美味しくお召し上がりください、陛下

柊あまる

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番外編

蒼龍と白蓮 其の二「瑠璃殿の侍女たち」

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 もともと瑠璃殿るりでん隠離宮かくしりきゅうである。

 この離宮に滞在する客などめったになかったし、まして現帝である蒼龍そうりゅうの即位後にここへ客人を迎えたのは、白蓮びゃくれんが初めてであった。

 瑠璃殿は掃除と補修のために人が入るだけの場所であったために専任の侍女がおらず、白蓮をそこへ迎えるにあたり、蒼龍は自分に付いていたちょうという侍女を瑠璃殿付きとし、白蓮の身の回り一切の世話をするよう命じた。

 蝶は、白蓮を監視することが自分の主な役目であると思っていたし、初めのうち蒼龍が蝶に期待していた役割もそれで間違いなかったと思う。

 白蓮は良い意味でとても平民らしい感覚を持った娘である。
 瑠璃殿に滞在するようになり、蒼龍からの深い寵愛を受けるようになってからも、それを失うことはなかった。商売人らしく働き者で合理的であり、侍女から受ける世話に対する感謝の気持ちも忘れない。

 日に日に蒼龍と白蓮の距離が近づいていくのを、蝶は微笑ましく好意的に見守ってきた。
 そのため、秋晧月しゅうこうげつの言動に、もどかしさや、時には腹立たしさを感じてジリジリすることも多かった。
 だが、一介の侍女の身では余計な口出しをするわけにはいかない。
 瑠璃殿に秋晧月が現れるたび、白蓮が面倒くさそうにため息を吐くのと同じように、蝶も内心ではやれやれと、似たようなため息を吐いていた。

 ある時から、蒼龍は白蓮を閨に召すのではなく夜中に自ら瑠璃殿を訪れるようになった。

 最初の訪れは蝶にも知らされなかったため、翌朝の早朝、いつものように白蓮の動向を報告しに行った際、湯あみの支度と、寝台の敷布の回収を指示されて驚いた。
 その意味するところはすぐに察することができたし、ただ黙って了承しただけだったが、内心では心配していた。
 二人が結ばれたという事実は、後宮における白蓮の存在の意味をこれまでとは全く違ったものにしてしまうからだ。

 それから蜜月のような瑠璃殿での二人の逢瀬が続き、数日の後になぜか白蓮は再び閨に召され、期したように様々な事が動きだした。

 どこから知ったのか、白蓮が蒼龍の閨に侍っていることを糾弾しに、貴人位の下級妃嬪が二人、白蓮の元を訪れたのだ。そしてまた秋晧月の来訪もあった。
 その晩、白蓮の様子がおかしいことに蝶は気付いていたが、まさかその夜のうちに、彼女が突如行方不明になるなど、思ってもみなかった。

 蝶は、もう少し注意していたら早いうちに気付けたのかもしれないと自分を責めたが、その日のうちに、無事実家へ戻っていたことが報告され、ホッとした。

 白蓮が実家にいる間だけ、蝶は蒼龍付きの侍女に戻った。
 その間の蒼龍の動きには、めざましいものがあった。
 まず白蓮がいなくなってすぐに、貴族に向けて一斉に触れを出し、桂花殿けいかでんを解散してしまったのだ。
 解散にあたっては少なからず反発が出たが、蒼龍の強い意志の下、物事は粛々と進められていく。
 蒼龍は即位して三年もの間、桂花殿の下級妃嬪に手をつけたことは一度もなく、今後もその気がないことをあきらかにしていた。そして、ダメ押しのように「妻は本当は一人だけでいいのだ」などと言い出したので、そのまま茉莉殿まりでんまで解散されてはかなわないと慌てた上級貴族たちが、茉莉殿はそのままという条件付きで、桂花殿の解散に賛成したのだった。

 秋晧月が、白蓮を連れ戻す交渉に四苦八苦している間も、蒼龍は着々と彼女の後宮入りの準備を整えていった。
 あとは本人が帰ってくるだけという段になると、もう蒼龍も秋晧月に命ずるのではなく、自ら迎えに行く気で侍女たちに支度をさせていた。

「蝶、お前の主を連れて帰ってくるから楽しみにしておけ」
 蒼龍は秋晧月が引き止めようとするのを完全に無視して、馬に乗りながらそんな言葉をかけると、颯爽と城を出て行った。

 白蓮に関することでは最後まで蒼龍の期待に応えられなかった秋晧月は、さすがに肩を落としながらも、さっさと頭を切り替えて白蓮を迎えるための最終点検に向かう。
 その後ろ姿に、蝶は呆れるのを通り越して憐憫をもよおさずにはいられなかった。
(晧月さまも、頑張ってはいるのよねぇ……)
 ことごとく報われないのはなぜなのか。秋晧月と白蓮の相性の悪さに、蝶は同情を禁じ得ない。

   ***

 白蓮の正式な後宮入りが発表された後すぐに、素性のしっかりとした青瓷殿の侍女たちの中から数名が選ばれて瑠璃殿付きに配置換えとなった。
 瑠璃殿における侍女たちの監督責任は蝶に与えられたため、いわゆる「部下」ができたことになる。

 蝶よりも年若いこの侍女たちは、後宮に全く興味のなかった皇上がわざわざ自分で出迎えにいくほど寵愛する新たな貴妃に興味深々だった。

 元々青瓷殿付きの侍女たちなので、閨に召されていた白蓮の姿を覗き見たらしく、その時の感動を滔々と蝶に語ってくれた。
 蝶は大きくため息を吐きながら「あまり興味本位な態度を見せたり、くれぐれも礼を失することのないように」としつこく釘をさした。
 優秀な子たちだったし、仕事はきちんとこなす。白蓮に接する態度にも当面の問題は見当たらなかったので、ひとまずは安心していたのだが――

「蝶さん、大変です!」
「なに?」

 三人の侍女たちが駆け寄ってきて、蝶を取り囲んだ。
 一体何があったのかと蝶が深刻な表情を浮かべると、侍女たちは目を爛々と輝かせて言った。

「とっておきです!」
「秘技ですよ、秘技!」
「今夜、きっとまた皇上の新たな一面が……!」

「は?」
 蝶は眉根を寄せると、三人の顔を見渡したが、侍女たちは勝手に話に夢中になっている。

「あの閨での按摩マッサージ以上に凄い技なんだよね、きっと」
「そりゃそうだよ。なんたってわざわざ『とっておき』って言うくらいだもん」
「また皇上ってば、あの最初のときみたいに一方的にされちゃうのかな? どうしよう、ドキドキしてきた……」

 三人の会話からなんとなくあたりをつけた蝶は、大きなため息を吐くと、それから時間をかけて三人にこんこんと説教をした。――覗き見はダメである、と。
 もし今夜、白蓮を閨に召すなら隣部屋は塞ぎ、蒼龍が瑠璃殿に来るなら自分が裏に待機しよう、と蝶は思った。

   ***

 しばらくの間、この『とっておきの秘技』は蒼龍以外に知られることなく日々は過ぎた。
 だが瑠璃殿付きの侍女の一人が、結婚のため後宮を下がることになったとき、白蓮から祝いの品の希望を聞かれてこう答えた。

「どうか旦那さまに浮気をさせない技術テクニックを伝授してくださいませ!」

 傍に控えていた蝶は驚きに目を丸くしたが、白蓮はにっこり微笑むと快く承諾した。

 後日、その技術講習会が開かれたときには、一体どこから聞きつけたのか瑠璃殿のみならず青瓷殿の侍女たち、そして茉莉殿の宮女まで、ものすごい人数が集まってきて大盛況だった。

 その実践的で効果のある講習の内容は、のちに房中術の指南書として文書にまとめられた。
 この『龍華閨房術りゅうかけいぼうじゅつ』は龍華幻国の後宮において永く読み継がれただけでなく、国を越えて評判を呼び、その後の外交にも大きく役立ったと言われている。

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