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第1章/暗号館の番人 a girl in sleet
1-⑥/A turbulent beginning
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お父さんに、新しく買ってもらったスケッチブック。
『あの子』に教えてもらった暗号を、思い出しながら、書いてみる。
友達とナイショで遊べるように、裏口への案内にしてみよう。正面からじゃ、きっとバトラーさんに追い返されちゃうから。
こうすれば他の人に見られても、分からないかな。
──それじゃあ、これは、
私達だけの、秘密だね。
◆◆◆
一階のエントランスまで来ると、別の使用人とすれ違った。
全体的にフォーマルな装いだが、軽作業等でよく使われる、いわゆるスモックを着用している。服装からして、使用人というよりは清掃員だろう。
ベテランの雰囲気漂うその老婆の清掃員は、一礼した僕に目を留めた。
「おや、こんな若い子が来るなんて珍しい」
「こんにちは。父の代理でお邪魔してます」
「パーティーの方はいいのかい? 料理も沢山用意してるよ」
「少し頂きました。美味しかったです。それよりも、ちょっと暗号の方が気になっちゃって」
「暗号?」
僕はバトラーさんから貰った暗号の絵を見せる。
清掃員の老婆は物珍しそうにそれを凝視する。
「へぇ、なんだいコレ? 旦那様から貰ったのかい?」
「いえ、執事の方から。昔、美雪お嬢様が作った暗号なのだとか」
「……美雪お嬢様?」
老婆は目を丸くする。……あれ? 思ってた反応と、違う。
「ご存知ないんですか? 以前住んでいた美雪さんがよくこの手の暗号を作っていたと伺ったんですが」
「ああ、前の住人ね。昔から変わらず仕えてるのは執事長のバトラーさんぐらいだからね。私も含め、他の使用人は、豊春様以前の住人のことは何も知らないんだよ」
「なるほど、そうなんですか」
「時間取らせて悪いね。折角の機会だし、是非楽しんで」
「ええ、ありがとうございます」
清掃用具と思しき荷物を持って、二階へ上がっていく老婆を見送り、改めて暗号の絵に目をやる。
……どういうことだ? 使用人達は館の暗号について知ってるんじゃないのか? それどころか、前の主人の事も、美雪さんの事も知らない。
何かおかしい……。
誰かが嘘をついている?
──いや、隠している。
何の為に?
これは、他の使用人にも話を聞いてみた方がいいかもしれない。
そう思いながら、僕はエントランスを後にして、館内を探索することに決めた。
まず目に入った、パーティーの準備をしているキッチンの方へ向かう。
恐る恐るキッチンに入ると、広い調理場で、数人のシェフたちが忙しそうに料理をしている。
香ばしい匂いが漂い、食欲をそそる。
彼らもまた、使用人の一部だから、何か知っているかもしれない。
「お忙しいところすみません。少しお話を伺ってもいいですか?」
僕が声をかけると、シェフの一人が振り返った。
「はい、何か御用で?」
「この館の以前の住人について少し調べているんですが、ご子息の美雪さんのことや、昔の住人について何か知っている方はいませんか?」
そのシェフは、一瞬考え込むような表情を浮かべた後、周りの仲間たちを見渡し、近くの男性シェフを呼び止める。
「後は片付けと仕込みだけだから、任せたよ」
「はい! 助かりました、ありがとうございます!」
スポーツ部のような、元気な返事。ふと、高校時代の部活を思い出した。
「ここの使用人は、殆どがまだ入って日が浅い。かくいう私もまだほんの数年だがね。流石に昔の住人との繋がりはないが、話だけなら聞いたことがある」
そう言うと、大柄なそのシェフが奥の休憩室に案内してくれた。
コック帽を脱ぎ、ソファーにどかっと腰掛ける。
「それで、なんで前の住人の事なんて調べてるんだい?」
「以前の住人の美雪さんが作ったという暗号を頂いたんですが、これがよく出来ていたもので、どんな方だったのか気になって」
「暗号ねぇ。確かに、ちょくちょく変な記号みたいな物を見かけるな。私は気にも留めてなかったが」
シェフは何か考える素振りのまま、ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
長く、細い指。そこには、指輪の痕が見えた。耳で光るピアスも相まって、どことなくヤンキー感が漂う。
──あれ? そういえば、西園寺さんも……。
「あ、煙、大丈夫かい?」
黙って考え込んでいる僕が気になったのか、シェフは煙草を咥える前に、確認してくれた。
「ええ、お気になさらず」
タバコを一息吹かし、シェフは話し始めた。
「五年ぐらい前かな、私がここに来てすぐの時だ。こんな立派な家だから、私も前の住人の事が気になって、豊春に訊ねてみたんだ。しかし、とある資産家のパーティーで一度顔を合わせただけで、特に見知った仲という訳ではなかったらしい。『城田 昴』という名だ」
「城田 昴って、あの?」
「ああ。当時は大きくニュースにもなったから、有名だろうな」
──城田 昴。
西園寺さんと同じく、日本でも有数の資産家だ。シェフが言っているニュースとは、彼の死亡事故の事だろう。
母の死について調べている最中、そのニュースを見た事がある。
──今から、八年前。登山スポットとして有名なとある山岳の崖下で、彼の転落死体が発見された。
特に争った形跡が無いことから、足を滑らせての事故死とされたが、妻を病気で亡くしていることから、『後追い自殺なのではないか』との考察も散見される。
ただ、一つ、妙なのが·········
「城田 昴に、子供がいたなんて話、僕は知りませんでしたね」
「だろ? 私もそこが気になってるんだが、豊春はよく知らない、唯一彼らと交流のあった執事長も、思い出話こそしてくれるんだが、『お嬢様は亡くなった』、『旦那様の行方は分からない』と、肝心なことは頑なに教えてくれなくてね」
バトラーさん……。やはり、何かを隠している。
城田 昴が亡くなったのはかなり大々的にニュースになっているのだから、隠す意味も無い。
やはり、美雪さんの存在が、全ての謎に繋がる鍵になっている。
「やっぱり、重要なことを隠しているのか……」
僕は思わず口に出してしまった。
シェフは煙草を吸いながら、少し考え込むように頷いた。
「私も気になるんだが、あの執事長は何か特別な事情があるのかもしれない。前の住人に関しては、あまり触れたくない過去があるんじゃないかな」
「そうですね……。それにしても、美雪さんのことを知っている人がいないというのは、不思議ですね。彼女が作った暗号も、何か意味があるのかもしれません」
「暗号か。何かのメッセージかもな。お嬢様が残したものだとしたら、それこそ何か重要なことが隠されている可能性もある」
その言葉に、僕は背筋がゾクッとした。美雪さんが作った暗号が、何らかの重要なメッセージを示しているとしたら、それを解き明かすことが必要だ。
「もし、何か手がかりがあれば、教えてもらえませんか?」
「うーん、私にはあまり知識は無いが、お嬢様のことを知っているかもしれない人が一人いる。古くからの使用人で、執事長とも面識があるはずだ。現在は退職してるんだが、近くに住んでるようだから、後で行ってみるといい」
そう言って、シェフは簡単な地図を書いてくれた。道路を挟んで向かい側、確かに、この館のすぐ近くだ。
「ありがとうございます!」
「あ、ちなみに暗号に関しては、キッチン内は関係ないからね。荒らさんでくれよ」
少し含みのあるシェフの言い方に、僕は気になって訊ねてみる。
「キッチンで、何かあったんですか?」
「一昨年ぐらいかな。『館のどこかに財宝が眠ってる』なんて噂が立った時期があってね。パーティー参加の名目で、馬鹿共が押し寄せてきたんだ。キッチンの中まで荒らしやがって、そりゃあもう迷惑極まりなかった。その暗号とやらも、財宝の噂に関係あるかもな」
──財宝、か。
資産家の家だから多少現実味はあるが、あくまで"子どもが作ったはずの"暗号だ。暗号に、財宝の在り処が、なんて可能性は薄いだろうが、もしかしたら、とも考えてしまう。
以前の住人──城田 昴の死。
娘──美雪の存在と、彼女が作った暗号が示す意味。
それに加え、財宝の噂、か。
謎が多すぎる。
バトラーさんなら何か知ってるんだと思うが、話を聞く限り、教えてくれるとは考えにくい。
いや、物は試し、だな。
まずはシェフに教えてもらった、昔働いていたという使用人に話を聞きに行くべきだろう。
……いや、謎がもう一つあった。
僕が以前、ここに訪れた際に出会った少女。僕の記憶が曖昧なせいで、なかなか思い出せないでいる。
パーティーに参加していた子どもの1人だろうか、もしくは亡くなったとされている、美雪お嬢様本人か。普通に考えれば、前者だろうが、なぜか美雪さんの存在が、頭から離れない。
暗号に記されている美雪さんの部屋へ行けば、何か思い出せるかもしれない。
やはり、そっちが先か。
「──楽しそうだな」
「……え?」
不意に、煙草を吸い終えたシェフが、微笑みながら話しかけてきた。
「楽しそう、ですか?」
「ああ。謎が増えるほど燃えるタイプだろう? 君」
「うーん、あんまり自覚ないですけど、そうなんですかね……」
「やっぱり、アイツと一緒だな……」
「アイツ?」
「いや、こっちの話だ」
シェフの台詞が少し気にかかったが、それよりも、調べるべきことが沢山ある。
「色々と教えてくださってありがとうございます。えーっと……」
「『アザミ』だ。花の、薊」
「アザミさん。良いお名前ですね」
「止めろ。褒められるとなんか、ゾワッとする」
シェフ──アザミさんに改めて一礼し、キッチンを後にする。
廊下を歩きながら次はどこへ向かうべきかと考えていると、後ろから甲高い声。
「──いた!」
振り返ると、神津さんが怒った表情で近付いてくる。
「もー! 先輩どこ行ってたの! てっきり隣にいると思って全然関係ない人に話し掛けて恥かいたじゃない!」
うわ、想像に容易い。すぐに頭の中にイメージ映像が浮かぶ。
「なに笑ってんの」
「いや、ごめん。想像したら面白くて」
軽く小突かれたが、痛みよりも面白さが勝った。
「それよりさ、ちょっと手伝ってくれないかな」
「手伝い?」
「この館のことについて、調べたいことが多くてさ」
「あー、それだったら、先輩の知りたいことと関係あるか分かんないけど、館のことについて、幾つか面白い話聞いたよ」
「お、流石、頼れる後輩」
「煽てたって、笑ったことは、許さんからね」
◆◆◆
「──おい、今何処にいる」
何度目かのコール。やっと電話に出たヤツに向かって、私は言葉を投げかける。
電話の向こうで、土砂降りのような雑音が響く。天気が荒れているのだろうか。
聴こえづらかったが、何とか返答を聴き取る。
「茨城? ……ったく、お前が来るかもっていうから、久し振りにキッチン入って、料理の手伝いまでしてたっていうのに」
電話の向こうで平謝りされるが、全く感情が篭ってない。
普段ならキレるところだが、今日は面白いことがあったから、良しとする。
「お前の息子が、来たよ。若い頃のお前にそっくりだから、一目で分かった」
煙草を一服。
吐き出す煙と共に、物思いに耽る。
「なんていうか、やっぱ親子だな。探偵に向いてると思うよ、あの子」
底知れない探求心。
あの様子からして、納得いくまでとことん調べるんだろうな。
私も館のことは気になっていたから、謎を明かしてくれるのなら、丁度良い。
でも──
「──ちょっと、一波乱、ありそうだぞ」
1-⑥/A turbulent beginning~波乱の幕開け~
『あの子』に教えてもらった暗号を、思い出しながら、書いてみる。
友達とナイショで遊べるように、裏口への案内にしてみよう。正面からじゃ、きっとバトラーさんに追い返されちゃうから。
こうすれば他の人に見られても、分からないかな。
──それじゃあ、これは、
私達だけの、秘密だね。
◆◆◆
一階のエントランスまで来ると、別の使用人とすれ違った。
全体的にフォーマルな装いだが、軽作業等でよく使われる、いわゆるスモックを着用している。服装からして、使用人というよりは清掃員だろう。
ベテランの雰囲気漂うその老婆の清掃員は、一礼した僕に目を留めた。
「おや、こんな若い子が来るなんて珍しい」
「こんにちは。父の代理でお邪魔してます」
「パーティーの方はいいのかい? 料理も沢山用意してるよ」
「少し頂きました。美味しかったです。それよりも、ちょっと暗号の方が気になっちゃって」
「暗号?」
僕はバトラーさんから貰った暗号の絵を見せる。
清掃員の老婆は物珍しそうにそれを凝視する。
「へぇ、なんだいコレ? 旦那様から貰ったのかい?」
「いえ、執事の方から。昔、美雪お嬢様が作った暗号なのだとか」
「……美雪お嬢様?」
老婆は目を丸くする。……あれ? 思ってた反応と、違う。
「ご存知ないんですか? 以前住んでいた美雪さんがよくこの手の暗号を作っていたと伺ったんですが」
「ああ、前の住人ね。昔から変わらず仕えてるのは執事長のバトラーさんぐらいだからね。私も含め、他の使用人は、豊春様以前の住人のことは何も知らないんだよ」
「なるほど、そうなんですか」
「時間取らせて悪いね。折角の機会だし、是非楽しんで」
「ええ、ありがとうございます」
清掃用具と思しき荷物を持って、二階へ上がっていく老婆を見送り、改めて暗号の絵に目をやる。
……どういうことだ? 使用人達は館の暗号について知ってるんじゃないのか? それどころか、前の主人の事も、美雪さんの事も知らない。
何かおかしい……。
誰かが嘘をついている?
──いや、隠している。
何の為に?
これは、他の使用人にも話を聞いてみた方がいいかもしれない。
そう思いながら、僕はエントランスを後にして、館内を探索することに決めた。
まず目に入った、パーティーの準備をしているキッチンの方へ向かう。
恐る恐るキッチンに入ると、広い調理場で、数人のシェフたちが忙しそうに料理をしている。
香ばしい匂いが漂い、食欲をそそる。
彼らもまた、使用人の一部だから、何か知っているかもしれない。
「お忙しいところすみません。少しお話を伺ってもいいですか?」
僕が声をかけると、シェフの一人が振り返った。
「はい、何か御用で?」
「この館の以前の住人について少し調べているんですが、ご子息の美雪さんのことや、昔の住人について何か知っている方はいませんか?」
そのシェフは、一瞬考え込むような表情を浮かべた後、周りの仲間たちを見渡し、近くの男性シェフを呼び止める。
「後は片付けと仕込みだけだから、任せたよ」
「はい! 助かりました、ありがとうございます!」
スポーツ部のような、元気な返事。ふと、高校時代の部活を思い出した。
「ここの使用人は、殆どがまだ入って日が浅い。かくいう私もまだほんの数年だがね。流石に昔の住人との繋がりはないが、話だけなら聞いたことがある」
そう言うと、大柄なそのシェフが奥の休憩室に案内してくれた。
コック帽を脱ぎ、ソファーにどかっと腰掛ける。
「それで、なんで前の住人の事なんて調べてるんだい?」
「以前の住人の美雪さんが作ったという暗号を頂いたんですが、これがよく出来ていたもので、どんな方だったのか気になって」
「暗号ねぇ。確かに、ちょくちょく変な記号みたいな物を見かけるな。私は気にも留めてなかったが」
シェフは何か考える素振りのまま、ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
長く、細い指。そこには、指輪の痕が見えた。耳で光るピアスも相まって、どことなくヤンキー感が漂う。
──あれ? そういえば、西園寺さんも……。
「あ、煙、大丈夫かい?」
黙って考え込んでいる僕が気になったのか、シェフは煙草を咥える前に、確認してくれた。
「ええ、お気になさらず」
タバコを一息吹かし、シェフは話し始めた。
「五年ぐらい前かな、私がここに来てすぐの時だ。こんな立派な家だから、私も前の住人の事が気になって、豊春に訊ねてみたんだ。しかし、とある資産家のパーティーで一度顔を合わせただけで、特に見知った仲という訳ではなかったらしい。『城田 昴』という名だ」
「城田 昴って、あの?」
「ああ。当時は大きくニュースにもなったから、有名だろうな」
──城田 昴。
西園寺さんと同じく、日本でも有数の資産家だ。シェフが言っているニュースとは、彼の死亡事故の事だろう。
母の死について調べている最中、そのニュースを見た事がある。
──今から、八年前。登山スポットとして有名なとある山岳の崖下で、彼の転落死体が発見された。
特に争った形跡が無いことから、足を滑らせての事故死とされたが、妻を病気で亡くしていることから、『後追い自殺なのではないか』との考察も散見される。
ただ、一つ、妙なのが·········
「城田 昴に、子供がいたなんて話、僕は知りませんでしたね」
「だろ? 私もそこが気になってるんだが、豊春はよく知らない、唯一彼らと交流のあった執事長も、思い出話こそしてくれるんだが、『お嬢様は亡くなった』、『旦那様の行方は分からない』と、肝心なことは頑なに教えてくれなくてね」
バトラーさん……。やはり、何かを隠している。
城田 昴が亡くなったのはかなり大々的にニュースになっているのだから、隠す意味も無い。
やはり、美雪さんの存在が、全ての謎に繋がる鍵になっている。
「やっぱり、重要なことを隠しているのか……」
僕は思わず口に出してしまった。
シェフは煙草を吸いながら、少し考え込むように頷いた。
「私も気になるんだが、あの執事長は何か特別な事情があるのかもしれない。前の住人に関しては、あまり触れたくない過去があるんじゃないかな」
「そうですね……。それにしても、美雪さんのことを知っている人がいないというのは、不思議ですね。彼女が作った暗号も、何か意味があるのかもしれません」
「暗号か。何かのメッセージかもな。お嬢様が残したものだとしたら、それこそ何か重要なことが隠されている可能性もある」
その言葉に、僕は背筋がゾクッとした。美雪さんが作った暗号が、何らかの重要なメッセージを示しているとしたら、それを解き明かすことが必要だ。
「もし、何か手がかりがあれば、教えてもらえませんか?」
「うーん、私にはあまり知識は無いが、お嬢様のことを知っているかもしれない人が一人いる。古くからの使用人で、執事長とも面識があるはずだ。現在は退職してるんだが、近くに住んでるようだから、後で行ってみるといい」
そう言って、シェフは簡単な地図を書いてくれた。道路を挟んで向かい側、確かに、この館のすぐ近くだ。
「ありがとうございます!」
「あ、ちなみに暗号に関しては、キッチン内は関係ないからね。荒らさんでくれよ」
少し含みのあるシェフの言い方に、僕は気になって訊ねてみる。
「キッチンで、何かあったんですか?」
「一昨年ぐらいかな。『館のどこかに財宝が眠ってる』なんて噂が立った時期があってね。パーティー参加の名目で、馬鹿共が押し寄せてきたんだ。キッチンの中まで荒らしやがって、そりゃあもう迷惑極まりなかった。その暗号とやらも、財宝の噂に関係あるかもな」
──財宝、か。
資産家の家だから多少現実味はあるが、あくまで"子どもが作ったはずの"暗号だ。暗号に、財宝の在り処が、なんて可能性は薄いだろうが、もしかしたら、とも考えてしまう。
以前の住人──城田 昴の死。
娘──美雪の存在と、彼女が作った暗号が示す意味。
それに加え、財宝の噂、か。
謎が多すぎる。
バトラーさんなら何か知ってるんだと思うが、話を聞く限り、教えてくれるとは考えにくい。
いや、物は試し、だな。
まずはシェフに教えてもらった、昔働いていたという使用人に話を聞きに行くべきだろう。
……いや、謎がもう一つあった。
僕が以前、ここに訪れた際に出会った少女。僕の記憶が曖昧なせいで、なかなか思い出せないでいる。
パーティーに参加していた子どもの1人だろうか、もしくは亡くなったとされている、美雪お嬢様本人か。普通に考えれば、前者だろうが、なぜか美雪さんの存在が、頭から離れない。
暗号に記されている美雪さんの部屋へ行けば、何か思い出せるかもしれない。
やはり、そっちが先か。
「──楽しそうだな」
「……え?」
不意に、煙草を吸い終えたシェフが、微笑みながら話しかけてきた。
「楽しそう、ですか?」
「ああ。謎が増えるほど燃えるタイプだろう? 君」
「うーん、あんまり自覚ないですけど、そうなんですかね……」
「やっぱり、アイツと一緒だな……」
「アイツ?」
「いや、こっちの話だ」
シェフの台詞が少し気にかかったが、それよりも、調べるべきことが沢山ある。
「色々と教えてくださってありがとうございます。えーっと……」
「『アザミ』だ。花の、薊」
「アザミさん。良いお名前ですね」
「止めろ。褒められるとなんか、ゾワッとする」
シェフ──アザミさんに改めて一礼し、キッチンを後にする。
廊下を歩きながら次はどこへ向かうべきかと考えていると、後ろから甲高い声。
「──いた!」
振り返ると、神津さんが怒った表情で近付いてくる。
「もー! 先輩どこ行ってたの! てっきり隣にいると思って全然関係ない人に話し掛けて恥かいたじゃない!」
うわ、想像に容易い。すぐに頭の中にイメージ映像が浮かぶ。
「なに笑ってんの」
「いや、ごめん。想像したら面白くて」
軽く小突かれたが、痛みよりも面白さが勝った。
「それよりさ、ちょっと手伝ってくれないかな」
「手伝い?」
「この館のことについて、調べたいことが多くてさ」
「あー、それだったら、先輩の知りたいことと関係あるか分かんないけど、館のことについて、幾つか面白い話聞いたよ」
「お、流石、頼れる後輩」
「煽てたって、笑ったことは、許さんからね」
◆◆◆
「──おい、今何処にいる」
何度目かのコール。やっと電話に出たヤツに向かって、私は言葉を投げかける。
電話の向こうで、土砂降りのような雑音が響く。天気が荒れているのだろうか。
聴こえづらかったが、何とか返答を聴き取る。
「茨城? ……ったく、お前が来るかもっていうから、久し振りにキッチン入って、料理の手伝いまでしてたっていうのに」
電話の向こうで平謝りされるが、全く感情が篭ってない。
普段ならキレるところだが、今日は面白いことがあったから、良しとする。
「お前の息子が、来たよ。若い頃のお前にそっくりだから、一目で分かった」
煙草を一服。
吐き出す煙と共に、物思いに耽る。
「なんていうか、やっぱ親子だな。探偵に向いてると思うよ、あの子」
底知れない探求心。
あの様子からして、納得いくまでとことん調べるんだろうな。
私も館のことは気になっていたから、謎を明かしてくれるのなら、丁度良い。
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