Frail/Little Assassin

新田朝弥

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第4章/千荊万棘 pointing towards us

4-⑦/沈黙の射線

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 北側の通りに足を踏み入れた瞬間、京二は違和感を覚えた。

 ──静かすぎる。

 霊力反応は、確かにある。
 だがそれは足元ではなく、
 線のように細く、上空へ引き伸ばされていた。

 怪異特有の滞留も、殺気も、足元には存在しない。
 あるのは、遠くからこちらを測るような、細く引き伸ばされた感触。

「……そう来たか」

 京二は、無意識に視線を上へ向けた。

 ビルの屋上。
 給水塔。
 電柱の影。

 その瞬間。

 ──乾いた破裂音。

 空気が裂ける。

 京二は地を蹴った。
 一拍遅れて、先ほど立っていた位置のアスファルトが抉れ、火花が散る。

「狙撃……か」

 弾道は、正確すぎるほど正確だった。
 躊躇も、遊びもない。
 暗殺という名の、“仕事”だ。

 次弾。

 今度は、貼り付けた護符が弾ける。
 障壁が、紙屑のように削られた。

「……威力も十分。距離も取ってる」

 京二は、口元だけで笑った。

「北が一番嫌な感じ、ってのは……こういうことか」

 遠く。

 ビルの縁に、男がいた。

 帽子を深く被り、流行り物のコートを羽織った風体。
 構えたライフルは、過剰なまでに整備され、銃口には刃が仕込まれている。

 ──陽皐 冴利ひさわ さいり

 彼は、息を殺していた。

 近づくな。
 俺は、ここから殺す。

 それが、自分の役割だ。
 そうでなければ、意味がない。

 距離、百三十。

 この距離なら、負ける気はしない。

 引き金。

「──三重擊トレス

 高速の、三連射。
 三発の弾丸が、一直線に飛んでいく。

 だが。

「──"てん"」

 京二の足元から、紫の紙が舞い上がる。

 ──" 紫奇紙シキガミ"。

 銃弾が、空中で歪む。
 見えない“流れ”に撫でられ、わずかに逸れた。

「……チッ」

 初めて、陽皐の舌打ちが漏れた。

 紫の、護符……?
 なるほど、アイツが。

 ── 紫奇紙シキガミの、カミヤ。

 黒い塔での、伝承。
 ──刺客よりも強い人間が、下界にいる。

「面白い……」

 距離、百。
 京二の視線が、こちらへ向く。

「手加減は、無しだ」

 銃弾に、霊力を込める。

「──十連撃ディエス
 "流星メテオール"」

 霊力を込めた、十連射。
 反動も大きい。

 一列に連なった弾丸は、まさに"流星"のように、
 正確に京二を捉える。

 これは、躱せない。
 一瞬の判断。

「──"だん"」

 紫奇紙が、一瞬で折り重なり、壁を作る。
 弾丸はその壁を貫通するが、その威力は格段に落ちる。

 減速した弾丸を、護符が絡め取る。
 そして地面に落ちる瞬間、
 一気に、踏み出す。

 京二は、直線では走らない。
 影を踏み、壁を蹴り、射線を外し続ける。

 陽皐は、焦りを抑え、照準を修正する。

 まだだ。
 まだ、遠い。

 ──だが、距離は確実に縮まっていた。

「──"ばく"」

 地面に貼られた紫奇紙が、影のように伸びる。

「……っ!」

 一瞬、足首を取られる。

 すぐに振りほどく。
 ──この距離なら、まだ撃てる。
 そう思った瞬間、距離という概念が、崩れた。

 その一瞬で、京二は距離を詰めていた。

 五十。

 近い……!

 陽皐は、銃口を下げる。
 刃付きの銃身を前に、槍のように構えた。

 近接も、出来る。
 出来る……はずだ。

 京二は、構えない。

 ただ、歩く。

「……その顔」

 静かな声。

「“近づかれたら終わる”って顔だな」

 ──踏み込み。
 見えない。

 拳が、腹に突き刺さる。

 息が、抜ける。

 陽皐の身体が転がり、屋上を滑る。
 それでも、歯を食いしばり、立ち上がった。

 ……まだ。
 まだだ。

 俺は、No.00だ。
 簡単に、終わる駒じゃない。

 再び、刃を構える。
 だが。

「──"叢咲むらさき"」

 折り重なった護符が、花弁のように散り、刃へと変わる。

 一閃と共に、銃身が、根元から断ち切られた。
 音もなく、武器が崩れる。

 陽皐は、膝をついた。
 
 音が、消えた。
 距離が、なくなった。
 それが、すべてだった。

 京二は、見下ろす。

「お前の敗因を教えてやる」

 静かに、指を立てる。

「一つ。
 北を“何もない場所”にしたことだ。
 上手いが、警戒を一点に集めた」

 次。

「二つ。
 俺を、護符使いの遠距離型だと決めつけた。
 道具を見る奴は多いが、使い手を見ないのは三流だ」

 最後。

「三つ」

 少しだけ、間を置く。

「……距離に、縋りすぎた」

 陽皐の目が、揺れる。

「離れていれば勝てる。
 近づかれたら終わる。
 そう思ってる時点で、お前はもう負けてる」

 京二は、踵を返す。

「だが」

 一瞬だけ、振り返る。

「悪くない狙撃だった」

 それだけ言い残し、北の通りを後にする。

 背後で、結界が静かに崩れた。
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