2 / 8
序章
1/黒い塔
しおりを挟む
目を覚ました時、私は知らない天井を見ていた。
白い。どこまでも白く、ひび割れ一つない天井。村の古い家屋とはまるで違う、無機質な匂いが鼻を刺す。
瞬きをすると、視界の端がゆっくりと滲んだ。
──生きている。
その事実を理解するまでに、少し時間がかかった。
「……起きた?」
横から声がする。低くも高くもない、落ち着いた声。
反射的に身体を強張らせ、首だけを動かす。
そこには、昨夜──いや、今朝、空の下で出会った女がいた。
黒いコートに身を包み、椅子に腰掛けて脚を組んでいる。
表情は薄く、感情が読み取れない。けれど、あの時と同じく、目だけがやけに鋭かった。
「……ころしや」
声に出すと、喉が痛んだ。
「そう。覚えてたんだ」
女は軽く肩をすくめる。
「私は京香。君は?」
一瞬、答えに詰まる。
名前を名乗るという行為が、ひどく遠いものに感じられた。
「……レイ」
「レイ、ね」
京香はその名前を確かめるように、ゆっくりと繰り返した。
私はベッドの上で、ぎゅっとシーツを握りしめる。
身体はまだ重く、指先に力が入らない。けれど、頭だけは異様なほど冴えていた。
「……ここ、どこ?」
「安全な場所」
「……村は?」
問いかけた瞬間、胸の奥がきしんだ。
答えを聞く前から、分かっている。分かっているのに、聞かずにはいられなかった。
京香は少しだけ視線を伏せ、それから淡々と告げる。
「……もう、何も残ってないよ」
音が消えた。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳に響く。
頭の中に、燃え落ちる家々と、動かなくなった人たちの姿が蘇る。
──私だけが、生き残った。
「どうして……私を助けたの」
絞り出すように言うと、京香は少しだけ目を細めた。
「偶然だよ」
「……うそ」
即座に返すと、彼女は小さく笑った。
「鋭いね。そうだな……強いて言うなら」
京香は立ち上がり、窓の方へ歩く。
カーテンの隙間から、あの日と同じように澄んだ青空が覗いていた。
「君の目が、死んでなかったから、かな」
その言葉に、胸がざわつく。
「憎しみも、恐怖も、全部抱えたまま、それでも生きようとしてた。……壊れそうなのに、折れてない」
振り返った京香の視線が、まっすぐに私を射抜く。
「だから連れてきた」
「……どこへ?」
沈黙の後、彼女は一言で答えた。
「黒い塔」
その瞬間、私は理解した。
ここから先は、もう戻れないのだと。
それでも──
「……お願い」
私は、再び彼女に縋るように言った。
「私に……生きる理由を、ちょうだい」
京香はしばらく私を見つめ、それから静かに頷いた。
「いいよ、レイ」
「ただし」
その声は、どこまでも冷たく、優しかった。
「その理由は、血で出来てる」
こうして私は、
殺しの世界へと、足を踏み入れた。
白い。どこまでも白く、ひび割れ一つない天井。村の古い家屋とはまるで違う、無機質な匂いが鼻を刺す。
瞬きをすると、視界の端がゆっくりと滲んだ。
──生きている。
その事実を理解するまでに、少し時間がかかった。
「……起きた?」
横から声がする。低くも高くもない、落ち着いた声。
反射的に身体を強張らせ、首だけを動かす。
そこには、昨夜──いや、今朝、空の下で出会った女がいた。
黒いコートに身を包み、椅子に腰掛けて脚を組んでいる。
表情は薄く、感情が読み取れない。けれど、あの時と同じく、目だけがやけに鋭かった。
「……ころしや」
声に出すと、喉が痛んだ。
「そう。覚えてたんだ」
女は軽く肩をすくめる。
「私は京香。君は?」
一瞬、答えに詰まる。
名前を名乗るという行為が、ひどく遠いものに感じられた。
「……レイ」
「レイ、ね」
京香はその名前を確かめるように、ゆっくりと繰り返した。
私はベッドの上で、ぎゅっとシーツを握りしめる。
身体はまだ重く、指先に力が入らない。けれど、頭だけは異様なほど冴えていた。
「……ここ、どこ?」
「安全な場所」
「……村は?」
問いかけた瞬間、胸の奥がきしんだ。
答えを聞く前から、分かっている。分かっているのに、聞かずにはいられなかった。
京香は少しだけ視線を伏せ、それから淡々と告げる。
「……もう、何も残ってないよ」
音が消えた。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳に響く。
頭の中に、燃え落ちる家々と、動かなくなった人たちの姿が蘇る。
──私だけが、生き残った。
「どうして……私を助けたの」
絞り出すように言うと、京香は少しだけ目を細めた。
「偶然だよ」
「……うそ」
即座に返すと、彼女は小さく笑った。
「鋭いね。そうだな……強いて言うなら」
京香は立ち上がり、窓の方へ歩く。
カーテンの隙間から、あの日と同じように澄んだ青空が覗いていた。
「君の目が、死んでなかったから、かな」
その言葉に、胸がざわつく。
「憎しみも、恐怖も、全部抱えたまま、それでも生きようとしてた。……壊れそうなのに、折れてない」
振り返った京香の視線が、まっすぐに私を射抜く。
「だから連れてきた」
「……どこへ?」
沈黙の後、彼女は一言で答えた。
「黒い塔」
その瞬間、私は理解した。
ここから先は、もう戻れないのだと。
それでも──
「……お願い」
私は、再び彼女に縋るように言った。
「私に……生きる理由を、ちょうだい」
京香はしばらく私を見つめ、それから静かに頷いた。
「いいよ、レイ」
「ただし」
その声は、どこまでも冷たく、優しかった。
「その理由は、血で出来てる」
こうして私は、
殺しの世界へと、足を踏み入れた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる