Frail/Little Assassin

新田朝弥

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第4章/千荊万棘 pointing towards us

4-⑧/爆ぜる

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 南寄りの住宅区画。

 葉月が辿り着いた時、そこには──人がいた。

 路地の真ん中。
 崩れた自転車の横で、立ち尽くす人影。
 長い髪が顔を覆い、表情はよく見えない。
 服装も、街に溶け込む程度に普通だった。
 長髪のせいで性別が曖昧だが、体格だけは男だった。

 ……一般人?

 一瞬、拍子抜けする。

 霊力反応は、確かに感じている。
 だが、怪異特有の歪みがない。
 代わりに、空間そのものが“薄く張られている”感覚。
 街の気配が、膜一枚隔てた向こう側にある。

 逃げ遅れた住民。
 そう思う方が、自然だった。

「……大丈夫ですか?」

 声をかけながら、距離を詰める。

 男は、こちらを見ない。
 微動だにしない。

「あの……?」

 違和感。

 次の瞬間。

 パチンッという、乾いた音。
 それと同時に──
 地面が、爆ぜた。

「──っ!?」

 視界が白に染まり、衝撃が脚を叩き上げる。
 葉月の身体が、宙に浮いた。

 着地と同時に、二発目。

 今度は、背後。

 ……最初から、狙っていた?

 咄嗟に跳ぶ。
 爆風が、コートの裾を引き裂いた。

 衝撃は大きい。
 だが、不思議と──外へ響く"音"がない。

 音が、跳ね返る。
 空気が、内側に閉じている。

 煙の向こう。
 男が、ゆっくりとこちらを見る。
 爆風に髪が煽られ、表情を覗かせる。
 感情の抜け落ちた目。
 生気のない瞳。

 ──一般人じゃ、ない。

 その事実が、遅れて胸に落ちる。

「……」

 男は、動かない。
 何も言わない。

 怪異……じゃない。

 人間だ。
 人間が、爆弾か何かを使っている。
 だが、手には、何も持っていない。
 隠し持っている、というわけでもなさそうだ。

 どうなってる──?

 葉月は、歯を食いしばった。

 ──"彩刃さいは"。

 刃に、色が灯る。

 ──烈華れっか

 構えたと同時。
 パチンッと、男の指が鳴らされる。

 視界が、わずかに澄む。
 動線、爆発までの間、霊力の膨張。

 視える。だが。
 分かっても、身体が追いつかない。

 跳ぶ。
 だが、遅れた。

 衝撃が、脚を叩く。

「……っ!」

 地面を転がり、体勢を立て直す。

 今のは……ミスだ。
 判断が、遅い。

 でも、分かった。
 ──実際の爆弾じゃない。
 固めた霊力を、指を鳴らす合図で、爆ぜさせている。

 頭で考えている間に、爆発は起きる。

 次。

 男は、下がらない。
 ただ、一定の距離を保ち、
 淡々と、指を鳴らし続ける。

 葉月は間一髪で爆発を回避しながらも、
 男の動きと、霊力の塊を観察する。

 少しだけ性質の違う霊力を二つ、球に固めている。
 片方の霊質を合図で変え、反発で爆ぜさせる。

 ……似てる。
 自身の彩刃と、似ている。

 霊力同士の反発を利用した武器。
 そうか、こんな使い方も出来るのか。
 いや、感心している場合ではない。

 もう一度体勢を立て直し、一旦距離を取る。

 深呼吸。
 その間に。
 パチンッ、と指鳴り音。

 ──蒼天そうてん

 色を切り替える。衝撃をいなす──が、殺しきれない。
 叩きつけられ、背中が地面を打った。

 違う……。

 色を変えるタイミングが、掴めていない。

 実戦は、まだ二度目。
 対人は、初めてだ。

 考えろ。

 ──素の威力が違う。
 "単色"では、捌ききれない。

 ──烈華。
 ──蒼天。

 混ぜる。
 霊力を一気に、練り上げる。

 ──紅紫こうし・"灼柘榴ざくろ"。

 爆風を、薙ぎ払う。
 その瞬間、一気に、距離を詰める。

 男が、手を前に出す。
 次の爆発の“前”。

 刃が、男の肩を掠めた。

 血が散る。
 だが。
 男は、眉一つ動かさない。

 ……効いてない?

 違う。
 気にしていない。

 次の爆発。

 近い。
 このままじゃ──

「──面白い武器だね」

 不意に、か細い声。
 男が、初めて口を開いた。

「いや。霊力の質を、変えているのか。
 僕と同じ……。
 君、器用だね」

 声からして、葉月とそこまで歳の変わらない、少年。
 笑顔を覗かせてはいるが、
 生気のない瞳が、逆に不気味に映る。

「名前は?」

「雪村……葉月」

 困惑しつつも、答える。

「葉月か。僕は、長内 獏おさない ばく
 黒い塔の、No.00だ」

 淡々とした声。
 誇りも、嘲りもない。

「ナンバー……ゼロ?」

 聞いたことのない呼称に、葉月は首を傾げる。

「ナンバーズに"なれなかった"連中さ。
 番号が空くまで、生き残れた奴だけが上に行く。
 僕は……そこまで運がなかった」

 少年──長内 貘は、指を鳴らす。

 パチン。

 地面を這うように、霊力が走った。

「──"蛇玉じゃだま"」

 低い位置で、火花が散る。
 小さな爆発の連続が、導火線に点いた火の如く、走る。

「……っ!」

 葉月は跳ぶ。
 だが、完全には避けきれない。

 足首をかすめた衝撃が、痺れとなって残る。

 速い……!

 違う。
 爆発が速いんじゃない。

 置かれている。

 踏み込む先。
 逃げる方向。
 その“選択”の先に、あらかじめ“核”が散りばめられている。 

 人通りがないとはいえ、住宅街。
 これでは、周りに被害が出る。

「安心して。外には、何も漏れない」

 見透かしたように、長内は言う。

 いつの間にか、結界は完成していた。
 逃げ道も、外界への抜けもない。
 ──彼は、そういう準備をする男だった。

「さあ──考えてから動いてたんじゃ、遅れるよ」

 優しい声だった。

「"花火"はね、
 上を見てからじゃ、もう遅い」

 再び、指が鳴る。

 今度は、空間の一点。
 練り上げた霊力が、膨らむ。

「綺麗でしょ?" 和火わび"っていうんだ」

 そう言って、長内は手を前方に振る。
 襲いかかる、爆発の塊。

 葉月は、反射で刃を構える。

 ──森羅しんら

 衝撃を、受け流す。

 だが。
 完全には殺しきれない。
 背中が、地面を打つ。

「へぇ……」

 長内が、感嘆の声を漏らす。

 完璧ではないが、成功。

 ──訓練で、分かったこと。
 赤・烈華は──攻撃。
 青・蒼天は──速度。
 緑・森羅は──防御。
 混ぜれば底上げできる。だが、防ぐだけなら森羅が一番“確実”だ。

 これらの切り替えを、頭で考えてしまっているから、
 遅れてしまう。

 対して、目の前の刺客──長内 獏。
 恐ろしく、速い。
 霊力の練り上げと、身体から切り離して飛ばす一連の動作が、恐ろしいほど、滑らかだ。

 頭では分かっている。
 でも、切り替えが追いつかない。

 焦りが、判断を鈍らせる。

「──"菊先きくさき"」

 来る──そう思った瞬間だった。

 爆ぜたのは、予想よりも、“手前”。

「……っ!」

 肩口が、焼ける。
 コートが焦げ、熱が皮膚に刺さる。

 読まれてる……!

 違う。
 誘われている。

「全部、正解を選ぼうとしてるの?」

 長内は、淡々と言う。

「でもさ。
 花火に、正解なんてないよ」

 葉月は、歯を食いしばる。

 ──烈華。
 ──森羅。

 同時に、練り上げる。
 手の中で、色が軋む。

 怖い……。

 制御を失えば、怪我では済まない。
 それでも。
 混ぜる。

 ──・" 琥瑦珀こはく"。

 爆風を、真正面から薙ぎ払う。
 炎と衝撃が相殺され、視界が一瞬、開けた。

 距離が、縮まる。

 長内は、下がらない。
 逃げない。

 ただ、指を鳴らす。

「──"八方割はっぽうわり"」

 中心から、全方向。
 逃げ場が、ない。

 ……間に合わない!

 葉月は、刃を構える。

 考えるな。
 感じろ。

 霊力の“重なり”。
 爆ぜる“順”。

 一瞬のズレ。

 ──蒼天、森羅。
 頭で考えるより、早く。
 混ぜる。
 練り上げる。

 ──藍紫らんし・" 迅翡翠ひすい"。

「──今!」

 連続で、速く、刃を振る。
 爆発の“外側”を、切り裂く。

 衝撃が、頬をかすめる。
 だが、致命にはならない。

 ──"灼柘榴ざくろ"。

 残った二発を、
 一気に薙ぎ払う。

 葉月は、踏み込んだ。
 刃が、長内の肩を裂く。

 血が、散る。

「……痛い」

 そう言いながら、長内は眉一つ動かさない。

「君、本当に器用だね。
 爆発の威力の違いを、一瞬で見分けたの?」

 速度特化の" 迅翡翠ひすい"で、低威力の大半を捌き、
 攻撃特化の"灼柘榴ざくろ"で、高威力の爆風を払う。

 恐らく、今の場面での、

 追い詰められることで、思考の暇が、消えた。
 その分だけ、反応が跳ね上がっていく。

 だが、代償も、大きい。

 肩で息をしながら、葉月は構えるが、

 ……力が、入らない……。

 訓練でもやっていないことの連続。
 実践の、緊張感。
 "生"と"死"を賭けた、本当の戦い。

 消耗は、必然。

「………でもね。
 別に、どうでもいい」

 長内が、呟く。
 その目は、空っぽだった。

「勝っても、負けても。
 生きても、死んでも」

 次の指鳴り。

「"冠菊かむろぎく"──」

 空気が、重くなる。

「──"銀冠ぎんかむろ"」

 大輪。
 白銀の残光が、長く残る。

 ……殺しに、来てる。

 葉月の背筋が、凍る。

 このままじゃ……。

 考えろ。
 まだ、何か──

「──"遅咲おそざき"」

 来ない。

 ……来ない?

 そう思った瞬間。

 背後。

「──っ!?」

 爆風が、身体を吹き飛ばす。
 地面を転がり、息が詰まる。

「がっ……!」

 ……しまった。

 遅れた。
 判断が、一拍。

 立ち上がろうとして──

「もう、いいよ」

 長内の声。
 彼は、懐に手を入れていた。
 霊力が、異様に収束する。

「最後は、これにしようと思ってた」

 静かな声。

「──"錦冠にしきかむろ"」

 自分の身体、その中心。
 膨らむ、霊力。

 両手を、広げる。
 金色に光る。

「……楽しかったよ」

「……っ、やめろ!」

 葉月は、叫ぶ。

 咄嗟に、駆け出す。

 爆ぜる前に。
 間に合え──。

 ◆◆◆

 世界には。
 希望なんて、ない。

 親もいない。
 友人もいない。
 大切なものも、ない。

 黒い塔に来たのは、恐らく必然だった。

 死ぬつもりで来たが、生き残ってしまった。

 明日は死ねるかな。
 そんな日々。

 でも。
 どうにも人間は、意地汚い。
 そんなこと言いながら、
 自分で終わらせる勇気は、ない。

 死ぬならせめて。
 ──戦いの中で。

 ……なのに。

 なぜ?
 なぜ君は、
 そんなにも必死な顔で、
 こちらに向かってくる?

 ◆◆◆

 長内を中心に、霊力が膨張する。

 広範囲の、大爆発。
 二人とも、跡形もなく消し飛ぶであろう威力。

 でも。
 逃げる選択肢は、なかった。

 守る……!

 葉月は全力で、踏み出す。

 灼柘榴ざくろ
  迅翡翠ひすい
  琥瑦珀こはく

 思考を巡らせる。
 ダメだ。
 この威力の爆発は、防げない。

 ──いや。
 一つ、試していない型がある。

 ──

 出来る?
 出来ない?
 否。
 これしかない。
 考える時間は、ない。

 残った霊力を、絞り出す。
 無意識に身体に纏わせていたものも、全て。

 制御なんて、出来ていない。
 むしろ、壊れる予感しかない。

 それでも。
 “守る”と決めた以上、
 止める理由は、どこにもなかった。

 烈華、蒼天、森羅──。
 互いに反発し、軋み合う色。

 均衡は、取れていない。
 むしろ、崩れかけている。

 それでも。
 強引に、束ねる。

 凩が、悲鳴を上げる。

 ──"白"。
 ──"白雪瑪瑙めのう"。

 雪のように美しい、
 白く輝く霊力。
 だが、それは“安定”ではない。
 全てを抱え込んだ、危うい均衡。

 葉月はそれを、迷いなく振るう。

 ぶつかり合う霊力。

「っ、ぐ……!」

 衝撃が、内側で暴れる。

 それでも。

「……生きろ!」

 葉月は、必死に叫んだ。

「意味がなくてもいい!
 分からなくてもいい!」

 霊力が、膨張する。
 外に出ようと、暴れている。

 爆発する──
 その瞬間。

「それでも……死ぬな!」

 力一杯、
 振り抜く。

 霊力が、散る。

 爆発は、起きなかった。

 沈黙。

 葉月は、息を荒げたまま、方膝をつきながらも、刃を下ろさない。

 長内は、その場に崩れ落ちる。

「どうして……
 邪魔するの?」

 長内が、呟く。

「僕はもう、疲れた」

 視線が、虚空を彷徨う。

「期待して、裏切られて。
 信じて、失って」

 爆弾よりも、静かな声。

「気づいたら、何も残らなかった」

 葉月は、黙って聞いていた。

 長内は、葉月を見る。

「世の中、“良い人”から、死んでいく」

 その言葉が、胸に刺さる。

「守る? 救う?」

 小さく、鼻で笑う。

「そんなの、幻想だよ」

 そして。

「……そんな甘さじゃ」

 一瞬、言葉が途切れる。

「“あの女”に、足元すくわれる」

 その瞬間。

 葉月の背中を、冷たいものが走った。

 理由は分からない。
 だが、嫌な予感だけが、確かに残る。

「……それでも」

 葉月は、凩を下ろす。

「生きろ」

 短く、それだけ言った。

 長内は、しばらく何も言わなかった。

「……本当に、甘いな」

 それが、最後だった。

 葉月は、立ち上がる。
 胸の奥に、重たい違和感を残したまま。

 ──京香さん。

 理由のない悪寒。

 葉月は、走り出した。

 最悪を、まだ知らないまま。

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