愛毒者ー王暴の妻ー

小豆あずきーコマメアズキー

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愛毒者ー王暴の妻ー 捌

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意識的な力があるとしたら、女性の力で、首を締め付けて首の皮膚が裂ける程の力は発せられない。自然な力だとしたら、これはあまりにも不可思議だ。だがこの力は、無意識による鈴の中に蠢く『黒い』部分が働き掛けている力。それによって、成人の男性よりも強い力が発せられる。お互いに理解し合い、愛し合えるのは、同じ物を持っているからなのだろう。人を食べたり、喉を撃っても命に何の別条もなく、首がぶっ飛んでも体が無意識に動いて頭を自ら運んで首を縫えば普通の生活が出来るこの『生き物』を、一般的な女性が愛せる訳がない。恐れが勝ってしまうから。だが、その生命力を目の当たりにして尚も彼女が愛せたのは、自分に似た物をどこかで感じ取っていたからなのだろう。

「!!!!!!!!!?」

鈴はバッと両手を離すと

我(私)、仁導の首を。

締め付けたりき(締め付けてた)。

などか(なんで)?

いかで(どうして)?

さる(そんな)!

我(私)!

「うたてし(いやぁ)!」

立ち上がって逃げようとした妻の腕を掴んで引き留め、上体を起こしギュッと抱き竦めた。

「鈴」

「ぎゃあああああぁ!」

彼は、バチン!と、手の甲で引っ叩いた。

「!!!!!!!!!?」

「喚くな。たかがうなを締め付けただけにて、何ゆえに貴様は喚く?鈴。拙者貴様を、深く慕っておる。貴様の中に眠る貴様のその『蠢き』もことごとく。拙者慕っておる(たかが首を締め付けただけで、何故お前は喚く?鈴。俺はお前を、深く愛している。お前の中に眠るお前のその『蠢き』も全て。俺は愛している)」

「………………………………………」

瞳を揺らし、鈴はギュッと、抱き締めた。

ドサッ!

『!!!!!!!!!?』

さな子は、囲炉裏から落ちた。

『母?安穏(お母さん?大丈夫)?』

囲炉裏の端に立つ幼かった自分は、両手を突き出していた。

『つれなし。其方の憂ふる事は、なし(平気です。あなたが心配する事は、ありません)』

おどろかば(気付いたら)。

母は囲炉裏より落ちたりき(お母さんは囲炉裏から落ちてた)。

我が、突き落としし(私が、突き落としたの)?

違ふ(違う)。

我が突き落とししぞな(私が突き落としたんじゃない)。

我はさる事せず(私はそんな事しない)!

なのに。

なのにいかで母(どうしてお母さん)。

さる(そんな)。

怯えし目に、我を見る(怯えた目で、私を見るの)?

母(お母さん)。

自分を見る母親のその瞳は怯えて揺れており、それが鮮明に浮かび上がり忘れられない。

「仁導…」

前髪の陰に隠れて表情を覆い、ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流す。

「恋し。いと恋し。思へり。我はいま、其方のみ居る。我を選びて、げに、かたじけなし(好き。大好き。愛してる。私はもう、あなたしか居ないの。私を選んでくれて、本当に、ありがとう)」

「………………………………………」

あの女は。

この息女の御母上にてはござらぬ(この娘の母親ではない)。

少しとはいえ周りの人間と違とはゐると(少しでも周りの人間と違っていると)。

厄介者扱ゐさせ(厄介者扱いされ)。

人間はわらしにてあとはも(人間は子供であっても)。

容赦ござらぬ(なく)捨てる。

それがし(俺)は。

大人が行動をするでござる前に(大人が行動をする前に)。

行動をしねばならぬと(行動をしなければならないと)。

学んじゃ(だ)。

鈴。

似た者夫婦(めおと)。

「鈴」

鈴は顔を向けると

「お慕い垂き(愛してる)」

前髪の陰で表情を覆い隠し、互いに唇に唇を、押し当てた。

とこしえに愛し合ゐ(永遠に愛し合い)。

生きてゐかく(生きていこう)。

明けたばかりの空が、朝の冷気とともに新鮮に輝く。

「ゔうううううぅ~」

尊は、ひょこひょこと歩いて警察長屋へ向かっていた。

脚が痛ゐ。

筋肉痛じゃ(だ)。

痛ゐ。

「伊村」

「うえっ?」

見ると、仁導の歩いて来る姿が。

「王暴」

「この刻限に貴様と會うのは初の事じゃ(時間にお前と会うのは初めてだ)」

部下たちよりも早く出勤をする彼が、まさかこの時間帯に部下に会うとは思いも寄らなかった。

「実は筋肉痛にて、歩むのが遅ゐのにて早めに出勤せむかと(実は筋肉痛で、歩くのが遅いので早めに出勤しようかと)」

「己の御身にても奉公を優先にするでござる!偉ゐぞ(自分の体よりも仕事を優先にする!偉いぞ)伊村!」

「えへへ♪」

褒められて照れ臭いのか、頬を染め、はにかんで笑みが浮かぶ。

王暴に褒められたでござる(褒められた)!

重畳(嬉しい)!

「伊村」

「うえっ?」

前を見ると、彼はしゃがんでおりこう言った。

「警察長屋まにて、それがしが貴様の馬にならふ(まで、私がお前の馬になろう)」

「うえっ?」

一瞬だが、思考が、止まった。

「うええええええぇ~!?」

あまりの衝撃に自分の体を支えきれず、ドサッと後ろに倒れてしまう。

「お、お、お、お、お、お、王暴が!それがし何やらの馬に(俺なんかの馬に)~~~~~~~!!?」

そんな事があり得るのだろうか。警察だが、仁導は司令官と言う上に立つ者。それに比べたら自分なんかは、ただの警察。上に立つ者の馬に乗るのが当然なのに、彼が部下の馬になるなんて。どうしてそんな事が言えるのだろうか。

「だめでござる王暴!それがしが王暴の馬になりんす(ダメです王暴!俺が王暴の馬になります)!」

「早う(く)しろ。遅れてしまう」

「………………………………………」

尊はその背中に乗ると、仁導はしっかりと支えて立ち上がり歩き出した。

王暴…。

ギュッと、彼は後ろから抱き付いた。

タッタッタッタッタッタッ!

『はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!』

小刀を持って、12歳の頃の自分は、走っていた。
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