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第4章/千荊万棘 pointing towards us
4-⑧/爆ぜる
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南寄りの住宅区画。
葉月が辿り着いた時、そこには──人がいた。
路地の真ん中。
崩れた自転車の横で、立ち尽くす人影。
長い髪が顔を覆い、表情はよく見えない。
服装も、街に溶け込む程度に普通だった。
長髪のせいで性別が曖昧だが、体格だけは男だった。
……一般人?
一瞬、拍子抜けする。
霊力反応は、確かに感じている。
だが、怪異特有の歪みがない。
代わりに、空間そのものが“薄く張られている”感覚。
街の気配が、膜一枚隔てた向こう側にある。
逃げ遅れた住民。
そう思う方が、自然だった。
「……大丈夫ですか?」
声をかけながら、距離を詰める。
男は、こちらを見ない。
微動だにしない。
「あの……?」
違和感。
次の瞬間。
パチンッという、乾いた音。
それと同時に──
地面が、爆ぜた。
「──っ!?」
視界が白に染まり、衝撃が脚を叩き上げる。
葉月の身体が、宙に浮いた。
着地と同時に、二発目。
今度は、背後。
……最初から、狙っていた?
咄嗟に跳ぶ。
爆風が、コートの裾を引き裂いた。
衝撃は大きい。
だが、不思議と──外へ響く"音"がない。
音が、跳ね返る。
空気が、内側に閉じている。
煙の向こう。
男が、ゆっくりとこちらを見る。
爆風に髪が煽られ、表情を覗かせる。
感情の抜け落ちた目。
生気のない瞳。
──一般人じゃ、ない。
その事実が、遅れて胸に落ちる。
「……」
男は、動かない。
何も言わない。
怪異……じゃない。
人間だ。
人間が、爆弾か何かを使っている。
だが、手には、何も持っていない。
隠し持っている、というわけでもなさそうだ。
どうなってる──?
葉月は、歯を食いしばった。
──"彩刃"。
刃に、色が灯る。
──烈華。
構えたと同時。
パチンッと、男の指が鳴らされる。
視界が、わずかに澄む。
動線、爆発までの間、霊力の膨張。
視える。だが。
分かっても、身体が追いつかない。
跳ぶ。
だが、遅れた。
衝撃が、脚を叩く。
「……っ!」
地面を転がり、体勢を立て直す。
今のは……ミスだ。
判断が、遅い。
でも、分かった。
──実際の爆弾じゃない。
固めた霊力を、指を鳴らす合図で、爆ぜさせている。
頭で考えている間に、爆発は起きる。
次。
男は、下がらない。
ただ、一定の距離を保ち、
淡々と、指を鳴らし続ける。
葉月は間一髪で爆発を回避しながらも、
男の動きと、霊力の塊を観察する。
少しだけ性質の違う霊力を二つ、球に固めている。
片方の霊質を合図で変え、反発で爆ぜさせる。
……似てる。
自身の彩刃と、似ている。
霊力同士の反発を利用した武器。
そうか、こんな使い方も出来るのか。
いや、感心している場合ではない。
もう一度体勢を立て直し、一旦距離を取る。
深呼吸。
その間に。
パチンッ、と指鳴り音。
──蒼天。
色を切り替える。衝撃をいなす──が、殺しきれない。
叩きつけられ、背中が地面を打った。
違う……。
色を変えるタイミングが、掴めていない。
実戦は、まだ二度目。
対人は、初めてだ。
考えろ。
──素の威力が違う。
"単色"では、捌ききれない。
──烈華。
──蒼天。
混ぜる。
霊力を一気に、練り上げる。
──紅紫・"灼柘榴"。
爆風を、薙ぎ払う。
その瞬間、一気に、距離を詰める。
男が、手を前に出す。
次の爆発の“前”。
刃が、男の肩を掠めた。
血が散る。
だが。
男は、眉一つ動かさない。
……効いてない?
違う。
気にしていない。
次の爆発。
近い。
このままじゃ──
「──面白い武器だね」
不意に、か細い声。
男が、初めて口を開いた。
「いや。霊力の質を、変えているのか。
僕と同じ……。
君、器用だね」
声からして、葉月とそこまで歳の変わらない、少年。
笑顔を覗かせてはいるが、
生気のない瞳が、逆に不気味に映る。
「名前は?」
「雪村……葉月」
困惑しつつも、答える。
「葉月か。僕は、長内 獏。
黒い塔の、No.00だ」
淡々とした声。
誇りも、嘲りもない。
「ナンバー……ゼロ?」
聞いたことのない呼称に、葉月は首を傾げる。
「ナンバーズに"なれなかった"連中さ。
番号が空くまで、生き残れた奴だけが上に行く。
僕は……そこまで運がなかった」
少年──長内 貘は、指を鳴らす。
パチン。
地面を這うように、霊力が走った。
「──"蛇玉"」
低い位置で、火花が散る。
小さな爆発の連続が、導火線に点いた火の如く、走る。
「……っ!」
葉月は跳ぶ。
だが、完全には避けきれない。
足首をかすめた衝撃が、痺れとなって残る。
速い……!
違う。
爆発が速いんじゃない。
置かれている。
踏み込む先。
逃げる方向。
その“選択”の先に、あらかじめ“核”が散りばめられている。
人通りがないとはいえ、住宅街。
これでは、周りに被害が出る。
「安心して。外には、何も漏れない」
見透かしたように、長内は言う。
いつの間にか、結界は完成していた。
逃げ道も、外界への抜けもない。
──彼は、そういう準備をする男だった。
「さあ──考えてから動いてたんじゃ、遅れるよ」
優しい声だった。
「"花火"はね、
上を見てからじゃ、もう遅い」
再び、指が鳴る。
今度は、空間の一点。
練り上げた霊力が、膨らむ。
「綺麗でしょ?" 和火"っていうんだ」
そう言って、長内は手を前方に振る。
襲いかかる、爆発の塊。
葉月は、反射で刃を構える。
──森羅。
衝撃を、受け流す。
だが。
完全には殺しきれない。
背中が、地面を打つ。
「へぇ……」
長内が、感嘆の声を漏らす。
完璧ではないが、成功。
──訓練で、分かったこと。
赤・烈華は──攻撃。
青・蒼天は──速度。
緑・森羅は──防御。
混ぜれば底上げできる。だが、防ぐだけなら森羅が一番“確実”だ。
これらの切り替えを、頭で考えてしまっているから、
遅れてしまう。
対して、目の前の刺客──長内 獏。
恐ろしく、速い。
霊力の練り上げと、身体から切り離して飛ばす一連の動作が、恐ろしいほど、滑らかだ。
頭では分かっている。
でも、切り替えが追いつかない。
焦りが、判断を鈍らせる。
「──"菊先"」
来る──そう思った瞬間だった。
爆ぜたのは、予想よりも、“手前”。
「……っ!」
肩口が、焼ける。
コートが焦げ、熱が皮膚に刺さる。
読まれてる……!
違う。
誘われている。
「全部、正解を選ぼうとしてるの?」
長内は、淡々と言う。
「でもさ。
花火に、正解なんてないよ」
葉月は、歯を食いしばる。
──烈華。
──森羅。
同時に、練り上げる。
手の中で、色が軋む。
怖い……。
制御を失えば、怪我では済まない。
それでも。
混ぜる。
──黄・" 琥瑦珀"。
爆風を、真正面から薙ぎ払う。
炎と衝撃が相殺され、視界が一瞬、開けた。
距離が、縮まる。
長内は、下がらない。
逃げない。
ただ、指を鳴らす。
「──"八方割り"」
中心から、全方向。
逃げ場が、ない。
……間に合わない!
葉月は、刃を構える。
考えるな。
感じろ。
霊力の“重なり”。
爆ぜる“順”。
一瞬のズレ。
──蒼天、森羅。
頭で考えるより、早く。
混ぜる。
練り上げる。
──藍紫・" 迅翡翠"。
「──今!」
連続で、速く、刃を振る。
爆発の“外側”を、切り裂く。
衝撃が、頬をかすめる。
だが、致命にはならない。
──"灼柘榴"。
残った二発を、
一気に薙ぎ払う。
葉月は、踏み込んだ。
刃が、長内の肩を裂く。
血が、散る。
「……痛い」
そう言いながら、長内は眉一つ動かさない。
「君、本当に器用だね。
爆発の威力の違いを、一瞬で見分けたの?」
速度特化の" 迅翡翠"で、低威力の大半を捌き、
攻撃特化の"灼柘榴"で、高威力の爆風を払う。
恐らく、今の場面での、最適解。
追い詰められることで、思考の暇が、消えた。
その分だけ、反応が跳ね上がっていく。
だが、代償も、大きい。
肩で息をしながら、葉月は構えるが、
……力が、入らない……。
訓練でもやっていないことの連続。
実践の、緊張感。
"生"と"死"を賭けた、本当の戦い。
消耗は、必然。
「………でもね。
別に、どうでもいい」
長内が、呟く。
その目は、空っぽだった。
「勝っても、負けても。
生きても、死んでも」
次の指鳴り。
「"冠菊"──」
空気が、重くなる。
「──"銀冠"」
大輪。
白銀の残光が、長く残る。
……殺しに、来てる。
葉月の背筋が、凍る。
このままじゃ……。
考えろ。
まだ、何か──
「──"遅咲き"」
来ない。
……来ない?
そう思った瞬間。
背後。
「──っ!?」
爆風が、身体を吹き飛ばす。
地面を転がり、息が詰まる。
「がっ……!」
……しまった。
遅れた。
判断が、一拍。
立ち上がろうとして──
「もう、いいよ」
長内の声。
彼は、懐に手を入れていた。
霊力が、異様に収束する。
「最後は、これにしようと思ってた」
静かな声。
「──"錦冠"」
自分の身体、その中心。
膨らむ、霊力。
両手を、広げる。
金色に光る。
「……楽しかったよ」
「……っ、やめろ!」
葉月は、叫ぶ。
咄嗟に、駆け出す。
爆ぜる前に。
間に合え──。
◆◆◆
世界には。
希望なんて、ない。
親もいない。
友人もいない。
大切なものも、ない。
黒い塔に来たのは、恐らく必然だった。
死ぬつもりで来たが、生き残ってしまった。
明日は死ねるかな。
そんな日々。
でも。
どうにも人間は、意地汚い。
そんなこと言いながら、
自分で終わらせる勇気は、ない。
死ぬならせめて。
──戦いの中で。
……なのに。
なぜ?
なぜ君は、
そんなにも必死な顔で、
こちらに向かってくる?
◆◆◆
長内を中心に、霊力が膨張する。
広範囲の、大爆発。
二人とも、跡形もなく消し飛ぶであろう威力。
でも。
逃げる選択肢は、なかった。
守る……!
葉月は全力で、踏み出す。
灼柘榴。
迅翡翠。
琥瑦珀。
思考を巡らせる。
ダメだ。
この威力の爆発は、防げない。
──いや。
一つ、試していない型がある。
──全部、混ぜる。
出来る?
出来ない?
否。
これしかない。
考える時間は、ない。
残った霊力を、絞り出す。
無意識に身体に纏わせていたものも、全て。
制御なんて、出来ていない。
むしろ、壊れる予感しかない。
それでも。
“守る”と決めた以上、
止める理由は、どこにもなかった。
烈華、蒼天、森羅──。
互いに反発し、軋み合う色。
均衡は、取れていない。
むしろ、崩れかけている。
それでも。
強引に、束ねる。
凩が、悲鳴を上げる。
──"白"。
──"白雪瑪瑙"。
雪のように美しい、
白く輝く霊力。
だが、それは“安定”ではない。
全てを抱え込んだ、危うい均衡。
葉月はそれを、迷いなく振るう。
ぶつかり合う霊力。
「っ、ぐ……!」
衝撃が、内側で暴れる。
それでも。
「……生きろ!」
葉月は、必死に叫んだ。
「意味がなくてもいい!
分からなくてもいい!」
霊力が、膨張する。
外に出ようと、暴れている。
爆発する──
その瞬間。
「それでも……死ぬな!」
力一杯、
振り抜く。
霊力が、散る。
爆発は、起きなかった。
沈黙。
葉月は、息を荒げたまま、方膝をつきながらも、刃を下ろさない。
長内は、その場に崩れ落ちる。
「どうして……
邪魔するの?」
長内が、呟く。
「僕はもう、疲れた」
視線が、虚空を彷徨う。
「期待して、裏切られて。
信じて、失って」
爆弾よりも、静かな声。
「気づいたら、何も残らなかった」
葉月は、黙って聞いていた。
長内は、葉月を見る。
「世の中、“良い人”から、死んでいく」
その言葉が、胸に刺さる。
「守る? 救う?」
小さく、鼻で笑う。
「そんなの、幻想だよ」
そして。
「……そんな甘さじゃ」
一瞬、言葉が途切れる。
「“あの女”に、足元すくわれる」
その瞬間。
葉月の背中を、冷たいものが走った。
理由は分からない。
だが、嫌な予感だけが、確かに残る。
「……それでも」
葉月は、凩を下ろす。
「生きろ」
短く、それだけ言った。
長内は、しばらく何も言わなかった。
「……本当に、甘いな」
それが、最後だった。
葉月は、立ち上がる。
胸の奥に、重たい違和感を残したまま。
──京香さん。
理由のない悪寒。
葉月は、走り出した。
最悪を、まだ知らないまま。
葉月が辿り着いた時、そこには──人がいた。
路地の真ん中。
崩れた自転車の横で、立ち尽くす人影。
長い髪が顔を覆い、表情はよく見えない。
服装も、街に溶け込む程度に普通だった。
長髪のせいで性別が曖昧だが、体格だけは男だった。
……一般人?
一瞬、拍子抜けする。
霊力反応は、確かに感じている。
だが、怪異特有の歪みがない。
代わりに、空間そのものが“薄く張られている”感覚。
街の気配が、膜一枚隔てた向こう側にある。
逃げ遅れた住民。
そう思う方が、自然だった。
「……大丈夫ですか?」
声をかけながら、距離を詰める。
男は、こちらを見ない。
微動だにしない。
「あの……?」
違和感。
次の瞬間。
パチンッという、乾いた音。
それと同時に──
地面が、爆ぜた。
「──っ!?」
視界が白に染まり、衝撃が脚を叩き上げる。
葉月の身体が、宙に浮いた。
着地と同時に、二発目。
今度は、背後。
……最初から、狙っていた?
咄嗟に跳ぶ。
爆風が、コートの裾を引き裂いた。
衝撃は大きい。
だが、不思議と──外へ響く"音"がない。
音が、跳ね返る。
空気が、内側に閉じている。
煙の向こう。
男が、ゆっくりとこちらを見る。
爆風に髪が煽られ、表情を覗かせる。
感情の抜け落ちた目。
生気のない瞳。
──一般人じゃ、ない。
その事実が、遅れて胸に落ちる。
「……」
男は、動かない。
何も言わない。
怪異……じゃない。
人間だ。
人間が、爆弾か何かを使っている。
だが、手には、何も持っていない。
隠し持っている、というわけでもなさそうだ。
どうなってる──?
葉月は、歯を食いしばった。
──"彩刃"。
刃に、色が灯る。
──烈華。
構えたと同時。
パチンッと、男の指が鳴らされる。
視界が、わずかに澄む。
動線、爆発までの間、霊力の膨張。
視える。だが。
分かっても、身体が追いつかない。
跳ぶ。
だが、遅れた。
衝撃が、脚を叩く。
「……っ!」
地面を転がり、体勢を立て直す。
今のは……ミスだ。
判断が、遅い。
でも、分かった。
──実際の爆弾じゃない。
固めた霊力を、指を鳴らす合図で、爆ぜさせている。
頭で考えている間に、爆発は起きる。
次。
男は、下がらない。
ただ、一定の距離を保ち、
淡々と、指を鳴らし続ける。
葉月は間一髪で爆発を回避しながらも、
男の動きと、霊力の塊を観察する。
少しだけ性質の違う霊力を二つ、球に固めている。
片方の霊質を合図で変え、反発で爆ぜさせる。
……似てる。
自身の彩刃と、似ている。
霊力同士の反発を利用した武器。
そうか、こんな使い方も出来るのか。
いや、感心している場合ではない。
もう一度体勢を立て直し、一旦距離を取る。
深呼吸。
その間に。
パチンッ、と指鳴り音。
──蒼天。
色を切り替える。衝撃をいなす──が、殺しきれない。
叩きつけられ、背中が地面を打った。
違う……。
色を変えるタイミングが、掴めていない。
実戦は、まだ二度目。
対人は、初めてだ。
考えろ。
──素の威力が違う。
"単色"では、捌ききれない。
──烈華。
──蒼天。
混ぜる。
霊力を一気に、練り上げる。
──紅紫・"灼柘榴"。
爆風を、薙ぎ払う。
その瞬間、一気に、距離を詰める。
男が、手を前に出す。
次の爆発の“前”。
刃が、男の肩を掠めた。
血が散る。
だが。
男は、眉一つ動かさない。
……効いてない?
違う。
気にしていない。
次の爆発。
近い。
このままじゃ──
「──面白い武器だね」
不意に、か細い声。
男が、初めて口を開いた。
「いや。霊力の質を、変えているのか。
僕と同じ……。
君、器用だね」
声からして、葉月とそこまで歳の変わらない、少年。
笑顔を覗かせてはいるが、
生気のない瞳が、逆に不気味に映る。
「名前は?」
「雪村……葉月」
困惑しつつも、答える。
「葉月か。僕は、長内 獏。
黒い塔の、No.00だ」
淡々とした声。
誇りも、嘲りもない。
「ナンバー……ゼロ?」
聞いたことのない呼称に、葉月は首を傾げる。
「ナンバーズに"なれなかった"連中さ。
番号が空くまで、生き残れた奴だけが上に行く。
僕は……そこまで運がなかった」
少年──長内 貘は、指を鳴らす。
パチン。
地面を這うように、霊力が走った。
「──"蛇玉"」
低い位置で、火花が散る。
小さな爆発の連続が、導火線に点いた火の如く、走る。
「……っ!」
葉月は跳ぶ。
だが、完全には避けきれない。
足首をかすめた衝撃が、痺れとなって残る。
速い……!
違う。
爆発が速いんじゃない。
置かれている。
踏み込む先。
逃げる方向。
その“選択”の先に、あらかじめ“核”が散りばめられている。
人通りがないとはいえ、住宅街。
これでは、周りに被害が出る。
「安心して。外には、何も漏れない」
見透かしたように、長内は言う。
いつの間にか、結界は完成していた。
逃げ道も、外界への抜けもない。
──彼は、そういう準備をする男だった。
「さあ──考えてから動いてたんじゃ、遅れるよ」
優しい声だった。
「"花火"はね、
上を見てからじゃ、もう遅い」
再び、指が鳴る。
今度は、空間の一点。
練り上げた霊力が、膨らむ。
「綺麗でしょ?" 和火"っていうんだ」
そう言って、長内は手を前方に振る。
襲いかかる、爆発の塊。
葉月は、反射で刃を構える。
──森羅。
衝撃を、受け流す。
だが。
完全には殺しきれない。
背中が、地面を打つ。
「へぇ……」
長内が、感嘆の声を漏らす。
完璧ではないが、成功。
──訓練で、分かったこと。
赤・烈華は──攻撃。
青・蒼天は──速度。
緑・森羅は──防御。
混ぜれば底上げできる。だが、防ぐだけなら森羅が一番“確実”だ。
これらの切り替えを、頭で考えてしまっているから、
遅れてしまう。
対して、目の前の刺客──長内 獏。
恐ろしく、速い。
霊力の練り上げと、身体から切り離して飛ばす一連の動作が、恐ろしいほど、滑らかだ。
頭では分かっている。
でも、切り替えが追いつかない。
焦りが、判断を鈍らせる。
「──"菊先"」
来る──そう思った瞬間だった。
爆ぜたのは、予想よりも、“手前”。
「……っ!」
肩口が、焼ける。
コートが焦げ、熱が皮膚に刺さる。
読まれてる……!
違う。
誘われている。
「全部、正解を選ぼうとしてるの?」
長内は、淡々と言う。
「でもさ。
花火に、正解なんてないよ」
葉月は、歯を食いしばる。
──烈華。
──森羅。
同時に、練り上げる。
手の中で、色が軋む。
怖い……。
制御を失えば、怪我では済まない。
それでも。
混ぜる。
──黄・" 琥瑦珀"。
爆風を、真正面から薙ぎ払う。
炎と衝撃が相殺され、視界が一瞬、開けた。
距離が、縮まる。
長内は、下がらない。
逃げない。
ただ、指を鳴らす。
「──"八方割り"」
中心から、全方向。
逃げ場が、ない。
……間に合わない!
葉月は、刃を構える。
考えるな。
感じろ。
霊力の“重なり”。
爆ぜる“順”。
一瞬のズレ。
──蒼天、森羅。
頭で考えるより、早く。
混ぜる。
練り上げる。
──藍紫・" 迅翡翠"。
「──今!」
連続で、速く、刃を振る。
爆発の“外側”を、切り裂く。
衝撃が、頬をかすめる。
だが、致命にはならない。
──"灼柘榴"。
残った二発を、
一気に薙ぎ払う。
葉月は、踏み込んだ。
刃が、長内の肩を裂く。
血が、散る。
「……痛い」
そう言いながら、長内は眉一つ動かさない。
「君、本当に器用だね。
爆発の威力の違いを、一瞬で見分けたの?」
速度特化の" 迅翡翠"で、低威力の大半を捌き、
攻撃特化の"灼柘榴"で、高威力の爆風を払う。
恐らく、今の場面での、最適解。
追い詰められることで、思考の暇が、消えた。
その分だけ、反応が跳ね上がっていく。
だが、代償も、大きい。
肩で息をしながら、葉月は構えるが、
……力が、入らない……。
訓練でもやっていないことの連続。
実践の、緊張感。
"生"と"死"を賭けた、本当の戦い。
消耗は、必然。
「………でもね。
別に、どうでもいい」
長内が、呟く。
その目は、空っぽだった。
「勝っても、負けても。
生きても、死んでも」
次の指鳴り。
「"冠菊"──」
空気が、重くなる。
「──"銀冠"」
大輪。
白銀の残光が、長く残る。
……殺しに、来てる。
葉月の背筋が、凍る。
このままじゃ……。
考えろ。
まだ、何か──
「──"遅咲き"」
来ない。
……来ない?
そう思った瞬間。
背後。
「──っ!?」
爆風が、身体を吹き飛ばす。
地面を転がり、息が詰まる。
「がっ……!」
……しまった。
遅れた。
判断が、一拍。
立ち上がろうとして──
「もう、いいよ」
長内の声。
彼は、懐に手を入れていた。
霊力が、異様に収束する。
「最後は、これにしようと思ってた」
静かな声。
「──"錦冠"」
自分の身体、その中心。
膨らむ、霊力。
両手を、広げる。
金色に光る。
「……楽しかったよ」
「……っ、やめろ!」
葉月は、叫ぶ。
咄嗟に、駆け出す。
爆ぜる前に。
間に合え──。
◆◆◆
世界には。
希望なんて、ない。
親もいない。
友人もいない。
大切なものも、ない。
黒い塔に来たのは、恐らく必然だった。
死ぬつもりで来たが、生き残ってしまった。
明日は死ねるかな。
そんな日々。
でも。
どうにも人間は、意地汚い。
そんなこと言いながら、
自分で終わらせる勇気は、ない。
死ぬならせめて。
──戦いの中で。
……なのに。
なぜ?
なぜ君は、
そんなにも必死な顔で、
こちらに向かってくる?
◆◆◆
長内を中心に、霊力が膨張する。
広範囲の、大爆発。
二人とも、跡形もなく消し飛ぶであろう威力。
でも。
逃げる選択肢は、なかった。
守る……!
葉月は全力で、踏み出す。
灼柘榴。
迅翡翠。
琥瑦珀。
思考を巡らせる。
ダメだ。
この威力の爆発は、防げない。
──いや。
一つ、試していない型がある。
──全部、混ぜる。
出来る?
出来ない?
否。
これしかない。
考える時間は、ない。
残った霊力を、絞り出す。
無意識に身体に纏わせていたものも、全て。
制御なんて、出来ていない。
むしろ、壊れる予感しかない。
それでも。
“守る”と決めた以上、
止める理由は、どこにもなかった。
烈華、蒼天、森羅──。
互いに反発し、軋み合う色。
均衡は、取れていない。
むしろ、崩れかけている。
それでも。
強引に、束ねる。
凩が、悲鳴を上げる。
──"白"。
──"白雪瑪瑙"。
雪のように美しい、
白く輝く霊力。
だが、それは“安定”ではない。
全てを抱え込んだ、危うい均衡。
葉月はそれを、迷いなく振るう。
ぶつかり合う霊力。
「っ、ぐ……!」
衝撃が、内側で暴れる。
それでも。
「……生きろ!」
葉月は、必死に叫んだ。
「意味がなくてもいい!
分からなくてもいい!」
霊力が、膨張する。
外に出ようと、暴れている。
爆発する──
その瞬間。
「それでも……死ぬな!」
力一杯、
振り抜く。
霊力が、散る。
爆発は、起きなかった。
沈黙。
葉月は、息を荒げたまま、方膝をつきながらも、刃を下ろさない。
長内は、その場に崩れ落ちる。
「どうして……
邪魔するの?」
長内が、呟く。
「僕はもう、疲れた」
視線が、虚空を彷徨う。
「期待して、裏切られて。
信じて、失って」
爆弾よりも、静かな声。
「気づいたら、何も残らなかった」
葉月は、黙って聞いていた。
長内は、葉月を見る。
「世の中、“良い人”から、死んでいく」
その言葉が、胸に刺さる。
「守る? 救う?」
小さく、鼻で笑う。
「そんなの、幻想だよ」
そして。
「……そんな甘さじゃ」
一瞬、言葉が途切れる。
「“あの女”に、足元すくわれる」
その瞬間。
葉月の背中を、冷たいものが走った。
理由は分からない。
だが、嫌な予感だけが、確かに残る。
「……それでも」
葉月は、凩を下ろす。
「生きろ」
短く、それだけ言った。
長内は、しばらく何も言わなかった。
「……本当に、甘いな」
それが、最後だった。
葉月は、立ち上がる。
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──京香さん。
理由のない悪寒。
葉月は、走り出した。
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