Frail/Little Assassin

新田朝弥

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第4章/千荊万棘 pointing towards us

4-⑥/疾風に届くもの

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 西側の路地。
 足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 静かだ。
 人の気配が、途中で断ち切られている。
 音が、吸われている。

 ──結界。

 薄いけど、雑じゃない。
 長時間は保たない代わりに、侵入を許さないタイプ。

 足を止める。

「……隠れる気、ないなら出てきなよ」

 声は、自然に出た。

 答えは、背後から。

「警戒心があるのは結構」

 振り向いた時には、もうそこにいた。

 黒髭の中年男。
 妙に整った英国紳士風の格好。
 手には、髑髏をあしらったステッキ。

 気配が、薄い。
 いや──速すぎて、掴めない。

 その独特な姿には、見覚えがあった。

「……No.00ナンバーゼロね」

「ほぉ。元No.3ともあろうお方が、我々のことを知っておいでで」

 男は、深く一礼する。

 ──"No.00ナンバーゼロ"。

 ナンバーズじゃない。
 でも、空席が出れば真っ先に名前が挙がる。
 そんな、下位の刺客だ。
 
 "奴ら"の実力は
 ただ、少なくとも一筋縄でいくような奴は、一人もいない。

「──卯月 鵺うづき ぬえと申します」

 名乗りは、静かだった。

「お見知り置きを」

 短刀を抜く。

 同時に、男もステッキを振る。
 カランッという乾いた音と共に、ステッキの先が転がる。
 現れたのは、鋭い刃。仕込み杖だ。

「では、まずはこちらから」

 男──卯月が、軽くステッキを鳴らした。

第一幕ファースト・" 疾踏ステップ"」

 ──次の瞬間、視界が抜けた。

 消えた。
 そう錯覚したのは一瞬。

 背後。
 もう、来ている。

 速い……!

 反射で捻る。
 だが、間に合わない。

 頬が裂け、遅れて血が浮かぶ。

 風が遅れて渦を巻く。
 壁に貼られた紙が、一拍遅れて裂けた。

「これが、"基礎"です」

 淡々とした声。

「才能の差、と言い換えても差し支えありません」

 再度、鋭い一撃。
 なんとか短刀で受ける。

「遅い」

 落ち着いた声。

「悪くはありませんが、私には届かない」

 再び、気配が跳ねる。

 来る。

 理屈じゃない。
 霊力の量でもない。

 “そこにいる”と認識した時には、もう通り過ぎている。

 黒い塔の床。
 何百回と、同じ踏み込みを叩き込まれた感触が、足裏に蘇る。

「速度は、才能です」

 攻撃の合間に、声が差し込まれる。

「努力で覆せる類のものでは、ありません」

 確かに。
 今まで出会った誰よりも、速い。

 でも。
 
 ──集中。
 視覚じゃない。
 聴覚、触覚。
 そして、霊力の"流れ"。

 その"気配"を、捉える。

「──そこ」

 ──"霜月蜂そうげつほう"。

 金属音。
 短刀が、初めて正面からステッキを捉えた。

「……ほう」

 卯月が、わずかに目を細める。

「適応、ですか」

 一歩。
 いや、二歩分。

第二幕セカンド・"重線ライン"」

 今度は──“二重”。

 抜けたと思った軌道の、内側。
 袖が裂け、布切れが宙を舞う。

「……っ」

「反応は良いです。……が」

 続けざまに。

第三幕サード・" 逆拍カウンター"」

 防いだ“つもり”の逆。
 短刀が、空を切る。

 読まれてる……。

 速度じゃない。
 反応そのものを利用されている。

 一瞬だけ、動きが止まった。

 速度が、上がる。

 さっきよりも、明確に。

 でも──

 私は、下がらなかった。

 一歩、踏み込む。
 一瞬で、間合いを詰める。

 ──"雨露霜雪うろそうせつ"。
 今度は正確に捉えたが、間一髪で躱される。

 卯月が、一度だけ距離を取る。

「……素晴らしい」

 心からの称賛だった。

「ですが、ここまでです」

 ステッキを、正面に構える。

終幕フィナーレ・" 凌駕オーバーテイク"」

 霊力が、一本に絞られる。
 余剰が、ない。

 速さだけじゃない。
 殺傷力を込めた、一撃。

 来る──。

 踏み込む。

 その瞬間。

 ──私は、“動く前”を見ていた。

 踏み込み。
 重心。
 霊力の流れ。

 見えた。
 今度は、間に合う。

 二合。
 三合。

 手が、熱い。

 見ると、短刀の柄が血で濡れていた。
 自分の血だ。

 それでも、握り直す。

 卯月の視線が、初めて私の手に向いた。

「……その手で、まだやりますか」

 答えなかった。
 必要ない。

 踏み込みが、重なった。

 ──追いついた。
 その瞬間、確信する。

 いや。

 超えた。

 ──卯月の視界に、
 私が“いる”。
 視界が、クリアになる。

 力を、込める。

 ──" 雪萼霜葩せつがくそうは"。

 音速の、六連撃。
 その軌跡は、まさに雪の結晶のごとく、
 美しい形を成す。

 乾いた音。
 卯月の武器が、根元から折れる。

 転がる、髑髏の柄。
 男が、膝をついた。

 ◆◆◆

 ──速さには、自信があった。

 誰よりも速く。
 誰よりも先に。

 そうして生き残ってきた。

 だが。

 血に濡れた短刀の柄。
 擦り切れた掌。

 それでも、涼しい顔で立っている少女。

 その動きは、
 まるで砕けた雪片が舞うようだった。

 速さなら、勝っているはずだった。
 なのに──彼女は、息一つ乱していない。

 ……違う。
 速さじゃない。

 積み重ね。
 覚悟。
 器。

 最初から──勝敗は、決まっていた。

 ◆◆◆

 短刀を下ろす。

「良い勝負だった」

 自然に、そう言えた。

「強いよ。
 アナタも、十分」

 息は、切れていない。
 怪我も、殆どかすり傷だ。

 ただ、事実を言っただけ。

 卯月 鵺は、何も言わなかった。
 誇りごと、完全に折れた顔。

 私は、視線を外す。

 戦いは、終わった。
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