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番外編
黄丕承 其の四
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前を歩く蒼龍は、離れの房を出ると庭園に向かっていった。
その背中は体格でこそ丕承には敵わないものの、きちんと鍛えられたしなやかな筋肉がついているのが、無駄に豪奢な衣装の上からでも見てわかった。
蒼龍は振り返ると、整った顔に鋭い光を湛える漆黒の瞳をまっすぐ丕承へ向けて尋ねる。
「幼い頃の白蓮は、どんな子どもだった?」
丕承はいきなりの問いかけに面食らったが、油断せず緊張を維持したまま答えた。
「甘ったれだ。身体は小さいし、すぐ泣く。意外と人見知りするから、よく俺の背中に隠れていた」
すると蒼龍はふっと頬をゆるませて優美な笑みを浮かべてみせる。
「かわいかっただろうな」
「そりゃあもう」
二人は静かに緊張を解くと、お互いに周囲の気配を察して苦笑を浮かべた。
「今お前に殴り掛かったら、確実に斬り殺されるな」
「これでも一応、皇帝だからな。仮に一発でも当たれば、ついでに後ろの護衛たちの首も飛ぶ」
背後に複数の人の気配を感じる。
蒼龍の護衛たちの鋭い視線を一身に浴び、丕承は軽くため息を吐いた。
「それは……ますます殴りにくいな」
蒼龍は浮かべていた笑みを消すと、今度は真剣な眼差しを丕承に向けて言った。
「黄丕承、俺の生涯をかけて白蓮を護り抜くと誓う。その役目を……俺に譲ってくれないか」
丕承はその言葉に眉根を寄せると、皮肉げな嘲笑を浮かべる。
「それを誓うなら、後宮を解散しろ。大勢の妃嬪の一人に連ねておいて護るなどとよく言えたものだ」
すると蒼龍は苦笑を浮かべて、呟いた。
「さすがに手厳しいな」
そこへようやく、両親と白蓮が追いついてきた。
「蒼龍さまっ」
白蓮はまっすぐ蒼龍の元へ向かうと、丕承との間に立ち、蒼龍を背中に庇うようにして振り返った。
「兄さま。私が決めたの。私が蒼龍さまと一緒にいたいのよ。だから……」
その白蓮の表情は、丕承の胸になんとも言えない寂しさを滲ませる。
(護られるんじゃなく、護る者の顔をしている)
「後宮は解散する。すぐには無理だが、いつか必ず。約束する」
蒼龍もそう言って、まっすぐに丕承を見つめた。
丕承はじっとその目を見つめ返して深いため息を吐くと、苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をして言った。
「――なるべく早く、な」
蒼龍は嬉しそうに笑い、背後から白蓮の身体を抱き寄せて耳元に囁く。
「初めて俺に兄が出来た」
白蓮はそっと振り返ると、フフッと笑って言った。
「同じ歳ですけどね」
***
李汀洲の屋敷を出て、家に帰る途中の馬車の中で、母の春華は呆れたような表情を浮かべて言う。
「まだ納得してなかったとは思わなかったわ。言ったでしょう? 妹離れしなさいって」
丕承は黙って肩をすくめ、顔を背けて小窓から流れていく外の景色を見やった。
春華は言い足りないのか、ブツブツ文句を言い続ける。
「丕承もさっさと嫁取りすればいいのよ。そうすれば後継ぎも生まれるし妹離れもできて、一石二鳥なのに」
その言葉に丕承は顔を上げると、春華を振り返って言った。
「本当にいいのか? じゃあ俺、結婚するわ」
「「は?」」
ずっと黙っていた虞淵も春華と揃って顔を上げ、驚きに目を見開いた。
「こんな見てくれでも、俺はそれなりにモテるんだ。その気になればすぐにでも嫁くらい見つかるぞ」
それを聞いて、虞淵はすぐに納得して頷き、春華は思いっきり怪訝な表情を浮かべた。
「あんたがモテる……? それ本気?」
実の母のひどい言い草に、丕承は不機嫌そうに眉間に深いシワを寄せる。
すると虞淵がぼそっと呟いた。
「黄一族の跡取りで仕込みもできるとなれば、そうだろうな」
虞淵の言っている『仕込み』は性感を高める技のことだ。
言われて春華もようやく納得した表情に変わった。
「自分の息子をそういう視点で見たことなかったけど、要は『金持ちの息子で床上手』ってことだもんね」
「身も蓋もねぇな」
「まぁ、そういうことだ」
三人は家にたどり着くまでの間、嫁に娶るのはどんな娘が理想的かを滔々と語り合った。
それぞれの意見があまりにも違いすぎて、家に着くなり丕承はため息を吐く。
「うちに嫁が来るのはいつになるやら……」
できればそれがそう遠い日ではないことを祈るばかりの丕承であった。
その背中は体格でこそ丕承には敵わないものの、きちんと鍛えられたしなやかな筋肉がついているのが、無駄に豪奢な衣装の上からでも見てわかった。
蒼龍は振り返ると、整った顔に鋭い光を湛える漆黒の瞳をまっすぐ丕承へ向けて尋ねる。
「幼い頃の白蓮は、どんな子どもだった?」
丕承はいきなりの問いかけに面食らったが、油断せず緊張を維持したまま答えた。
「甘ったれだ。身体は小さいし、すぐ泣く。意外と人見知りするから、よく俺の背中に隠れていた」
すると蒼龍はふっと頬をゆるませて優美な笑みを浮かべてみせる。
「かわいかっただろうな」
「そりゃあもう」
二人は静かに緊張を解くと、お互いに周囲の気配を察して苦笑を浮かべた。
「今お前に殴り掛かったら、確実に斬り殺されるな」
「これでも一応、皇帝だからな。仮に一発でも当たれば、ついでに後ろの護衛たちの首も飛ぶ」
背後に複数の人の気配を感じる。
蒼龍の護衛たちの鋭い視線を一身に浴び、丕承は軽くため息を吐いた。
「それは……ますます殴りにくいな」
蒼龍は浮かべていた笑みを消すと、今度は真剣な眼差しを丕承に向けて言った。
「黄丕承、俺の生涯をかけて白蓮を護り抜くと誓う。その役目を……俺に譲ってくれないか」
丕承はその言葉に眉根を寄せると、皮肉げな嘲笑を浮かべる。
「それを誓うなら、後宮を解散しろ。大勢の妃嬪の一人に連ねておいて護るなどとよく言えたものだ」
すると蒼龍は苦笑を浮かべて、呟いた。
「さすがに手厳しいな」
そこへようやく、両親と白蓮が追いついてきた。
「蒼龍さまっ」
白蓮はまっすぐ蒼龍の元へ向かうと、丕承との間に立ち、蒼龍を背中に庇うようにして振り返った。
「兄さま。私が決めたの。私が蒼龍さまと一緒にいたいのよ。だから……」
その白蓮の表情は、丕承の胸になんとも言えない寂しさを滲ませる。
(護られるんじゃなく、護る者の顔をしている)
「後宮は解散する。すぐには無理だが、いつか必ず。約束する」
蒼龍もそう言って、まっすぐに丕承を見つめた。
丕承はじっとその目を見つめ返して深いため息を吐くと、苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をして言った。
「――なるべく早く、な」
蒼龍は嬉しそうに笑い、背後から白蓮の身体を抱き寄せて耳元に囁く。
「初めて俺に兄が出来た」
白蓮はそっと振り返ると、フフッと笑って言った。
「同じ歳ですけどね」
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「まだ納得してなかったとは思わなかったわ。言ったでしょう? 妹離れしなさいって」
丕承は黙って肩をすくめ、顔を背けて小窓から流れていく外の景色を見やった。
春華は言い足りないのか、ブツブツ文句を言い続ける。
「丕承もさっさと嫁取りすればいいのよ。そうすれば後継ぎも生まれるし妹離れもできて、一石二鳥なのに」
その言葉に丕承は顔を上げると、春華を振り返って言った。
「本当にいいのか? じゃあ俺、結婚するわ」
「「は?」」
ずっと黙っていた虞淵も春華と揃って顔を上げ、驚きに目を見開いた。
「こんな見てくれでも、俺はそれなりにモテるんだ。その気になればすぐにでも嫁くらい見つかるぞ」
それを聞いて、虞淵はすぐに納得して頷き、春華は思いっきり怪訝な表情を浮かべた。
「あんたがモテる……? それ本気?」
実の母のひどい言い草に、丕承は不機嫌そうに眉間に深いシワを寄せる。
すると虞淵がぼそっと呟いた。
「黄一族の跡取りで仕込みもできるとなれば、そうだろうな」
虞淵の言っている『仕込み』は性感を高める技のことだ。
言われて春華もようやく納得した表情に変わった。
「自分の息子をそういう視点で見たことなかったけど、要は『金持ちの息子で床上手』ってことだもんね」
「身も蓋もねぇな」
「まぁ、そういうことだ」
三人は家にたどり着くまでの間、嫁に娶るのはどんな娘が理想的かを滔々と語り合った。
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