Frail/Little Assassin

新田朝弥

文字の大きさ
26 / 35
第4章/千荊万棘 pointing towards us

4-②/色のある世界

しおりを挟む
 澪尽町の外れ。
 人通りの少ない住宅街の一角で、足が止まった。

 理由は、はっきりしている。
 空気が、変だ。

「……怪異」

 葉月が呟くと、前を歩いていた京香が振り返る。

「怪我の具合は?」

「大丈夫です。行けます」

 完治こそしていないが、
 怪異との戦いぐらいなら、問題ない。
 葉月は前へ出る。

 電柱の後方から、黒い影。
 形ははっきりしてないが、重い。
 けれど、昨日まで感じていたそれとは、どこか違う。

 ──怖い、というより。

「……いろ、濃い」

 ぽつりと、隣から声がした。
 フーちゃんだ。
 夜の街灯に照らされて、彼女の影が小さく揺れている。

「色?」

 聞き返すと、フーちゃんはこくりと頷いた。

「そういえば、さっきも言ってたね。
 怖いのには、色があるって」

 胸の奥が、僅かにざわついた。
 でも、あの時は意味が分からなかった。

「……フーちゃん」

 葉月は、視線を前に向けたまま、静かに聞く。

「どんな色が、視える?」

 少し考える仕草。
 それから、指を三本立てた。

「あか」

 一つ。

「あお」

 二つ。

「それと……みどり、かな」

 三原。
 どこかで聞いた並びだ。

 その瞬間。
 頭の中で、何かが、繋がった。

 ──霊力の“質”。

 京香が言っていた。
 力の量じゃない、と。

 使い方。
 流し方。
 そして──当て方。

 ぞわり、と空気が動く。

 前方。
 路地の奥。

 影が、壁から剥がれるように現れた。

 怪異。

 形は曖昧だが、
 フーちゃんが、ぎゅっと袖を掴む。

「……あれ」

 小さな声。

「あか、つよい」

「赤……」

 葉月は、凩を背負ったまま、息を整えた。

 今までなら、
 霊力を“そのまま”流していた。

 でも。

 ──色があるなら。

「フーちゃん」

 声をかけると同時に、葉月は霊力を放出する。

「これ、何色かな?」

「"あか"……すごく、濃い」

 なるほど。
 自分の霊力の質が、"赤色"なのだと、知る。

 同じ色なら、ぶつからない。
 なら、違う色なら──?

 葉月は、その赤色の霊力を、そのまま凩に纏わせる。
 そして、目の前の怪異へ向けて、振り下ろした。

「──っ!?」

 変な感覚。
 思わず、飛び退く。
 攻撃が効かない──というより、
 "吸収された"。そんな感覚だった。

 以前にも、似たような感覚はあった。
 ──"百鬼夜行"での戦い。
 同じような形の怪異なのに、攻撃が効きづらい個体がいた。
 それがもし、
 今のような、霊力を纏っていたのだとしたら。

「色……か」

 今まで深くは意識してなかったが、
 霊力の練り方は、その時の状況やコンディションによって、変わる。
 そして恐らく、
 それらは三色で、色分けされている。

 ──先程と、霊力の練り方を、変えてみる。

「……あお」

 フーちゃんが、呟く。

 ──やっぱり。
 この"感覚"が、"青"。
 そして普段無意識に流しているのが、"赤"。

 霊力が、同じ色同士で衝突した場合、
 "吸収"される性質があるのだとしたら。
 ──まだ仮説だけど。

 もし、違う色が衝突したら──?

「……反発」

 考えてる間に、怪異が、間合いを詰める。

「葉月くん!」

 フーちゃんの叫びに反応して、咄嗟に凩を振るう。

「───!」

 ぶつかった瞬間。
 霊力が、弾けた。

 今までより遥かに強い、明確な衝撃。
 重ねた霊力が、反発し合い、威力に変わる。
 特別力を入れた訳でもないのに、
 怪異は無惨にも、飛散した。

 ……やっぱり。
 胸の奥で、何かが噛み合った。

 理解した。
 "吸収"と"反発"。
 まるで磁石のように、霊力には、それぞれの性質によって、ぶつかり合った際に異なる結果を産む。

 驚きよりも、納得が先に来た。

 だが、終わりじゃない。

 横。
 背後。

 気配が、増える。

「フーちゃん!」

 振り返らずに呼ぶ。

「次は?」

 一瞬の間。

「……あっちは、あお。
 それと……みどり、まざってる」

 混色。
 複数で来る。

「了解」

 今度は、逆だ。

 “赤”を意識する。
 熱。
 一点。
 そこに、“緑”を混ぜる。
 広がりを持たせる。

 凩を、突き出す。

 怪異と接触した瞬間、
 霊力が、爆ぜた。

 霧が、散る。
 形が、保てなくなる。

 最後の一体。
 動きが、鈍る。

「……あお、強い」

 フーちゃんの声。

 葉月は、深く息を吸う。
 “赤”と、“緑”。

 ──黄。

 凩を、振り下ろした。

 今度は、確かな手応え。

 影が、音もなく崩れ、
 夜に溶けた。

「……ふーん」

 京香が、思わず声を漏らす。

 静寂。

 葉月は、その場に立ったまま、
 凩を見下ろす。

 力は、使っている。
 でも──無理はしていない。

「……フーちゃん」

 振り返る。

「ありがとう。
 すごく、助かった」

 フーちゃんは、少し照れたように、
 でも、はっきり頷いた。

「いろ、わかるの。
 だから……こわい」

 葉月は、しゃがみ込み、目線を合わせる。

「大丈夫」

 静かに言う。

「色が分かるなら、
 対抗も、出来る」

 フーちゃんの目が、わずかに見開かれた。

「……ほんと?」

「うん」

 自分でも、不思議なくらい、確信があった。

 これは、力じゃない。
 “選び方”だ。

 凩を背負い直す。

 葉月は、夜空を見上げた。

 まだ、未完成だ。
 理屈も、感覚も。

 でも。

 ──自分の戦い方が、見え始めている。

「行こう、フーちゃん」

 彼女は、小さく頷き、
 葉月の一歩後ろに並んだ。

 赤。
 青。
 緑。

 色のある世界で、
 葉月は、初めて──
 自分の立ち位置を、掴み始めていた。

 ◆◆◆

 怪異の気配が、完全に消えた。

 住宅街の夜が、ようやく息を取り戻す。
 街灯の下、歪んでいた空気は元に戻り、
 耳に入るのは、遠くの車の音と、風の擦れる音だけだった。

「……これで、終わりね」

 京香が、周囲を一瞥して言う。

 葉月は、凩に残る感触を確かめるように、指を握り直した。
 戦いは終わった。
 それでも、胸の奥が、まだ少し落ち着かない。

 ──出来てしまった。

 それが、一番の理由だった。

「フーちゃん」

 声をかけると、彼女は小さく顔を上げる。

「もう、危ないのは来ない。
 お家、戻ろう」

 フーちゃんは、少しだけ迷ってから、頷いた。

「……また、くる?」

「もう、来ないわ」

 京香が、即答する。
 柔らかい声なのに、断定だった。

「来る前に、分かるもの」

 フーちゃんは、ほっとしたように息を吐き、
 それから葉月を見た。

「……ありがとう」

 小さな声。

 葉月は、しゃがみ込んで目線を合わせる。

「こっちこそ。
 フーちゃんがいなかったら、危なかった」

 照れたように視線を逸らし、
 それでも、少し誇らしげに笑う。

「……いろ、みえるから」

 それだけ言って、彼女は京香の方をちらりと見た。

「……つよい人、いる」

 京香は、肩をすくめる。

「うん。お兄ちゃんより、百倍強いから」

 フーちゃんは、くすっと笑った。
 そして、葉月に向き直る。

「……またね」

「うん。また」

 短い約束。

 フーちゃんは、小走りで家の方へ戻っていった。
 その小さな背中が、街灯の向こうに消えるまで、
 葉月は、黙って見送った。

「大丈夫、ですよね?」

「ええ。京二特性の"護符"も持たせたし。低級の怪異なら問題なく弾くわ」

 安堵と、沈黙。

 夜の音が、戻ってくる。

 ──見えるから、怖い。
 ──分かるから、戦える。

 それは、強さだ。
 でも同時に、逃げ場のない役割でもある。

「……さて」

 京香が、空気を切り替えるように言った。

「少し、動ける?」

「はい」

 即答した後で、葉月は思う。
 本当に“はい”で良かったのか、と。

 でも。
 もう、目を逸らせない。

「訓練よ」

「今、ですか」

「今だから」

 京香は、葉月をまっすぐ見る。

「さっきの、アレ」

「……色、ですか」

「ええ」

 京香は、短く頷いた。

「アンタがやったこと。
 普通は、出来ない」

 その一言に、葉月は息を呑んだ。

「え……?」

「霊力の性質を、“感覚だけで”切り替える。
 それはね」

 一拍。

「霊力が、身体に完全に“定着”してないと、不可能」

 言葉が、胸に落ちる。

「練習すれば、出来る……とかじゃないんですか」

「ならないわね」

 即答だった。

「大半は、霊力を“流されてる”だけだけど、アンタは違う」

 京香は、葉月の胸元を見る。

「霊力が、ちゃんと“そこに居る”」

 葉月は、背筋が冷えるのを感じた。

 ──出来る理由が、才能だと確定する瞬間。
 それは、救いでもあり、呪いでもある。

「だからこそ」

 京香は、言葉を続ける。

「それは、アンタの唯一無二の武器になり得る」

「……武器」

「そう」

 京香の声音が、少しだけ冷たくなる。

「守るため、なんて言葉は後付け。
 ──型っていうのはね」

 短剣を、抜く。

「“どう殺すか”を、迷わないためのもの」

 葉月は、喉が鳴るのを感じた。

「黒い塔の暗殺者には、それぞれ固有の“殺しの型”がある」

「型……」

「下界風に言えば、“必殺技”の体系。
 一つとは限らないし、順番も、人それぞれ」

 葉月は、思い出す。
 京香の、あの動き。
 迷いなく、流れるような刃。

「それは最短で、確実に、相手を終わらせるための手順」

 間。

「情とか、美学とか──
 そういうのは、全部ノイズ」

 葉月は、思い出す。
 京香が、迷わず刃を振るった姿を。

「名前は、別に必須じゃないわ」

 京香は続ける。

「でも──
 自分の中で“これは特別だ”って線を引いた瞬間」

 短剣を、くるりと回す。

「霊力は、そこに集まる」

「……意識、だけで?」

「意識こそが、全て」

 京香は、ふと視線を逸らした。

「……だから、危ないんだけどね」

 その一言は、ほとんど独り言だった。

 葉月は、聞き返そうとして、やめた。
 代わりに、凩を握る。

 ──名前を与える。
 ──自分の戦い方を、定義する。

 それは、覚悟だ。

「……まだ、まとまってません」

「それでいい」

 京香は、構える。

「未完成のまま、使いなさい。
 完成する頃には──」

 一瞬、言葉が途切れる。

「……誰かを、庇えなくなるから」

 葉月の胸が、僅かに軋んだ。

「さ、続き」

 京香は、何事もなかったように言う。

「今度は、混ぜ方を変える」

 葉月は、深く息を吸った。

 怖い。
 でも。
 分かってしまった以上、戻れない。

「……お願いします」

 夜の住宅街に、
 再び、刃の音が響き始めた。

 その静かな音が、
 やがて訪れる“取り返しのつかない瞬間”へ、
 確かに、繋がっていることを──

 この時の葉月は、まだ知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

後の祭り 

ねこまんまときみどりのことり
ライト文芸
 母親を馬車の事故で亡くしたナズナは、馬車に乗っていた貴族の男性に、義理の娘として引き取られた。引き取られた先の子爵邸では、義母や義妹に傷付けられて泣いて過ごすこともあったが、懸命に生きていく。引き取られた裏には、別の理由もあったようで。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……  「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」 追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。  

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

処理中です...