Brain/青の章

新田朝弥

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第1章/暗号館の番人 a girl in sleet

1-②/『Dxqbhbbmbo xka Dfoi』

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 ──ポチャン

 また、コインが落ちる音。

 今日は、何をお願いしているんだろう。

 ──ねえ、『みぞれ』って知ってる?

 急に彼女が明るい顔で訊ねてくる。
 そんなこと、聞かれても分かんないよ。
 私、あんまり外のこと、知らないし。

 ──えっとね、雪が雨と混ざって降ることなんだって。

 ふぅん。それって、まるで……

 ──そう。まるで、私たちみたいじゃない?





 ──a girl in sleet

 ◆◆◆

 都内の外れに建てられた、家というには不自然なほど立派な洋館──西園寺邸。

 建物の周りには背の高い木々と塀、さらには頑強な鉄柵。それは、さながら刑務所のようだ。

 館の主人──西園寺 豊春は、投資家として有名であるが、大のミステリー愛好家としても知られ、中でも暗号の解読が趣味なんだとか。
 趣味が高じて、他者との手紙やメールのやり取りでも暗号文を使ってくるため面倒、という話があったりなかったり──。

 ◆◆◆

 招待状~ガーデンパーティーのご案内~

 皆様、如何お過ごしでしょうか。
 毎年恒例となりましたガーデンパーティーの季節がやってまいりました。
 今春も我が家の庭先にて開催しますので、奮ってご参加くださいませ。

 ◆開催日時 令和七年四月二十日(日曜日)午後一時。
 ◆開催場所 西園寺家 庭園 東京都〇〇市〇〇区〇〇

 皆様ご多忙のことと存じますので、代理でのご参加も歓迎いたします。是非、この機会に一度足をお運びくださいませ。
 それでは、皆様にお会いできるのを楽しみにしております。

 Dl ql qeb yxzh allo

 ◆◆◆
 
 招待状を片手に、パーカーのフードを上げ、目の前の豪邸を見上げる。
 雨も、ほとんど止んでいる。ガーデンパーティーということは屋外だろうから、雨に降られては台無しだ。ここから本降りにはならないことを祈るばかりである。

 改めて、招待状を広げてみる。

「なるほど……暗号好きねぇ」

 そのからも、暗号好きだというのが如実に伝わってくる。
 それと──なぜだろう、どこかを感じる。ずっと昔に来たことがあるような、まるで故郷に帰ってきたかのような、そんな不思議な感覚。
 ──そうやって物思いに耽ていると、何やら入口付近が騒がしい。

「だーかーらー! 神津 英治かみつ えいじの代理だって言ってんでしょ!」

 正面入口で、招待状らしき紙を門番へ突きつけながら、叫んでいる少女。背格好からして、中学生ぐらいだろうか。
 それにしても、『神津 英治』……どこかで聞いた名前だ。

「ですから、何度も申してます通り、その紙では入場を認める訳にはいきません」

 門番の男は至って冷静に、少女の怒号を受け流している。細身ながら二メートル近くありそうな背丈と、凛とした佇まい。タキシード姿のその男性は、門番というよりは英国紳士の執事といったところか。

「何言ってんの!? アンタの主人が出した招待状でしょうがッ! この──」

「──はい、ストップストップ」

 今にも殴りかかりそうな少女を見かねて、さすがに間に割って入る。あんまり面倒事には関わりたくないんだが……。

「……なによ?」

 鼻息を荒くしている少女を刺激しないように、出来る限り冷静に、丁寧に話しかける。

「お取り込み中失礼ですが、その招待状、拝見させていただいても宜しいですか?」

 少女がちょうど開いた状態で持っていたので、受け取る手間が省けた。チラッと覗き込むと、僕の物と全く同じ内容だ。

「……やっぱり」

「なによ、やっぱりって?」

「えーっと、ひとまず出直しましょうか」

「ハァ? 私は今からパーティーに──」

「──ですから、

「……なに言ってんの? どう見てもここが正面入口でしょうが」

 キョトンとしている少女の背中越し──僅かに見えた門番の男性の顔は、微笑んでるように見えた。

「とりあえず、一旦付いて来てもらえます?」

 僕は門番に一礼をして、正面入口を後にする。

 少女は意外にも素直に着いて来てくれた。

「──で、どういう事よ。あそこが入口じゃないって」

 建物の柵沿いを歩く僕の後ろから、少女が不満そうに声を投げてくる。

「招待状の最後の文、何て書いてありました?」

「文っていうか……意味分かんないアルファベットの羅列。落書きみたいなやつ」

「館の主人、西園寺さんが暗号好きだって話は?」

「有名だから、それくらいは」

「だったら話は早い。その羅列、入口を示す暗号ですよ」

「……これが?」

 招待状の最後の一文──

『Dl ql qeb yxzh allo』

 一見すると、意味のない文字の並び。でも、見覚えはあった。

「シーザー暗号です」

「……なにそれ」

 道路の向かいに小さな公園を見つけ、僕はベンチに腰を下ろして招待状を広げた。

「文字を一定数ずらすだけの、単純な暗号です。今回は──三つ」

 指でなぞりながら説明する。

「たとえば『D』なら、アルファベット順で三つ後ろの『G』。『L』なら『O』」

 少女は半信半疑のまま、指を折って数え始めた。

「……えっと………」

 しばらくして、ぽつりと声を上げる。

「『Go to the back door』?」

「正解。『裏口へ回れ』です」

 正面の門じゃない。つまり、最初から遠回りさせるつもりだったらしい。
 ここまで来ると感心よりも呆れが勝つ。

「相当な変わり者ですね、西園寺さん」

「……でしょうね」

 僕はベンチから立ち上がり、裏口の方角へ歩き出す。

「行きましょう」

 その背中に──

「あ、あの!」

 呼び止める声。

「……ありがと」

 俯いたまま、かすれるように言われたその一言に、思わず笑ってしまった。

「どういたしまして」

「……らん」

「え?」

「名前。神津 藍かみつ らん。……あなたは?」

明智 蒼空あけち そらです。よろしく」

 そうして僕たちは、正面とは逆の方向へ歩き出した。

 ふと、振り返る。
 ベンチと生い茂った雑草以外は何も無い、更地の公園。
 昔はよく遊具なんかで遊んだものだが、最近の公園はどこも、こんな寂しい作りなのだろうか。
 そんな他愛もないことを考えている内に、正面入口からはだいぶ離れた。裏口はまだ見えない。

 いや、それにしても広過ぎでは?
 これから何が起きるのやら……。












 1-②/Gatekeeper and Girl~門番と少女~
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