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番外編
蒼龍と白蓮 其の一「青瓷殿の侍女たち」
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龍華幻国歴代の皇帝が、住まいであり生活の場としているのがここ青瓷殿である。
現帝である蒼龍の身の回りの世話を主な仕事とする侍官と侍女は、合わせて約二十名ほどいる。下働きも含めればもっと多いが、そもそも蒼龍はそんなに手のかかる主ではなかったし、なによりも無駄を嫌う性格だったから、歴代の皇帝たちと比較すればだいぶ少ないほうであった。
即位してからというもの、蒼龍は政務が忙しく、執務室のある春興殿でそのまま寝泊りしてしまうことも多かった。
なので青瓷殿付きの侍女たちは、ハッキリ言ってヒマだった。
皇帝の閨があるのは青瓷殿なので、ここの侍官や侍女たちは出自が明確で信頼のおける者ばかりが集められている。だがいくら有能な者でも、ここまでヒマだと仕事に対するヤル気も削がれてくるというものだ。
蒼龍が即位して半年が過ぎた頃、立て続けに五人の貴妃を一度ずつ閨に召した。だがそれきり、一切後宮に見向きもしなくなってしまう。
こうなると世話をする相手は蒼龍一人に限られてくるため、青瓷殿付きの侍女たちのヒマさ加減には拍車がかかる一方だった。
即位後三年が経過し、青瓷殿の侍女たちもいい加減ヒマであることが当たり前のようになってきた頃、唐突に一つの変化が訪れた。
実に二年半ぶりに、斉宮嬪と呼ばれる妃嬪にお召しがかかったのである。
この出来事は青瓷殿だけでなく、宮中全体に大きな衝撃をもたらした。
さまざまな憶測や噂が広がる中、青瓷殿の侍女たちはいつもよりうんと念入りに閨を整え、湯の準備をして、万全の態勢で夜を迎えた。
いつ声がかかってもすぐに対応できるように、蒼龍がいる場所には必ず侍女が張り付いて待機しているのが常である。だが、この夜の待機人数は異様に多かった。
閨の裏にある待機用の居室はただでさえ手狭なのに、そこに四、五人の侍女がぎゅうぎゅうに詰めていたのだから、どうしようもない。
だがこの夜、閨から聞こえてきたのは、なぜか女二人分の声であった。
それはたしかにあられもない嬌声だったのだが、それに混じって聞こえてくるべき蒼龍の声が聞こえないのである。
待機していた侍女たちは揃って眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべていた。
じきに嬌声が止み、なぜかそこでようやく蒼龍の低くてよく通る声が聞こえてはきたが、何かをぶつぶつと話合ってから、また閨を去ってしまったようである。
(どういうこと……?)
侍女たちは顔を見合わせたが、皆は揃って首を横に振るばかりであった。
翌日、青瓷殿の侍従長から特に身近な世話をする数名の侍女にのみ伝えられたのは、現在内密に後宮入りしている娘がおり、その娘がしばらくの間は皇上の閨に侍ることになったという話であった。
その娘の名は、黄白蓮というらしい。
当然その正体や、なぜ内密に後宮へ召されたのかなど、白蓮の存在は侍女たちのありとあらゆる興味を掻き立てた。
だがそこは有能な侍女たちのこと、内密な話は内密のまま、蒼龍や白蓮の前でも一切その表情を崩すことのないままに、こっそりじっくりと観察だけが続けられる。
まず閨に白蓮が侍った初日の、そこで聞いた睦み事の内容は、侍女たちにはとてつもなく衝撃的なものであった。
(――あの皇上が!)
寝台の上で艶のある声がかすれるほど苦しげに、この上なく色っぽく喘がされていたのは、白蓮ではなく蒼龍のほうであった。
その夜待機していた侍女は三人だったが、その三人は驚愕に目を見開きつつ、じっと耳を澄ませて閨から漏れ聞こえる音を逃さないように聞いていた。
(あの娘、何者?)
(すごくない?)
(皇上の意外な一面……)
白蓮が夜中のうちに瑠璃殿に戻された後、そのまま閨で就寝した蒼龍は、翌日から春興殿の執務室に籠って三日間ほど出てこなかった。
その時控えていた侍女たち三人は、しきりにあの時のことを話題にする。
「あれ……凄かったよね」
「黄一族って、あの有名な娼館の……だよね?」
「皇上ってば、女遊びしすぎて、貴族のお姫さまなんかじゃ満足できなくなっちゃったってこと?」
三人は顔を見合わせると、潜めていた声をさらに小さくして、顔を寄せ合った。
「ねえ、相手の顔、見てみたくない?」
「見たい!」
「じゃあ次はあそこに待機、だね」
三人は揃って頷き合うと、そそくさと普段の業務に戻っていった。
***
四日目に再び閨へ召された白蓮の姿を一目見ようと、侍女たちが籠ったのは衝立に隠されている覗き穴の開いた隣室であった。いつもの居室には別の侍女が待機している。
閨に入ってきた白蓮の姿を見て、彼女たちは驚きに目を丸くし、気付かれないよう細心の注意を払いながらも感嘆のため息を吐いた。
(すごい美人……)
(腰細いし、胸大きいっ)
(うわ……皇上メロメロだね、あれ)
侍女たちは普段、皮肉げに笑みを浮かべる蒼龍を見たことはあっても、明らかな情欲を浮かべ熱の籠った熱い視線を向ける蒼龍の表情など一度も見たことはなかった。
その晩、最後の一線は超えないと約束しながらも、見ているほうが耐えられなくなりそうなほど濃密な二人の睦みあいを覗き見することになってしまった三人は、二人が寝付いた夜中になってようやく隣室から出ると、熱気に当てられフラフラになりながらそれぞれの房へと引っ込んでいった。
***
蒼龍がしばらく閨に誰も召さなかったにも関わらず、再び白蓮を閨に召したときには二人の会話はすでにかなり親密なものになっており、侍女たちは怪訝な表情を浮かべた。
「あれって、もうやっちゃった感じ?」
「うわ……覗き部屋確認してるよ。危なかったね~」
「というか、そろそろ始まっちゃいそうだけど」
耳を澄ませば、蒼龍の声で明らかに愉しそうに「朝までじっくり……」などという台詞が聞こえてくる。
侍女たちは二人が結ばれた決定的瞬間を見逃してしまったことを知り、「いつの間に?」と残念そうに眉根を寄せた。
それから少しの間、白蓮の姿を見かけることがなくなり、しばらくして彼女の正式な後宮入りが通達されたときには、全員が「やっぱり!」と叫んだ。
なんにせよ今までとは違い、ここ青瓷殿も忙しくなることは間違いない。
有能な侍女たちは、それぞれに気合を入れると、まずは念入りに閨の支度にとりかかったのだった。
現帝である蒼龍の身の回りの世話を主な仕事とする侍官と侍女は、合わせて約二十名ほどいる。下働きも含めればもっと多いが、そもそも蒼龍はそんなに手のかかる主ではなかったし、なによりも無駄を嫌う性格だったから、歴代の皇帝たちと比較すればだいぶ少ないほうであった。
即位してからというもの、蒼龍は政務が忙しく、執務室のある春興殿でそのまま寝泊りしてしまうことも多かった。
なので青瓷殿付きの侍女たちは、ハッキリ言ってヒマだった。
皇帝の閨があるのは青瓷殿なので、ここの侍官や侍女たちは出自が明確で信頼のおける者ばかりが集められている。だがいくら有能な者でも、ここまでヒマだと仕事に対するヤル気も削がれてくるというものだ。
蒼龍が即位して半年が過ぎた頃、立て続けに五人の貴妃を一度ずつ閨に召した。だがそれきり、一切後宮に見向きもしなくなってしまう。
こうなると世話をする相手は蒼龍一人に限られてくるため、青瓷殿付きの侍女たちのヒマさ加減には拍車がかかる一方だった。
即位後三年が経過し、青瓷殿の侍女たちもいい加減ヒマであることが当たり前のようになってきた頃、唐突に一つの変化が訪れた。
実に二年半ぶりに、斉宮嬪と呼ばれる妃嬪にお召しがかかったのである。
この出来事は青瓷殿だけでなく、宮中全体に大きな衝撃をもたらした。
さまざまな憶測や噂が広がる中、青瓷殿の侍女たちはいつもよりうんと念入りに閨を整え、湯の準備をして、万全の態勢で夜を迎えた。
いつ声がかかってもすぐに対応できるように、蒼龍がいる場所には必ず侍女が張り付いて待機しているのが常である。だが、この夜の待機人数は異様に多かった。
閨の裏にある待機用の居室はただでさえ手狭なのに、そこに四、五人の侍女がぎゅうぎゅうに詰めていたのだから、どうしようもない。
だがこの夜、閨から聞こえてきたのは、なぜか女二人分の声であった。
それはたしかにあられもない嬌声だったのだが、それに混じって聞こえてくるべき蒼龍の声が聞こえないのである。
待機していた侍女たちは揃って眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべていた。
じきに嬌声が止み、なぜかそこでようやく蒼龍の低くてよく通る声が聞こえてはきたが、何かをぶつぶつと話合ってから、また閨を去ってしまったようである。
(どういうこと……?)
侍女たちは顔を見合わせたが、皆は揃って首を横に振るばかりであった。
翌日、青瓷殿の侍従長から特に身近な世話をする数名の侍女にのみ伝えられたのは、現在内密に後宮入りしている娘がおり、その娘がしばらくの間は皇上の閨に侍ることになったという話であった。
その娘の名は、黄白蓮というらしい。
当然その正体や、なぜ内密に後宮へ召されたのかなど、白蓮の存在は侍女たちのありとあらゆる興味を掻き立てた。
だがそこは有能な侍女たちのこと、内密な話は内密のまま、蒼龍や白蓮の前でも一切その表情を崩すことのないままに、こっそりじっくりと観察だけが続けられる。
まず閨に白蓮が侍った初日の、そこで聞いた睦み事の内容は、侍女たちにはとてつもなく衝撃的なものであった。
(――あの皇上が!)
寝台の上で艶のある声がかすれるほど苦しげに、この上なく色っぽく喘がされていたのは、白蓮ではなく蒼龍のほうであった。
その夜待機していた侍女は三人だったが、その三人は驚愕に目を見開きつつ、じっと耳を澄ませて閨から漏れ聞こえる音を逃さないように聞いていた。
(あの娘、何者?)
(すごくない?)
(皇上の意外な一面……)
白蓮が夜中のうちに瑠璃殿に戻された後、そのまま閨で就寝した蒼龍は、翌日から春興殿の執務室に籠って三日間ほど出てこなかった。
その時控えていた侍女たち三人は、しきりにあの時のことを話題にする。
「あれ……凄かったよね」
「黄一族って、あの有名な娼館の……だよね?」
「皇上ってば、女遊びしすぎて、貴族のお姫さまなんかじゃ満足できなくなっちゃったってこと?」
三人は顔を見合わせると、潜めていた声をさらに小さくして、顔を寄せ合った。
「ねえ、相手の顔、見てみたくない?」
「見たい!」
「じゃあ次はあそこに待機、だね」
三人は揃って頷き合うと、そそくさと普段の業務に戻っていった。
***
四日目に再び閨へ召された白蓮の姿を一目見ようと、侍女たちが籠ったのは衝立に隠されている覗き穴の開いた隣室であった。いつもの居室には別の侍女が待機している。
閨に入ってきた白蓮の姿を見て、彼女たちは驚きに目を丸くし、気付かれないよう細心の注意を払いながらも感嘆のため息を吐いた。
(すごい美人……)
(腰細いし、胸大きいっ)
(うわ……皇上メロメロだね、あれ)
侍女たちは普段、皮肉げに笑みを浮かべる蒼龍を見たことはあっても、明らかな情欲を浮かべ熱の籠った熱い視線を向ける蒼龍の表情など一度も見たことはなかった。
その晩、最後の一線は超えないと約束しながらも、見ているほうが耐えられなくなりそうなほど濃密な二人の睦みあいを覗き見することになってしまった三人は、二人が寝付いた夜中になってようやく隣室から出ると、熱気に当てられフラフラになりながらそれぞれの房へと引っ込んでいった。
***
蒼龍がしばらく閨に誰も召さなかったにも関わらず、再び白蓮を閨に召したときには二人の会話はすでにかなり親密なものになっており、侍女たちは怪訝な表情を浮かべた。
「あれって、もうやっちゃった感じ?」
「うわ……覗き部屋確認してるよ。危なかったね~」
「というか、そろそろ始まっちゃいそうだけど」
耳を澄ませば、蒼龍の声で明らかに愉しそうに「朝までじっくり……」などという台詞が聞こえてくる。
侍女たちは二人が結ばれた決定的瞬間を見逃してしまったことを知り、「いつの間に?」と残念そうに眉根を寄せた。
それから少しの間、白蓮の姿を見かけることがなくなり、しばらくして彼女の正式な後宮入りが通達されたときには、全員が「やっぱり!」と叫んだ。
なんにせよ今までとは違い、ここ青瓷殿も忙しくなることは間違いない。
有能な侍女たちは、それぞれに気合を入れると、まずは念入りに閨の支度にとりかかったのだった。
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