社内恋愛のススメ

柊あまる

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その後

松崎志保×相澤大介-前編-

 
 私――松崎志保まつざきしほは、今年29歳になる。
 20代最後の年……来年には30歳。

 いくら世の中晩婚、晩産といったって、女性の平均初婚年齢は28歳。
 私はまさに今、ギリギリの状況だ。

 無理して借りた都心の狭苦しい1DKマンションの真夜中のベランダで、地元の後輩から送られてきた結婚式の招待状を眺めてため息を吐いた。
 地方にある地元では、同級生はとっくに結婚して子育てしている。
 忙しさを理由に何年も帰らずにいるけれど、年を追うごとにますます帰りずらくなっていた。

 人生、なかなか計画通りにはいかないもんだなぁ……

 連日残暑が厳しいとはいえ、さすがに夜は肌寒くなってきた九月。
 リビング兼ダイニング側のサッシをそっと開けて部屋の中に戻ると、またそっと閉めて鍵をかけた。

 後輩からの招待状をリビングのチェストの引出しの奥に隠すと、隣の寝室の襖を静かにそっと開いた。
 セミダブルのベッドには、無邪気な寝顔をした私のかわいい恋人――相澤大介あいざわだいすけが静かな寝息を立てている。

(あ~あ……やっぱりかわいい)
 体格も雰囲気も声も顔も手も、みんな好み。性格はちょっと甘ったれだけど、六歳年下ならそれも仕方ないと思えるから不思議。
 男性には自分が甘えたいタイプだと思っていたけれど、彼――大介に甘えられるのは嫌いじゃなかった。むしろ――

「ふふっ、かわいい」
 聞こえないくらいの小さな声で呟いて、ふわふわした柔らかい髪が額に張り付いているのをそっと避けてあげると、唐突に手をつかまれた。
「きゃっ」
 驚いて彼の顔を覗き込むと、つむっていた目がゆっくりと開いて、私の顔を見るとニコッと嬉しそうに微笑んだ。

「どうしたの、志保……眠れないの?」
「ううん……大丈夫。起こしちゃってごめんね」
「……おいで」
 軽く腕を引かれて、布団の中に入る。
 少し冷えていた身体は、抱きしめられた温もりにホッとしてふっと力が抜けた。

「外、寒かった?」
「やだ……いつから起きてたの?」
 私が目を丸くすると、大介は少し眠そうな顔をしながら目を瞬かせた。
「ん~……志保がベッドから降りた時?」
「……ごめんね」
 もう一度謝ると、大介は私の身体をぎゅっと抱きしめながら頭の上のほうで囁いた。
「じゃあ、また眠れるように……志保が、してくれる?」

「さっき、したのに?」
 少し咎めるような口調になると、大介はふっと笑った。
「今度はゆっくりしよ? 気持ち良くてそのまま寝ちゃうくらい。明日休みだし……ダメ?」

「わかった。ゆっくり、ね?」
 彼にねだられると弱いのだ。

 お互いに横になったまま、彼の着ているシャツの上から綺麗な線を描く胸元と腹部のあたりにゆっくりと触れていく。
 筋肉がついて張りのある身体は温かくてなめらかで、触れているだけでもとても気持ちがいい。
 手でそっと下腹部から太腿、そしていつもの半分くらいまで固くなりかかったふくらみへ触れていくと、彼は目をつむったまま、軽くふっと息を吐いて身じろぎをした。
「ん……気持ちいい……」

 寒くないようにもぞもぞと布団にもぐって彼が着ているシャツの裾を軽く捲り、胸の下あたりから腹部にかけて唇を押し当てて、そのまま下へずらしていく。
 大介は横向きだった身体をゆっくりと仰向けにして、されるがままになっている。
 ただでさえ暗い部屋で、布団にもぐっているから視界は真っ暗で手探りだ。下着の上からあっという間に固くなってしまった彼のに触れて唇を押し当てると、反り返るようにぴくんっと反応した。

 下着に手をかけると、大介も協力してわずかに腰を浮かせる。
 そのまま脱がせて直にそっと触れると、その熱さと固いのに弾力もある独特な感触を愉しんだ。

 今までこういう行為は男性が女性に対してするもの……となんとなく思っていたけれど、甘え上手な大介は私にしてもらうのも好きみたいで、ねだられて応じているうちに、あっという間に抵抗がなくなった。こちらがすることに対して返ってくる反応を見るのもすごく愉しい。

 大介のに唇を這わせてからゆっくりと先端を口に含み、舌で軽く擦ってから深くまで頬張ると、彼は軽く呻くような声を上げた。
 何度かゆっくりと唇で扱いていると、大介がトントンと私の肩を軽く叩いて訴えた。
「志保……もういいよ。こっち来て?」

「え、もう?」
 始めたばかりなのに……と多少の物足りなさを滲ませると、大介は苦笑交じりに囁いた。
「志保にしてもらうと興奮して、すぐいきそうになるから」

「口に出しても……いいよ?」
 そう言うと、大介が軽く息を呑んだのがわかった。
「それ……すごい誘惑だけど、今日はやめておく。今は、志保とじっくりつながりたい」

 私がまたもぞもぞと布団から顔を出して、彼が枕元に置いてある避妊具を付けると、横になったまま後ろから抱きしめられ、そっと足の間に手が伸びてきた。
「なんだ……志保、もう濡れてるよ?」
 大介はからかい交じりにそう囁くと、すぐに彼の欲望の証をお尻のあたりに押しつけてきた。
「入れていい?」

「ん……」
 私が微かにうなずくと下着を膝のあたりまで中途半端に脱がされて、彼が初めに言ったとおり、ゆっくりじわじわと中へ押し進めてきた。
 身体をくの字に曲げて軽くお尻を突き出すようにすると、そのまま一番奥まで入ってきて、腰が軽くぶつかった。

 二人の身体が折り重なるように密着して、大介は背後から首筋やうなじにキスをしながら胸を優しく揉んでくる。
 下半身はじっとしたまま動かない。それでも奥まで貫かれているので、わずかに身じろぎするだけで、つながった部分からじんわりと快感が滲みだした。
「はぁ、ん……」
「すげぇ気持ちいい……志保がちょっと動くだけでいきそうになるくらい、いいよ」
 耳元で囁かれて、全身を包み込むような快感がゆっくりと増していく。

 ほんとうにゆるゆると、まるで波間をただようようなゆったりした動きだけで、感覚が鋭敏になっていく。
「ん、んっ……」
「志保……そんなに締めたらだめだよ」
「だって……あっ……!」
 軽く身を捩るとまた膣内でピクンと跳ねるような動きをされて、こっちも下腹部に力が入ってしまう。
「んっ」

 すると大介は一瞬息を止めて、堪えきれないといった様子で軽く呻いた。
「もっとじっくりって思ってたのに……ごめん、我慢できない」
「あっ!」
 ギュっと後ろから強く抱きしめられ、ずるっとギリギリまで抜かれる。そして力強くまた最奥まで突き上げられた。
「あぁっ……!」

 内腿に手を入れられ、軽く足を持ち上げられる。
 すると、グッと深くまで押し込まれて、そのまま小刻みに大きく揺らされた。
「やっ、あ、あ、あっ……」
「志保っ……」
 手元の枕の端をギュっと掴んで、身体を捩った。さっきまでジリジリと燻っていた快感が切羽詰まったように急速に膨らんで弾けそうになる。
「あぁっ、大介ぇ……!」
「志保!」
 一瞬、大介のが膣内で膨らんだように感じて、彼はビクンッと大きく身体を震わせた。すると身体の奥でじわっと熱いものが出されたのを感じ、私も後を追うようにして、身体を震わせる。
「あぁっ!」
「うわ……まっ、てっ……!」

 ゆっくりと身体から力を抜くと、大介は大きく息を吐きながら呟くように言った。
「うー……いった直後に締めつけられると……」

 普段から、達した直後は敏感だから触らないで……とよく言っているので、おそらく私の達するタイミングがそこに被ったのだろう。
 大介は脱力したようにへなへなと枕に頭を落とした。
「でも、気持ち良かった……」
 私はうつぶせから顔だけ大介のほうに向けると、微笑んだ。
「私も……」

 後始末をして隣に戻ってきた大介は、私の肩に布団を被せながら顔を覗き込んできた。
「志保、眠れそう?」
「大介は?」
 問い返すと彼は嬉しそうな笑顔を浮かべてみせた。
「多分ぐっすり眠れる」
「ふふ」
 ピッタリと身体を寄せると、当たり前のように抱きしめられた。

 目をつむって暫くすると、安らかな寝息が聞こえ始める。私は彼の寝息を聞きながら、今度は起こさないようにじっとおとなしくしつつ、ぼんやりと天井を眺めて眠気が訪れるのを長い時間待った。

   ***

  秘書課の出勤時間は早い。

 決められた就業開始時刻は9時ちょうどだけど、いつも8時前にはフロアに到着するようにしている。
 今時の重役はあまり重役出勤しない。偉くなればなるほど人より沢山働いている印象だ。

 特に年配の人間ほど早起きだから、こちらが驚くほど早い時間に来て、新聞各紙とメールを確認した後、時間が余るとコーヒーを飲んでから、社内をこっそりウロウロしていたりする。
 それを知っている社内の人間のうち、それなりにデキる人はやはり早目に出勤しているみたいだ。朝型の人間は、同じように朝型の人間を評価する傾向があるから。

「松崎くん、ちょっと」
 朝イチの会議資料を確認していると、上司である中村副社長に声をかけられた。

 呼ばれるまま副社長室に入り、ドアを閉めて背すじを伸ばして向き直ると、副社長は軽く手招きをした。

「なにかございましたか?」
 重厚な執務机の前には、豪華な応接セットが置いてある。その脇まで近づいてから尋ねた。
「藤原コーポレーションの藤原貴裕ふじわらたかひろくんを知ってるかい?」

「は……」
 一瞬、頭が真っ白になった。
「松崎くん?」
 副社長が軽く首を傾げてみせる。

「は、あの……藤原様がなにか?」
 内心冷や汗をかきながら顔を上げると、副社長は油断ならない目を光らせてニッコリ笑った。
「彼からね、先日ゴルフをした時に、ぜひ君を紹介してくれないかと頼まれたんだ。松崎くんは……まだ独身だったよな?」

「はぁ」
 副社長からの問いかけには、半分上の空で答えていた。

(紹介? なにそれ……?)

「彼にはちょっとした借りがあってね。すまんが私の顔を立てると思って一度会ってもらえないだろうか?」
(会う? 彼に? もう一度?)
 私の顔が曇ったのを副社長は見なかったようにしてそれとなく視線をそらした。

「そんな重く考えないでいいから。顔を合わせるくらいで構わないから。頼むよ、松崎くん」
 懇願するように手を合わせる副社長を見て、困って下を向くと、それを都合良くうなずいたと解釈した副社長がお礼を言った。
「いや~助かるよ。仕事上、あまり無下にもできなくてね」

 日取りを決めたら知らせると言われ、私は茫然としたまま副社長室を出た。

(なんで今さら? しかも副社長に紹介しろって、なによそれ……)
 あの人が何を考えているのかさっぱりわからなかった。

 彼――藤原貴裕は、2年以上前に別れた私の元彼だ。

   ***

 数日後。
 昼食に入る前に、午後の予定を確認するために副社長室に向かうと、部屋の入口のところで「お客様が来てるわよ」と秘書課の先輩に声を掛けられた。
「副社長室ですか?」
「ええ。藤原コーポレーションのご子息」
「…………」
 とっさに返答できず、代わりに舌打ちしそうになった。
(事前に日取りを知らせるって言ったくせに!)

 中に入りたくなくて、各重役室が並ぶフロアの入口前にある受付カウンターまで戻ると、そこに座っていた後輩の西森さんに声を掛けた。
「副社長室のお客様、入ってからどのくらい経ってる?」
 すると西森さんは、ぱっと目を輝かせて答えた。
「藤原様ですね! えっと……15分くらい前ですね。すごくいい男でしたよ?」
「そう」
(なんと答えていいのやら……)

 そのまま西森さんは、ウキウキした様子で話しだした。
「私、秘書課に配属されて毎日幸せです。セレブなイケメンにも結構な頻度でお会いできるし」
「え? そうかなぁ?」
(私はあんまり会ったことないけど)
「きっと松崎さんは秘書課が長いから、目が肥えちゃってるんですよ。ちょっとやそっとのセレブじゃ普通に見えちゃうくらい」
(長くて悪かったわね)
 私は今年秘書課に配属されてきたばかりの、お肌がつやつやな新人の顔をそっとうかがった。

「西森さん……その『セレブ』って口に出すのやめなさいね。お客様の耳の入ったら問題よ」
「はぁ~い」
 あまり悪びれた様子もなく肩をすくめた彼女は、たった今、私が言ったことをコロッと忘れてこう言った。
「セレブといえば……私、同期に超がつくセレブがいたのに、実はこっそり狙ってたのを、取り逃がしちゃったんですよ~」
(あのね……)
「良いモノ身に着けてるから、絶対持ってるなって思ってたら案の定……くやしいっ! 同期の女に取られましたぁ」
(ん?)
「今……同期って言った?」
 この子の同期ってことは、大介の同期だ。
「営業部の前川くんですよ。実は門倉財閥の子息だったんです! 苗字が違ってたから気がつかなくって」
 気がついてたらどうにかなってたのかな……? と思ったけど、口には出さず苦笑を浮かべて流した。すると後ろから声をかけられる。

「松崎くん」

 ぎくっ!
 聞きなれた声に、しまった……という気持ちと諦めの気持ちの半々で振り返ると、案の定、副社長と彼――藤原貴裕が立っていた。

「遅いから出てきてしまったよ。午後の予定の確認は、ランチと一緒にどうかね?」
「はい。申し訳ありませんでした」
 そう答えながらも、視線は隣の彼のほうにいってしまう。
 それに気が付いた副社長も、にこやかに紹介をした。
「貴裕くん、彼女が秘書の松崎くんだ。間違いないかね?」
 彼は副社長の問いかけに軽くうなずくと、ふっと怜悧だった表情に微笑を浮かべて私と目を合わせた。
「ええ。彼女に間違いありません。松崎さん、藤原貴裕です、よろしく」
(なんなのこれ? 初対面プレイかなにか……?)

「松崎です。……よろしくお願いします」
 ここで過去のことを暴露したところで何もメリットがないので、この初対面プレイに気が進まないながらも乗っかると、彼は艶のあるハスキーボイスで静かに告げた。
「中村さん、私は午後から予定があります。彼女とはゆっくり話をしたいので、できれば夜にお時間をいただきたいのですが」
(ええっ! イヤなんですけど)
 私の心の声は届くはずもなく、副社長はニコニコしながらうなずいた。
「ああ、それがいい。松崎くん、予定はどうなってる?」
 副社長の足を思いっきり踏みつけたい気持ちを心の中だけに収めながら、午後の予定を思い出した。
「本日ですと、夕方に飛翔文会の会合が入っております」
(これは外せないでしょ。よしよし)

 すると予想に反して副社長はパッと顔を明るくして言った。
「そうかそうか。私は残念ながらそちらに出なくてはならないが、松崎くんは大丈夫だろう? 貴裕くんと二人でゆっくり話してきたまえ」
(げ……嘘でしょ)
 ちらっと彼のほうを見ると、その端正で男らしい顔つきに少々傲慢にも見える微笑みを浮かべて私を見つめていた。

「夕方、迎えにきます。楽しみにしていますよ、松崎さん」

   ***

 言葉通り、退社時間きっかりに社屋の真正面に堂々と迎えの車をよこし、しかもご丁寧に本人がわざわざ役員フロアまで上がってきた。
 秘書課の面々に羨望のまなざしで見送られながら、私はこれが大介の耳に入るかもしれないと思うと、生きた心地がしなかった。
(仕事……仕事……仕事だから……仕事……)
 心の中で念仏のように唱えながら、彼の横を歩いて正面ロビーを抜ける。
 社員の何人かが物珍しげに振り返るのを感じていたけれど、極力視界に入れないようにして意識の外に追いやった。

「どうぞ」
 彼が車のドアを開き、私が無表情のまま乗り込むと、彼もすぐあとから後部座席の横に乗ってきた。
 何も言わずとも車は走りだし、会社の敷地を出たところで、彼が口を開いた。

「久しぶりだな、志保」

 その低くて耳触りの良すぎる声に、昔の記憶が呼び起されそうになる。
「……なんのつもり? 挨拶されたときは私のことをすっかり忘れたのかと思ったわ」
「そのほうが良かったか?」
 顔をそっと彼のほうに向けると、彼はまたあの自信ありげな傲慢とも取れる笑みを浮かべて私をじっと見つめていた。

 以前は彼の自信に満ちた堂々とした態度や、こちらを振り回すような強引なところが魅力だと感じていた。
 実際に彼は見た目も育ちも恵まれているし、仕事における評判も良く、それに伴う実力もちゃんとあった。

「そうね……忘れてくれてたら良かったわ」
 あのまま――冷たく切り捨てるように別れを告げられ、私の存在なんかなかったものみたいに忘れさった、あの日のままでいてくれたらよかった。

「俺は忘れない。こんなに美しくて聡明な女があの年齢まで処女だったことも、それをこの俺に差し出してくれたことも」
「やめてよ……本当に忘れて。お願いだから」
(一体なにがしたいのよ、この男は……!)
 彼はふっと苦笑を浮かべると、前に向き直って顔を正面に向けたまま呟くように問いかけた。
「あいにく記憶力が良くてね。お前はたしか30までに子どもを産みたいと言っていたはずだが、今も独身でいるのはなぜだ?」

 今、一番触れられたくない話題だった。
 人は図星を指されると怒るというのは本当だと思う。

「間違っても、あなたを忘れられないとかじゃないから。それに私だってあのまま、あなたしか知らない綺麗な身体のままじゃないわよ」
「六歳年下の新人のことか? ふん……正直言えば腹立たしいが、いつまでもお前が一人でいるなんて馬鹿みたいな幻想は持っちゃいないさ」
「なんで知ってるの? 調べたの?」
 彼はまた私のほうを見つめて、こちらのすべてを見通しているみたいな怜悧な視線をぶつけてきた。
「当たり前だ。俺は負けが決まった勝負はしない。やるなら勝ちにいく。時間の無駄は嫌いだ」
「勝負ってなんなの? 恋愛は勝ち負けじゃないし、そもそも私を捨てたのはあなたじゃないの」

 すると彼は意外そうに目を見開いて、ふんっと傲慢な笑みを浮かべて言った。
「恋愛や結婚なんて、究極の生存競争だろ。勝ち負け以外のなんだっていうんだ。それにお前と別れたのは、あの時の俺に結婚する気がなかったからだ。お前の望みは知っていたしな」
「……まさか、私のためだったとか言うの?」
「好きな女の時間を無駄に使わせるのは、さすがの俺でもしのびない」

(そうね……おかげさまでかわいい恋人ができたわよ。でもあなたに感謝なんてしないけど)
 私は心の中で毒づいてから、キッと睨むように彼を見つめ返した。
「それで? ご親切にも別れてあげた元恋人に、わざわざ会いにくる理由はなんなの?」
 彼はまたしても意外そうに目を丸くして、すぐにくくっと笑い出した。
「そう怒るなよ。本当にわからないのか?」
「……なに?」
 私の怪訝な表情を見て、彼は微笑んだまま軽くため息を吐くと、あの低くて染み入るような声で静かにこう言った。

「俺と結婚してくれ、志保。やっぱりお前が、俺の一番の女だ」

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