R.E.M.O.U.N.D.

新田朝弥

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Prologue

Prologue/The Last Inning

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 最終回、二アウト、三塁。同点。
 あと一人で、日本一だった。

 マウンドの上は、奇妙なほど静かだった。スタンドは揺れ、ベンチは総立ちのはずなのに、彼の耳に届くのは、自分の鼓動だけだ。ドクン、ドクン、と胸の奥で鳴る音が、内側から響いている。

 “天才”。
 いつからそう呼ばれていたのかは覚えていない。ただ、マウンドに立てば負ける気がしなかった。期待は重圧ではなく、自分を特別にする証のようなものだった。

 捕手キャッチャーがサインを出す。外角高め。
 ほんの一瞬、間があった。低めに逃げることもできる。変化球でかわすこともできる。けれど、それは違うと思った。捕手が顔を上げ、目が合う。
 ──行けるな?
 声はない。
 だが、確かにそう言った。
 投手ピッチャーは小さく頷く。最後は、自分の一番の球で終わらせる。それがエースだ。それが、俺だ。

 大きく振りかぶる。腕がしなり、白球が指先を離れる。
 迷いはない。完璧だと、思った。

 次の瞬間、乾いた音が空気を裂いた。
 鋭い打球が一直線にセンター方向へ飛ぶ。時間が引き延ばされる。
 中堅手センターが前に出る。
 グラブが伸びるが──届かない。
 白球は芝生を転がり、三塁走者サードランナー本塁ホームを踏んだ。

 歓声が、爆発する。

 投手ピッチャーは、動けなかった。
 打たれたことよりも、終わったことよりも、胸に刺さったのはただ一つの思いだった。
 ──それでも、逃げなかった。
 俺は、逃げなかった。
 なのに、世界はこんなにも、簡単に終わってしまう。

 味方の泣き声が遠くで滲む。
 捕手キャッチャーが駆け寄り、何かを言っている。だが、その言葉はもう届かない。
 あの一球で、日本一を失った。
 あの一球で、“天才”を失った。
 そして、あの一球で、自分を信じる理由も失った。

 グラブを外す。
 空が、モノクロのように感じた。

 この日から、彼は投げなくなった──。
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