。
フーちゃんがいなかったら、危なかった」
照れたように視線を逸らし、
それでも、少し誇らしげに笑う。
「……いろ、みえるから」
それだけ言って、彼女は京香の方をちらりと見た。
「……つよい人、いる」
京香は、肩をすくめる。
「うん。お兄ちゃんより、百倍強いから」
フーちゃんは、くすっと笑った。
そして、葉月に向き直る。
「……またね」
「うん。また」
短い約束。
フーちゃんは、小走りで家の方へ戻っていった。
その小さな背中が、街灯の向こうに消えるまで、
葉月は、黙って見送った。
「大丈夫、ですよね?」
「ええ。京二特性の"護符"も持たせたし。低級の怪異なら問題なく弾くわ」
安堵と、沈黙。
夜の音が、戻ってくる。
──見えるから、怖い。
──分かるから、戦える。
それは、強さだ。
でも同時に、逃げ場のない役割でもある。
「……さて」
京香が、空気を切り替えるように言った。
「少し、動ける?」
「はい」
即答した後で、葉月は思う。
本当に“はい”で良かったのか、と。
でも。
もう、目を逸らせない。
「訓練よ」
「今、ですか」
「今だから」
京香は、葉月をまっすぐ見る。
「さっきの、アレ」
「……色、ですか」
「ええ」
京香は、短く頷いた。
「アンタがやったこと。
普通は、出来ない」
その一言に、葉月は息を呑んだ。
「え……?」
「霊力の性質を、“感覚だけで”切り替える。
それはね」
一拍。
「霊力が、身体に完全に“定着”してないと、不可能」
言葉が、胸に落ちる。
「練習すれば、出来る……とかじゃないんですか」
「ならないわね」
即答だった。
「大半は、霊力を“流されてる”だけだけど、アンタは違う」
京香は、葉月の胸元を見る。
「霊力が、ちゃんと“そこに居る”」
葉月は、背筋が冷えるのを感じた。
──出来る理由が、才能だと確定する瞬間。
それは、救いでもあり、呪いでもある。
「だからこそ」
京香は、言葉を続ける。
「それは、アンタの唯一無二の武器になり得る」
「……武器」
「そう」
京香の声音が、少しだけ冷たくなる。
「守るため、なんて言葉は後付け。
──型っていうのはね」
短剣を、抜く。
「“どう殺すか”を、迷わないためのもの」
葉月は、喉が鳴るのを感じた。
「黒い塔の暗殺者には、それぞれ固有の“殺しの型”がある」
「型……」
「下界風に言えば、“必殺技”の体系。
一つとは限らないし、順番も、人それぞれ」
葉月は、思い出す。
京香の、あの動き。
迷いなく、流れるような刃。
「それは最短で、確実に、相手を終わらせるための手順」
間。
「情とか、美学とか──
そういうのは、全部ノイズ」
葉月は、思い出す。
京香が、迷わず刃を振るった姿を。
「名前は、別に必須じゃないわ」
京香は続ける。
「でも──
自分の中で“これは特別だ”って線を引いた瞬間」
短剣を、くるりと回す。
「霊力は、そこに集まる」
「……意識、だけで?」
「意識こそが、全て」
京香は、ふと視線を逸らした。
「……だから、危ないんだけどね」
その一言は、ほとんど独り言だった。
葉月は、聞き返そうとして、やめた。
代わりに、凩を握る。
──名前を与える。
──自分の戦い方を、定義する。
それは、覚悟だ。
「……まだ、まとまってません」
「それでいい」
京香は、構える。
「未完成のまま、使いなさい。
完成する頃には──」
一瞬、言葉が途切れる。
「……誰かを、庇えなくなるから」
葉月の胸が、僅かに軋んだ。
「さ、続き」
京香は、何事もなかったように言う。
「今度は、混ぜ方を変える」
葉月は、深く息を吸った。
怖い。
でも。
分かってしまった以上、戻れない。
「……お願いします」
夜の住宅街に、
再び、刃の音が響き始めた。
その静かな音が、
やがて訪れる“取り返しのつかない瞬間”へ、
確かに、繋がっていることを──
この時の葉月は、まだ知らない。
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